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第三章 悪人たちの狂騒曲

56.運命の恋の真実

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 ヴィクトールたちの指示で、ダリルたち六人の身柄は拘束された。
 
 同行していた騎士団付きの軍医がアドリアンの手当てをする。

「ご気分の悪いところはありませんか、殿下」
「ああ、大丈夫だ」

 アマーリアは、ラルフに付き添われながらアドリアンの側に跪いた。

「殿下。先ほどは私を守って下さりありがとうございました」
 ラルフもその場に膝をついた。

「私からも幾重にもお礼を申し上げます。殿下がいて下さらなければ今頃、アマーリアは無事ではいられなかったことでしょう。本当にありがとうございました」

 騎士が王族に対してする最敬礼をされてアドリアンは、王族らしく鷹揚に頷いた。
「うむ。そなたこそ、見事な働きであった。よく来てくれた。こちらこそ礼を言う」

 その時、
「ほら、じたばたするな。おとなしくしないか!」
 騎士たちに引き立てられて、その場に入ってきたのはセオドールとマリエッタだった。

「マリエッタ……!」
 アドリアンが医師が止めようとするのを制して、よろめきながら立ち上がろうとした。
 ラルフが腕を貸して立ち上がらせる。

「マリエッタ。どうしてここに。君は王都で僕の帰りを待っているはずじゃ……」

 マリエッタは、ふんっと顔を背けた。
 ここへ来るまでの間に、クレイグからこれまでの嘘や罪がすべて露見し、証拠も握られていることを突き付けられて、もう言い逃れは出来ないと知り、すっかり開き直っている。

「まだそんなこと言ってるの。本当に甘ちゃんね。頭の中に脳みそのかわりにケーキかキャンディでも詰まってるんじゃないの?」
「マリエッタ……?」

 これまでの砂糖菓子のように甘くべたついた話し方とは一転したふてぶてしい口調と低い声に、アドリアンは戸惑ったように眉根を寄せた。

「どうしたんだ。何でそんなことを……クレイグ。何故、彼女に縄をかけているんだ。彼女は僕の婚約者だ。すぐに縄をほどけ」

「恐れながらそれは出来ません。アドリアン殿下」
 クレイグが恭しく頭を下げた。

「この女の本当の名はリゼット・マーカス。ザイフリート公爵の命を受け、イルス男爵令嬢の身分を詐称して殿下に近づいた詐欺師でございます。
 この度、アマーリア・クレヴィング令嬢を拉致し、殿下の御身に害を及ぼそうと画策したのもこの女です。
 詳しいことは後ほど、ご報告申し上げますが、その女は殿下が自らお声をかけて良いような身分の者ではございません。なにとぞ、ご理解下さいませ」

「嘘だ」
 アドリアンは首を振った。

「確かにさっきの賊どもはマリエッタの名前を出して何やら言っていた。だが、そんなのは嘘だ。彼女が私の妃となることを妬む者の捏造だ。そうだろう、マリエッタ?」

 マリエッタは、かすかな動揺を浮かべて一瞬、何か考えるような顔になったが、側にいたクレイグが
「無駄だ。やめておけ。これ以上、罪状を増やしたくはないだろう」
 と言うと、諦めたようにはあっと溜息をついた。

「まったく、あなたの馬鹿加減を見てるとついまだいけるんじゃないのかって希望を持ちたくなっちゃうわね。でも、こっちのクレイグ卿の言う通り。これ以上、演技したところで全部バレてる以上、茶番でしかないものね。そんなのみっともないだけだし、第一めんどくさいわ」
 
 そう言ってマリエッタは顔を振って、頬にかかっていた髪を払いのけた。

「いいわ。クレイグ卿。お望み通りここでこの馬鹿王子に引導を渡してあげる。いい加減、そのお人よしの馬鹿ッ面を見ているのも飽き飽きしていたところよ」

「マリエッタ……?」

「だからマリエッタじゃないの。そんな女は最初からこの世にいなかったのよ。私はあの野心家のザイフリート公爵に頼まれて、あなたを王太子の座から引きずり下ろすお手伝いをするために近づいただけ。あんたを愛してるって言ったのは嘘、そこのアマーリア嬢に苛められたって言われたのも嘘、ぜーんぶ嘘よ」

