美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

文字の大きさ
上 下
45 / 50
[外伝]リドルの美味しい珈琲

(番外編)男たちの嫁談義

しおりを挟む
「『コーヒーは、魔法がかかるから美味しいんじゃない。2人で飲むから美味しいんだ。』って、なかなかいいキャッチコピーを考えたな。このポスターのおかげで、相当な繁盛だそうじゃないか。」



 真面目な顔でそう切り出したルバートの横で、フェリクスが我慢できないとばかりに腹を抱えて笑い出す。

 いよいよ来月に迫った俺の結婚式を前に、俺たち三人はまた集まって飲むことにしたのだ。



「それ、リドルが言ったプロポーズの言葉なんだろ?お前のところの従業員、本当に優秀だな。それを聞いた時、もう笑いが止まらなかったぞ!」



「え?そうなのか!」



 と驚いた顔で、ルバートが俺を見る。



「一番驚いたのは、俺だっつーの!」



 まさか、俺がシンシアにしたプロポーズの一部始終を、従業員のヒューゴに見られていたなんて!



 その言葉と共に、コーヒーメーカーを差し出して跪く男と、その前に立つ女が描かれたポスターを俺が目にしたのは、既に街中に貼り出された後のことだった。

 けれど、そのポスターのおかげで、今やコーヒーメーカーはプロポーズの際に欠かせないものとなり、またそれを妻に贈る男も増えているため、生産が追いつかない状態が続いていた。



「しかし、リドルは本当に笑わせてくれるよな。出会いの時から笑えたが、俺は今、心からお前と知り合えて良かったと思ってる。『リドル系』も最高だったが、街中にプロポーズの言葉を貼り出されてるとか、本当にすごいな!」



 フェリクスが俺の背中を痛いほどバンバンと叩く。

 俺の記憶では、出会った時、フェリクスは魔王のような形相で俺を睨んでいたはずなのだが。



「え?出会いの時って、生徒会室でのこと?お前、すごい形相で睨んでたじゃん!」



「言ってなかったか?あれは、お前の姿があんまりにもおかしかったんで、必死で笑いを堪えてたんだぞ。『頭隠して尻隠さず』っていうのを現実に見るとは思わなかったからな!」



 フェリクスは飲むと笑い上戸だ。

 このまましばらく笑い続けるつもりだろう。



 その隣りにいるルバートは、そんなフェリクスの様子を笑って眺めていたが、しばらくするとどこか言い出しづらそうに口を開いた。



「すごい売れ行きなんだろ?今予約しても、1年待ちだと聞いたぞ。実は、俺も一台欲しいんだが、なんとかならんか?」



 いつも尊大な態度のルバートが、今日はやけに大人しいような気がする。

 無駄に大きな体も、心なしか小さく見えるのは気のせいか。



「お前はアメリアがいるから、自宅用はいらないんじゃなかったのかよ。」



 俺がそう突っ込むと、ルバートではなくフェリクスがその問いに応えた。



「いや、それがどうやらそうでもないらしいぞ。な、ルバート?」



 フェリクスの言葉に、ルバートは苦笑いを浮かべた。



「子供が生まれてからは、ほとんど淹れてくれなくなってしまってな。」



「え?そうなの?」



 ルバートが珍しく肩を落として、頷いた。

 まあ、子供が生まれると女は変わると言うし、しかもルバートとアメリアには双子の女の子が生まれていた。

 アメリアが、ルバートの世話までやっていられないのも無理はないだろうと思う。



「そうだ。あの面白い話、リドルにもしてやれよ。」



 フェリクスがそう言うと、ルバートは余計なことを言うなとフェリクスを突きつつ、観念したように話し出した。



「クレア王女の叙爵式の後、俺たち久しぶりに集まって飲んだだろ?」



「ああ。お前、明日は朝早いとかいいつつ、結局、朝まで飲んでたよな?」



「で、翌朝、二日酔いが酷かったんで、久しぶりにアメリアにコーヒーを淹れてくれないかと頼んだんだよ。」



「断られたとか?」



「いや、淹れてはくれたんだが、そのコーヒーが飛び上がるほど辛くてな。」



 ルバートの言葉に、隣で聞いていたフェリクスが涙を流して笑い転げる。

 オチを知ってても、ここまで笑えるフェリクスはすごいと妙に感心してしまう。



「辛いコーヒー?アメリア、そんなの淹れられるのかよ。ある意味すごいな。」



 シンシアが作った魔法のコーヒーメーカーで魔力を帯びたコーヒーを淹れてみているが、辛いコーヒーなんてものができたことは一度もない。



「アメリアは、わざとやったんじゃないと言って謝ってはいたぞ。後で聞いたら、その前の晩、子供たちの夜泣きが酷くて、アメリアはほとんど寝ていなかったらしい。明け方やっと寝ついてくれて、一休みしようと思ったところに、二日酔いの俺がコーヒーを淹れて欲しいと言ってしまったわけだ。」



