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7. 最後の会話 (1)
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ルバート様が来たことで、片付けは夜遅くまでかかった。
いつものように最後まで残っているのは、私とルバート様の二人だけだ。
今日言おうと心に決めていたのに、本人を目の前にするとなかなか言い出せない。
ここの片付けも今日でだいたい終わる。
せめて、今日が終わるまでは言わない方がいいような気もしてきた。
それに、ルバート様からはまだ大学卒業後の進路をどうするのか聞かれていない。
聞かれてからでいいかと思ったものの、ふと、ルバート様に結婚準備を手伝うよう言われた場合、なんと言って断ったらいいか思い付かないことに気づく。
ただの平民の助手が、何の理由もなく公爵令息であるルバート様の依頼を断ることはできない。
どうしよう。ウィルフレッド様の研究室へ勤めることになってるからと断る?
いや、それはダメだ。すぐ、ウィルフレッド様に話をつけてしまうだろう。
ウィルフレッド様に辺境伯領の研究室へ誘われてはいるけれども、実際はまだ返事もしていないし、急ぎで来てほしいとも言われていない。
ルバート様が結婚準備のために私の手を借りたいということであれば、ウィルフレッド様はその後でいいよと言ってくださるだろう。
なんて言ったらいいか思い付かずにいた時、ルバート様が口を開いた。
「今日、新しく住む屋敷を見てきたんだが、いいところだった。ちゃんと手入れされているから、すぐに住めるとのことだったし。ただ、ここからちょっと離れているのが面倒だな。」
いつもルバート様は世間話のようなものはほとんどしないのに、珍しいこともあるものだと思う。
さすがのルバート様も、今回の叙爵は嬉しかったのだろう。
もしかして、さっきリドル様を見送りに出て行った際、ルバート様が戻ってくるのが少し遅かったのは、外のバーでリドル様と軽く祝杯でも上げたのかもしれない。
少し顔が赤い。
「それにしても、リドルの作った魔動具で淹れるコーヒーは不味いし、それに口述筆記のあれも、余計なところまで全部書き出すから使いづらくて敵わん。やはり、アメリアがいないとダメだな。」
確かに、考えてみれば、ルバート様とこんなに長く離れていたのは、この七年間で初めてかもしれないと思う。
私が側にいないと、ルバート様はそれなりに不便だったのだろう。
そう言われて嬉しい反面、ルバート様にとって、自分は所詮魔動具程度の存在なのだと思い知ってしまう。
ルバート様は暑いのか、開けてある窓のそばに行き、首元のクラバットを緩めた。
「俺はまた領地に戻らなければならないんだが、それでアメリアにも一度準備のために来てもらえないかと思ってだな。」
話の途中で、私は何かを探すフリをして、ルバート様に背中を向けた。
涙で視界が揺らぐ。
ああ、なんてことだ。
分かってはいたけれど、やはりクレア王女との結婚準備を手伝わせるつもりなんだ。
思ったよりも、全然心の準備ができていない。
今言われたら、私はきっと泣いてしまう。
「そうそう、言い忘れていたが、屋敷には子供が走り回れるような広い庭もあってだな。いや、それは先の話かもしれないが。あと、屋根裏部屋もあるから、だから、アメリア・・・」
「私、実家に帰るんです。」
ルバート様の言葉を遮るように、なんとか言葉を紡ぎ出した。声が震えてしまう。
もう、この話の続きは聞きたくない。
いくらルバート様の願いと言えども、ご結婚されるルバート様のお側にい続けるなんてできない。
結婚準備だけならまだしも、今の言い方だと、ルバート様はクレア様との結婚後も、私を新しい屋敷の屋根裏部屋に住まわせて、毎日コーヒーを淹れさせ、仕事も手伝わせて、そして将来的にはお二人の間に生まれてくる子供の面倒まで任せようと思っているに違いない。
私にはそんなことできない。
「え?」
私が言い返すと思っていなかったのか、ルバート様がこちらを見ている気配がした。
顔を見られないように、そのまま片付け続けるフリをする。
泣き顔なんて、絶対に見せたくない。
そして、なるべく明るく聞こえるように声を張る。
「私も結婚の準備をすることになりまして、実家に帰るんです。直接申し上げたかったものですから、ご連絡が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。」
いつものように最後まで残っているのは、私とルバート様の二人だけだ。
今日言おうと心に決めていたのに、本人を目の前にするとなかなか言い出せない。
ここの片付けも今日でだいたい終わる。
せめて、今日が終わるまでは言わない方がいいような気もしてきた。
それに、ルバート様からはまだ大学卒業後の進路をどうするのか聞かれていない。
聞かれてからでいいかと思ったものの、ふと、ルバート様に結婚準備を手伝うよう言われた場合、なんと言って断ったらいいか思い付かないことに気づく。
ただの平民の助手が、何の理由もなく公爵令息であるルバート様の依頼を断ることはできない。
どうしよう。ウィルフレッド様の研究室へ勤めることになってるからと断る?
