ふたりの灯台ラブストーリー

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第一話 灯台でうっかり死にかかっている人を助ける話

§3 - 午後二時

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 タクシーが二台駐車している定食屋を見つけたので、恐らく穴場だろうと判断し、遅い昼食を取ることにした。昭和の風情が残る引き戸をカラカラと開けたところ、こざっぱりした店内にはそこそこ客が入っており、焼き魚と出汁の旨そうな匂いが立ち込めている。

「いらっしゃいませ~。お一人様ですか?」
「は、はい」
「あちらの席へどうぞ~」

 愛想と恰幅の良い女店主が、二人がけのテーブル席へ案内してくれた。薦められた刺身定食を注文し、届くのを待つ間にスマホで検索したところ、網元が経営している地元民向けの店で、SNSのおかげで観光客も来るようになったというレビューが見つかった。

 ちょうど良いので、会社からの連絡が入っていないかチェックする。何も無い。さすがに今日は事務方の派遣スタッフも遠慮してくれたのだろう。ああ良かった……と安堵するや否や、目の前に刺身定食が運ばれた。

「お待たせしました。キンメとヒラメ、あとブリの刺身ね。あと、お兄さん顔色悪いから、おまけで寒イサキのつみれ汁をサービス。ごゆっくりどうぞ~」
「あ、ありがとうございます……」

 そんなに顔色悪いのかオレ? と焦りつつ、熱々のつみれ汁に箸をつける。湯気で眼鏡が曇るのも気にせず啜り、ホカホカのごはんと新鮮な刺身を交互に口に運んだ。夢中になって食べるうちに身体が温まるのを感じ、少し涙目になってきた。人の親切が身に沁みる。

(今年に入ってからずっと仕事漬けだったもんなあ……)

 年末年始は休みもなくシステムメンテナンスに駆り出され、一月中旬に入ったら面倒くさい案件が持ち込まれた。ミスが発生すればエンドユーザーまで影響が出る上に短納期ということもあり、この一ヶ月半ずっと神経を張り詰める作業の連続だった。

 そして昨日ようやく無事に納入し、珍しく定時で帰宅した直後。気力体力が限界に達し、着の身着のままベッドに倒れ込むと仕事の夢を見ることもなく爆睡。そして今、ようやくまともな飯を食べ、人間らしさを取り戻した気がする。

(コンビニ弁当とゼリー飲料じゃない飯なんて、いつ以来だ?)

 新卒で入社してから早四年。会社と家の往復だけで、同僚とも仕事内容以外ではほとんど話をしない日々が続いていた。幸いにして職場の人間関係は良いものの、それは単に業務内容がハード過ぎて、パワハラモラハラしてる暇があるなら仕事しろや、という環境だからかもしれない。

(去年の今頃だったよな。過労死寸前で原田主任が緊急入院したのは……)

 それでも一向に残業が減らないのは、世知辛い情報化社会の使い捨てエンジニアという職業のせいだろうか。

(いや、課長のせいだ。なんであんな短納期の仕事ばかり請け負うんだろう)

 人当たりが良く、部下を可愛がるタイプの上司なのはありがたい反面、発注先のムチャぶりに振り回される課長でもあった。幸いなことに大手企業の系列子会社ということもあり、給料は良いし、残業代もちゃんと支払われているものの、代休明けには新たな案件が待っている。

(明後日からまた終電まで残業か……嫌だなあ)

 憂鬱な気分に浸っているうちに、店内に残る客が自分だけになっていた。慌てて食後のお茶を飲み終えレジへ向かい、支払いついでの雑談で近郊の観光地について尋ねたところ、

「もう少し南へ進むと灯台がありますよ」
「灯台?」
「ええ、珍しい灯台でねえ。中に登れるんです」
「へえ」
「展望台からぐるーっと遠くまで海が見えますよ。絶景ですから、是非行ってみて下さい」
「は、はあ……」

 灯台……良いかもな。綺麗な景色を見て、心を癒やされよう。今日はリフレッシュするんだ!!


■  ■  ■


 店を出て、再び車を走らせる。いつの間にか空模様が怪しくなっていた。

(雨か雪でも降りそうだなあ……うーん……)

 岸壁に打ち寄せる白波が、風の強さを物語っている。引き返そうかとも思ったが、せっかく遠出したのに刺身定食だけで終わるのも口惜しい。

「よっしゃ! 行くぞ灯台!! ゴーゴーゴー!!!」

 車の中ということもあり、自分に気合を入れるべく叫んでやった。考えてみれば、大声を出すのも久しぶりだ。学生時代はバスケ部だったので、練習や試合で大きな声を上げていたものだが。

(たった四年で、すっかりオレも変わっちまったよな)

 大人になるということは、気力が萎えて諦めることが増えるということなのだろうか。なんだかそれも嫌だなあと思いつつ、少しだけカーステレオの音を上げてアクセルを踏んだ。
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