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11.はじめての友人
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秀女選出から戻ってきた翠蓮は、出かける前とはうってかわって上機嫌だった。
なんでも皇帝陛下直々にお声をかけていただいたらしい。
「そんなことは、数十人という秀女のなかでお嬢さまお一人だそうですわ!」
「ほらね、だから言ったでしょう。翠蓮。あなたは特別だって。母には分かっていましたよ。あなたが一目で陛下のお心をとらえることが。ああ、翠蓮。なんて素晴らしいんでしょう。さすがは女神の娘だわ」
莉宇と玲氏が上ずった声で喜び合っているのを聞きながら、藍珠は目立たないように部屋の隅に下がって掃除を続けていた。
(誰からも好かれ、愛される翠蓮の魅力は皇帝陛下の御目ですら惹きつけずにはおかないのね)
もし翠蓮が選出の場で冷遇されたり、他の秀女に引けをとったりしたらまた玲氏に、
「不吉な凶星のおまえを連れてきたせいだ」
と責められるにちがいないと思っていた藍珠は、ほっと胸を撫でおろした。
「陛下はとても素敵な方だったわ。もちろん、お顔は御簾で隠れて見えなかったけど、お声やお話しされる時の物の言い方や……私のことを好いて下さっていることが分かったわ」
翠蓮は御簾越しに言葉をかわした皇帝にすっかり熱をあげているらしく、うっとりとした様子で繰り返し対面したときの様子を話していた。
このまま、陛下のお心をとらえて寵姫として後宮でときめくようになれば、じきに翠蓮は藍珠のことなど忘れてしまうだろう。
そうなれば、黄族の集落に帰ることが出来る。
涼雲の妻として暮らせるようになる。
その日が来るまでは、ひたすら目立たないように、控えめに過ごしていようと藍珠は改めて心に誓った。
しかし、皇宮に来たのも悪いことばかりではなかった。
ここで初めて藍珠は友人というものを得たのだ。
都に上がってすぐに出会った侍女仲間の咲梅は、明るく親しみやすい性格で、内向的な藍珠にも何かと話しかけてくれた。
藍珠が翠蓮の実の姉だと知った咲梅は、驚いたようだった。
「実の姉妹なのに一人は秀女で、もう一人はその侍女として皇宮にあがってるの? ひどい話ね」
「しいっ。莉宇さんにでも聞かれたら大変よ。いいの。私の母は側室でさえない奴婢の扱いだったし……」
「何も同じように扱うべきだとは言ってないわよ。わざわざ、見せつけるみたいにあなたを連れてこなくても、釣り合った身分の部族の男とでも結婚させるのが普通だと思うけど?」
咲梅のいうことは最もだった。
藍珠自身も、少し前まではそうなると信じ込んでいたのだから。
藍珠が咲梅と親しくなったのを見た莉宇は、侍女たちの集まっている場所で藍珠が不吉な「凶星」が輝く夜に生まれたことを聞えよがしに話した。
藍珠は居たたまれない思いだったが、咲梅の態度はそれからも変わらなかった。
「あの莉宇さんって人、意地悪ね。藍珠を目の敵にしてるじゃないの。仮にも藍珠は首長の娘なのにどういうつもりなのかしら」
「莉宇さんは、翠蓮を何より大切に思ってるのよ。だから不吉な私が翠蓮の側にいるのが嫌なんだと思うわ」
そう言ってから、藍珠は思い切って気になっていたことを咲梅に聞いてみた。
「咲梅は気にしないの?」
「え、何が?」
「私が、『凶星』だっていうこと……」
咲梅はきょとんとした顔をして、それからけらけらと笑い出した。
「やだ、何を言うかと思えば。気にするはずないでしょ、そんな迷信」
「迷信……?」
「草原の民は迷信深いってお祖母ちゃんに聞いたことあるけど本当なのね。この皇都では誰もそんなこと気にしてないわよ」
「で、でも、皇都にだって古くからの言い伝えだとか、そういったものはあるでしょう?」
「それはあるけど……こっちでは七星が不吉だなんて話は聞いたことがないわね。ましてやそれを理由に差別したり、避けたりなんてね。馬鹿馬鹿しいわよ」
「ありがとう……咲梅……」
「ちょっと、泣いてるの? 藍珠ったら、どうしたのよ」
「だって、嬉しくて……私、生まれたときからずっと、不吉だって言われてて……」
