3 / 11
3.イカのワタ焼き
しおりを挟む
「遅かったわね、ヴィンス。もう先に始めてるわよ。今日は灰色だっけ?」
初めて神殿を訪れたあの日から六回目の夜、メグミはもうすっかり慣れた様子で、焚き火を囲んで俺を待っていた。
以前持ってきた彼女の世界でいう『エイヒレ』を炙り、先に飲みはじめている。
初めて会った日から、ちょうど一月程度。
週に一度以上のペースで飲んでいるのだから、普通に名前で呼び合うくらいには親しくなっていた。
「ああ、メグミが見せてくれた通り、緑はネクセレン山の山頂にあった。」
俺がそう報告すると、メグミは安心したように微笑んだ。
彼女の力は安定している。
だから、このまま上手くいけば、この騒動は全て収束に向かうだろう。
緑の種が見つかったと報告した時、父上はやっと安堵したようにその眉間を緩めた。
その一方で、父上にとって大事なのは、やはり嫡出だけだったのだなと思い知りもした。
しかし、灰色の種はそう簡単にはいかないだろうことを俺は知っていた。
それをメグミに気取らせてはならない。
事の重大さを知れば、メグミは力を発揮できなくなってしまうかもしれない。
幸いなことに、メグミは七つの種を『願いを叶える種』だと思っている。
それにかけられた『願い』が何かも知らずに。
彼女の力が最大限に引き出されるのは、気に入ったつまみと共に気持ちよく酒を飲んでいる時。
だから、絶対に気づかせてはならないのだと肝に銘じる。
「それはそうと、今日は先日話していたロベニアを持って来てみたのだが、どうだろう。こちらでは、あまり食べない物なのだが。」
彼女好みの辛口の酒と、前回話題になったロベニア(向こうの世界では『イカ』というらしい)を差し出す。
「おおっ!これは、まさしくイカ!これですよ!この世界でもお目にかかれるなんて!」
メグミは俺からすると、少々グロテスクなそのロベニアが入った皿を喜んで掲げ持った。
彼女曰く、酒のつまみに最高なのだそうだ。
「でも、このままなのか……。ちょっと、私、さばけないんだよな。これ、どうしよう。」
ロベニアを前に、戸惑っている彼女の姿に、少し笑みが漏れる。
「ロベニアのさばき方なら、市場の人間に聞いてきたから、俺がやってみよう。」
メグミは、向こうの世界でいう『ジョシリョク』なるもの(魔力のように生まれつき備わっているものらしい)がないそうで、料理などは苦手なのだと常に言っていた。
包丁すら、ほとんど握ったことがないのだという。
「ごめんなさいね。聖女の中には作った料理で全ての男の胃袋を鷲掴みにしていく通称『胃袋の聖女』って呼ばれている子もいるのに、私は全くダメなんだよね。元の世界にはコンビニっていう便利なものがあるから、それでも生きていけたのよ。」
「ああ、今、騎士団の方で問題になっている聖女殿のことか。王立騎士団と近衛騎士団の団長同士が彼女を巡って、決闘したとか。兄上がそのことで頭を痛めていたな。」
「でも、彼女悪い子じゃないのよ。魔性系ではなく、いわゆる無自覚癒し系っていうか、狙いもしないで男たちの胃袋と心を鷲掴みにしていく感じなのよね。でも、その後、結局両方の団長と結婚することになったらしいわよ。先週、聖女子会でそう報告してたから。」
「ああ、そのようだな。しかし、それを聞いた副団長たちが自分たちもと言い出して、それでまた揉めているらしい。彼女の作った料理は、もう金輪際外に出さないようにと近々通達があるはずだ。」
「あー、だからなのか。さっき、彼女が作った『もつ煮込み』を持ち出そうとしたら、神官長に全力で止められたんだよね。」
「なっ!他にはないだろうな!俺は、あんな中に入るのは絶対にゴメンだぞ!」
俺が焦ってそう言うと、メグミは声を立てて笑った。
「大丈夫よ。今日も、相変わらずの女子力ゼロな食べ物しかないから安心して!」