「そんな、何故そんなことを」
 アドリアンが青ざめた顔でたずねる。

「だから言ったでしょ。ザイフリート公爵は、目の上のたんこぶのクレヴィング公爵家の娘が未来の王妃になるのが嫌で嫌で仕方がなかったのよ。でも、アマーリア嬢にケチをつけて王太子の婚約者の座から引きずり下ろすのは難しい。だったら、あなたの方を廃位にして、自分の娘を押しつけた第二王子を王太子にしてしまえばいいって考えたってわけよ。なかなか面白いわよね。私も最初っから、あのルーカスなんかじゃなくって、父親の公爵の方に狙いをつけておけば良かったわ。そうすれば、もう少し楽しめたと思うもの」

「どういう意味だ」

「そのまんまの意味よ。あのね、ザイフリート公爵さまは、私が息子のルーカスの子を妊娠したと言って側室にしろと迫ったのを逆手にとって私を利用しようと思いついたのよ。息子を誑かした腕前を見込まれて、あなたを誑し込むように命じられたってわけよ。とんでもない父親よね。でもまあ、あなたを夢中にさせるのはルーカス相手よりもずっと楽で、楽しかったわ。だって、ちょっと頼りなくて儚げな令嬢のふりをして甘えてみせたらコロッとなって、あとは私が何を言っても信じてくれるんだもの。私の言うでたらめを本気にして、婚約破棄までしでかしてくれた時には本当に面白かったわ」

「嘘だ……!」

「嘘だったら良かったわよねえ。私も残念だわ。あのまま、あなたの側室にでもなれれば一生、いいように操って好き放題楽しく暮らせたのに。ほんと、ドジ踏んだわ。私としたことが」

 そこでマリエッタは、一度言葉を切って唇の端を持ち上げて冷ややかにアドリアンを見た。

「この期に及んで、嘘だ、嘘だって。本当に馬鹿みたい、ちょっと優しくされて可愛く甘えられたくらいで、一生をかけて君を守るだの、生涯をかけて愛するだの、ってのぼせあがっちゃって。私に夢中のあなたの顔はほんとに間抜けで傑作だったわ。いつも笑いを堪えるのが大変だったわよ。一国の王太子殿下ともあろうものがざまあないわね。ほんとにみっともない……」

 バシンッ。

 音が響いて、マリエッタがよろめいた。
 黙って歩み寄ったアマーリアが思いきり平手打ちをしたのだ。

「何するのよっ!」

 アマーリアはまっすぐにマリエッタを見据えて叫んだ。
「人を好きになって、その人のことを一生懸命愛して、夢中になって何が悪いのよ! 何も恥ずかしくないわ!!」
 その瞳には涙が浮かんでいた。

「アドリアンさまは本当にあなたが好きだったのよ。父君である国王陛下や、うちの実家の公爵家や、学院や宮廷の人たちみんなに非難されても、それでも譲らなかったほど、あなたのことを愛していたのよ! そんなに純粋で、まっすぐな愛情ってないわ。それを嘲笑う資格なんて誰にもないわよ」

「この……っ」
 何か反論しかけたマリエッタを、クレイグが「もういい。連れていけ」と命じ、終始うなだれているセオドールと一緒に引き立てていった。

「ありがとう。リア。……僕の月の女神アリア」 
 
 アドリアンが、そういって弱々しく微笑んだ。

「いいえ。殿下はご立派です。誰よりも真摯に人を愛し、先ほどは命をかけて私を守って下さいました」
「ありがとう……」

 そこまで言って、アドリアンはふらりとよろめいた。
 慌ててラルフが受け止めると、アドリアンは気を失っていた。

「すぐに王都へ戻り、しかるべき治療を行いましょう」
 医師が慌てたように言う。

 一行は、急いで仕立てた寝台付きの馬車にアドリアンを運ぶと一路、王都を目指した。
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