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第一章:ダンジョンを作ろう!

第16話『ギルドマスターとアルテミス』※設定多めの話ですスキップ可

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 ここは中央ギルド内部の調整室。
 俺にとってはよく見知った部屋だ。

 意識はある。脳と耳は機能している。
 だが、他の部分はまったく動かねぇ。
 あれだ。金縛りの時の感覚に近い。


 俺は、あの後限界がきたということだな。
 野犬とか魔獣に食われなかったのはラッキーだった。

 通りすがりの誰かが守ってくれたのだろうか。
 理由はともかく、俺は生きているようだ。


 近くに男女の話し合ってる声が聞こえる。 
 この声は、ギルドマスターと……、アルテ。

 ギルドマスターが居るのは、分かる。
 だがなぜアルテが? 
 
 ……愛人、とか、じゃぁないよな。
 いやまぁ、人の色恋にどうこう言う権利は無いのだが。



「欠番実験体《ロスト・ナンバー》単騎で、ギルド指定の商会の殺害対象の重罪人を一人も逃さずに、殲滅。Sランクですら単独では絶対に再現不可能、圧倒的な暴力。チームではなく、単独で運用できると証明できた事は、大きな成果だ」

「失礼を承知で申し上げます。ユーリさんのことを番号《ナンバー》で呼ぶのはやめていただけませんでしょうか。彼は、物ではありません。人です」

「特任上席職員アルテミス。キミには、私の身体のことを話していなかったね」



 ギルドマスターは、上着を脱ぐ音が聞こえる。

 俺はギルドマスターの背に刻まれた数を見たことがある。
 番号《ナンバー》が刻まれている。番号は零《ゼロ》。

 つか、……アルテの前で服脱ぐなよ。セクハラだぞ?
 危うく、……そういう事かとおもっちまったじゃねぇか。

 ギルドマスターが法を犯すことはありえないのだが。
 ちょっとイラッと来たのは、事実だ。 



「私も、彼らと同じ実験体《モルモット》。処刑者権限《デーモン・ライセンス》を持つ番号《ナンバーズ》の一人だ。私のこの零という数字は、誇りとともにある」

「……失礼いたしました」

「気にすることはない、頭をあげ給《たま》へ。哀れみも同情も不要。私も、彼らも自分の意志で望んで実験体となった」



 ギルドマスターの言葉にウソは無い。
 漆黒も俺も、自ら実験体になるべく志願した。
 みな、リスクを理解している。



「私が冒険者を引退し、ギルドマスターになった理由が自壊式《オーバークロック》の過剰使用。今の私には、クエストを完遂するための継戦能力がない。椅子に座って、書類仕事をするのが精一杯といった、有り様だ」

