ふたりの灯台ラブストーリー

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第五話 ドッキドキ! 初デート♥という話

§5 - 四月第一週の土曜日、正午。(その二)

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 定食にはスープとライスの他にデザートやサラダもついていたので、食べ終わった時にはお腹がはちきれそうになっていた。

 レジで磯上くんが「今日はおれが支払います」と申し出てくれたけど、さすがに社会人が学生に奢られるのはマズいでしょ、ということで会計はオレが済ませた。あれだけボリュームがあったのに二人で二千五百円って安くないか?

「なんだかすみません。ごちそうしてもらっちゃって」

 店を出て早々、磯上くんが申し訳なさそうな顔をした。

「そんなことないって! オレの方こそ、良いお店を教えてもらって助かったよ」

 これは本当にその通りで、職場からもそう遠くない上、栄養バランスが良さそうなメニューが多いことから、これから定期的に通おうと思ったくらいだ。始発終電の社畜には店を開拓する心の余裕は無いので、美味しくて懐に優しい飲食店を教えてもらえると非常にありがたい。

「兵頭さんに気に入ってもらえたなら良かったです」

 へへっと照れ笑いした磯上くんは、普通の顔色に戻っていた。ああよかった。でも、あんなにげっそりするなんて、何があったんだろ。

「腹ごなしに、城跡公園まで歩きませんか?」
「いいね、そうしよう」
「桜のシーズンは終わったみたいですけど、きっと少しは咲いてると思うんですよね」
「桜かあ……朝と夜にちらっと見るだけで終わっちゃったな」
「アハハハ……おれもです……」

 磯上くんが顔を曇らせてボソッと零した。んん? どういうことだ? 学生なのに?

「磯上くん、元気ないみたいだけど、何かあった?」
「ええ? あれ、顔に出てました?」
「ちょっとだけね……あ、あのさ、オレで良ければ話を聞くよ」

 自分から振っておいて何だが、内心ビクビクものだった。もしかしたら、大学で好きな女の子ができた系の話かもしれない。磯上くんにとってオレは、現時点では単なる友人か知り合い、あるいは過去にフェラしただけの関係ともいえるので……あ、痛い。ヤバい。自分で自分の地雷を踏んでどうする。

(落ち着けオレ。平常心を保つんだ!)

 深呼吸して心を落ち着かせた後に隣を見ると、磯上くんは考え込んでいるようだった。人に話をするにも心の整理は必要だから、あえて何も言わず一緒に歩くことにした。

 けっこう車の往来が激しい太い道路の歩道を進み、住宅街の裏道みたいな通りの手前に差し掛かった時、ようやく磯上くんが口を開いた。

「ずっと黙っちゃってすみません……実はオレ、大学でうまくやっていけるか自信が無くなってて」

 良かった。そっちだったか。いやいや、良くないだろ。

 真剣に悩む磯上くんには悪いけれど、オレは心の底で安堵した。卑劣な男ですまない。瞬時に心を切り替えて、新入生の悩みを聞く優しいお兄さんモード(何だそれは)に入る。

「うまくやっていけるかって、授業のレベルが高すぎるって意味で?」

 まあ、工業高校から文学部じゃあ当然かもな……と思って尋ねたところ、磯上くんは違うんですと首を振りながら裏道へ入った。駅からさっきの店までといい、土地勘があるのかな? オレは地元民ではないので、磯上くんの進む方向についていく。

 歩きながら、磯上くんがポツリと零した。

「授業のレベル以前の問題なんです。オレ……大学で使われる用語が分からなくて」
「用語? 例えばどういうもの?」

 文系で使う用語が何か分からないが、理系では割と耳にする話なので納得いった。親がエンジニアだったり、理系に特化した高校の出身者と、普通高校で理系が得意だった程度の人間では、見ている世界や理解できる概念が根本的に異なるのだ。オレも入学時にそのギャップに驚き、密かに高校の教科書や参考書を引っ張り出して学び直したことがある。

 ところが、磯上くんが悩んでいたのはそういう類では無かった。

「おれ……シラバスとか、タームとか、科目等履修生とか……新入生用のガイダンスで説明された用語の意味が分からなくて、何をどうすればよいのか分からなくなって、だんだん頭が混乱してきて……どの授業を選択するか調べてたら、『授業の冒頭では、前の授業のリアクション・ペーパーに対するリプライを実施します』って書かれてて、リアクション・ペーパーって何? リプライを実施ってどういうこと? って焦って調べてもよく分からなくて……それに、たくさんPDFあって読まなきゃいけないんですけど読んでも何を書いてあるのかあんまり理解できなくて……あと『学生ポータル』とか『ムードル』とか、ログイン画面でパスワード設定して下さいってなって入力したらブラウザのクッキーを設定して下さいって言われてクッキーって食べる奴じゃなかったっけって混乱してたらエラーが出て……授業受ける前からこんなに難しいんじゃ、もう、おれ、無理かもって思って……せっかく合格したのに…………」

 裏道を通り抜ける間、磯上くんは一気にまくし立て、言い終わると頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。ああ、そっちか。うん。言いたいことは分かる。新入生あるあるだよね。

「あ、あのさ、磯上くん……」
「オレ、やっぱりすごく頭悪いから大学なんて無理だったのかも……」
「磯上くん、それは無いから大丈夫。まずは公園に行って、どこかで座ろうよ」

 気づけば城跡公園の前まで来ていたので、磯上くんを立たせて、肩を抱きながらベンチへ向かった。
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