藍珠は慌てて袖で涙を抑えた。
故郷の集落にいる間、ずっと藍珠には生まれながらの「凶星」という呼び名がつきまとっていた。
気にしないようにしようと思いながらも、何をしてもうまくいき、幸運の女神に愛されて生まれてきたような翠蓮を間近で見ていると、姉妹に生まれながらどうしてこうまで違うのかと、自分が自分で疎ましくなる時もあった。
自分だけが不幸の星の下に生まれているのならともかく、そんな自分と一緒になったら涼雲までも不幸にしてしまうのではないかと思うと、彼を愛し、愛されていること自体がどこか後ろめたく、ずっと怖かった。
そんな藍珠に咲梅ははじめて、
「そんなものはただの迷信だ」
と言ってくれた。泣かずにはいられなかった。
「いやね、藍珠ったら。私だけじゃないわよ。都で生まれ育った者だったら皆が同じことを言うわよ。ねえ、雲児?」
近くで掃除をしていた侍女の雲児も、笑いながら頷いた。
「そうよ。藍珠。私が知っている話だと七星は天帝のお后さまの髪飾りなんだそうよ。不吉どころか素敵じゃない?」
「ありがとう。二人とも」
藍珠は、今までにない幸福な気持ちでお礼を言った。
咲梅と雲児は、藍珠の境遇に同情してくれた。
「じゃあ故郷の集落に、婚約者を残してきているのね」
雲児は、うっとりとそう言った。
「いいなあ。『いつか必ず迎えに行く』なんて素敵。憧れちゃう。私にもそんな人がいたらいいのに」
咲梅がからかうように雲児の頬をつついた。
「あなたと藍珠じゃ月と亀よ」
「何よ、咲梅ったら。意地悪なんだから!」
雲児は頬をふくらませたが、おろおろしている藍珠を見るとはあっと溜息をついた。
「でも本当にそうね。藍珠は本当に綺麗だもの。本当のことをいえば翠蓮さまよりもよっぽど藍珠の方が……」
「雲児ったら!」
藍珠は慌てて制した。
「あら。でも本当よ。こちらの小主(秀女に対する敬称)よりも藍珠の方がずっと美しいわよ。あなたが秀女選出に出ていればきっとすぐに、嬪か妃に選ばれたのに」
「馬鹿なこと言わないで。お世辞はいいわ。自分で分かってるもの」
藍珠の真っ黒な髪や瞳、日差しを浴びても日に灼けない青白いような肌は、黄族の集落では、烏の羽根や闇夜にたとえられて、不吉の象徴のように言われていた。
藍珠自身、春の日差しそのもののように、優しく柔らかな印象の翠蓮の容姿をどれだけ羨ましく思ったかしれない。
「ちょっと、あなたたち! いつまでお喋りしているの!」
莉宇の怒鳴り声が飛んできて、それでその話はおしまいになった。
明るい咲梅は同僚たちにも人気があり、その彼女が親しくしてくれることで藍珠も他の侍女たちに快く受け入れて貰えるようになった。
涼雲に会えない寂しさはあるものの、藍珠は生まれてから今が一番幸福だと思うようになった。
ここに友人たちといる限り、自分は「凶星」ではないのだ。
後日、皇宮入りの決まった妃たちの位と住まいが発表された。
翠蓮は嬪の下に位置する、貴人、美人、才人、宝林、御花、采女の六侍妾のうちの最上位の貴人に叙せられ、「黄貴人」と呼ばれることになった。
すぐにでも妃の一人に叙せられるとばかり思っていた翠蓮は不満をあらわにし、それを母親の玲氏と莉宇が懸命になだめていた。
「まだ夜伽に呼ばれる前から貴人に叙せられるなど、承相(大臣)か亜相(大臣に次ぐ高官)の姫君でもなければ、なかなかないことよ」
「そうですよ。お嬢様。それに最初に定められる位はあくまで仮のもので、あくまで夜伽のあとに叙せられる位が本当の位だと言われておりますわ。お嬢様ならば、きっとすぐに嬪、いえ、妃にも任じられますよ」
「そうね。幸い、いま妃には空位があることだし」
妃は規定では四人までとなっているが、現在後宮にいる妃は、宣淑妃、江貴妃、娟徳妃の三人であり、「恵妃」の座は空位となっている。
二人にかわるがわるなだめられて、機嫌をなおした翠蓮だったがそれもすぐに覆された。
新しく選ばれた秀女たちの中には、玲氏の実家の兄の娘の香瑛も選ばれていた。
玲家は、承相、亜相よりも下の宰相の家柄だったが、香瑛が叙せられたのは九嬪のうちの第四位、「佳儀」の位だった。
玲氏は屈辱に青ざめた。