いや、それはダメだ。すぐ、ウィルフレッド様に話をつけてしまうだろう。
ウィルフレッド様に辺境伯領の研究室へ誘われてはいるけれども、実際はまだ返事もしていないし、急ぎで来てほしいとも言われていない。
ルバート様が結婚準備のために私の手を借りたいということであれば、ウィルフレッド様はその後でいいよと言ってくださるだろう。
なんて言ったらいいか思い付かずにいた時、ルバート様が口を開いた。
「今日、新しく住む屋敷を見てきたんだが、いいところだった。ちゃんと手入れされているから、すぐに住めるとのことだったし。ただ、ここからちょっと離れているのが面倒だな。」
いつもルバート様は世間話のようなものはほとんどしないのに、珍しいこともあるものだと思う。
さすがのルバート様も、今回の叙爵は嬉しかったのだろう。
もしかして、さっきリドル様を見送りに出て行った際、ルバート様が戻ってくるのが少し遅かったのは、外のバーでリドル様と軽く祝杯でも上げたのかもしれない。
少し顔が赤い。
「それにしても、リドルの作った魔動具で淹れるコーヒーは不味いし、それに口述筆記のあれも、余計なところまで全部書き出すから使いづらくて敵わん。やはり、アメリアがいないとダメだな。」
確かに、考えてみれば、ルバート様とこんなに長く離れていたのは、この七年間で初めてかもしれないと思う。
私が側にいないと、ルバート様はそれなりに不便だったのだろう。
そう言われて嬉しい反面、ルバート様にとって、自分は所詮魔動具程度の存在なのだと思い知ってしまう。
ルバート様は暑いのか、開けてある窓のそばに行き、首元のクラバットを緩めた。
「俺はまた領地に戻らなければならないんだが、それでアメリアにも一度準備のために来てもらえないかと思ってだな。」
話の途中で、私は何かを探すフリをして、ルバート様に背中を向けた。
涙で視界が揺らぐ。
ああ、なんてことだ。
分かってはいたけれど、やはりクレア王女との結婚準備を手伝わせるつもりなんだ。
思ったよりも、全然心の準備ができていない。
今言われたら、私はきっと泣いてしまう。
「そうそう、言い忘れていたが、屋敷には子供が走り回れるような広い庭もあってだな。いや、それは先の話かもしれないが。あと、屋根裏部屋もあるから、だから、アメリア・・・」
「私、実家に帰るんです。」
ルバート様の言葉を遮るように、なんとか言葉を紡ぎ出した。声が震えてしまう。
もう、この話の続きは聞きたくない。
いくらルバート様の願いと言えども、ご結婚されるルバート様のお側にい続けるなんてできない。
結婚準備だけならまだしも、今の言い方だと、ルバート様はクレア様との結婚後も、私を新しい屋敷の屋根裏部屋に住まわせて、毎日コーヒーを淹れさせ、仕事も手伝わせて、そして将来的にはお二人の間に生まれてくる子供の面倒まで任せようと思っているに違いない。
私にはそんなことできない。
「え?」
私が言い返すと思っていなかったのか、ルバート様がこちらを見ている気配がした。
顔を見られないように、そのまま片付け続けるフリをする。
泣き顔なんて、絶対に見せたくない。
そして、なるべく明るく聞こえるように声を張る。
「私も結婚の準備をすることになりまして、実家に帰るんです。直接申し上げたかったものですから、ご連絡が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。」
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