「……自壊式《オーバークロック》の、反動ですか」



 ギルドマスターの冒険者時代の逸話は数しれない。
 どれも常人では成し遂げられない偉業ばかりだ。
 特に、彼の冒険者時代の晩年の記録は常軌を逸している。

 当然、生来の資質と努力に依るところも大きいだろう。
 だが、それだけでは説明できない部分もある。

 その答えの一つが、実験体《モルモット》だ。
 それは、不可逆の損傷と引き換えに力を得る、
 自壊式《オーバークロック》を使用する者。



「正解だ。最初の実験体であった私の自壊式《オーバークロック》は、継戦能力が低すぎる、実運用に耐えない失敗作だった」

「…………」

「零番実験体《モックアップ》。贋作勇者《がんさくゆうしゃ》。人造勇者計画の試作実験体。そして、中央ギルドのマスター、それが私だ」



 俺や、漆黒は人造勇者計画とやらの一部らしい。
 人為的に勇者を造り出す計画。

 正直、俺はそんな未来のことはどうでも良い。
 団長、エッジ、マルマロも同じようだ。

 俺たちは、ただ守るための力が欲しかったのだ。
 未来の事は、偉い人達が考えれば良い。

 俺たち現場の人間は、ただ重罪人を始末する。
 絶望という病《やまい》の拡大を防ぐために。



「失敗作である私の、失敗を踏まえ、出力を制御できるように調整した。継戦能力を持つ実験体。それが、壱番以降の番号《ナンバーズ》だ」

「ユーリさん、そして漆黒の冒険者たち……」

「実運用型の処刑者権限《デーモン・ライセンス》の保持者には、重罪人相手にしかその力を使用できないという制約も課している」


「ギルドマスターは、どのような基準で人員を選定したのですか?」

「力によって救われた者。自分より他者を想う者。悪を憎む者。覚悟の決まった者。それが、選定の基準だった。それが、壱番以降の番号《ナンバーズ》の選定基準だ」


「私は、背に刻まれた番号《ナンバー》を恥に思った事はない。ユーリ、シャドウ、マルマロ、エッジ。彼らは同志とすら思っている」

「私も彼らも、勇者に至るための失敗作。だが、失敗は無駄にはならない。失敗から学び、きっと、いつか誰かが、辿り着く」


 照れくさいが嬉しい。これ以上ない光栄なことだ。
 女性の前で上半身を晒したのは、まぁ非常識だが。



 ――勇者。その言葉の意味は重い。



 曰《いわ》く、人間の完成形。
 曰《いわ》く、精神性の極点。
 曰《いわ》く、生物の最終到達点《デッド・エンド》。


 希望の象徴。


 俺のような日陰者とは、対極に位置する存在。
 俺ですら、尊敬の念を持つ相手だ。



「我々は、いつの日か、勇者を超え、袋小路《デッド・エンド》を打ち破り、その先へと進むだろう。外海を航るわたる、きっとその日は来る」

「死の海を越え、外海に進出する。それは、万民の悲願。そして、夢です」



「そうだ。そのために、人智を超えた強靭な器が必要。万民が勇者と同等の力を手にする。その日のために、動いている」

「アルテミス、キミに私の夢物語に付き合わせてすまなかった。実情はと言えば、私も目の前の職務を処理するので手一杯だ。あくまで、番号《ナンバーズ》は、私財、特権、余った時間で進めている事。なかなか、思ったようには行かないものだ」

「理解しております。ギルドマスターの仕事は完璧です」



「ありがとう。目の前の職務をおろそかにしてはいけない。現在《いま》を守らなければ、未来はない。私の目の前の書類仕事にも、何か意味があると信じたいものだ」

「意味は、あります。それも重要な仕事です。紙の上だけでも、救える人たちは居ます。ギルドマスターは先日、王都内に孤児院を新設する事に特例で許可を出しました。書類上の事です。ですが、誰かが救われます。書類仕事でも戦えます」



