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17.ベレヌスの森(1)
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私が研究室のメンバーと共に、その村に着いたのは、夏至の前の日だった。
そこはゴルゴーンオオルリアゲハの生息域から一番近い村とのことだった。
村は、私たちが思っていたよりも賑わっていた。
この村では夏至の日に祭りが行われるとのことで、そのために村人が集まっているとのことだった。
出迎えた宿屋の主人に、ルバート様が今回の訪問の目的と研究室のメンバーについて紹介した時、その方は私の顔を見るや否や、急に
「あー、そういうことでしたか!申し訳ない!でも、大丈夫です。すぐ準備します!」
と、妙なことを口走って、宿の中へ戻ってしまった。
その妙な言葉の意味は、部屋に通された時に分かった。
他に女子がいないので、私はいつも一人部屋なのだが、割り当てられた部屋に入ると、中にもう一つ扉があった。
クローゼットかな?と思って扉を開けてみると、なんとその扉はルバート様の部屋に繋がっていた。
「え?」
驚く私と同様、ルバート様も驚かれた様子だった。
そして、二人ほぼ同時に、この部屋割りの意味を悟る。
おそらく、私はルバート様の愛人だと思われたのだ。
この国では女性の研究者は珍しい。
王立研究所には何人かいらっしゃるが、それでも数えるほどしかいない。
だから、宿の主人は若い平民の女が同行しているのを見て、気を利かせて内側から行き来できる部屋を用意してくれたというわけだ。
大学内や、何度も訪れている辺境伯領では、私のことを知る人も多くなっていたので油断していたけれど、公爵令息であるルバート様に同行している平民の女なんて、そう思われても仕方ない。
それくらい、私とルバート様の間には身分の差があるのだから。
私が何も言えずに固まっていると、ルバート様は部屋を変えてもらうよう言ってくると言って出ていかれた。
やがて廊下の方から、ルバート様が宿屋の主人と話をしているのが聞こえてきた。
「誤解があったようだから言っておくが、アメリア嬢は平民ではあるが、大学で魔術を学んでいる非常に優秀な学生だ。ソフィア妃殿下のご友人でもある。その伝手もあって、高等部の頃より眠り姫病研究室に所属してもらっている。彼女が同行しているのは、魔術の研究のためだ。」
ルバート様を面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ないと思った。
王都では、お忙しいにも関わらず、ソフィア様が今も定期的にお茶会などにお誘いくださって、私が不名誉な扱いをされないよう気を配ってくださっていた。
だから私は忘れていたのだ。
世間一般から見れば、私がルバート様のおそばにいることが、ルバート様に大きな不利益をもたらすこともあるのだと。
「ああ、それは大変失礼いたしました!以前、この時期にそういった目的で訪れた貴族の方がいらしたものですから。お嬢様にも大変不快な思いをさせてしまったことでしょう。心よりお詫び申し上げます。」
宿屋の主人はそう言って詫びた後、思いもかけないことをルバート様に言い始めた。
「と、いうことはですな。この祭りの期間中、お嬢様にはくれぐれもお気をつけいただくように言ってください。」
宿の主人はやたらと強い口調でそう言った。
「どういう意味だ?」
ルバート様が訝しんで尋ねた。
すると、宿屋の主人は少し言い淀んで、驚くべき話をし始めた。
「ご存知の通り、ゴルゴーンオオルリアゲハは羽化のとき、幻覚作用のある粉を撒き散らすのですが、それが大変申し上げにくいのですが、人にはなんというか・・・まあ、その気分を高揚させるような効果があるのです。」
「高揚?俺が読んだ文献では、酒に酔ったようになるとあったが、そうではないのか?」
ルバート様が尋ねると、宿屋の主人はさらに言いづらそうに続けた。
「まあ、それはそうなのですが、この祭りは地域の若い男女を結びつける役割も担っておりまして、その多少風紀が乱れるというか、何というか・・・。」
ベレヌス領主から許可が降りるのに、やたらと時間がかかったわけだと思った。
後で知ったことだけれども、昔はもっと森の近くで祭りが行われており、気分が高揚した男女が集まって、夜通し踊り明かすのが本来の祭りだったそうだ。
昔は祭りの十月十日後に村の子供の半分が産まれると言われるほどで、愛人を引き連れて参加するような貴族もいたとのことだった。
その事態を重くみた先代の領主が、この期間の来訪者を厳しく制限し、騎士団が森を取り囲んで侵入禁止にするようになったのだという。
けれど、この村は森から近いこともあって、昔ほどではないけれども、今でも祭りが開催されているとのことだった。
「そうそう、大事なことを言い忘れておりましたな。この辺りでは、ゴルゴーンオオルリアゲハは幸運の蝶とされております。ですから、蝶が止まったものには幸運が訪れるとされているのですが、蝶が止まっている者にキスをすると願いが叶うとも言われております。なので、くれぐれもお気をつけいただくようにお願い致します。」
宿屋の主人は、最後にそう言って去っていった。
何ということだ。
知らなかったとはいえ、なんていう時期に来てしまったんだと思った。
その後、戻ってきたルバート様は、おそらくは茹でダコのように真っ赤になっていた私のことを見て、話が全て聞こえていたことを察したのだろう。
ルバート様は
「虫除けの魔法薬を調合するから大丈夫だ。」
とおっしゃって、夏至の日の夕暮れが近づいてきた時、研究室のメンバー全員に魔法薬を手渡してくださった。
