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第2章 念願の魔道士になりました!
お師匠様の魔術 2
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「西塔、最上階。一番奥の部屋、だな」
マルセルのひたいにあてていたイェンの手が離れる。途端、マルセルは壁に背中をつけたまま、ずるりとその場に足を崩して座り込む。
どうしてそれが分かったんだという目で、壁に手をついて見下ろしているイェンをマルセルは怖々と見つめ返す。
「マルセル! どうしたの。ねえ、マルセル!」
すぐ側ではルッツがおろおろしながらマルセルを心配しつつも、けれど、二人に近寄ることもできず顔を青ざめさせていた。
「読まれた……」
マルセルの口から呻きにも似た声がもれる。
「こいつ! 僕の頭の中を覗いて読みとったんだよ。あいつを閉じ込めた場所を!」
「読みとったって、そんなことできるわけ! ……だってこいつは、万年初級で落ちこぼれの無能魔道士……」
ルッツはおそるおそるイェンに視線を向ける。
その目はこいつにそんなことなんてできるわけがないという疑いの目であった。
だが、それならば何故、ツェツイを閉じ込めたこともそして、閉じ込めた場所も知られたのか。
「だから、屈辱を味わうことになるって、言ったろ」
「お、お、おまえ! 自分が今何やったかわかってんだよな。人の記憶への介入は〝灯〟の違反行為だ。やっちゃいけないことなんだぞ! 知ってるのか!」
「おまえに言われなくても、知ってるよ」
あっさりと言い返すイェンに、マルセルはぎりぎりと悔しげに歯を噛み鳴らす。
「知っててやったっていうのかよ!」
「おまえが素直に言わねえからだ」
「う、うるさい。黙れ! 追放だ。追放だぞ! このことを上層部に言いつけて、おまえを〝灯〟から追放してやる。魔道士の資格も剥奪だ。はは、ざまあみろっ!」
マルセルは真っ赤になってしつこく追放だと繰り返し悪態をつく。
自分もツェツイを騙して試験の妨害をしたということが上層部に知られたら処罰ものだということを、どうやら失念しているようだ。
イェンは戯けた仕草で肩をすくめた。
「好きにすればいいだろ」
「なに!」
「追放されようが何されようが、俺は別にかまわねえよ」
そう言って、イェンはマルセルに背を向ける。
「何だよその態度は。自分の父親が〝灯〟の長だから自分はそうならないとたかをくくっているのか?」
肩越しに振り返るイェンの口元に浮かぶ不敵な笑みに、マルセルとルッツの方が押されてたじたじとなる。
「ここはそんな甘いとこじゃねえよ。おまえも、あいつにしたことがバレたら処罰もんだってことがわかってんのか? まあ、わかっててやったんだよな」
マルセルはうっと声をつまらせ顔をひきつらせた。
おそらくマルセルの脳裏に、自分も〝灯〟から追放されるかもしれないという思いが過ぎったであろう。
それを察してか、イェンはにやりと嗤った。
「そうだおまえ〝灯〟から追放された魔道士がどうなるか知ってるか?」
イェンの問いかけに、マルセルは知らないと首を振る。
「なら聞かせてやるよ。〝灯〟から追放された魔道士は魔力と会得したすべての術は〝灯〟によって封じられる。さらに〝灯〟で過ごしたいっさいの記憶も消される。それで、普通の人として問題なく生活に馴染めればそれでいい。だが、記憶を操作された時点で、廃人状態となる者もごくまれにいる。〝灯〟は……」
イェンは口の端を歪めた。この先俺が話すことをよく聞けよ、とばかりに。
マルセルはごくりと喉を鳴らし、イェンの次の言葉を待つ。
「その人間を秘密裏に捕らえ〝灯〟の奥深くに隔離する」
「隔離、する……」
マルセルは震える声で隔離という言葉を繰り返した。
「そうなったら、一生〝灯〟から外に出ることはできない。死ぬまで一生な」
「そ、そうなのか……ていうか、おまえずいぶんと詳しいじゃないか。まるで……」
「そんなことも知らずに追放だと騒いでたのか? 〝灯〟からの追放、魔道士の資格剥奪は、そう簡単に口にできるほど実はそんな生やさしいもんじゃねえんだよ。おまえもせいぜい自分がやったことがバレないように隠し続けるんだな」
「ふん! そんなこと言ってほんとはおまえ、僕のことを上層部に言いつけるつもりだろ! これまでの腹いせだとばかりに。そうだろう。そうだな?」
「そんなつまんねえ真似なんかするか。俺はあいつが無事に試験を受けられればそれでいい」
「試験? どう足掻いたってもう無理に決まってんだろ。もうすぐ十一時の鐘がなる!」
「だが、もし」
イェンはすっと目を細めてマルセルを見据える。
