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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
やっぱり、お師匠様のことあきらめません! 2
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「あたし、決めました」
ツェツイは大きく息を吸いゆっくりと吐き出すと、何かを決意した目でイェンを見上げる。
「やっぱり、お師匠様のことあきらめません」
「ツェツイ……それってもしかして……」
頬を赤らめてアリーセはイェンとツェツイを交互に見る。
何だか嬉しそうな顔だ。
ツェツイはえへへ、と笑う。
「あたし、お師匠様のことが好きなんです」
ツェツイの突然の告白にノイはえ? と大きく目を見開き、アルトはやっぱりなあ、とがくりと頭を垂れ、ため息をつく。
「ツェツイ、兄ちゃんのこと好きだったのか!」
ノイが目を丸くしてアルトに問いかける。
「やっぱり、ノイは気づかなかったんだな……」
「アルトは知ってたのか? いつからだ?」
「ツェツイがあの日だった時に、何となく」
「あの日ってあの日か?」
「そうだよ。あの日だよ」
「ええっ! 俺、全然気づかなかったぞ」
「ノイって、意外と鈍かったんだな……」
ノイはうう……と声をもらし恨めしげな目でイェンを見上げる。
「俺の本当のライバルがまさか兄ちゃんだったなんて……」
「だから強敵がいるって言ったろ? 多分、勝ち目ないぞ」
「そんなの……そんなの、わかんないじゃないか!」
涙目になるノイに、さらに追い打ちをかけるように。
「それに、あたしお師匠様のキスが忘れられなくて」
「おい……っ!」
慌てるイェンの後頭部を、すかさずアリーセがひっぱたく。
「何だよ、いてえな!」
「あんた! ツェツイにキスって……あれほどまだ手を出しちゃだめっていったのに! ツェツイはまだ小っちゃな子どもよ! まさか……まさかと思うけど……」
「まさか何だよ。あり得ねえだろ。違うよ、聞けよっ!」
ぽっと頬を赤らめるツェツイ。あんぐりと口を開ける双子たち。
うろたえるイェンを睨みつけるアリーセ。
「おでこにちゅってしてもらいました」
「おでこに。そう……おでこにね」
それを聞いたアリーセはほっと息をもらす。
「でも、素敵だわ! 嬉しいわ! いいのよツェツイ、こんなばかでよかったらぜひ貰ってやってちょうだい。ばかだけど、根は悪い子じゃないのよ。ああ……そうなったらツェツイは本当にあたしの娘になるのね! どうせならもうここで婚約してっちゃう? そうしなさい!」
アリーセはすっかり浮かれて舞い上がっている様子であった。
「あたし、いつか、お師匠様の隣に並ぶことができるような立派な魔道士になって、自分を磨いて絶対いい女になって戻ってきます。そして、もう一度お師匠様を口説き落としてみせます! だから、待っていてください。それまで他に好きな女性ができてもかまいません。だって、しばらく離れてしまうんだから仕方がないですよね」
「それ、俺が昨夜ツェツイに言った言葉……」
ノイはがっくりと肩を落とす。
「ツェツイ、そんな心配なんてしなくていいのよ。このばか、今までまともにつき合った女性なんて一人もいないんだから。一人もよ! この先だってないから安心しなさい」
「なあ、大丈夫かノイ? そんな落ち込むなよ。な?」
「大丈夫じゃないかも……ちょっと立ち直れない……」
「でも、必ずあたし、お師匠様を振り向かせてみせますから。その時は、あたしを……可愛がってください」
「かわ……おまえ、何言って……」
イェンはかっと顔を赤くする。
「まあ! もちろんよ。もちろん可愛がってあげるわ」
気持ちの整理がついたのか、ツェツイは晴れやかな笑みを浮かべた。
「なあ、ツェツイと兄ちゃんいくつ年離れてるんだ?」
すかさずアルトは十二歳だと答える。
「十二歳! それって……いくら何でも離れすぎだよな」
「離れすぎもいいとこだな。十二の差は大きいと思うぞ」
「あら、あんたたち忘れたの? あたしとエリクも十二歳年が離れてるってこと。だいたい大人になったら年の差なんてたいして気にならなくなるものよ」
にやつきながらアリーセは肩ひじでイェンの脇腹を小突く。
アルトも目を細めていひひ、と人さし指でイェンを突っつく。
ノイはそうとうショックを受けたのか、口を開けて呆然と突っ立ったまま。
「おまえら、何なんだよ!」
イェンはからかってくるアリーセとアルトの手を振り払った。
それを見ていたツェツイは肩を揺らして笑い、とうとう押さえきれなくなったのか、お腹を抱え声を上げて笑った。
