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第37話:裏切り

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 他の班を見た限り、ウチのクラスは敵の二人編成に苦戦を強いられていた。
 厳しそうだと感じれば、惜しむことなく助太刀したのだが、戦況は芳しくない。
 負傷して、アイラのところへ送られた数少ない・・・・生徒に話を聞いてみると、どうやら自分たちの隠密が通用しなかったらしい。

「なんで、効かなかったのかわかる?」

 生徒が教えてくれたのは、得意とする魔法がある場合、その属性に関して敏感になるというか、なにかを感じるというか……というような曖昧な言葉だったが、一つの属性に特化した生徒はその属性に好かれるようなイメージらしい。
 上位クラスには、一つの属性を極めようとする者が多いため、よりバレる確率が高かったのだろう。
 多属性を満遍なく鍛えるのは、途方もくれる努力とそれだけの才能が必要だからだ。それならば道を絞った方がいいという考えかららしい。
 まあ、各属性の最低限の魔法が使えるだけでも十分便利だしな。

 魔法に対する認識が全く違う俺にはない感覚なので、完全に盲点だった。
 俺の強化も単体で第7クラスに勝てるほどの効力はなく、強化されたことを知らない彼らは奇襲失敗に動揺し、本来の力を発揮できず、負けたということらしい。
 ただ、負傷者の数に比べてリタイア者の数がいかんせん多い。
 その点に関して疑問が俺の胸に残ったが、今わからないなら考えても仕方ない、と割り切ることにする。

 敵の人数を削るためにアイラの元をあとにし、森のなかを歩いていると、休憩中のルージュと遭遇した。

「おーい」

「ん? ああ、あんたか。戦局はどう?」

「あんまりよくないよ。そっちは?」

「こっちも。なかなか相手が孤立しないからね……。二、三組狩れたくらいかな」

 さらっと言っているが、それ故に他のクラスメートとの力量差が見て取れる。
 ここが、射線が通りづらく、奇襲をかけやすい地形なのもあるかもしれないが。

「それより、覚えてる? 決闘のこと」

「そりゃ、覚えてるけど。どうかしたの?」

「……そんな軽いノリで喋んないでよ……私の耳触ったくせに」

 そういえば、獣人の耳を異性の他人に触らせることは、その人を主人と認めることとか言っていたな。
 ルージュもあんまり気にした様子には見えなかったから忘れていた。
 なんてまるで虎のように鋭く睨んでいるルージュに言えるわけがない。

「ご、ごめん! そうだよね、その行為は人生を捧げるようなものだし」

「ほんと、信じらんないわ」

 冷たい視線を浴びせられたが、なにも言えなかった。

「……別に、あんたが強かったら私はそれでいいんだけど」

「え? なにか言った?」

「う、うっさい!」

 ぶん、と音が聞こえそうなくらいルージュは思いっきりそっぽを向いた。
 耳が赤いように思ったが、髪が白いからそう見えるだけなのか。

「わ、私用事思い出したから。またね!」

 そう言うや否や、ルージュは森のなかに姿を隠した。
 用事というよりかは……戦闘がめんどうくさかっただけだろう。それにしては焦った様子だったが。
 現に、俺の背後から四人の相手が歩いて来ている。
 探知が効きにくいといっても、狭い範囲ならば機能するし、なにより優勢に戦えて気が抜けているのか、談笑をしているのだ。
 これなら襲ってくれ、と言っているようなものだし、敵を押し付けてくれた、影からこちらを観察しているルージュを残念な気持ちにさせてやろう。
 要するにワンパンである。
 俺は形だけの詠唱を口ずさみ、不可視なため目測で脅威が測り辛いという、使い勝手のいい風魔法を発動する。
 風が幾本もの棘となり、戦場で歯を見せている敵方を串刺しにーー

「ーーっ!? 風よッ!」

「……へぇ」

 下から吹き上げた魔法の風によって、俺の魔法は軌道を逸らされた。
 立場上全力は出せないのだが、この一撃ならば第7クラスは倒せるという確信を持って放った魔法である。
 それに加えて奇襲である。それを防いでみせたということは、つまりは相手のエース級。
 少しはやりがいのある敵と戦えるのかと、今の状況も忘れて口元を歪めた。
 だが、木々の間から現れた敵たちの姿を見て、俺の笑みは崩れた。

