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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
禁忌の術 3
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何ひとつ、おまえから失わせはしない。その言葉の意味することは何か。
お師匠様はいったい何をしようとしているのか。
いや、イェンがこれからしようとしていることに、ツェツイは薄々気づいている、という様子であった。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「お師匠様は、何をするつもりなのですか……」
ツェツイの不安は拭えない。もし、考えていることがあたっていたとすれば。
「だけど、さすがに大きすぎるな」
「大きすぎる?」
「刻を戻す時間が大きすぎるってことだ」
「と、き……? やっぱり……あの日、試験の時間は過ぎていたんですね。でも、あたしが間に合うように、お師匠様は刻を戻した」
「まあな」
もはや、ここで誤魔化したところで意味はないと、イェンはあっさり認める。
「十一時の鐘が鳴ったのは、あたしの聞き間違いではなかった」
そう、確かに鐘は鳴っていた。
聞き間違えるはずはない。
あの時は、これ以上何も聞くなというイェンの態度に圧力をかけられ黙ったが、やはりそうだったのだ。
「聞き間違いでも何でもねえよ。あの時、試験が始まる直前まで刻を遡った。それより、その話は後だ」
イェンはちっと舌打ちをする。
「今回ばかりはちょっと戻るというわけにはいかないかもな。しかたがねえ、あれの力を借りるか」
まったくもって気が進まねえけどな、とイェンは至極、不愉快そうに眉間にしわを刻み独り言つ。おまけに深いため息までついて。
イェンは右手を前方にかかげた。しかし、持ち上がった腕にツェツイがしがみつく。
「だめです! 刻を戻す魔術は禁じられています。使ってはいけない魔術です! 〝灯〟に知られたら、お師匠様が罰を受けることになってしまいます。それだけは絶対にいやです!」
腕にすがりつき、ツェツイは必死にだめですと首を振る。
「そんなの、ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。この間の時だって誰も気づかなかったろ? 〝灯〟の上層部ですら。意外にそんなもんだ」
まあ、俺の腕がよすぎるってこともあるかもな、と戯けた口調でイェンはそうつけ加える。
それは、ツェツイを安心させるための言葉か、あるいは本心からか。
冗談でも何でもないとすれば〝灯〟のみなから落ちこぼれだの、無能だの、仕事もしないで〝灯〟の裏庭で昼寝ばかりしていると、みなから散々な悪口を言われ続けているイェンであったが、実はそうとうな魔術の使い手でさらに、かなりの自信家であるということであった。
「この間はそうでも、今回もそうだとは限りません! お願いです。お師匠様やめてください。あたしのせいで、お師匠様を巻き込んでしまってごめんなさい。もういいんです。今すぐ」
「だから、心配すんな。こういうことはばれないように要領よくやるんだよ。だけどそうだな。たとえ万が一ばれたとしても、俺には強力な後ろ盾がついている。そいつが何とかしてくれるさ。たぶんな、きっと、おそらく……」
その強力な後ろ盾という人物を思い浮かべているのか、イェンはふと遠い眼差しで、はは、と冗談とも本気ともつかない曖昧な笑いをこぼす。
「後ろ盾? それは、お師匠様のお父様……〝灯〟の長のことですか?」
「長? 違うな。長は関係ねえよ。もっとすごい権力を持った奴だ」
言って、やはりイェンは何故かおかしそうに笑う。
長、以上に権力を持つ人。
はたして、その人物はいったい誰なのかとツェツイは考え込む。
しかし、そんな人間など予想もつかないと、ツェツイは首を振った。
そもそも本当にそんな人物がいるのか。
だが、イェンの様子を見る限り、嘘を言っているようにもみえない。
「ちょっと特殊だが、刻を戻すのはこの辺りの空間にして……」
突然、ツェツイが肩をすぼめ悲鳴を上げた。
熱で窓ガラスが音をたてて割れた。
出火元の薪が積み上げられたすぐ隣の居間の壁が派手に崩れる。
食器棚が倒れ、中の食器が床に砕けて散らばり、さらに、支えるものを失った屋根が落ち、居間へと続く扉がふさがれてしまう。
「さすがに急がねえとまずいな」
イェンの顔が苦痛に歪む。
ひたいにじっとりと汗が浮き上がり、こめかみに負った傷の血と混じり流れ落ちる。
柱を支えている自身の体力も、そろそろ限界であった。
それもそうだ。
炎と煙から身を守るために自分たちの周囲に結界を張り、それを維持するため魔力を使い続けているのだ。
それが途絶えてしまえば、すぐさま、たちこめる煙と炎にまかれ、二人ともお終いとなる。