「もし、あいつが試験に落ちたらおまえを許さない。その時は、どうなるか覚悟しておけ」
「何だよ偉そうなこと言いやがって! 覚悟って何だよ! 万年初級落ちこぼれ無能のおまえに何ができ……っ」
「おまえの魔道士生命を断ってやるからな」
突如、イェンの身体から凄まじい気が放たれた。次
の瞬間、外に面した廊下の窓ガラスがぴしりと音をたてて一直線に亀裂が入り勢いよく割れた。
砕け散るガラスの破片が窓から差し込む陽の光に反射してきらきらときらめく。そのガラスの一片がはじけ飛び、マルセルの頬をかすめた。
「うわっ!」
ルッツは咄嗟に身体を丸めて床にうずくまる。
「ひ……っ!」
マルセルも悲鳴をもらし頭を抱えてきつく目を閉じた。
「な、な……何が起きたんだよ……」
次に二人が目を開けた時には、イェンの姿がその場から消えていた。残されたマルセルとルッツは何度も目をこすっては開くを繰り返し、ぽかんと口を開けている。
「あいつ、いない。消えた」
ルッツがかすれた声をもらす。
「空間移動……?」
「上級魔術だよ。それも……」
「詠唱なし」
マルセルは今、目の前で起きたことが信じられないというように呟いた。
「あいつ、あいつはいったい何なんだよ。いつも見かければ仕事もしないで暇そうに裏庭で寝っ転がって、そうかと思えば女といちゃついて、っていうか、実際いちゃついてるとこ見たことないけど……こっちが何を言っても気にもとめる素振りもみせずバカみたいにのらりくらりとかわして……なのに、あいつの今の凄まじい魔力は何なんだよ……普通じゃないぞ」
「ぼ、僕、まだ手が震えてる。あいつの魔力に圧倒されて、押し潰されるかと思った……」
「くそ! あいつは何者なんだよ!」
マルセルは握った手を床に叩きつけた。
そこへ通りかかった数人の男たちがマルセルとルッツの姿を見て指を差して笑い出す。
「おまえらそんなとこに座りこんで何してんだ? それに、何だおまえ頬、怪我してるじゃないか。いったい、何やらかしたんだ?」
「あ、ああ……」
マルセルは頬に手をあて、うっすらと血のついた自分の手のひらを見つめる。
傷はたいしたことはない。ただのかすり傷程度だ。
「窓ガラスが割れて……」
ガラスが割れただって? と言って、やってきた男たちは窓を見る。
「窓ガラスがどうしたって?」
廊下一面にはられた窓ガラスがすべて粉々に砕け散ったはずなのに、割れた形跡はまったくなかった。ひびのひとつも入っていない。まるで何事もなかったかのように。
マルセルのひたいにあてていたイェンの手が離れる。途端、マルセルは壁に背中をつけたまま、ずるりとその場に足を崩して座り込む。
どうしてそれが分かったんだという目で、壁に手をついて見下ろしているイェンをマルセルは怖々と見つめ返す。
「マルセル! どうしたの。ねえ、マルセル!」
すぐ側ではルッツがおろおろしながらマルセルを心配しつつも、けれど、二人に近寄ることもできず顔を青ざめさせていた。
「読まれた……」
マルセルの口から呻きにも似た声がもれる。
「こいつ! 僕の頭の中を覗いて読みとったんだよ。あいつを閉じ込めた場所を!」
「読みとったって、そんなことできるわけ! ……だってこいつは、万年初級で落ちこぼれの無能魔道士……」
ルッツはおそるおそるイェンに視線を向ける。
その目はこいつにそんなことなんてできるわけがないという疑いの目であった。
だが、それならば何故、ツェツイを閉じ込めたこともそして、閉じ込めた場所も知られたのか。
「だから、屈辱を味わうことになるって、言ったろ」
「お、お、おまえ! 自分が今何やったかわかってんだよな。人の記憶への介入は〝灯〟の違反行為だ。やっちゃいけないことなんだぞ! 知ってるのか!」
「おまえに言われなくても、知ってるよ」
あっさりと言い返すイェンに、マルセルはぎりぎりと悔しげに歯を噛み鳴らす。
「知っててやったっていうのかよ!」
「おまえが素直に言わねえからだ」
「う、うるさい。黙れ! 追放だ。追放だぞ! このことを上層部に言いつけて、おまえを〝灯〟から追放してやる。魔道士の資格も剥奪だ。はは、ざまあみろっ!」
マルセルは真っ赤になってしつこく追放だと繰り返し悪態をつく。
自分もツェツイを騙して試験の妨害をしたということが上層部に知られたら処罰ものだということを、どうやら失念しているようだ。
イェンは戯けた仕草で肩をすくめた。
「好きにすればいいだろ」
「なに!」
「追放されようが何されようが、俺は別にかまわねえよ」
そう言って、イェンはマルセルに背を向ける。
「何だよその態度は。自分の父親が〝灯〟の長だから自分はそうならないとたかをくくっているのか?」
肩越しに振り返るイェンの口元に浮かぶ不敵な笑みに、マルセルとルッツの方が押されてたじたじとなる。
「ここはそんな甘いとこじゃねえよ。おまえも、あいつにしたことがバレたら処罰もんだってことがわかってんのか? まあ、わかっててやったんだよな」
マルセルはうっと声をつまらせ顔をひきつらせた。
おそらくマルセルの脳裏に、自分も〝灯〟から追放されるかもしれないという思いが過ぎったであろう。
それを察してか、イェンはにやりと嗤った。
「そうだおまえ〝灯〟から追放された魔道士がどうなるか知ってるか?」
イェンの問いかけに、マルセルは知らないと首を振る。
「なら聞かせてやるよ。〝灯〟から追放された魔道士は魔力と会得したすべての術は〝灯〟によって封じられる。さらに〝灯〟で過ごしたいっさいの記憶も消される。それで、普通の人として問題なく生活に馴染めればそれでいい。だが、記憶を操作された時点で、廃人状態となる者もごくまれにいる。〝灯〟は……」
イェンは口の端を歪めた。この先俺が話すことをよく聞けよ、とばかりに。
マルセルはごくりと喉を鳴らし、イェンの次の言葉を待つ。
「その人間を秘密裏に捕らえ〝灯〟の奥深くに隔離する」
「隔離、する……」
マルセルは震える声で隔離という言葉を繰り返した。
「そうなったら、一生〝灯〟から外に出ることはできない。死ぬまで一生な」
「そ、そうなのか……ていうか、おまえずいぶんと詳しいじゃないか。まるで……」
「そんなことも知らずに追放だと騒いでたのか? 〝灯〟からの追放、魔道士の資格剥奪は、そう簡単に口にできるほど実はそんな生やさしいもんじゃねえんだよ。おまえもせいぜい自分がやったことがバレないように隠し続けるんだな」
「ふん! そんなこと言ってほんとはおまえ、僕のことを上層部に言いつけるつもりだろ! これまでの腹いせだとばかりに。そうだろう。そうだな?」
「そんなつまんねえ真似なんかするか。俺はあいつが無事に試験を受けられればそれでいい」
「試験? どう足掻いたってもう無理に決まってんだろ。もうすぐ十一時の鐘がなる!」
「だが、もし」
イェンはすっと目を細めてマルセルを見据える。
「もし、あいつが試験に落ちたらおまえを許さない。その時は、どうなるか覚悟しておけ」
「何だよ偉そうなこと言いやがって! 覚悟って何だよ! 万年初級落ちこぼれ無能のおまえに何ができ……っ」
「おまえの魔道士生命を断ってやるからな」
突如、イェンの身体から凄まじい気が放たれた。次
の瞬間、外に面した廊下の窓ガラスがぴしりと音をたてて一直線に亀裂が入り勢いよく割れた。
砕け散るガラスの破片が窓から差し込む陽の光に反射してきらきらときらめく。そのガラスの一片がはじけ飛び、マルセルの頬をかすめた。
「うわっ!」
ルッツは咄嗟に身体を丸めて床にうずくまる。
「ひ……っ!」
マルセルも悲鳴をもらし頭を抱えてきつく目を閉じた。
「な、な……何が起きたんだよ……」
次に二人が目を開けた時には、イェンの姿がその場から消えていた。残されたマルセルとルッツは何度も目をこすっては開くを繰り返し、ぽかんと口を開けている。
「あいつ、いない。消えた」
ルッツがかすれた声をもらす。
「空間移動……?」
「上級魔術だよ。それも……」
「詠唱なし」
マルセルは今、目の前で起きたことが信じられないというように呟いた。
「あいつ、あいつはいったい何なんだよ。いつも見かければ仕事もしないで暇そうに裏庭で寝っ転がって、そうかと思えば女といちゃついて、っていうか、実際いちゃついてるとこ見たことないけど……こっちが何を言っても気にもとめる素振りもみせずバカみたいにのらりくらりとかわして……なのに、あいつの今の凄まじい魔力は何なんだよ……普通じゃないぞ」
「ぼ、僕、まだ手が震えてる。あいつの魔力に圧倒されて、押し潰されるかと思った……」
「くそ! あいつは何者なんだよ!」
マルセルは握った手を床に叩きつけた。
そこへ通りかかった数人の男たちがマルセルとルッツの姿を見て指を差して笑い出す。
「おまえらそんなとこに座りこんで何してんだ? それに、何だおまえ頬、怪我してるじゃないか。いったい、何やらかしたんだ?」
「あ、ああ……」
マルセルは頬に手をあて、うっすらと血のついた自分の手のひらを見つめる。
傷はたいしたことはない。ただのかすり傷程度だ。
「窓ガラスが割れて……」
ガラスが割れただって? と言って、やってきた男たちは窓を見る。
「窓ガラスがどうしたって?」
廊下一面にはられた窓ガラスがすべて粉々に砕け散ったはずなのに、割れた形跡はまったくなかった。ひびのひとつも入っていない。まるで何事もなかったかのように。
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