なんでも皇帝陛下直々にお声をかけていただいたらしい。
「そんなことは、数十人という秀女のなかでお嬢さまお一人だそうですわ!」
「ほらね、だから言ったでしょう。翠蓮。あなたは特別だって。母には分かっていましたよ。あなたが一目で陛下のお心をとらえることが。ああ、翠蓮。なんて素晴らしいんでしょう。さすがは女神の娘だわ」
莉宇と玲氏が上ずった声で喜び合っているのを聞きながら、藍珠は目立たないように部屋の隅に下がって掃除を続けていた。
(誰からも好かれ、愛される翠蓮の魅力は皇帝陛下の御目ですら惹きつけずにはおかないのね)
もし翠蓮が選出の場で冷遇されたり、他の秀女に引けをとったりしたらまた玲氏に、
「不吉な凶星のおまえを連れてきたせいだ」
と責められるにちがいないと思っていた藍珠は、ほっと胸を撫でおろした。
「陛下はとても素敵な方だったわ。もちろん、お顔は御簾で隠れて見えなかったけど、お声やお話しされる時の物の言い方や……私のことを好いて下さっていることが分かったわ」
翠蓮は御簾越しに言葉をかわした皇帝にすっかり熱をあげているらしく、うっとりとした様子で繰り返し対面したときの様子を話していた。
このまま、陛下のお心をとらえて寵姫として後宮でときめくようになれば、じきに翠蓮は藍珠のことなど忘れてしまうだろう。
そうなれば、黄族の集落に帰ることが出来る。
涼雲の妻として暮らせるようになる。
その日が来るまでは、ひたすら目立たないように、控えめに過ごしていようと藍珠は改めて心に誓った。
しかし、皇宮に来たのも悪いことばかりではなかった。
ここで初めて藍珠は友人というものを得たのだ。
都に上がってすぐに出会った侍女仲間の咲梅は、明るく親しみやすい性格で、内向的な藍珠にも何かと話しかけてくれた。
藍珠が翠蓮の実の姉だと知った咲梅は、驚いたようだった。
「実の姉妹なのに一人は秀女で、もう一人はその侍女として皇宮にあがってるの? ひどい話ね」
「しいっ。莉宇さんにでも聞かれたら大変よ。いいの。私の母は側室でさえない奴婢の扱いだったし……」
「何も同じように扱うべきだとは言ってないわよ。わざわざ、見せつけるみたいにあなたを連れてこなくても、釣り合った身分の部族の男とでも結婚させるのが普通だと思うけど?」
咲梅のいうことは最もだった。
藍珠自身も、少し前まではそうなると信じ込んでいたのだから。
藍珠が咲梅と親しくなったのを見た莉宇は、侍女たちの集まっている場所で藍珠が不吉な「凶星」が輝く夜に生まれたことを聞えよがしに話した。
藍珠は居たたまれない思いだったが、咲梅の態度はそれからも変わらなかった。
「あの莉宇さんって人、意地悪ね。藍珠を目の敵にしてるじゃないの。仮にも藍珠は首長の娘なのにどういうつもりなのかしら」
「莉宇さんは、翠蓮を何より大切に思ってるのよ。だから不吉な私が翠蓮の側にいるのが嫌なんだと思うわ」
そう言ってから、藍珠は思い切って気になっていたことを咲梅に聞いてみた。
「咲梅は気にしないの?」
「え、何が?」
「私が、『凶星』だっていうこと……」
咲梅はきょとんとした顔をして、それからけらけらと笑い出した。
「やだ、何を言うかと思えば。気にするはずないでしょ、そんな迷信」
「迷信……?」
「草原の民は迷信深いってお祖母ちゃんに聞いたことあるけど本当なのね。この皇都では誰もそんなこと気にしてないわよ」
「で、でも、皇都にだって古くからの言い伝えだとか、そういったものはあるでしょう?」
「それはあるけど……こっちでは七星が不吉だなんて話は聞いたことがないわね。ましてやそれを理由に差別したり、避けたりなんてね。馬鹿馬鹿しいわよ」
「ありがとう……咲梅……」
「ちょっと、泣いてるの? 藍珠ったら、どうしたのよ」
「だって、嬉しくて……私、生まれたときからずっと、不吉だって言われてて……」
藍珠は慌てて袖で涙を抑えた。
故郷の集落にいる間、ずっと藍珠には生まれながらの「凶星」という呼び名がつきまとっていた。
気にしないようにしようと思いながらも、何をしてもうまくいき、幸運の女神に愛されて生まれてきたような翠蓮を間近で見ていると、姉妹に生まれながらどうしてこうまで違うのかと、自分が自分で疎ましくなる時もあった。