「おまえ笑いすぎ!」
「だって、お師匠様の困った顔がおかしくて」
ひとしきり笑ったあと、ツェツイはもう一度イェンを見上げた。
迷いが吹っ切れたすがすがしい顔だった。
「あたし行きます」
「ああ、行ってこい」
ツェツイは再び背を向け、確かな足取りで歩き出す。が、数歩歩いて立ち止まり、もう一度振り返る。
イェンは訝しげに目を細めた。
何故なら、ツェツイの口元には満面の笑みが浮かんでいたからだ。
「ツェ……」
名を呟こうとした瞬間、ツェツイの姿がふっとその場から消えた。
一瞬の出来事であった。
ツェツイの立っていた場所に緩やかな風が渦を巻いて舞い上がり、虚空を舞っていた落ち葉がゆらゆらと地面に落ちた。
「あいつ」
たった一度、あの時自分が実行した空間移動を見事ものにしたのだ。
それも詠唱なしで。
「今の空間移動か! まじか?」
「いつの間にそんな上級魔術!」
ツェツイの魔術を目の前で見せつけられ、ノイとアルトは頬を紅潮させ足を踏みならす。
「こうしちゃいられない。なあ、アルト!」
「うん、ノイ! 俺たちも魔術の特訓だ!」
おーっ、と双子たちはこぶしを握りしめ〝灯〟に向かって走り出した。が、突然ノイは立ち止まり振り返ってイェンに指を突きつける。
「俺! 兄ちゃんには負けないからな。絶対に負けないぞ。負けないからな!」
涙目で訴えかけてくるノイに、イェンはやれやれと肩をすくめる。
アリーセはイェンの肩にひじをかけ、何やら含むような笑いを口元に浮かべた。
「あんた、しっかりつかまえておいた方がいいかもよ」
「何がだよ」
「またまた、わかってるくせに。あの子、間違いなくいい女になるよ。このあたしが保証する」
イェンはじろりとアリーセを睨みつける。
「何が保証するだ」
「あんたも、もうじゅうぶんすぎるくらい遊んだでしょう? 逃しちゃってから後悔しても遅いのよ。それに、無垢な少女を自分色に染めるってのも、男の醍醐味じゃないの?」
「はあ?」
何言ってんだよ、と呆れた表情でイェンは肩にのったアリーセの手を邪険に振り払う。 イェンの背中をぽんと叩き、意味ありげな笑いを残してアリーセは家へと戻っていった。
「そんな趣味ねえっての」
と答えたが、おそらくアリーセの耳には届かなかったであろう。
イェンは頭をくしゃりとかき、ふっと笑ってどこまでも続く青い空を見上げた。
ツェツイーリア、十歳。イェン、二十二歳。
二人の距離が縮まるのは、もう少し先のこと──。
ツェツイは大きく息を吸いゆっくりと吐き出すと、何かを決意した目でイェンを見上げる。
「やっぱり、お師匠様のことあきらめません」
「ツェツイ……それってもしかして……」
頬を赤らめてアリーセはイェンとツェツイを交互に見る。
何だか嬉しそうな顔だ。
ツェツイはえへへ、と笑う。
「あたし、お師匠様のことが好きなんです」
ツェツイの突然の告白にノイはえ? と大きく目を見開き、アルトはやっぱりなあ、とがくりと頭を垂れ、ため息をつく。
「ツェツイ、兄ちゃんのこと好きだったのか!」
ノイが目を丸くしてアルトに問いかける。
「やっぱり、ノイは気づかなかったんだな……」
「アルトは知ってたのか? いつからだ?」
「ツェツイがあの日だった時に、何となく」
「あの日ってあの日か?」
「そうだよ。あの日だよ」
「ええっ! 俺、全然気づかなかったぞ」
「ノイって、意外と鈍かったんだな……」
ノイはうう……と声をもらし恨めしげな目でイェンを見上げる。
「俺の本当のライバルがまさか兄ちゃんだったなんて……」
「だから強敵がいるって言ったろ? 多分、勝ち目ないぞ」
「そんなの……そんなの、わかんないじゃないか!」
涙目になるノイに、さらに追い打ちをかけるように。
「それに、あたしお師匠様のキスが忘れられなくて」
「おい……っ!」
慌てるイェンの後頭部を、すかさずアリーセがひっぱたく。
「何だよ、いてえな!」
「あんた! ツェツイにキスって……あれほどまだ手を出しちゃだめっていったのに! ツェツイはまだ小っちゃな子どもよ! まさか……まさかと思うけど……」
「まさか何だよ。あり得ねえだろ。違うよ、聞けよっ!」
ぽっと頬を赤らめるツェツイ。あんぐりと口を開ける双子たち。
うろたえるイェンを睨みつけるアリーセ。
「おでこにちゅってしてもらいました」
「おでこに。そう……おでこにね」
それを聞いたアリーセはほっと息をもらす。
「でも、素敵だわ! 嬉しいわ! いいのよツェツイ、こんなばかでよかったらぜひ貰ってやってちょうだい。ばかだけど、根は悪い子じゃないのよ。ああ……そうなったらツェツイは本当にあたしの娘になるのね! どうせならもうここで婚約してっちゃう? そうしなさい!」
