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3. 私の優しい妹

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  それは突然に言い渡された。

「春になったら、翠蓮について皇都に上がらせてあげます」
  玲氏が冷たい声で一方的に言った。

「どういうことでしょう……?」
  私は震える声で尋ねた。

 「あの子がこの春、皇帝陛下の後宮に上がることは知っているでしょう。それに侍女としてついていくことを許すと言っているのです。感謝しなさい」

  何を言ってるんだろう。

  翠蓮が次の春。16才になったら皇宮にあがり、皇帝陛下の妃になることはもうずっと前から決まっていた。

  20代半ばの皇帝陛下には、すでに皇后をはじめたくさんの妃がいたが、どの妃もいまだ男皇子には恵まれていない。
 
 女神の娘である翠蓮ならば必ずや皇子をもうけ、一族から皇帝を出すという悲願を成し遂げてくれるだろうと一族の誰もが信じていた。

  でも、それは藍珠には何ら関係のないことだった。

   翠蓮が皇帝のお妃になろうが、皇子の母になろうが、藍珠はこれまでと変わらずにここで生きていく。

  首長の娘とは名ばかりの奴婢として、洗濯や炊事、家畜の世話をして暮らす。

  そして来年、涼雲が二十歳になったら結婚して彼の妻になる。

  それが藍珠の希望のすべてだった。

  一族の有望株である涼雲には他にも縁談が山のようにあったけれど、涼雲は藍珠をを選び、

「藍珠以外の妻ならいらない。彼女を娶れないのなら俺は生涯誰とも結ばれない」

  と公言してくれていたので、まわりも次第に諦めて、いつの頃からか藍珠と涼雲が結婚するのは、翠蓮が皇宮に上がるのと同じくらい当然のことだと思われていた。

 (それなのに今さらなぜ?)

  藍珠の表情を見た玲氏は、憎々しげに睨み付けてきた。

「何です。その顔は。何か不満でもあるの?」

  不満も何も藍珠と涼雲とのことは玲氏だって知っているはずだった。

「いえ、不満など……。でも私のようなものが皇宮になどあまりに恐れ多くて」

「それはそうよ。私だって本当はおまえみたいなみすぼらしい娘を翠蓮の供になど加えたくないわ。人にみられたらあの子の恥ですもの」

「だったら何故?」

「仕方ないでしょう。当の翠蓮がおまえが一緒でないと嫌だと言ってきかないのだから」

「え?」
  藍珠は絶句した。

「同じ姉妹なのに自分だけ皇宮に上がって姉さんは集落に残るなんておかしい。不公平だなんて言い出して」

  (何を言ってるの? 不公平って何が?)

  生まれてからこれまで、二人の間で不公平じゃなかったことなんて一つもない。

「本当にあの子の優し過ぎるのにも困ったものだわ。これから周りは敵だらけの後宮で暮らしていくというのにあんなことでやっていけるのかしらね。……って、聞いてるの。藍珠、ちょっとどこへ行くの!?」

  藍珠は玲氏が叫ぶ声を背に走り出した。
  あとから折檻されるかもしれないけれど構っていられなかった。
  
  翠蓮の天幕を訪ねて問いただすと、あっさり頷いた。

「ええ、そうよ。お母様にお願いしたの。どうしても姉さまが一緒でなくては嫌だって」

「どうしてそんなことを?  私なんかが皇宮についていったって場違いなだけだわ。お願いだから私のことは気にしないで、放っておいてちょうだい」

「そうはいかないわ。だって私たちは姉妹でしょう。ずっと一緒に育ってきたんじゃない。離れ離れになってもう会えなくなるなんて嫌よ」

 翠蓮は、花びらのような唇を尖らせて言った。

「それに私が皇都に行って、ここからいなくなったら誰が姉さんを守るの? そうなったらもっといじめられるわよ。私そんなのとても耐えられない」

  瞳を潤ませて言う翠蓮を侍女たちが、
「お嬢様はなんてお優しいんでしょう」
と感激した面持ちで見ている。

  それに引き換え、あの凶星の姉はお礼も言わずにお嬢様に文句を言ったりして、なんて恩知らずで無礼なんでしょう。  そう思われているのが伝わってくる。

 翠蓮との話し合いは平行線だった。
 藍珠が何といって訴えても翠蓮が考えを変えることはなかった。

  ついには、話を聞いて駆けつけてきた玲氏が、

「いい加減にしなさい!  翠蓮の優しさを何だと思ってるの。甘やかせばどこまでも図にのって!」
と藍珠を鞭で打たせ、無理矢理に皇都についていくことを承諾させられた。

  玲氏が忌々しげに立ち去ったあと、翠蓮が困ったように微笑んで言った。

「ほら。皇都にいけばこんな風に理不尽にお母様から責められることもなくなるのよ。その方がずっといいでしょう?」

  藍珠は反論する気力も失って力なく頷いた。

  果たして理不尽なのは玲氏なのか、それともこの優しい妹の方なのか、藍珠には分からなかった。
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