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第四章 初恋は叶うもの

62.樫の木屋敷の午後

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 アマーリアとラルフの結婚式から瞬く間に半月ほどが過ぎた。

 ある温かな日の昼下がり。
 新クルーガー伯爵邸となった樫の木屋敷オークフィールドの庭のポーチでアマーリアとアンジェリカ、そしてミレディは久しぶりに三人でお茶のテーブルを囲んでいた。

「まあ、色々あったけど落ち着くところに落ち着いたって感じね」
 
 紅茶のカップを口に運びながらアンジェリカが言った。

「落ち着くどころか……私はまだ実感が湧いていないわ。エリックさまが王太子で、私がそのお妃になるなんて」
 ミレディが溜息まじりに言う。

「何言ってるの。こうなった以上、エリックさまとミレディ以上に適任はいないって皆が言ってるわ」
 アマーリアが言った。

「そうね。混乱を最小限に抑えるという意味では最適の道だったと思うわよ。国王陛下にはおつらいご判断だったでしょうけど……」
 アンジェリカの言葉に、他の二人もなんとなくしんみりして頷いた。




 いよいよエリックの立太子の儀が間近に迫ってきていたが、それに先立って、かねてより謹慎中だったアドリアンへの処遇がついに発表された。

 下された処分は、

「第一王子アドリアンの王籍はそのままに。ただし、本人の王位継承権は剥奪する。
 しかし、今後、アドリアンに男児が生まれた場合はその子には継承権が発生する」

 というものだった。

 これについては、甘いのではないかという声もいくつか上がり、国王シュトラウス二世自身も、自分と王妃が息子を甘やかしてしまったことが今回の事件の要因であると言い、王族としての身分を剥奪するのがその罰として相当なのではないかと考えていた。

 しかし、それに次期王太子に指名されたエリックが強硬に反対した。

 アドリアンがマリエッタに騙されたのは確かに過失ではあるが、それがそもそもザイフリート前公爵父子によって企てられたものであり、その被害者でもあるアドリアンから王族の身分までを剥奪することはすべきではないというのがその主張だった。

「しかし、アドリアン殿下のお子への継承権を認めれば、権力目的で殿下に近づく者も今後出てこようし、エリック王太子の治世に無用な争いの種を蒔くことになるのではないか」

 という意見には、エリックの父のシュワルツ大公が、

「私もエリックもあくまで王家の傍系の血筋。今回、立太子の件をお受けしたのも、国王陛下のご下命を受けて王家の窮地を救うための、いわば応急手当的な処置に過ぎません。
 その危機が去り、必要とあらばシュトラウス陛下のお血筋に王座をお返しするのに何の異論もありません」

 と答えて反論を封じた。
 さらにシュワルツ大公は、

「我が国が今後も王政を続けていくのならば、いたずらに王位継承者を減らすべきではない。現に他国では、国王とその周囲の者たちが保身に走るあまり、王族の数を削減し続けた結果、継承者がいなくなり、他国から養子をとらねばならない事態に陥っている国もあると聞く。今後も王家を奉じていくつもりならば、アドリアン殿下のお血筋は守られてしかるべきだ」

 と発言した。

 今は三家となっている四大公爵家の一つ、ベルトラン公爵も、

「あくまでアドリアン殿下の身分を剥奪するというのなら、罪人となったザイフリート公爵の娘を正妃としている第二王子エルリックの王族籍と継承権をそのままにしておくのは片手落ちというものでしょう。
 そのようなことを許せば、貴族の間に不満と不信感を広げるだろうし、必ず将来の争いの種になる。
 エルリック殿下とその夫人カタリーナの罪を問わないのならば、アドリアンにだけいたずらに重い処分を科すべきではないと思います」

 と意見を述べた。

 さらに今回の最大の被害者であるクレヴィング公爵も、

「今回の拉致事件の折にはアドリアン殿下が御身を挺して我が娘アマーリアをお守り下さったとのこと、父として幾重にも御礼を申し上げます」
 と礼を述べた上で、

「私はアドリアン殿下を守り、支えるべき立場にありながら殿下に近づいていた陰謀に気がつくことが出来ず、お守りすることが出来なかった。国王陛下、王妃陛下ならびにアドリアン殿下には心よりお詫び申し上げます」
 と頭を下げた。
 そして、改めてアドリアンに対する寛大な処分を願った。

 エリックの婚約者として、王太子妃になることが決まっているミレディの父のバランド公爵もそれに同意したので、国王は重臣たちに感謝しつつ、それを受け入れることにしたのだ。




「でも良かった……。王族でなくなったアドリアン殿下なんて想像出来ないもの」
 アマーリアがほっとしたように言った。

「そうね。エリックさまはご自分がご即位されたあかつきには、アドリアンさまにもエルリックさまにも、国王のご兄弟という扱いで大公の位についていただこうかとお考えのようなの」
 ミレディが言った。

「エリックさまは本当にお優しいのね」

 三人が話していると、そこにラルフが帰ってきた。
 隣りにアマーリアの従妹のエルマを連れている。

「王宮からの帰りに、義父上のところに寄ったらちょうど会ったんだ」

「アンジェ姉さまや、ミレディ姉さまもいらしてるって伺ったからラルフ兄さまにお願いして連れてきていただいてしまいました」
 エルマは嬉しそうにいってアマーリアに抱きついた。

 その背後から、真っ黒な大きな犬が姿を見せてこちらもアマーリアに甘えるように鼻を押しつけてきた。

「まあ、ガルムも一緒だったの?」

 一見して熊ほどもある大きな犬の登場に、アンジェリカとミレディは驚いて後ずさったがアマーリアは笑いながら二人を振り返った。

「大丈夫よ、二人とも。ガルムは見た目はちょっと怖そうだけど、とっても人懐こくておとなしいの」

「人懐こいのは良いのだけれど、今日も公園に連れていったときに引き綱が外れて逃げ出して、知らない人に飛びついてしまって、とっても驚かせてしまったの」

 エルマが言った。

「まあ、それで大丈夫だったの?」
「すぐにうちの使用人のロナードが追いかけて捕まえたんだけれど、その飛びついてしまった方は『熊だーー! 食べられるーー!!』って引っ繰り返って大騒ぎなさって、本当に申し訳ないことをしてしまったわ」

「まあねえ。確かに知らない人は怖いかもね」

 アンジェリカがラルフの腰ほどの高さのある、ガルムを見て肩をすくめた。

「けど熊はないよな。こんなに立派で凛々しい耳と賢い目ををしてるのに」
 犬好きのラルフは、ガルムのように逞しくて堂々とした体躯の大型犬が好きだった。

 ラルフが首のあたりを撫でてやると、ガルムは嬉しそうにその大きな体を摺り寄せた。


「あの方がラルフ兄さまみたいに、大きな犬が好きな方だったら良かったのに」
 エルマがしょんぼりと言った。

「男の人だったの?」
 アマーリアが尋ねる。

「ええ。ヴィクトール兄さまや、ラルフ兄さまより少し年下くらいの男の人よ。光に溶けてしまいそうに淡いプラチナブロンドに、海みたいに青い瞳がとっても綺麗な……」

 そう言うエルマが、どこかうっとりしたような目で、頬を染めていることに、ラルフがガルムと楽しそうに戯れている様子に見惚れていたアマーリアは気がつかなかった。


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