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第一章

ライアールーブよろしく

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 異世界と分かったなら、私にもう迷いはあまり無い。待ってあったかも。これからどうしようって。
 でも、ダディやマミーとはもう会うことないかも知れない。だとしたら、雑用をする必要もなくなる。恩を仇で返すみたいだけど、どうか許してください。

「どうした? ベル。ずっと見てるけど……地図なんて大したこと載ってないぞ?」

「そんな訳ないでしょ。私には充分役立ってくれた。……これが冗談じゃないことも、私には分かるし」

「へぇ? よく分かんないな、お前」

「それでいいよ。もしかしたら、私はでここに飛ばされたのかも知れないし」

「……ふ、ふぅん」

 間違いなく分かってないよね。何の説明もしてないんだから分からなくて当然なのに、何でそんな誤魔化し方をするのかな。テンギっておバカさんでしょ。
 異世界なのは分かった。ドッキリでも何でもない。牛小屋に飛ばされた理由は少しも分からないけど、冗談じゃないことは理解した。
 だけど私も理解出来ないものはあって、

「テンギ、文字の読み書き教えてくれるかな」

「は?」

 ……は? って、何よ。そんな頭の悪いコを見る様な顔で見られても困るんだけど。
 異世界の文字なんて分かるわけない。

「お前これ、この世界で二つしかない文字の内、より多く知られてる『コントン文字』だぞ? それも知らねぇの?」

「混沌……? うん、知らない。私文字なんて知らない」

「マジかよ!」

 私が書けるのは英文だけ。漢字はカクカクしてるのが難しくて……まだ書けない。アラビア文字とか難し過ぎるし。
 だとして、それらの文字はもう必要無いかも知れない。私はこの世界から元の世界に戻れるかも不明なんだから。
 それなら、しっかり勉強して生きてける様にならなきゃ。勉強は苦じゃないし。

「お願い、混沌文字教えて」

「お、おう。まぁ俺は優しいし? コントン文字、以外にだって色々教えてやるよ」

「ありがと。テンギは優しいね」

「へ、へん! そ、そ、そうだろ? はっはっは! 町のことだって何だって教えてやるよ。何なら連れ回してもいい。時々店に戻るけど」

「うん」

「……で、だな。その為には、その、ずっとここに居てくれなきゃ難しいんだよなぁなんて」

「いいよ? 寧ろ、その方が助かるかな」

「そ、そっか。あはは……」

 何でガッツポーズしてるんだろ? でも、よかった助けてくれたのがこの人で。結構頼りになる。
 町のことでも植物でも文字でも制度でも、一通り教えてくれるなら有り難い。いつまでここにいるのか、果てなくここで生きていくのか分からないけど、やれることはやっておかなきゃ。

 ──意外だな、自分でも。落ち着いてる。

「そうだ! 今は俺の服着てるからいいけど、服無いと不便だよな? 明日買いに行こう! 靴なら親父に頼めばくれるだろうし」

「あ、うん。私はお金無いけど。それと、おじい様も優しいんだね」

「あ? あ、あれは俺の親父の親父な。俺の親父は隣の部屋で黙々と靴底作ってるよ」

「そうなんだ。手分けでやってるの?」

「まぁな、その方が仕事が早く片付くから。いちいち違う道具持ってくんのが面倒なんだと。……因みに俺はデリバリーしかやってねぇ」

「いいと思うよ」

 テンギは私と一歳しか違わないのに、お店のお手伝いしてるんだね。偉いなぁ。まぁ私も雑用はしてたけど。
 ふと思ったんだけど、この世界にはゲームとかあるのかな。一度でいいからやってみたかったんだけど、その前に飛ばされちゃった。
 お仕事ってどんな種類があるのかな。

「この世界って、モンスター出る?」

「モンスター!? そんな空想上の生物が存在してたら怖いだろ。……てか急に何で? この世界って、どういうこと?」

「あっと……。何でも無い。この町だね、間違えた」

「別の町にはいたのか!?」

「べ、別にいなかったけど。いたら見てみたいなぁとかそんなとこだよ」

「物好きだな、ベル……」

 大抵、異世界から飛ばされて来たなんて言っちゃダメだよね。アニメを見てたダディに教えてもらったけど、異世界人ってバレたら奴隷にされちゃうとか、何とか。
 この世界は奴隷制度があるみたいだから、慎重に話さなきゃ。
 でもモンスターが存在しないなら、武器商人とかにはなれないか。ちょっと経験してみたかったんだけど。