落ちた柱を支える腕が痺れ感覚を失い足が震えた。
一瞬でも気を抜けば、下にいるツェツイとともに柱の下敷きだ。
ツェツイが瞳を揺らして見上げている。
お師匠様はいったい何をしようとしているのか。
いや、イェンがこれからしようとしていることに、ツェツイは薄々気づいている、という様子であった。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「お師匠様は、何をするつもりなのですか……」
ツェツイの不安は拭えない。もし、考えていることがあたっていたとすれば。
「だけど、さすがに大きすぎるな」
「大きすぎる?」
「刻を戻す時間が大きすぎるってことだ」
「と、き……? やっぱり……あの日、試験の時間は過ぎていたんですね。でも、あたしが間に合うように、お師匠様は刻を戻した」
「まあな」
もはや、ここで誤魔化したところで意味はないと、イェンはあっさり認める。
「十一時の鐘が鳴ったのは、あたしの聞き間違いではなかった」
そう、確かに鐘は鳴っていた。
聞き間違えるはずはない。
あの時は、これ以上何も聞くなというイェンの態度に圧力をかけられ黙ったが、やはりそうだったのだ。
「聞き間違いでも何でもねえよ。あの時、試験が始まる直前まで刻を遡った。それより、その話は後だ」
イェンはちっと舌打ちをする。
「今回ばかりはちょっと戻るというわけにはいかないかもな。しかたがねえ、あれの力を借りるか」
まったくもって気が進まねえけどな、とイェンは至極、不愉快そうに眉間にしわを刻み独り言つ。おまけに深いため息までついて。
イェンは右手を前方にかかげた。しかし、持ち上がった腕にツェツイがしがみつく。
「だめです! 刻を戻す魔術は禁じられています。使ってはいけない魔術です! 〝灯〟に知られたら、お師匠様が罰を受けることになってしまいます。それだけは絶対にいやです!」
腕にすがりつき、ツェツイは必死にだめですと首を振る。
「そんなの、ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。この間の時だって誰も気づかなかったろ? 〝灯〟の上層部ですら。意外にそんなもんだ」
まあ、俺の腕がよすぎるってこともあるかもな、と戯けた口調でイェンはそうつけ加える。
それは、ツェツイを安心させるための言葉か、あるいは本心からか。
冗談でも何でもないとすれば〝灯〟のみなから落ちこぼれだの、無能だの、仕事もしないで〝灯〟の裏庭で昼寝ばかりしていると、みなから散々な悪口を言われ続けているイェンであったが、実はそうとうな魔術の使い手でさらに、かなりの自信家であるということであった。
「この間はそうでも、今回もそうだとは限りません! お願いです。お師匠様やめてください。あたしのせいで、お師匠様を巻き込んでしまってごめんなさい。もういいんです。今すぐ」
「だから、心配すんな。こういうことはばれないように要領よくやるんだよ。だけどそうだな。たとえ万が一ばれたとしても、俺には強力な後ろ盾がついている。そいつが何とかしてくれるさ。たぶんな、きっと、おそらく……」
その強力な後ろ盾という人物を思い浮かべているのか、イェンはふと遠い眼差しで、はは、と冗談とも本気ともつかない曖昧な笑いをこぼす。
「後ろ盾? それは、お師匠様のお父様……〝灯〟の長のことですか?」
「長? 違うな。長は関係ねえよ。もっとすごい権力を持った奴だ」
言って、やはりイェンは何故かおかしそうに笑う。
長、以上に権力を持つ人。
はたして、その人物はいったい誰なのかとツェツイは考え込む。
しかし、そんな人間など予想もつかないと、ツェツイは首を振った。
そもそも本当にそんな人物がいるのか。
だが、イェンの様子を見る限り、嘘を言っているようにもみえない。
「ちょっと特殊だが、刻を戻すのはこの辺りの空間にして……」
突然、ツェツイが肩をすぼめ悲鳴を上げた。
熱で窓ガラスが音をたてて割れた。
出火元の薪が積み上げられたすぐ隣の居間の壁が派手に崩れる。
食器棚が倒れ、中の食器が床に砕けて散らばり、さらに、支えるものを失った屋根が落ち、居間へと続く扉がふさがれてしまう。
「さすがに急がねえとまずいな」
イェンの顔が苦痛に歪む。
ひたいにじっとりと汗が浮き上がり、こめかみに負った傷の血と混じり流れ落ちる。
柱を支えている自身の体力も、そろそろ限界であった。
それもそうだ。
炎と煙から身を守るために自分たちの周囲に結界を張り、それを維持するため魔力を使い続けているのだ。
それが途絶えてしまえば、すぐさま、たちこめる煙と炎にまかれ、二人ともお終いとなる。
落ちた柱を支える腕が痺れ感覚を失い足が震えた。
一瞬でも気を抜けば、下にいるツェツイとともに柱の下敷きだ。
ツェツイが瞳を揺らして見上げている。
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