「私の書類仕事で救える命もある。書類仕事も戦いか。アルテミス。キミはなかなか、味わい深いことを言うじゃないか。仕事の張り合いが出るというものだ」

「私ごときが、差し出がましいことを……」



「いいんだ。……キミは、壱番実験体《フラグ・シップ》、漆黒の団長、シャドウ。彼が外海を航った一族の末裔だという口伝が残っていることを知っているね?」

「はい。口伝に残されているようです。ですが証明する物は、残念がら、何も……そして、外海航りパイオニアの子孫を自称する者は多いですが、実態は……」


「そうだね。キミの認識は正しい。だが、壱番実験体《フラグ・シップ》、シャドウ。彼だけは少し、事情が違うと、私は考えている」

「どういうことでしょうか?」



「彼を実験体とする時の手術に私も立ちあっている。その時、彼が膨大な数のマナの経路を有し、そして……瘴気をマナへと変換する器官を有することを知った」

「彼が外海を航った一族の末裔である可能性が高いと、そうお考えなのですね」



 死海とは、一言でいうならば、液体化した高濃度の瘴気。
 硫酸の海を小舟で航るわたるに等しい、自殺行為。

 死海の上空は、高濃度の瘴気に覆われている。
 だから、上空からの移動も不可能。

 死海の先は、宇宙《そら》より遠い場所と言われている。


 この世界の地図には、死海から先は何も記述がない。
 ただ一言、『最果て』とのみ、書かれている。

 かつてその海を航った者がいるという。
 彼らは外海航りパイオニアと呼ばれる存在。


 でも、実際どうなんだろうなぁ。
 俺としては、どっちでも構わないのだが。



「私の願いと希望、つまり、バイアスのかかった推論だ。私が望む結論から逆算して組み立てた仮説。オカルトと変わらない。笑ってくれても構わないさ」



 ギルドマスターは自嘲気味に語る。
 このように笑うのは初めて見たな。



「客観的に分析するなら、偶発的生まれた変異体。そう、考える方が自然だ」

「…………」


「私に残された時間はきっとそう長くない。だから、オカルトにでもすがりつくしか無かったということだ」

「いえ、決して、オカルトなどでは……」


「事実だ。だが、ギルドマスターとして番号《ナンバーズ》を生み出したことに悔いはない。未来の事はともかく、彼らは現在《いま》を守る、王都の守護者だ」

「処刑者をデーモン守護者と名付けたのはそういう意味だったのですね」

「半分正解だ。デーモンには2つの意味を重ねている。。人を殺める悪鬼の力で、王都の民を守護する者。そういう願いをこめた」


 

 すまん。全然、知らんかった。
 なんか色々と考えてるんだな、ギルドマスターも。

 俺たちは格好いいから気にいってたけど。
 まぁ、漆黒は団長を初め、根っこが中二病ぽいところあるからな。
 デーモンとか、なんか強そうだしな。

 
 ギルドマスターのこめた理念は正しい。
 殺人に罪の意識を感じなくなったらそれは人ではない。


 殺人を完全な正義の行いだと過信する。
 これは、……とても危うい。

 悪を自覚するのは、自身への戒《いまし》めでもある。
 そして、それを理解した上で。俺たちは時に鬼になる。

 それは処刑者権限《デーモン・ライセンス》を持つ者の共通認識。
 団長も、マルマロも、エッジも全員理解していること。
 



「だが、ユーリくんが冒険者を引退し、廃村で過ごすと聞いたとき私は、ほっとしてしまった。これで、やっと彼も幸せになれるのではない、かと。私情で、判断はしない。だが、私がそのように感じてしまったというのも、また一面の事実だ」