そして、私の体には、ルバート様の手で、これでもかという量の魔法薬が振りかけられたのだった。
そこはゴルゴーンオオルリアゲハの生息域から一番近い村とのことだった。
村は、私たちが思っていたよりも賑わっていた。
この村では夏至の日に祭りが行われるとのことで、そのために村人が集まっているとのことだった。
出迎えた宿屋の主人に、ルバート様が今回の訪問の目的と研究室のメンバーについて紹介した時、その方は私の顔を見るや否や、急に
「あー、そういうことでしたか!申し訳ない!でも、大丈夫です。すぐ準備します!」
と、妙なことを口走って、宿の中へ戻ってしまった。
その妙な言葉の意味は、部屋に通された時に分かった。
他に女子がいないので、私はいつも一人部屋なのだが、割り当てられた部屋に入ると、中にもう一つ扉があった。
クローゼットかな?と思って扉を開けてみると、なんとその扉はルバート様の部屋に繋がっていた。
「え?」
驚く私と同様、ルバート様も驚かれた様子だった。
そして、二人ほぼ同時に、この部屋割りの意味を悟る。
おそらく、私はルバート様の愛人だと思われたのだ。
この国では女性の研究者は珍しい。
王立研究所には何人かいらっしゃるが、それでも数えるほどしかいない。
だから、宿の主人は若い平民の女が同行しているのを見て、気を利かせて内側から行き来できる部屋を用意してくれたというわけだ。
大学内や、何度も訪れている辺境伯領では、私のことを知る人も多くなっていたので油断していたけれど、公爵令息であるルバート様に同行している平民の女なんて、そう思われても仕方ない。
それくらい、私とルバート様の間には身分の差があるのだから。
私が何も言えずに固まっていると、ルバート様は部屋を変えてもらうよう言ってくると言って出ていかれた。
やがて廊下の方から、ルバート様が宿屋の主人と話をしているのが聞こえてきた。
「誤解があったようだから言っておくが、アメリア嬢は平民ではあるが、大学で魔術を学んでいる非常に優秀な学生だ。ソフィア妃殿下のご友人でもある。その伝手もあって、高等部の頃より眠り姫病研究室に所属してもらっている。彼女が同行しているのは、魔術の研究のためだ。」
ルバート様を面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ないと思った。
王都では、お忙しいにも関わらず、ソフィア様が今も定期的にお茶会などにお誘いくださって、私が不名誉な扱いをされないよう気を配ってくださっていた。
だから私は忘れていたのだ。
世間一般から見れば、私がルバート様のおそばにいることが、ルバート様に大きな不利益をもたらすこともあるのだと。
「ああ、それは大変失礼いたしました!以前、この時期にそういった目的で訪れた貴族の方がいらしたものですから。お嬢様にも大変不快な思いをさせてしまったことでしょう。心よりお詫び申し上げます。」
宿屋の主人はそう言って詫びた後、思いもかけないことをルバート様に言い始めた。
「と、いうことはですな。この祭りの期間中、お嬢様にはくれぐれもお気をつけいただくように言ってください。」
宿の主人はやたらと強い口調でそう言った。
「どういう意味だ?」
ルバート様が訝しんで尋ねた。
すると、宿屋の主人は少し言い淀んで、驚くべき話をし始めた。
「ご存知の通り、ゴルゴーンオオルリアゲハは羽化のとき、幻覚作用のある粉を撒き散らすのですが、それが大変申し上げにくいのですが、人にはなんというか・・・まあ、その気分を高揚させるような効果があるのです。」
「高揚?俺が読んだ文献では、酒に酔ったようになるとあったが、そうではないのか?」
ルバート様が尋ねると、宿屋の主人はさらに言いづらそうに続けた。
「まあ、それはそうなのですが、この祭りは地域の若い男女を結びつける役割も担っておりまして、その多少風紀が乱れるというか、何というか・・・。」
ベレヌス領主から許可が降りるのに、やたらと時間がかかったわけだと思った。
後で知ったことだけれども、昔はもっと森の近くで祭りが行われており、気分が高揚した男女が集まって、夜通し踊り明かすのが本来の祭りだったそうだ。
昔は祭りの十月十日後に村の子供の半分が産まれると言われるほどで、愛人を引き連れて参加するような貴族もいたとのことだった。
その事態を重くみた先代の領主が、この期間の来訪者を厳しく制限し、騎士団が森を取り囲んで侵入禁止にするようになったのだという。
けれど、この村は森から近いこともあって、昔ほどではないけれども、今でも祭りが開催されているとのことだった。
「そうそう、大事なことを言い忘れておりましたな。この辺りでは、ゴルゴーンオオルリアゲハは幸運の蝶とされております。ですから、蝶が止まったものには幸運が訪れるとされているのですが、蝶が止まっている者にキスをすると願いが叶うとも言われております。なので、くれぐれもお気をつけいただくようにお願い致します。」
宿屋の主人は、最後にそう言って去っていった。
何ということだ。
知らなかったとはいえ、なんていう時期に来てしまったんだと思った。
その後、戻ってきたルバート様は、おそらくは茹でダコのように真っ赤になっていた私のことを見て、話が全て聞こえていたことを察したのだろう。
ルバート様は
「虫除けの魔法薬を調合するから大丈夫だ。」
とおっしゃって、夏至の日の夕暮れが近づいてきた時、研究室のメンバー全員に魔法薬を手渡してくださった。
そして、私の体には、ルバート様の手で、これでもかという量の魔法薬が振りかけられたのだった。
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