アリーセはすっかり浮かれて舞い上がっている様子であった。
「あたし、いつか、お師匠様の隣に並ぶことができるような立派な魔道士になって、自分を磨いて絶対いい女になって戻ってきます。そして、もう一度お師匠様を口説き落としてみせます! だから、待っていてください。それまで他に好きな女性ができてもかまいません。だって、しばらく離れてしまうんだから仕方がないですよね」
「それ、俺が昨夜ツェツイに言った言葉……」
ノイはがっくりと肩を落とす。
「ツェツイ、そんな心配なんてしなくていいのよ。このばか、今までまともにつき合った女性なんて一人もいないんだから。一人もよ! この先だってないから安心しなさい」
「なあ、大丈夫かノイ? そんな落ち込むなよ。な?」
「大丈夫じゃないかも……ちょっと立ち直れない……」
「でも、必ずあたし、お師匠様を振り向かせてみせますから。その時は、あたしを……可愛がってください」
「かわ……おまえ、何言って……」
イェンはかっと顔を赤くする。
「まあ! もちろんよ。もちろん可愛がってあげるわ」
気持ちの整理がついたのか、ツェツイは晴れやかな笑みを浮かべた。
「なあ、ツェツイと兄ちゃんいくつ年離れてるんだ?」
すかさずアルトは十二歳だと答える。
「十二歳! それって……いくら何でも離れすぎだよな」
「離れすぎもいいとこだな。十二の差は大きいと思うぞ」
「あら、あんたたち忘れたの? あたしとエリクも十二歳年が離れてるってこと。だいたい大人になったら年の差なんてたいして気にならなくなるものよ」
にやつきながらアリーセは肩ひじでイェンの脇腹を小突く。
アルトも目を細めていひひ、と人さし指でイェンを突っつく。
ノイはそうとうショックを受けたのか、口を開けて呆然と突っ立ったまま。
「おまえら、何なんだよ!」
イェンはからかってくるアリーセとアルトの手を振り払った。
それを見ていたツェツイは肩を揺らして笑い、とうとう押さえきれなくなったのか、お腹を抱え声を上げて笑った。
「おまえ笑いすぎ!」
「だって、お師匠様の困った顔がおかしくて」
ひとしきり笑ったあと、ツェツイはもう一度イェンを見上げた。
迷いが吹っ切れたすがすがしい顔だった。
「あたし行きます」
「ああ、行ってこい」
ツェツイは再び背を向け、確かな足取りで歩き出す。が、数歩歩いて立ち止まり、もう一度振り返る。
イェンは訝しげに目を細めた。
何故なら、ツェツイの口元には満面の笑みが浮かんでいたからだ。
「ツェ……」
名を呟こうとした瞬間、ツェツイの姿がふっとその場から消えた。
一瞬の出来事であった。
ツェツイの立っていた場所に緩やかな風が渦を巻いて舞い上がり、虚空を舞っていた落ち葉がゆらゆらと地面に落ちた。
「あいつ」
たった一度、あの時自分が実行した空間移動を見事ものにしたのだ。
それも詠唱なしで。
「今の空間移動か! まじか?」
「いつの間にそんな上級魔術!」
ツェツイの魔術を目の前で見せつけられ、ノイとアルトは頬を紅潮させ足を踏みならす。
「こうしちゃいられない。なあ、アルト!」
「うん、ノイ! 俺たちも魔術の特訓だ!」
おーっ、と双子たちはこぶしを握りしめ〝灯〟に向かって走り出した。が、突然ノイは立ち止まり振り返ってイェンに指を突きつける。
「俺! 兄ちゃんには負けないからな。絶対に負けないぞ。負けないからな!」
涙目で訴えかけてくるノイに、イェンはやれやれと肩をすくめる。
アリーセはイェンの肩にひじをかけ、何やら含むような笑いを口元に浮かべた。
「あんた、しっかりつかまえておいた方がいいかもよ」
「何がだよ」
「またまた、わかってるくせに。あの子、間違いなくいい女になるよ。このあたしが保証する」
イェンはじろりとアリーセを睨みつける。
「何が保証するだ」
「あんたも、もうじゅうぶんすぎるくらい遊んだでしょう? 逃しちゃってから後悔しても遅いのよ。それに、無垢な少女を自分色に染めるってのも、男の醍醐味じゃないの?」
「はあ?」
何言ってんだよ、と呆れた表情でイェンは肩にのったアリーセの手を邪険に振り払う。 イェンの背中をぽんと叩き、意味ありげな笑いを残してアリーセは家へと戻っていった。
「そんな趣味ねえっての」
と答えたが、おそらくアリーセの耳には届かなかったであろう。
イェンは頭をくしゃりとかき、ふっと笑ってどこまでも続く青い空を見上げた。
ツェツイーリア、十歳。イェン、二十二歳。
二人の距離が縮まるのは、もう少し先のこと──。
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