「それは・・・完全に、お前が悪いな。」



「ああ、本当に反省してる。だから、お詫びの気持ちを込めて、アメリアにコーヒーメーカーを贈りたいと思っているわけだ。」



 ルバートが心から反省しているようだった。

 まあ、一台くらいは何とかなるだろう。



「案外、わざとかもしれんぞ。ああいう大人しそうな女こそ、腹の中で何を考えているか分かったものではない。それに比べて、ソフィアなんて考えていることが全部顔に出るから可愛いものだ。ソフィアが一番いい!」



 フェリクスが上機嫌でグラスを掲げた。

 いかにも愛妻家を装ってはいるが、俺はこいつの裏の顔を知っている。



「あ、フェリクス、そんなこと言っていいのかよ。お前もあの晩は、大変だったんだろ?」



 俺の言葉に、フェリクスがさっと顔色を変えた。



「お前、その話、どこで聞いた。重要機密を漏らすとは、事と次第によってはその者の口を封じなければならんな。」



 どこの悪役なんだよと思うような顔を作って、フェリクスが呟いた。



「封じられるもんなら封じてみるんだな。出どころは侍女たちだよ。あいつらの口を塞げると思ってるんなら、お前もまだまだだな。お前のところの諜報部より、よっぽど優秀だぞ。」



「なんだ、何があった。俺はまだ聞いてないぞ。」



 身を乗り出してきたルバートに対し、フェリクスは忘れたふりをして誤魔化そうとしている。

 けれど、これまで散々コケにされてきた俺としては、ここで一矢報いないわけにはいかない。



「あの日、ルバートも挨拶されただろ?元男爵令嬢のヴァイオレット嬢。」



「ああ、覚えてるな。高等部時代、フェリクスに粉かけてたあの小リスのような令嬢か。結婚したもののご夫君を亡くされて、未亡人になったって言ってたな。」



「あの日、フェリクスは急用があるとか言って、先に帰っただろ?急用っていうのが、その未亡人だったらしいんだよ。俺たちの友情も軽くみられたもんだよな。」



「いやいや、誤解だよ。彼女が久しぶりに王都へ戻ってきて、まだ親しい友達もいないと言うから、ちょっと話していただけで。」



「お前も見えすいた嘘つくな。わざわざ二人で温室に行って話するかよ。」



「お前、そんなことしてたのか!ソフィアに殺されるぞ!」



「いやいや、してない。未遂だよ、未遂。してたら、俺は今ここにいない!」



「ああ、残念ながら未遂だったらしいな。こいつ、ソフィアに〈追跡〉されてたらしいんだよ。で、フェリクスが温室に入っていくのに気づいたソフィアに現場を押さえられたらしい。」



 俺がそこまで言うと、フェリクスは開き直ったように話し始めた。



「温室の入り口に立つソフィアの顔を見た時の俺の気持ち、お前たちには分からないだろうな。上級魔獣を目にした時よりも恐ろしかったぞ。一瞬で血の気が引いた。お前たちと飲むときは、いつも朝までコースだから、ソフィアも油断していると思ったんだが、甘かった!」



 フェリクスはその時のことを思い出し、悔しそうな顔をして見せた。



「ソフィアも王女みたいに王都全域とか〈捜索〉できるのか?」



 俺はそこまで魔力が強くないので、魔力が多いルバートに聞いてみる。



「いや、あんなことができるのはクレア王女改め、レイモンド女公爵だけだろうな。〈追跡〉は相手と離れる時から気配を追っていくから、あそこまで魔力が多くなくてもできるはずだ。まあ、ソフィアほどの魔力なら、おそらく王都全域くらいは楽に〈追跡〉できるだろうがな。」



「そうか。王都内は無理か。」



 全く反省していないのか、フェリクスが苦虫を噛み潰したような顔をした。



「いやー、嫁にするなら魔力が弱いのが一番!辛いコーヒーも出てこないし、追跡もされない!つまり、シンシアが一番ってことだな!」



 そう言って、俺はやっと親友二人を見返してやることができたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...