「自然なことです。ユーリさんもまた、あなたが守る民の一人ですから」


「だが、番外実験体《ロスト・ナンバー》。ユーリくんの身体は……もう」



「……説明してください。どういうことですか」

「いいだろう、キミには知る資格がある。彼は、冒険者を引退する前から、自壊式《オーバークロック》の規定限界数を遥かに超えて使用し、その身体に癒せぬ傷を負っている」



 ギルドマスターから説明は受けている。
 自壊式《オーバークロック》による損傷は治癒しない。

 回復薬や治癒魔法は自然治癒能力を増強する物だ。
 本来は数ヶ月かかって治る傷を一瞬で治す。

 時間を巻き戻し、身体を復元するわけではない。
 数十年経っても自然に治癒しない損傷は治せない。


 自壊式で負った損傷は、低温火傷に似ている。


 湯たんぽですら、ずっと触れ続ければ体内のタンパク質は凝固する。
 40度の高熱が続くと脳に後遺症が残ることがあるという。

 一度凝固したタンパク質は、元の状態には戻らない。
 鍋の中のたまごと同じ。

 骨折は時間が経てば治る。
 切り傷も時間が経てば治る。

 だが、



「なぜ、……止めなかったのですか」

「彼は自身の状態を知っていた。その上で、彼はなお破壊式《オーバークロック》を使用し続けた」

「それは、何故ですか」


「彼は窮地に陥った人間を見過ごせない。それが自分自身の命を削ることだとしても。それは、彼に命を救われたキミもよく知っていることだろう」

「それは、……もちろんです」

「キミは、彼に強い恩義を感じている。そんなキミだから、彼の担当に任じた」


「人選ミスです。私は、不適格でした。彼の無理に気づいてあげることができなかった。無理にでも、私が彼を止めるべきでした」

「それは、違う。責任は、私にある。彼の状態を知っていったのは、私と彼だけ。彼がキミに言わなかったのは、キミに心配をさせたくなかったからだろう」


「……何故、担当に任命しながら、私に教えてくれなかったのですか!」

「キミが、彼を止めることを恐れた。私は彼の命よりも、彼によって救われる、より多くの者たちの命を選択した」



 これは、半分本当で、半分嘘だ。
 ギルドマスターは確かに止めはしなかった。
 だが、俺に警告はしていた。



「……あんまりです」

「もっとも、仮に彼を止めようとしても、止まらなかっただろうが。そのような事では彼の意志は揺らがなかっただろう。そんな彼だからこそ、力を与えた」

「ギルドマスター、貴方はユーリさんの命を何だと……」

「私は、ギルドに所属する人員、全て等しく、駒として扱う」



 事実だ。だが、あえて一つ付け加えよう。

 ギルドマスターは

 正直、立場の違う俺にはこの考えを理解はできない。
 その徹底した在り様に、畏敬の念すら抱いるのも事実。

 そうでなければ、民を守ることはできないのかもしれない。
 


「彼によって救われた者が居るならば、彼もまた、救われるべきです」

「――救いは、ない」


「救いは……ないって、そんなこと……」

「事実だ。彼は誰かを救い、そして、彼は救われない」


「それでは……」

「もし、キミが彼を止めていたら、今回の一件で救われた者たち救われたキミなら分からない訳ではあるまい」

「…………」


「絶望は受け継がれる、螺旋のように。不幸は連鎖し拡大する、まるで病のように。誰かがソレを、止めねばならない」

「何故、ユーリさんなんですかっ!」

「彼には、ソレが可能だから。それ以外の理由など、ない。他の番号《ナンバーズ》も同様。私は、それが出来る人間に対し、多くの民の代わりに、君は死ねと告げる」


「……なぜ、なぜ」

「これは、私の罪。いつかは私も、その罪によって裁かれるだろう」



 罪の意識なんて感じる必要はねぇ。
 俺だけじゃなく、他の奴らも同様。

 強制されてる訳じゃない。
 自分で選択した道だ。悔いなどない。



「ユーリくんの状態だが、昨夜の自壊式《オーバークロック》の連続使用により、生きているのが奇跡的ともいって良い状態」

「……そんな」

「彼が日常生活を維持できているのは、キミのレポートにもあった、スキルによって生み出した回復の泉の効果なのだろう」


「……治療は、できないのですか?」

「……彼のマナの経路は、あちらこちらに穴があいている。キミは、これが何を意味するか分かるね?」


「そんな……血管から血が漏れ続けているような物じゃないですか……っ」

「そうだ。彼の身体は、穴の空いたバケツ。マナは、血液と違い目には見えない。だが、血液と同じように閾値《いきち》を超えて溢れれば、死に至る」



 自分の体の事は、誰よりよく知っている。
 力の代償として与えられた処刑者権限《デーモン・ライセンス》。
 俺だけではない、団長も、マルマロも、エッジも全員理解している。



「そして、先日の一件でバケツの穴は拡大した。終局までの秒針は加速した」

「そんな……」

「事実だ。キミの任務も、直に終わりがくる」

「……そんな事は絶対に認めません! 私が、彼をっ!」

「なるほど……私は、彼にと言った。だが、キミならばあるいは……。ただ、隣に居るだけ。それだけで救われることもあるか……」



 俺だけじゃない、漆黒の全員が覚悟はしている事。
 砂時計の砂の残量が違うだけのこと。 

 アルテには気を遣われたくないから黙っていた。
 隠し事をして悪いとは思う。

 生前葬みたいな顔されてもキツイしな。
 それに、俺は生きる事を諦めた訳じゃねぇ。
 


「私だけじゃありませんっ! 村には、彼を慕って集まった者たちがいます」

「彼に慕って集まった者たちは、彼の死後、ギルドで引き受ける。ギルドマスターの誇りにかけ、必ずやそのもの達を守り切ると誓おう」


「違います! そういうことじゃありませんっ!!」

「そうだな。キミが正しい。ユーリくんは、彼を慕う者たちに看取られ、最後を迎える権利があるだろう」


「…………」

「私は、全てキミに伝えた。それでもキミは、彼と共に在りたいと、願うか」

「はい」

「キミの決意は理解した。――ギルド最高権限者として告げる。本日、本時刻をもって、特命第四課を解散。並びに、特任上席職員アルテミスを解任。――これでキミは、自由だ。以後一切の判断は、キミに委ねる物とする」



 俺の意識はそこで途絶えた。
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