ふたりの灯台ラブストーリー

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第三話 灯台に住むロマンスの神様どうもありがとうの話

§5 - 午前十一時から午後一時(その一)

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「そうだ、磯上くんってどこに住んでるの?」
「K市です」
「えっ? けっこう遠くない?」
「高校がこっち方面だったんで、あんまり遠いとか感じたことないです」

 そんな会話を交わしながら灯台の駐車場へ行き、スバル・クロストレックに乗る。昨日は後部座席であんなことやそんなことをやらかしてしまった手前、ちょっと恥ずかしい。そして懲りずにまたエロいことを考えてしまいそう……ヤバい。平常心を保て、オレ!!

 煩悩を振り切るため、助手席のドアを開けて、磯上くんに先に乗るよう促した。

「兵頭さんは、この近くに住んでるんですか? それとも東京ですか?」

 エンジンをかけて走り出した途端、磯上くんから質問された。もしかして、東京からきた遊び人と思われたのかな? うう、それは誤解です。

「い、いや、実はH市なんだよね……」
「ここには旅行で来たんですか?」

 やはり生粋のC県民でも、この灯台まで行くのは小旅行的な扱いになるのか……。旅先で若者に手を出してヤリ逃げする男に思われたら嫌だな。それに、このクルマは姉さんの趣味で黒革シートに専用スピーカー完備だから、成金がナンパ用に乗ってるって誤解されかねない。マズい。ここはきっちり説明せねば。

「え? 違う違う。たまたま仕事で代休だったから、少し遠出しようと思ってさ。だから、昨日はちゃんと自宅に戻ったよ」

 焦りながら答えたので、軽い口調になってしまった。まあ、他に言いようは無いといえば無いんですけど。でも、もう少し大人っぽくというか、カッコいい言い回しはできなかったものか。

 すると、磯上くんは驚いた声で、

「じゃあ兵頭さん、今朝はすごく早起きしてないですか?」

 こっ……この質問の意図はいったい……でもまあきっと他意は無いんだろうな。うん。平常心、平常心。

「そうでもないよ。普段と同じ六時くらいだから」
「もしかして、お休みの日なのに、おれのせいで早起きさせちゃったんじゃ……」

 磯上くんが、しょんぼりした顔で俯いてしまった。

(ええ?! どうしてそんなにオレのこと心配してくれるの?)

 ハンドルを握りながら、オレは内心焦っていた。今どきの若い子って皆こんな風に他人に対する気配りができるのか? いや、違うよな。きっと磯上くんが人並み外れて優しい子だからだ。

「いやいやいや、それはないから気にしないで。むしろ、磯上くんの方こそ早起きしたんじゃない?」
「いいえ、おれもいつもと同じ時間に起きたんで」
「いつもと同じって、何時くらい?」
「五時半に起きて、六時半には家を出ました」
「早っ!! あ、あのさ、もしかして磯上くん、朝に強い人?」

 五時半起きがデフォルトって、すごいな。

「うーん、高校に通ってた間ずっとだからなあ。でも、夜は十時には寝ます。あんまり夜遅く起きていられないんで」
「十時か……うん、睡眠時間はちゃんと取った方がいいよ。その方が絶対にいい!」

 思わず力説してしまった。睡眠時間はとても大事だ。オレだって、できることなら帰宅後にシャワーして、だらだらネットしたり本を読んだりしてから日付が変わる前にベッドに入り、七時間以上は眠りたい。今は残業が続いているせいで、午前様で帰宅な上に、シャワーして寝たらもう起きて会社行って……の繰り返しだし。ああ、本当に社畜はつらいよ。

 運転しながら我が身を嘆いていたところ、磯上くんから爆弾発言が。

「兵頭さんって、恋人いるんですか?」
「ええっつ? そ、その質問は、どういう意図で……」

 動揺して声が震えてしまった。

「え、あ、ええと、その、おれ、いま助手席に乗ってるの悪いかなって思って……」

 モジモジしながら、真っ赤な顔している磯上くんが可愛い。そ、そうか、助手席……。「磯上くん専用だよ」って言ったらイタいよな。老害認定されそう。一瞬でもそんな妄想をした自分が恥ずかしい。

「えっと、恋人はいません。だから、磯上くんが気を遣わなくても平気だよ」
「あ、そうなんですか。良かったあ」

 満面の笑顔で安堵の声が返ってくる。それって一体どういう意味? オレがフリーで安心したってこと? え、もしかしてこれは脈があるのか? いやいやいや落ち着け自分。磯上くんは、オレに恋人がいたら申し訳ない、って配慮してくれただけ。でもそう考える時点で、磯上くんはオレの恋人にヤキモチ焼いてる? 考えすぎだろ!? 落ち着け自分。平常心を保て! 平・常・心!!
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