58 / 59
第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
やっぱり、お師匠様のことあきらめません! 1
しおりを挟む
そして、翌朝。
旅立ちの日。
赤く色づいた木々の葉が爽やかに吹く風に揺れ、大地に降り注ぐ陽の光は眩しくそして、暖かい。
空を見上げれば雲ひとつない見事な青空。
まさに、旅立ちに相応しい朝であった。
お世話になった一家にツェツイは深々と頭を下げた。
手には小さな鞄一つ。
住んでいた家はアリーセのつてで、いつか再びここへ戻ってくるまでの間、信用できる人に管理してもらうよう頼んだ。
家の前では旅立つツェツイを見送るため、イェンとアリーセそして、双子たちが並んで立っていた。
「ほんとに行っちゃうんだな」
「なんか寂しくなっちゃうな」
ツェツイはノイの手を握りしめる。
「うん、ノイ遊んでくれてありがとう」
「おう!」
そして、次にアルトの手を握る。
「アルトもありがとう。すごく楽しかった」
「あれ?」
ふと、双子たちは首を傾げた。
「ツェツイ、俺たちの見分けがつくようになったのか?」
ノイの問いかけに、ツェツイはううんと首を振る。
「結局わからなかったの。ごめんね。あのね、二人の放つ魔力が違うから、それで……」
「そっか。それでか」
ノイとアルトは納得したようにうなずく。
「うかうかしてると、俺たちツェツイにどんどん追い抜かれちゃうな」
「ほんとだな。負けていられないよ。俺たちもこっちで頑張るからな」
ツェツイはうん、とうなずき今度はアリーセに向き直る。
「アリーセさん、本当にありがとうございました。アリーセさんにはいろいろよくしていただいて感謝の言葉もありません」
ツェツイはぺこりと頭を下げた。
「それと、アリーセさんの手料理おいしかったです!」
「こっちに戻ってきたときは必ず家にくるのよ。絶対だからね。ツェツイの好きなものたくさ作るから」
「あたし、またりんごのタルトが食べたい!」
了解、とアリーセは親指を立てた。
そして、ツェツイはゆっくりとイェンの元へ歩み寄る。
イェンが贈ってくれた耳元の髪留めにそっと手を触れる。
ありがとうございます、と声に出したが、それは相手に聞き取れるかどうかもわからない呟き声にしかならなかった。
お師匠様に出会うことがなければ今の自分はなかった。
大事なお礼、言わなければならないこと、たくさんあったはずなのに、本人と向き合った途端、頭の中が真っ白となって消えた。
「気をつけて行ってこい」
「はい……」
「くれぐれも無理は……」
そこまで言いかけ、イェンは苦笑する。
本当に、この言葉を何度言ったか。
うなずくツェツイに手を伸ばし、イェンは頭をなでた。そして、うなずいたままうつむいたツェツイのあごに指先を添え上向かせる。
「言ったろ。下なんか向いててもいいことねえぞって。しっかり前を向いて歩け」
ツェツイはぎこちない笑みを浮かべる。
「お師匠様」
唇をきつく噛み、あふれそうになる涙をツェツイはぐっとこらえる。
鞄をぎゅっと握りしめ、最後にもう一度みなに頭をさげた。
名残惜しい気持ちを振り切り、くるりと背を向け歩き出す。
数歩歩いたその時。
「おい……」
呼び止めるイェンの声に振り返る。
「途中まで送ろう……か?」
思いもしなかったその言葉にツェツイは目を丸くし、そして、くすりと笑う。
「何だよ」
「もしかしてお師匠様、あたしがいなくなって本当は寂しいとか?」
「ばかいえ」
そっぽを向いたイェンの表情が、一瞬うろたえたのをツェツイは見逃さなかった。
そうだね。
今は無理でも未来はわからないよね。
ツェツイの手から離れた鞄が足元にごとりと落ちた。ツェツイはイェンの元へと駈け寄る。
「お師匠様!」
両手をめいいっぱい伸ばしてくるツェツイにイェンはどうした? というように身をかがめた。そのイェンの首筋にツェツイは伸ばした両手を回すと──。
ちゅっとイェンの頬にキスをする。
「まあ……まあ!」
その横ではアリーセが頬に両手をあて目を輝かせていた。
さらにその横でノイとアルトがあんぐりと口を開けている。
「どういうことなの? ねえ、これはどういうこと!」
旅立ちの日。
赤く色づいた木々の葉が爽やかに吹く風に揺れ、大地に降り注ぐ陽の光は眩しくそして、暖かい。
空を見上げれば雲ひとつない見事な青空。
まさに、旅立ちに相応しい朝であった。
お世話になった一家にツェツイは深々と頭を下げた。
手には小さな鞄一つ。
住んでいた家はアリーセのつてで、いつか再びここへ戻ってくるまでの間、信用できる人に管理してもらうよう頼んだ。
家の前では旅立つツェツイを見送るため、イェンとアリーセそして、双子たちが並んで立っていた。
「ほんとに行っちゃうんだな」
「なんか寂しくなっちゃうな」
ツェツイはノイの手を握りしめる。
「うん、ノイ遊んでくれてありがとう」
「おう!」
そして、次にアルトの手を握る。
「アルトもありがとう。すごく楽しかった」
「あれ?」
ふと、双子たちは首を傾げた。
「ツェツイ、俺たちの見分けがつくようになったのか?」
ノイの問いかけに、ツェツイはううんと首を振る。
「結局わからなかったの。ごめんね。あのね、二人の放つ魔力が違うから、それで……」
「そっか。それでか」
ノイとアルトは納得したようにうなずく。
「うかうかしてると、俺たちツェツイにどんどん追い抜かれちゃうな」
「ほんとだな。負けていられないよ。俺たちもこっちで頑張るからな」
