ふたりの灯台ラブストーリー

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第五話 ドッキドキ! 初デート♥という話

§6 - 四月第一週の土曜日、午後二時。(その一)

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 今日はおれがエスコートして、兵頭さんに「素敵なデートだった」と思ってもらえるよう頑張りたかったのに。

「兵頭さん……せっかくの休みなのにすみませんでした」

 気付いたらおれは、城跡公園のベンチに座っていた。兵頭さんに会って、一緒にお昼ごはんを食べたら安心して、ちょっと気が緩んで悩みを打ち明けたら止まらなくなってしまったのだ。恥ずかしい。

「大丈夫だよ磯上くん。新入生のうち、その種の手続きを完全に理解している人は少数だから」

 隣に座る兵頭さんはそう言いながら、おれの背中を撫でてくれた。ああ、またやっちまった。灯台の時と同じ流れだ。おれ、ぜんぜん進歩ない。

「そうなんですか? 本当に?」
「オレは友達や先輩に『具体的に何をどうすればいい?』って尋ねまくった記憶があるよ」
「ええ、兵頭さんも?」

 信じられない。だって兵頭さん、すごく頭が良い理系エリートなのに……。おれが目を白黒させていると、

「そもそも、日本語と和製英語と英語が混ざった文章だから意味不明になるんだよね」

 あ! まさにそれ! すごい。兵頭さんは、おれが言いたかったことを端的に説明してくれた。

 その後、兵頭さんは自分のスマホを取り出すと何かを調べ始めた。でも、眉間に皺を寄せて険しい表情に変わったぞ。どうしたんだろ。

「あ、あのさ、いまC大のホームページ見てるんだけど、オンラインと対面での授業があって、時間指定とそうじゃないのがあるんだね……履修登録の説明も情報量が多いし。いきなりこれを完璧に理解するのは、学生じゃなくても難しいんじゃないかな」

 そして兵頭さんは優しく微笑んで、

「磯上くんは『分からない』って投げ出さず、自分なりに理解しようとして偉いよ」

 おれの頭をポンポンと撫でてくれた。ああ……そうだったのか。理解できないおれが悪いと思っていたけど、そうでもないのか。肩の力が一気に抜けた。

 おれが安心したのを確認した後、兵頭さんは落ち着いた口調で、

「よし。それじゃ磯上くん。まずは用語と作業を分けて考えよう。そうしないと、いつまで経っても先に進まないからね」

 スマホとおれを交互に見ながら解説を始めた。は、これは、もしかして新入生ガイダンスの個人授業!?

「シラバスやタームは用語だけど、履修登録や健康診断みたいに期日が決まっていたり、何かしらの行動が伴うものは作業なんだ。なんとなく分かるかな?」
「ええと、『○日までに行うこと』って書かれているやつですよね?」

 なるほど。何言われてるか分からない上に締切日があって混乱していたけど、それは用語と作業をごっちゃにしていたってことか。

「最初にやるのは、『学生ポータル』の登録かな。C大学はMoodleを使ってるんだね」
「それ、それです! 何のことかよく分からなかったヤツ!」

 説明を読んでも言語明瞭・意味不明で、おれを混乱のるつぼに叩き落とした最たるものである。ところが兵頭さんはまったく動じることなく、

「大雑把に説明すると『学生ポータル』は事務手続きや大学からのお知らせを確認するシステムで、『ムードル (Moodle)』はそのプラットフォーム」
「ええと、システムと……プラットフォーム……ですか」
「要するに、大学に出向かなくてもパソコンやスマホで情報を得たり、授業を受けられるようになるってこと」

 たったあれだけの時間で、兵頭さんは学生のおれよりも遥かに理解している。すごい。

「あと、履修登録と教科書購入、それに健康診断は、スマホアプリのカレンダーに入力してリマインダーが出るよう設定しておけば……」
「ちょっ、ちょっと待って兵頭さん! おれ、そういうの無理!! 手帳でもいいですか?!」

 カタカナ語が増えて混乱したおれが絶叫したところ、

「ゴメンゴメン、先走りすぎたね。もちろん、手帳に書いても平気だよ。大事なのは、自分が管理しやすい方法で“やることリスト”を作ることだから」

 うう……かっこいい。惚れ惚れする。あ、いやいや先にやることあるだろ! 我に返ったおれが、兵頭さんの解説を手帳に書き込んでいたところ。

「磯上くんが使っている手帳は珍しいね」
「へへっ。これ、歴史手帳っていうもので、年表とか地図とかついてるんですよ」

 高校一年の夏に見つけてから毎年買っている自慢の手帳を誇らしげに見せると、兵頭さんはどれどれと言ってパラパラめくりながら。

「おお、情報量がエグいな……これ、どこで売ってるの?」
「ネット通販もあるみたいだけど、おれは本屋さんに注文して取り寄せてもらってます」
「本屋か……しばらく行ってないなあ」
「おれは学校の帰りにたまに寄ってました。冬になると、変わった手帳を売ってて面白いんですよ」
「変わった手帳って、例えばどんなの?」
「なんだっけ……『元素手帳』とか『鉄道手帳』、それに『刀剣甲冑手帳』ってのもありました。従姉妹に教えたら、国広がどうとか言って五冊くらい買ってたっけ」

 ……という感じで、兵頭さんの話を聞きながらスマホと手帳を行ったり来たりするうちに、おれを苦しめていた難問は一時間もかからずに解決した。なんか頭がスッキリして、賢くなった気がする。でもこれっておれじゃなくて兵頭さんがメチャクチャ頭が良いってことなんだよな。
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