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第一章 初恋は婚約破棄から
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「あの、この間のお話なんですけど……」
頬を染めて言うアマーリア(全身プレートアーマ着用)を、
「と、とりあえず、ここでは何ですから!!」
ラルフは、がぽっともう一度兜をかぶせ、先ほどまでいたヴィクトールの執務室へと連れていった。
行き交う騎士団の面々が、珍しそうに全身銀ピカ鎧の手を引いて歩いているラルフを見ている。
(ああ、もうだから俺は目立たず、ひっそりと暮らしたいのに……)
ラルフに連れて来られた妹の姿を見たヴィクトールはさすがに絶句していた。
「おまえ、どうやってここまで……」
「お願い。お兄さま。お父さまには内緒にしておいて!」
「内緒もなにも今頃、家は大騒ぎだろうよ」
ヴィクトールは従者を呼んで、公爵邸に使いを出すように言った。
「待って、お兄さま!」
「仕方ないだろう。放っておいたら親父はおまえを捜索させるために王都の道路という道路を封鎖させるぞ」
「確かに……」
と頷いたアマーリアが、くるりとラルフを振り返った。
「では、一刻の猶予もありませんわ。家の者が連れ戻しに来る前に。クルーガーさま! 折り入ってお話がございます」
「あ、はい……」
気おされたラルフが一歩下がると、アマーリアはその分一歩前に出た。
全身のプレートアーマーがガシャリと音をたてる。
「あー、これ。二階の第二応接室にあったやつだなー」
ヴィクトールがのんきに呟いている。
「おまえ、これよく一人で着られたな。俺が前、一度、イベントで着たときは着方を知ってる古参の先輩に手伝って貰って、三、四人がかりだったぞ」
「お兄さまはちょっと黙っていらして。今、大切なお話をしているの!」
「はいはい」
「あの、それであの時のお話なんですけど……」
「ああ、はい」
「あの……」
頬を赤らめて口ごもっているアマーリアを見て、ラルフは慌てて言った。
「はい。その、先日のお話ですね。その件はもう」
「えっ? もう、って……」
「ああ。いえ。その件については分かっておりますので、その……もう一度仰って頂かなくても、大丈夫です」
あの時は突然のことで不可抗力だったとはいえ、女性の側から告白の言葉など何度も言わせていいものものではない。
目を皿のようにしてこちらを見ているヴィクトールの存在が、正直非常に気になるが、ここは誠実に答えなければ。
「その、アマーリア嬢のお気持ちについては大変ありがたく、光栄に思っております」
「まあ、では……」
「しかし、その、こういった話はお家の立場もありますし、特にそちらは私などとは到底釣り合わない高貴なお家柄でいらっしゃいます。ですから、私の一存でお返事出来ることではありません」
「そう、ですよね」
アマーリアがしゅんと頷いた。
「申し訳ございません。色々と順序を飛ばして、大変失礼なことをしたのは存じております。ただ、あの時は思いがけず、王太子殿下から婚約解消のお話をいただいて、つい、舞い上がってしまって。その、兄からクルーガーさまには今のところ決まった方はいらっしゃらないと聞いていたので、だったら、一刻も早く私の気持ちをお伝えしないとと焦ってしまったのです。あの場にはたくさん綺麗なご令嬢がいらしていましたし、今夜にでも別の方とのご婚約が決まってしまうかもしれないと思って……クルーガーさまはとても素敵な方ですから」
そう言って目元を赤くして俯くアマーリアはとても可憐だった。
たとえいかついプレートアーマーを身に着けていたとしても。
なるほど。あの場でいきなり告白をしてきたのにはそういった理由があったのか。
婚約どころか、女っ気自体がほとんどないラルフに対しては、まったく無用な心配なのだが。
「その、ありがとうございます」
ラルフは律儀に頭を下げた。
正直、こんな風に女性の側から好意を打ち明けられた経験など皆無なので、どう返事をして良いのかまったく分からない。