ツェツイはうん、とうなずき今度はアリーセに向き直る。
「アリーセさん、本当にありがとうございました。アリーセさんにはいろいろよくしていただいて感謝の言葉もありません」
ツェツイはぺこりと頭を下げた。
「それと、アリーセさんの手料理おいしかったです!」
「こっちに戻ってきたときは必ず家にくるのよ。絶対だからね。ツェツイの好きなものたくさ作るから」
「あたし、またりんごのタルトが食べたい!」
了解、とアリーセは親指を立てた。
そして、ツェツイはゆっくりとイェンの元へ歩み寄る。
イェンが贈ってくれた耳元の髪留めにそっと手を触れる。
ありがとうございます、と声に出したが、それは相手に聞き取れるかどうかもわからない呟き声にしかならなかった。
お師匠様に出会うことがなければ今の自分はなかった。
大事なお礼、言わなければならないこと、たくさんあったはずなのに、本人と向き合った途端、頭の中が真っ白となって消えた。
「気をつけて行ってこい」
「はい……」
「くれぐれも無理は……」
そこまで言いかけ、イェンは苦笑する。
本当に、この言葉を何度言ったか。
うなずくツェツイに手を伸ばし、イェンは頭をなでた。そして、うなずいたままうつむいたツェツイのあごに指先を添え上向かせる。
「言ったろ。下なんか向いててもいいことねえぞって。しっかり前を向いて歩け」
ツェツイはぎこちない笑みを浮かべる。
「お師匠様」
唇をきつく噛み、あふれそうになる涙をツェツイはぐっとこらえる。
鞄をぎゅっと握りしめ、最後にもう一度みなに頭をさげた。
名残惜しい気持ちを振り切り、くるりと背を向け歩き出す。
数歩歩いたその時。
「おい……」
呼び止めるイェンの声に振り返る。
「途中まで送ろう……か?」
思いもしなかったその言葉にツェツイは目を丸くし、そして、くすりと笑う。
「何だよ」
「もしかしてお師匠様、あたしがいなくなって本当は寂しいとか?」
「ばかいえ」
そっぽを向いたイェンの表情が、一瞬うろたえたのをツェツイは見逃さなかった。
そうだね。
今は無理でも未来はわからないよね。
ツェツイの手から離れた鞄が足元にごとりと落ちた。ツェツイはイェンの元へと駈け寄る。
「お師匠様!」
両手をめいいっぱい伸ばしてくるツェツイにイェンはどうした? というように身をかがめた。そのイェンの首筋にツェツイは伸ばした両手を回すと──。
ちゅっとイェンの頬にキスをする。
「まあ……まあ!」
その横ではアリーセが頬に両手をあて目を輝かせていた。
さらにその横でノイとアルトがあんぐりと口を開けている。
「どういうことなの? ねえ、これはどういうこと!」
10
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
GREATEST BOONS+
丹斗大巴
児童書・童話
幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。
異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。
便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。
takemot
児童書・童話
薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。
「シチュー作れる?」
…………へ?
彼女の正体は、『森の魔女』。
誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。
そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。
どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。
「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」
「あ、さっきよりミルク多めで!」
「今日はダラダラするって決めてたから!」
はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。
子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。
でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。
師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。
表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
「羊のシープお医者さんの寝ない子どこかな?」
時空 まほろ
児童書・童話
羊のシープお医者さんは、寝ない子専門のお医者さん。
今日も、寝ない子を探して夜の世界をあっちへこっちへと大忙し。
さあ、今日の寝ない子のんちゃんは、シープお医者んの治療でもなかなか寝れません。
そんなシープお医者さん、のんちゃんを緊急助手として、夜の世界を一緒にあっちへこっちへと行きます。
のんちゃんは寝れるのかな?
シープお医者さんの魔法の呪文とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる