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第1章 わたしの師匠になってください!

お師匠様とつりあう歳だったなら 2

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 〝灯〟の所属試験に合格したツェツイは自分の家に戻ることになり、昨夜はそのお別れ会が開かれ遅くまで盛り上がった。
 すでに深夜。
 弟たちも珍しく遅くまで起きていたせいか、疲れてしまっているのだろう、静かな寝息をたてて深く寝入っている。
 ベッドの背もたれに寄りかかり、イェンは本を読んでいた。
 ふと、小さく扉を叩く音に気づき、読んでいた本から視線を上げる。
 そろりと扉が開かれ、くまのぬいぐるみを抱えたツェツイが扉の隙間から顔をのぞかせていた。
「どうした? 眠れないか?」
「いいえ、今日が最後だから。お師匠様……そばにいってもいいですか?」
 読んでいた本を閉じその本をベッド脇のテーブルに置くと、イェンはおいでと隣を指し示す。
「迷惑ではありませんか?」
「迷惑だったら呼ばねえだろ?」
 いいから来い、とイェンはベッドをぽんと叩く。
 笑顔を浮かべ嬉しそうに駈け寄ってきたツェツイは、ベッドの上にちょこんと座る。
「荷物はまとめ終わったか?」
 はい、とツェツイはうなずく。
 灯の魔道士になれば、入ったばかりでもいくらかのお給金がもらえるようになる。
 生活に余裕とはいかないまでも、切りつめれば何とかやっていける。
 その後は自分の頑張りしだいだ。
 もっとも、才能がなければそこまでだが。
 そして、明日から再び学校にまた通うことになった。
 アリーセは落ち着くまでここにいればいいと言ったが、ツェツイはうなずかなかった。
 揺れる気持ちもあっただろう。
 けれど、いつまでも甘えるわけにはいかないとツェツイなりに考えてのことだ。
 昨夜は腕によりをかけてアリーセがツェツイの好物ばかりを作った。
 そして、しまいには、ツェツイがいなくなると寂しいと言って大泣きし、案の定、つられてツェツイも声を上げて泣き出した。
 そんな二人を双子たちはひたすら慰め、自分は苦笑いを浮かべながらひたすら麦酒を飲んでいた。
 ここへ来るときは、荷物らしい荷物はほとんど持たずにやって来たツェツイだが、帰る時はひとりでは持ちきれない程の大荷物となった。
「アリーセさんに、お洋服も靴も帽子もいろいろたくさんいただいちゃいました。冬用のあったかそうなコートもです」
「今春だぞ。っていうか、フードにうさぎの耳のついたあれか?」
 イェンは顔をしかめる。ひらひらレースや大きなリボンのついた服、可愛らしい小物。あの母にそんな少女趣味があったのは正直驚きであった。
 ツェツイの趣味だってあるだろ? とは言ったが、ツェツイ自身が喜んでいるのだからまあ、いいのだろう。
 ツェツイはえへへ、と小首を傾けて笑う。
「寒くなるのが待ち遠しいです。荷物はノイとアルトが運ぶのを手伝ってくれるって。それに、くまのぬいぐるみも、あたしにゆずってくれるって言ってくれて、すごく嬉しい」
 すっかりお気に入りとなったくまのぬいぐるみを抱きしめ頬ずりをする。
「そんな、こいつらの手垢にまみれたぬいぐるみじゃなくて、新しいの買ってもらえ。アリーセならくまでも何でも喜んで選んでくれるぞ。そういうのが好きみたいだからな」
「ううん、この子がいいんです。というか、お師匠様はアリーセさんのことを名前で呼ぶのですね」
 おもむろにツェツイはベッドの上に正座する。
「お師匠様、今までありがとうございました」
「何だよあらたまって。実際、俺は何もしてねえよ」
 確かに何もしていない。すべてはツェツイの努力と身に潜んでいた魔術の才能だ。
「おまえの修行をただ見てただけだ」
「いいえ! 今ならわかります。お師匠様は……」
 そこへ、双子たちがそろってうん……と唸って寝返りをうった。
 そんな二人を見てツェツイはくすくすと笑う。
「寝返りもいっしょなんだ!」
「不思議だろ?」
「ノイとアルトにもいろいろよくしてもらったな。ほんとに楽しかった」
「いつでも飯食いに来い。アリーセも喜ぶ。それから、こいつらとも遊んでやってくれ」
「はい」
「何か困ったことがあれば、迷わず頼ってこい」
 言って、イェンはにやりと笑う。
「おまえは俺の大切な弟子なんだからな」
 ツェツイの目が大きく見開かれた。
 その目からぽろりと涙がこぼれ落ちる。
 慌ててツェツイは目をごしごしとこする。
「違います! 嬉しくて。だってあたし、てっきりお師匠様がお師匠様でいてくれるのも期間限定だと思っていたから。またひとりぼっちになるのかなってちょっと不安で。だから」
 まあな、最初はそのつもりだったんだけどな。
 魔道士になるというツェツイの願いを叶え〝灯〟へと導いたらそこで終わりだと思っていた。
 そのはずだった。
 だけど、まだまだおまえのことを放っておけないから。
 いや……ツェツイにとっての本当の試練はこれからだろう。
「ほら、もう寝るぞ。明日から学校に行くんだろ」
「はい。勉強もぜんぜんしてなくて、明日から遅れを取り戻すためにも頑張らなきゃ」
「おまえならすぐ取り戻せるさ。だけど、まあ無理はするな」
 ベッドの横のランプを消し、隣にくるようイェンは布団を持ち上げる。
 くまのぬいぐるみと一緒に布団にもぐりこんだツェツイは、こちらを向いてにこりと笑う。
「お師匠様、手を握ってもいいですか?」
 イェンは笑ってツェツイの小さな手をとり握りしめる。ツェツイは嬉しそうな表情で握りしめ返してきた。
「お師匠様、おやすみなさい」
「おやすみ」
「お師匠様?」
「何だ?」
 ツェツイの唇がその後に続く言葉を短く刻む。
 けれど、それは声にはならなかった。
 ゆっくりと落ちていくツェツイのまぶた。
 やがて、緩やかな眠りへと誘われていくツェツイの横顔に青い月明かりが落ちる。
 口元に笑みを浮かべるツェツイのみる夢は幸せな夢であろうか。
 握りしめられていたツェツイの指がぴくりと動く。

 お師匠様。好き──。
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