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第28話: モーラ・ハンド

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 事態が収まったが、私室も割り当てられていないため、俺は客室に招かれている。
 テーブルを挟んでソファに座っているのはあのお姉さん。

「煎餅いるかしら?」

「あ、ありがとうございます」

 煎餅を口にすると、地球と同じような味がして懐かしい気持ちになった。

「あの、あなたは誰なんですか?」

 この学校に出入りしているため関係者で、寮母かなにかだと思うが。

「あ、そういえば言ってなかったわね。私はこの第一寮の責任者で、あなたのクラスの副担任の、モーラ・ハンドよ~。よろしくね」

「副担!?」

 微笑をたたえて告げられ、驚かずにはいられなかった。

「そうよ。合宿での健闘ぶりはすごかったわね」

「そうですね。クラスのみんなが頑張ってくれたおかげで……助けられてばっかりでした」

 いきなり合宿の話題になり少し戸惑ったが、差し支えのない返答をしておく。

「あら、よく言うわ。先生たちの間でもっぱらの噂よ? 第20クラス下克上の立役者だって」

 どこからか情報が漏洩したのか? それとも、口止めしていない人が先生に話したのか……。いや、それなら生徒間でも話題くらいにはなるはずだ。
 まあ、なんにせよ噂程度に留まっているのならまだマシだ、ラークにでも手柄を押し付ければいい。

「どこかで話が捻じ曲がったんじゃないですか? ほら、話って人を介すれば介すほど脚色されていくって言いますし。クラスをまとめてくれたのも、指針を決めて引っ張ってくれたのもラークですよ。俺はなにもしてないです」

 完璧だ。
 ここまで言えば納得してもらえるだろう。
 そう確信したが、この先生は一筋縄ではいかなかった。

「あら~? それでも十二歳の男の子が五歳の男の子にすり替わることなんてあるかしら?」

 優しげに垂れた目が俺を射抜く。やばい、どうやら先生は俺だと断定しているらしい。
 いろいろ隠し事をして入学したが、バレそうになるのが早すぎないか?

「き、きっとありますよ! 現実は小説よりも奇なりとも言うし」

「ふぅ~ん。まあ、そういうこともあるかもね」

 表情一つ変えずに認めるところがかえって怖い。

「で、ですよね」

「そうね、その噂が何人も介して・・・・・・私の耳に入っていればね」

 告げられた言葉は、今までの俺の弁解を粉々に打ち砕く破壊力を持っており、表情が凍りついた。

「え"っ」

「合宿のときにシアン君のところに付いていた冒険者の報告書に、『優秀な生徒は数人見られたが、特にシアンという少年は第20クラスにいていい器ではない』って書いてあったのよね」

 あいつ……。

「口止めしたらしいけど、先に私たちが契約してるからね~」

 モーラはさぞかし楽しそうにイラつく笑みを浮かべ、お茶を嚥下する。
 思わず拳を作るが、ここは抑えよう。

「冒険者さんはちゃんと契約を守ったわけね」

「言われなくてもわかるよ……。はぁ。あんまり目立ちたくなかったんだけどなあ……」

 結構落ち込むなあ。遥により強い確信を持たせることにもつながるし、国に目をつけられるかもしれないし。
 不意に漏れた言葉が意外だったのか、モーラは目を丸くし、そして喜色に富んだ声をこぼした。

「ふ、ふふふっ。おかしいっ。普通、ここにくる生徒は普通、目立って国に引き入れられたいだとか、ダンジョンで大稼ぎしたいとか、貴族が箔をつけるためにくる場所よ? それなのに目立ちたくないなんて。シアン君はいったいどんな理由でマジク魔法学園にきたのかしら?」

 友達作りにきただなんて言えば笑い者にされる……。それどころか言いふらされかねないぞ。
 俺の名誉のため、頭をフル回転させて理由を捏造する。

「そ、それは……魔法を勉強するため……です」

「報告書には、『この学校の生徒では見られない精密な魔法を使っていた』って書いてあったわよ?」

「うっ……」

 目をそらすと、モーラはくすくすと笑う。

「ま、今日はこのくらいにしてあげようかしら。これから職員会議だし」

「ど、どうか噂に留める程度で……」

「わかってるわあ。その代わり、またお茶しましょうね」

 そう言い残してモーラは扉を閉めた。

「見た目によらず嵐みたいな人だったな……」

 思わずため息がこぼれたとき、再び扉が開いた。

「あ、言い忘れてたんだけど、担任のキリナはハーフが大嫌いだから。あと、今日はこの部屋に泊まれって学園長が言ってたわよ~」

 扉が閉まる。
 なんだか、これからの学校生活が不安で仕方なくなってきてしまったので、とりあえず寝ることにした。
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