「……ふん」

 気付いたらテンギの顔が直ぐ横にあった。近い。男の子とこんなに近づくとドキドキ……しないな、何か。何の用ですか、くらいしか思わない。
 流石、私。男にも騙されることは少なそうだね。

「な、何?」

「いやお前本当美人だよなぁ。可愛いっていうよりは、美人。美少女っつーのか? とにかく綺麗だ」

「……はっ? き、急に何を言い出すの」

「肌白くてでも乾燥してる様なのじゃなくて潤いもあるし、淡い青色の眼は猫みたいに透き通ってる。軽いし細いけどガリガリって訳じゃないし、小さな口とか可愛い──ってどうしたベル」

「な、何でも、ない」

 前言撤回。このくらいで照れちゃうようなら、私は褒め上手なおじ様とかに騙されちゃうかも知れない。
 この町は貴族とかが多そうだから、慣れてる人も多いと思う。偏見かも知れないけど。
 そうだ、自分が美少女なのが確認出来たとこで、そろそろ町について聞かなきゃ。私がここに来た理由が分かるかもだし。

「ねぇ、テンギ。この町ってもしかして……嘘つきの溜まり場だったりしない?」

「は? 嘘つき……って急に何で? まぁ確かに、悪い噂とかはよく聞くなぁ。犯人が分からなくて迷宮入りになった事件とかもあるよ」

「……そっか。ありがとう、それだけで充分だよ」

 私のが必要なんだってことは、理解出来たから。試してみなきゃ分からないけど。
 早速明日、お洋服を買いに行く時辺り町を眺めてみよう。何かあるかも知れないから。
 ……あんまり使いたくないなぁ、このちから。

「お前本当によく分からない奴だな。表情も崩れないから、何考えてんのか読み取れないよ。メンタリストと会わせてみたいくらいだ」

「やめてよ。メンタルはそんなに強くないから。直ぐにボロを出しちゃう」

「俺にくらい、事情を説明してくれないか? 絶対手を貸すからさ」

「残念だけど、テンギの手を借りる様なことはないよ。正確には、借りても無意味ってとこだけど」

「そ、そっか……」

 しゅんとしちゃった。ごめんね、恩を早速仇で返しちゃったみたいで。でも今の提案は、恩を重ねるだけだから。
 人に恩返しするとか、面倒なんだよね……。

「ま、いいや。暫く俺の部屋で二人切りになる訳だけど、ベッド使いたいよな」

「ううん、床で大丈夫だよ。慣れてる」

「慣れんなよそんなこと。悲しい奴だな。以前どんな生活してたら床で寝るのに慣れるんだよ」

「ストーブの前で一年中寝転がっていれば。就寝時だけだけど」

「お前何やってんの?」

 ストーブにツッコミが無い……ってことは、この世界にもストーブはあるのかな。今からストーブが恋しい。
 春夏秋冬、ストーブと一緒。この世界に四季は存在するのかな。

「今って、冬? それとも別の季節?」

 私が飛ばされる前は、冬だった。殆ど裸の状態で寝たのが悪かったんだろうなぁ。凄い寒かった。
 あと多分風邪ひくこれじゃあ。ストーブカモン。

「ふゆ? 季節? 季節なら、今は『寒限の月』だぞ。これは全世界共通だぜ? それも知らねぇの?」

「う、ううん。そうだねそうだった。ごめんジョーク」

 季節まで違うのか、かなり面倒臭いなこの世界の設定。もっと簡単なのお願い。
 あと季節って、三ヶ月あるのかな。『月』って、一ヶ月のことなのかな。まぁいいや後で。
 今はそれより、寒い。凄い震える。明日折角町を覗くチャンスだったのに、風邪ひいたら無駄になっちゃう。

「おい、寒いのか? だったら早く布団に入って寝ちゃえ。うちのは生き物の体温で暖かくなったり涼しくなったりする『メイジ』って素材使ってるから、多分心地いいぞ」

「魔法使い……? いいや何だって。じゃあ、遠慮なく寝させてもらうね。──床じゃ嫌だよね、一緒に入ろっか」

「おまっ! バカ言うな! 女と一緒に何か寝れるかよ! さっさと寝ろ!」

「……うん、おやすみ」

 本心は、寒いから隣で寝ててくれた方があったかいかなぁってとこだったんだけど。
 テンギ、床で寝ちゃった。おやすみ。まだ夕方なのに。

 そして、ライアールーブよろしく。

 嘘の臭いがぷんぷん漂うこの町で、私は静かに眼を閉じた。
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