「いや、でも私など、とても貴女に相応しいとは思えません。もっと他に相応しい方がいくらでもいらっしゃるでしょう」
「私がお慕いしているのはあなたです。初めてお会いした時から、許されることではないと知りながら、ずっとひそかにお慕いしてまいりました」
潤んだ藍色の瞳でまっすぐ見つめられて、ラルフは頬が熱くなるのを感じた。
「ご迷惑でしたらそうはっきりと仰ってください」
「いえ、迷惑などとんでもない」
正直言って、アマーリアは全身フルアーマーという格好にも関わらず、とても美しく可憐だった。
その奇抜過ぎる姿も、自分に会いたい一心で懸命に変装してきてくれたのかと思うといじらしさに胸が締めつけられる気がする。
ただ、こんなにも美しく、どんな男の心も一瞬でとらえずにはいられないような魅力的な彼女が、年齢イコール恋人いない歴の自分のような武術一辺倒の朴念仁を好きになってくれた理由がまったくもって分からない。
王太子殿下に衆目の前で婚約破棄を言い渡されたショックのあまりの気の迷いか、それとも街でごろつきから救ったときの特異な状況下での「吊り橋効果」か。
どちらにしてもそれは少し時間がたてば煙のように消えてしまう、一過性の気持ちではないのだろうか。
そんな思いがどうしても消えない。
「ただ、私などあなたに相応しくないと」
「私は貴方さまをお慕いしていますと申し上げております。クルーガーさまのお気持ちをお聞かせいただきたいのです」
アマーリアが両手を祈るように組み合わせて言った。
「えっと、あの……」
「では、好きか嫌いかではどちらでしょう?」
「……えっと」
「嫌いですか?」
「いいえ、とんでもない」
「では好き?」
「…………」
「どちらかと言えば?」
「それは、もちろん、好きです」
よし、とアマーリアが小さくガッツポーズをつくる。
「では私とお付き合いただけますか?」
「私の一存では……」
「ではクレヴィングの家が了承したとしたら?」
「ええ……」
ラルフは助けを求めるようにヴィクトールを見た。
ヴィクトールはソファに座ったまま、
「俺は別に構わないぞ。というかあの王太子に比べたらむしろ賛成」
とひらひらと手を振ってよこした。
「よし。一票獲得!」
小さな拳を握りしめるアマーリア。
「では父上が私たちの仲を了承したという仮定にもとづいてお答え下さい。私とお付き合いいただけますか? いただけませんか?」
「いや、俺より相応しい方があなたには……」
「おりません! さぁ、次の理由をどうぞ」
「身分がとても釣り合っていません」
「そこも含めて父が了承してくれたらという仮定でお伺いしています」
「俺は騎士としてもまだ未熟で、とても妻を娶れるような身分ではないので」
「では、どのようなご身分になられたら未熟ではなくなり、奥さまをお迎えになられるおつもりなのでしょうか? 騎士団の分隊長? 副長? それとも隊長ですか? クルーガーさまさえ良ければ私はいつまでもお待ちいたします。結婚自体は、その目標を達成したあかつきにということで、それまで結婚を前提にお付き合いしていただくというのはいかがでしょう?」
にこにこと笑顔でたたみかけてくるアマーリアに、ラルフは次第に崖っぷちに追い詰められていった。
「隊長……」
とヴィクトールに助けを求めたが、
「いやあ、こういうのは当人同士で」
とかわされた。
「では、まずはお試し一か月。それだけの期間、お付き合いしていただいてどうしても嫌だったらお断りいただく、というのはどうでしょう?」
「一か月……」
「だめなら二十日! 半月! 十日!! ……ようし、じゃあ三日でどうです。これ以上はまかりませんよ。持ってけドロボー!!」
威勢よく言い放つ勢いに負け、ラルフはついに
「では……とりあえず、友人からということで……」
と頷いてしまった。
「きゃーっ、やったあ!!」
アマーリアが、両手を上げて歓声をあげた。
ガシャガシャンと派手な音をたててヴィクトールのところへ飛んでいき、ハイタッチをして喜びあっている。
平穏第一主義のラルフ・クルーガーが、平穏に暮らせるのはまだ当分先のことになりそうだった。
頬を染めて言うアマーリア(全身プレートアーマ着用)を、
「と、とりあえず、ここでは何ですから!!」
ラルフは、がぽっともう一度兜をかぶせ、先ほどまでいたヴィクトールの執務室へと連れていった。
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(ああ、もうだから俺は目立たず、ひっそりと暮らしたいのに……)
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「おまえ、どうやってここまで……」
「お願い。お兄さま。お父さまには内緒にしておいて!」
「内緒もなにも今頃、家は大騒ぎだろうよ」
ヴィクトールは従者を呼んで、公爵邸に使いを出すように言った。
「待って、お兄さま!」
「仕方ないだろう。放っておいたら親父はおまえを捜索させるために王都の道路という道路を封鎖させるぞ」
「確かに……」
と頷いたアマーリアが、くるりとラルフを振り返った。
「では、一刻の猶予もありませんわ。家の者が連れ戻しに来る前に。クルーガーさま! 折り入ってお話がございます」
「あ、はい……」
気おされたラルフが一歩下がると、アマーリアはその分一歩前に出た。
全身のプレートアーマーがガシャリと音をたてる。
「あー、これ。二階の第二応接室にあったやつだなー」
ヴィクトールがのんきに呟いている。
「おまえ、これよく一人で着られたな。俺が前、一度、イベントで着たときは着方を知ってる古参の先輩に手伝って貰って、三、四人がかりだったぞ」
「お兄さまはちょっと黙っていらして。今、大切なお話をしているの!」
「はいはい」
「あの、それであの時のお話なんですけど……」
「ああ、はい」
「あの……」
頬を赤らめて口ごもっているアマーリアを見て、ラルフは慌てて言った。
「はい。その、先日のお話ですね。その件はもう」
「えっ? もう、って……」
「ああ。いえ。その件については分かっておりますので、その……もう一度仰って頂かなくても、大丈夫です」
あの時は突然のことで不可抗力だったとはいえ、女性の側から告白の言葉など何度も言わせていいものものではない。
目を皿のようにしてこちらを見ているヴィクトールの存在が、正直非常に気になるが、ここは誠実に答えなければ。
「その、アマーリア嬢のお気持ちについては大変ありがたく、光栄に思っております」
「まあ、では……」
「しかし、その、こういった話はお家の立場もありますし、特にそちらは私などとは到底釣り合わない高貴なお家柄でいらっしゃいます。ですから、私の一存でお返事出来ることではありません」
「そう、ですよね」
アマーリアがしゅんと頷いた。
「申し訳ございません。色々と順序を飛ばして、大変失礼なことをしたのは存じております。ただ、あの時は思いがけず、王太子殿下から婚約解消のお話をいただいて、つい、舞い上がってしまって。その、兄からクルーガーさまには今のところ決まった方はいらっしゃらないと聞いていたので、だったら、一刻も早く私の気持ちをお伝えしないとと焦ってしまったのです。あの場にはたくさん綺麗なご令嬢がいらしていましたし、今夜にでも別の方とのご婚約が決まってしまうかもしれないと思って……クルーガーさまはとても素敵な方ですから」
そう言って目元を赤くして俯くアマーリアはとても可憐だった。
たとえいかついプレートアーマーを身に着けていたとしても。
なるほど。あの場でいきなり告白をしてきたのにはそういった理由があったのか。
婚約どころか、女っ気自体がほとんどないラルフに対しては、まったく無用な心配なのだが。
「その、ありがとうございます」
ラルフは律儀に頭を下げた。
正直、こんな風に女性の側から好意を打ち明けられた経験など皆無なので、どう返事をして良いのかまったく分からない。
「いや、でも私など、とても貴女に相応しいとは思えません。もっと他に相応しい方がいくらでもいらっしゃるでしょう」
「私がお慕いしているのはあなたです。初めてお会いした時から、許されることではないと知りながら、ずっとひそかにお慕いしてまいりました」
潤んだ藍色の瞳でまっすぐ見つめられて、ラルフは頬が熱くなるのを感じた。
「ご迷惑でしたらそうはっきりと仰ってください」
「いえ、迷惑などとんでもない」
正直言って、アマーリアは全身フルアーマーという格好にも関わらず、とても美しく可憐だった。
その奇抜過ぎる姿も、自分に会いたい一心で懸命に変装してきてくれたのかと思うといじらしさに胸が締めつけられる気がする。
ただ、こんなにも美しく、どんな男の心も一瞬でとらえずにはいられないような魅力的な彼女が、年齢イコール恋人いない歴の自分のような武術一辺倒の朴念仁を好きになってくれた理由がまったくもって分からない。
王太子殿下に衆目の前で婚約破棄を言い渡されたショックのあまりの気の迷いか、それとも街でごろつきから救ったときの特異な状況下での「吊り橋効果」か。
どちらにしてもそれは少し時間がたてば煙のように消えてしまう、一過性の気持ちではないのだろうか。
そんな思いがどうしても消えない。
「ただ、私などあなたに相応しくないと」
「私は貴方さまをお慕いしていますと申し上げております。クルーガーさまのお気持ちをお聞かせいただきたいのです」
アマーリアが両手を祈るように組み合わせて言った。
「えっと、あの……」
「では、好きか嫌いかではどちらでしょう?」
「……えっと」
「嫌いですか?」
「いいえ、とんでもない」
「では好き?」
「…………」
「どちらかと言えば?」
「それは、もちろん、好きです」
よし、とアマーリアが小さくガッツポーズをつくる。
「では私とお付き合いただけますか?」
「私の一存では……」
「ではクレヴィングの家が了承したとしたら?」
「ええ……」
ラルフは助けを求めるようにヴィクトールを見た。
ヴィクトールはソファに座ったまま、
「俺は別に構わないぞ。というかあの王太子に比べたらむしろ賛成」
とひらひらと手を振ってよこした。
「よし。一票獲得!」
小さな拳を握りしめるアマーリア。
「では父上が私たちの仲を了承したという仮定にもとづいてお答え下さい。私とお付き合いいただけますか? いただけませんか?」
「いや、俺より相応しい方があなたには……」
「おりません! さぁ、次の理由をどうぞ」
「身分がとても釣り合っていません」
「そこも含めて父が了承してくれたらという仮定でお伺いしています」
「俺は騎士としてもまだ未熟で、とても妻を娶れるような身分ではないので」
「では、どのようなご身分になられたら未熟ではなくなり、奥さまをお迎えになられるおつもりなのでしょうか? 騎士団の分隊長? 副長? それとも隊長ですか? クルーガーさまさえ良ければ私はいつまでもお待ちいたします。結婚自体は、その目標を達成したあかつきにということで、それまで結婚を前提にお付き合いしていただくというのはいかがでしょう?」
にこにこと笑顔でたたみかけてくるアマーリアに、ラルフは次第に崖っぷちに追い詰められていった。
「隊長……」
とヴィクトールに助けを求めたが、
「いやあ、こういうのは当人同士で」
とかわされた。
「では、まずはお試し一か月。それだけの期間、お付き合いしていただいてどうしても嫌だったらお断りいただく、というのはどうでしょう?」
「一か月……」
「だめなら二十日! 半月! 十日!! ……ようし、じゃあ三日でどうです。これ以上はまかりませんよ。持ってけドロボー!!」
威勢よく言い放つ勢いに負け、ラルフはついに
「では……とりあえず、友人からということで……」
と頷いてしまった。
「きゃーっ、やったあ!!」
アマーリアが、両手を上げて歓声をあげた。
ガシャガシャンと派手な音をたててヴィクトールのところへ飛んでいき、ハイタッチをして喜びあっている。
平穏第一主義のラルフ・クルーガーが、平穏に暮らせるのはまだ当分先のことになりそうだった。
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