自分だけが不幸の星の下に生まれているのならともかく、そんな自分と一緒になったら涼雲までも不幸にしてしまうのではないかと思うと、彼を愛し、愛されていること自体がどこか後ろめたく、ずっと怖かった。
そんな藍珠に咲梅ははじめて、
「そんなものはただの迷信だ」
と言ってくれた。泣かずにはいられなかった。
「いやね、藍珠ったら。私だけじゃないわよ。都で生まれ育った者だったら皆が同じことを言うわよ。ねえ、雲児?」
近くで掃除をしていた侍女の雲児も、笑いながら頷いた。
「そうよ。藍珠。私が知っている話だと七星は天帝のお后さまの髪飾りなんだそうよ。不吉どころか素敵じゃない?」
「ありがとう。二人とも」
藍珠は、今までにない幸福な気持ちでお礼を言った。
咲梅と雲児は、藍珠の境遇に同情してくれた。
「じゃあ故郷の集落に、婚約者を残してきているのね」
雲児は、うっとりとそう言った。
「いいなあ。『いつか必ず迎えに行く』なんて素敵。憧れちゃう。私にもそんな人がいたらいいのに」
咲梅がからかうように雲児の頬をつついた。
「あなたと藍珠じゃ月と亀よ」
「何よ、咲梅ったら。意地悪なんだから!」
雲児は頬をふくらませたが、おろおろしている藍珠を見るとはあっと溜息をついた。
「でも本当にそうね。藍珠は本当に綺麗だもの。本当のことをいえば翠蓮さまよりもよっぽど藍珠の方が……」
「雲児ったら!」
藍珠は慌てて制した。
「あら。でも本当よ。こちらの小主(秀女に対する敬称)よりも藍珠の方がずっと美しいわよ。あなたが秀女選出に出ていればきっとすぐに、嬪か妃に選ばれたのに」
「馬鹿なこと言わないで。お世辞はいいわ。自分で分かってるもの」
藍珠の真っ黒な髪や瞳、日差しを浴びても日に灼けない青白いような肌は、黄族の集落では、烏の羽根や闇夜にたとえられて、不吉の象徴のように言われていた。
藍珠自身、春の日差しそのもののように、優しく柔らかな印象の翠蓮の容姿をどれだけ羨ましく思ったかしれない。
「ちょっと、あなたたち! いつまでお喋りしているの!」
莉宇の怒鳴り声が飛んできて、それでその話はおしまいになった。
明るい咲梅は同僚たちにも人気があり、その彼女が親しくしてくれることで藍珠も他の侍女たちに快く受け入れて貰えるようになった。
涼雲に会えない寂しさはあるものの、藍珠は生まれてから今が一番幸福だと思うようになった。
ここに友人たちといる限り、自分は「凶星」ではないのだ。
後日、皇宮入りの決まった妃たちの位と住まいが発表された。
翠蓮は嬪の下に位置する、貴人、美人、才人、宝林、御花、采女の六侍妾のうちの最上位の貴人に叙せられ、「黄貴人」と呼ばれることになった。
すぐにでも妃の一人に叙せられるとばかり思っていた翠蓮は不満をあらわにし、それを母親の玲氏と莉宇が懸命になだめていた。
「まだ夜伽に呼ばれる前から貴人に叙せられるなど、承相(大臣)か亜相(大臣に次ぐ高官)の姫君でもなければ、なかなかないことよ」
「そうですよ。お嬢様。それに最初に定められる位はあくまで仮のもので、あくまで夜伽のあとに叙せられる位が本当の位だと言われておりますわ。お嬢様ならば、きっとすぐに嬪、いえ、妃にも任じられますよ」
「そうね。幸い、いま妃には空位があることだし」
妃は規定では四人までとなっているが、現在後宮にいる妃は、宣淑妃、江貴妃、娟徳妃の三人であり、「恵妃」の座は空位となっている。
二人にかわるがわるなだめられて、機嫌をなおした翠蓮だったがそれもすぐに覆された。
新しく選ばれた秀女たちの中には、玲氏の実家の兄の娘の香瑛も選ばれていた。
玲家は、承相、亜相よりも下の宰相の家柄だったが、香瑛が叙せられたのは九嬪のうちの第四位、「佳儀」の位だった。
玲氏は屈辱に青ざめた。
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※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
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