「……サニャクルシア」

 彼女の姿を見た瞬間、二つの予測が浮かんだ。
 一つは、敵に捕まって、俺たちを動揺させる道具に使われているのか。
 そしてもう一つは、裏切りか、と。
 見ず知らずの人間ならば最大限の警戒をするが、サニャクルシアはこの前多少なりとも話をした人物だ。
 逃げ出すように駆け寄ってきた少女をどう見るか、俺は迷った。
 そして、俺との距離がゼロになるまであと一メートルというところで、ふと疑問が浮かんだ。

 なぜ、髪がピンク色なんだーー
  
 眼下では、大型のナイフを抜き去った少女が、赤く、紅く腫れた目になおも涙を溜めて、肉迫していた。

 俺は、とっさに、炎で焼き殺そうと思った。
 つい、最近よく使う風魔法で切り裂くことを思いついた。
 思わず、土魔法で撲殺しようと至った。

 反射的に風魔法を使おうとしたとき、俺に怯えたアイラの顔が脳裏に浮かんだ。
 そして、昔にアイラが水鉄砲撃っていたのを思い出したーー

 水の奔流が口を固く噤んだサニャクルシアに襲いかかり、詰められた距離を強引に引き剥がす。
 サニャクルシアは地面に体を強く打ち付けたようで、咳き込んではいるが無事である。
 彼女の事情は予想できた。
 サキュバスであることを知られて、それをバラすぞと脅されたのだろう。その結果が、俺たちへの裏切りだった。
 髪が桃色の理由も、寮での彼女の様子からなんとなくわかる。
 深呼吸をしたとき、髪の色が黒になったのだから、心が落ち着いているときは黒くなるのだろう。
 桃色のときはその逆、同士を仮ではあるが殺すことに、心が激しく揺れたのだ。
 疲弊した様子から、何人も殺ったと見える。

「ちっ。使えねえな。お前ら、三人でやるぞ」

「おう!」

「任せとけ!」

 敵三人が、長めの詠唱を始める。

「ーー『アイシクル』!」

「ーー『アースウォール』っ」

「ーー『ウィンドドライブ』」

 それなりには強力な魔法が俺に飛来するが、俺には通用しない。
 腕を振るうと同時に巻き起こった風に巻き取られ、霧散する。
 俺の手が血に汚れることを止めてくれたアイラのために、この戦い、負けられないのだ。

「燃えろ」

 エース級がどうした、と人をも飲み込む大きな火球が、一瞬のうちに三人を燃やし尽くした。
 相手がリタイアしたのを確認し、辺りを消火したあと、サニャクルシアに視線をやると、仰向けで空を眺めていた。

「大丈夫?」

 同士殺しは、精神にも大きな負荷になっているだろうから、俺は敢えてあまり近づかないで、声をかける。
 実際のところ、俺はサニャクルシアを殺しかけたことに、ラッキーくらいに思っている。
 前回はアイラの声で止まったが、今回はそこにアイラの存在があったとしても、自分だけで止められた。
 ならば、次は……と、楽観視はできないが、成長できているはずだ。

「私、最低だよ……」

 桃色の髪の少女は、かすかにそう唇を震わせた。
 表情から、少しの間落ち着けそうにないな、と感じた。
 だが、この試合は安全が保障されている。
 誰も死なないのだ。
 今回の件のせいで、これから辛いこともあるかもしれないが、取り返せる。
 だって、誰も死んでいないのだから。
 女の子が泣いているのだ。
 俺は、仲直りの助けをすることくらいしかできないが、できるなら、ここで折れないでほしい。

「……勝てば、みんなも許してくれるよ。前を向こう」

「……ありがと、しあんくん……」

 かすかに聞こえた声に、俺は一言だけ言葉を返し、そして怒りを持って敵をなぎ倒すべく森を突き進んだーー

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