美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

文字の大きさ
上 下
16 / 50

15.ルバート様の決意(1)

しおりを挟む
「アメリア、俺はこれから今まで以上に眠り姫病の研究に力を入れようと思う。必ず俺が治療法を見つけてみせる。だから、待っていてくれないか。」

 前日の大嵐が嘘だったのではないかと思うほどの清々しく晴れ渡ったあの日の朝、ルバート様は昇る朝日を背に受けながら、突然私にそう言った。

 あの時、ルバート様は眠り姫病の治療法が見つかるまでは結婚を待つようにと言っただけなのに、何故ずっと側にいていいんだと思ってしまったんだろう。

 大学一年の夏休み、セイレーンサガリバナの開花を見に帰った私に、母はたくさんの見合い話を取り揃えて待っていた。
 この国の結婚適齢期は早い。
 女性はほとんどが十代のうちに結婚する。
 大学まで進学する女性がほとんどいないのはそのためだ。
 大学進学は、辺境伯のウィルフレッド様のお口添えもあって、何とか許可してもらったけど、母は大学卒業したらすぐに結婚できるよう、婚約だけでもしておくようにと何度もしつこく言っていたのだ。
 ルバート様には、その話をしなかったはずだけれど、おそらくどこかで話を聞いたのだろう。
 母は、父が団長を務める辺境伯領騎士団の若手騎士の一人に話をつけたと言って、とにかくこの夏休みの間に一度会うようにと言ってきたのだ。

 この国では女性が手に職をつけて生きていくのは難しい。
 だから、母の言うことは正しいのだと思う。
 けれど、その朝、ルバート様の言葉を聞いた私は、ルバート様が眠り姫病の研究を続けられるかぎりは、お側にいてもいいのだと思ってしまったのだ。

 私はルバート様の才能を、どこかで侮っていたのだと思う。
 何世紀にも渡って、誰も解決できなかった眠り姫病の治療法が見つかるなんて、思っていなかったのだ。
 けれど、ルバート様はほんの数年のつもりで、そう言っていたに過ぎない。
 なぜなら、あの時からルバート様は本気で姫の病気を治すおつもりだったのだから。

 ***

 あれは、公務でお忙しいため、ほとんど顔を出されないフェリクス様が、珍しく研究室にいらしていた時のことだ。

「お前、進捗はどうなんだよ。急がないと結婚適齢期を逃してしまうぞ。」

 応接室にコーヒーをお持ちしようとした時、「結婚」という言葉が耳に飛び込んできて、思わずノックするタイミングを失ってしまった。

「分かってる!姫が目覚めなければ、俺の結婚はない。だから、こんなに必死にやってるんじゃないか!」

 冷や水を浴びせられたような気がした。
 勘違いするんじゃないと、神様が警告してくださったのだと思った。
 そうだ、そうだった。初めから分かっていたはずだ。
 ルバート様は、ずっと姫のために研究を続けられているのだ。
 姫が目覚められたら、私はルバート様のお側にはいられないと、あの時、胸に刻み込んだはずだったのに!

 何故、こんなにも想いを積み重ねてしまったんだろうと思う。
 辺境伯領に帰る旅路は長すぎて、ずっとそんなことばかりを考えてしまう。
 貸切の馬車を仕立てたのもよくなかったなと今にして思う。
 ウィルフレッド様のご好意もあって、今回は贅沢にも馬車を貸切にしたものの、一人で乗っているため気を紛らわすものがなく、ずっとルバート様のことを考えてしまう。
 しかも、この道のりは思い出が多過ぎる。思い出さないなんて無理だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

あなたがわたしを捨てた理由。

ふまさ
恋愛
 王立学園の廊下。元婚約者のクラレンスと、クラレンスの婚約者、侯爵令嬢のグロリアが、並んで歩いている。  楽しそうに、微笑み合っている。アーリンはごくりと唾を呑み込み、すれ違いざま、ご機嫌よう、と小さく会釈をした。  そんなアーリンを、クラレンスがあからさまに無視する。気まずそうにグロリアが「よいのですか?」と、問いかけるが、クラレンスは、いいんだよ、と笑った。 「未練は、断ち切ってもらわないとね」  俯いたアーリンの目は、光を失っていた。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...