美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

文字の大きさ
上 下
4 / 50

3. 眠り姫病研究室(1)

しおりを挟む
 研究室へ出入りするようになってから知ったことだが、ルバート様のクソ文字・・・ではなく悪筆は長年眠り姫病研究室の部員たちを悩ませていたのだそうだ。

 眠り姫病研究室は、ルバート様の下、今や王立魔術研究所にも劣らない高度な内容の研究を行っているのだが、その悪筆のためルバート様のメモの解読できるものがおらず、メモ通りに配合したものが間違っているのは日常茶飯事で、実験が失敗することも多かったのだという。
 ルバート様を恐れ、今はルバート様に言い返すことができるソフィア様とリドル先生が彼の補助に当たっていたのだという。


「まあ、ルバートの頭脳が素晴らしいのは認めるわ。ルバートの執念深さ・・・じゃなくて情熱があれば、眠り姫病の治療方法にたどり着くかもしれない。逆に言うと、彼に見つけられないのであれば他の誰にも見つけられないと思うほど。でもね、でも、本当に。本当に無理を言ってごめんなさいね、アメリア。」


 当初から、ソフィア様は会うたびにそう言って謝ってくれた。
 何でも眠り姫病研究室の前身は、ルバート様がまだ高等部だった頃に王太子フェリクス様と共に創設したとのことだった。
 現在、講師として在籍しているリドル先生も創設メンバーの一人で、ルバート様、ソフィア様とは、その頃からの長い付き合いなのだそうだ。
 ソフィア様は少しでも婚約者であるフェリクス様の助けになればと、眠り姫病研究室に出入りしているものの、ルバート様の悪筆、それにまつわる横暴ぶりには淑女としての振る舞いを忘れるくらい追い詰められていたとのことだった。

「でも本当に不思議よ。何故、あれが文字に見えるのかしら?一度ルバートの書いたメモを家に持ち帰った際、うちのメイドがワームクロナメクジが這った跡だと勘違いして捨てたほどの代物なのに・・・。リドルは解読するのを諦めて、言った言葉を紙に書き起こす魔動具の開発を始めたほどよ!」


 普段のソフィア様は初めて会ったときの印象とは違って、まさしく淑女の鑑だった。
 聡明で思慮深く、その身分の高さを感じさせない親しみやすさもある素敵な方だった。
 眠り姫病研究室の女子がソフィア様と私の二人しかいないこともあって、恐縮してしまうほど気遣ってくださる。


「おそらく、祖父の手伝いをしていたからではないでしょうか。祖父は晩年、病気のために右手に麻痺が残り、字を書くのが困難だったのです。それで、よく祖父が書き留めたものを清書するのを手伝っていたものですから、クセの強い文字への耐性があるのかもしれません。」

 今日も、ソフィア様は新しいお菓子が届いたからと、私をお茶に誘ってくださったのだ。

「本当にすごいわ。しかも、虫への耐性まであるなんて、私、アメリアのことは本当に女神様が私たちに遣わしてくださった天使なんじゃないかって出生を疑ったほどよ。」

 眠り姫病研究室に女子が二人しかいない主な理由は、虫をはじめとする色々な気味の悪い動植物を扱うことによるらしい。
 以前は他にもいたそうなのだが、虫を見ただけで失神してしまったのだという。
 ソフィア様は今では倒れることはないそうだが、未だに虫は苦手とのことだった。

「実家が農園を運営していますので、収穫時期には私も毎年手伝っていましたから、虫は見慣れているんです。将来的には大学に進んで、害虫を駆除する魔術について学びたいと思っていたくらいですから、一足早く最新の研究に触れられるのは、私にとっても大変有意義なことです。なので、ご心配いただかなくても大丈夫です。」

 私がそう言うと、ソフィア様は両の手を胸の前で組み合わせ、拝むような顔をして私を見つめた。本当に天使と小さく呟くのが聞こえる。

 そして、しばらく後、急に真剣な顔になり、私にいつもの問いかけをしてきた。

「アメリア、いつもしつこく聞いてしまって申し訳ないのだけど、嫌な思いをしていない?何かあったら、すぐに言ってね。私は学年も違うし、私の目の届かないところで何かされていないか心配なの。」

 これは眠り姫病研究室に携わるようになってから、何度も言われてきた言葉だった。
 全て後で知ったことなのだが、王太子が創設したこともあり、眠り姫病研究室は自然と身分の高い生徒や、身分は低くとも成績優秀な学生が多く集まることなったそうだ。
 また、研究内容など機密事項も多いため、希望すれば誰でも入れるわけではなく厳選な審査を突破した優秀な学生だけが入室を許されているのだという。
 もちろん、その機密事項の最重要項目はソフィア様の暴言癖だと、以前リドル先生は笑いながら教えてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自作ゲームの世界に転生したかと思ったけど、乙女ゲームを作った覚えはありません

月野槐樹
ファンタジー
家族と一緒に初めて王都にやってきたソーマは、王都の光景に既視感を覚えた。自分が作ったゲームの世界に似ていると感じて、異世界に転生した事に気がつく。 自作ゲームの中で作った猫執事キャラのプティと再会。 やっぱり自作ゲームの世界かと思ったけど、なぜか全く作った覚えがない乙女ゲームのような展開が発生。 何がどうなっているか分からないまま、ソーマは、結構マイペースに、今日も魔道具制作を楽しむのであった。 第1章完結しました。 第2章スタートしています。

公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す

金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。 今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。 死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。 しかも、すでに王太子とは婚約済。 どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。 ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか? 作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

都合のいい女は卒業です。

火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。 しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。 治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。 どちらが王家に必要とされているかは明白だった。 「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」 だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。 しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。 この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。 それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。 だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。 「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...