今日のつまみは、いつものように焼き枝豆、もろきゅう、エイヒレ、冷やしトマト、串刺し肉(『ヤキトリ』と言うらしい)などだ。
「いや、これで十分だ。」
俺が笑うと、メグミも嬉しそうに笑った。
「それにしても、この世界は重婚OKなのね。両方と結婚するって聞いた時には、さすがにびっくりしたんだけど。」
「王族や貴族は複数妻を持つのが普通だな。まあ、一妻多夫は珍しいかもしれないが、なくはない。特に、聖女は特別な存在だから、歴代の聖女の中には複数の夫を持った者もいるはずだ。」
「そっか。ヴィンスは八男って言ってたものね。お母さん一人で八人はないか。ヴィンスは今、奥さん何人いるの?複数いたら大変じゃない?」
メグミの質問に、思わず手を止める。
彼女はこの世界のことを知らないのだなと改めて驚く。
「いや、俺にはいない。複数妻を持てるのは通常嫡男だけだ。結婚できるのも、だいたい三男くらいまでだな。俺のように下の順位の王子は、良くて男子がいない貴族に婿養子に出されるかだな。他国へ人質に出されることも多いから、妻など持てないんだ。」
俺がそう答えると、メグミは何故か悲しそうに眉を顰めた。
「えー、それって、ちょっと酷くない?生まれた順番で結婚できるできないが決まるなんて。」
俺には当たり前のこと過ぎて、酷いとか悔しいと思ったことすらないのだが、メグミが顔を顰める様子が妙に新鮮に思えた。
「母上は正式な側室でもないし、王子として認められているだけいい方だな。まあ、俺の場合は母上が魔女だということもあって魔力が強いから、父上が外に出したくなかったのだと思うが。」
王子として認められているのは俺を含めて十一人。姫は九人いるが、実際にはその倍はいると言われている。
父上にとって、子供とは政治的な駒でしかない。
八男であっても、王子という肩書きを与えられているだけ、自分はかなり恵まれている方だと言えるのだが、どうやらメグミの世界では違うようだ。
まだ、納得いかないようで顔を顰めているメグミに何か明るい話題を提供しなければと焦る。
「絶対にできないわけではないぞ。何か大きな手柄を立てて、国に認められれば、爵位をもらって結婚することができる。今度、七番目の兄が大規模な魔獣討伐を成功させて爵位を授かり、結婚するしな。」
「ああ、筆頭聖女に選ばれた『光の聖女』ちゃんとね。あの子は力も強いし、本当に『the 聖女』って感じよね。頑張り屋さんで、とってもいい子なのよ!しかし、優秀な者だけが遺伝子を残せるか……。耳が痛い話だな。」
明るい話題を提供したつもりだったが、またメグミは神妙な顔つきに戻ってしまった。
何か話題を変えなくてはと思いつつ、ロベニアを開き、そのワタの捨てようとした時、
「だめ!捨てちゃダメ!それが美味しいんだから!」
メグミが叫んだ。
「こ、これも食べるのか?」
思わずギョッとして答える。
ロベニアを食べる習慣がある地方出身だという老人には、ワタは臭みがあるから捨てるように言われたのだが。
「だめよ!これに味噌とか酒を入れて、焼くの!ちょっと『薬味ちゃん』に生姜とネギもらってくるから、ちょっと待ってて。」
メグミがまたよく分からない単語を言った。
『チャン』がつくのは、大概人の名前だったはずだ。
「『ヤクミチャン』?とは、また何か聖女の名前か?」
「そう!この世界に存在しない野菜とかを召喚する能力がある聖女がいるのよ。生態系乱しそうだけど、そこはチートだから心配しなくていいって神官長が言ってたわ。薬味を入れると、一挙に美味しくなるから、ちょっと待っててね!」
そう言って、メグミは神殿の中へ走って行った。
メグミと一緒に召喚された聖女達は、皆この神殿に住んでいるのだが、同じ国から来たらしく、とても仲がいいようだ。
戻ってきたメグミは小鍋に移したロベニアのワタに、ミソといくつかの調味料を混ぜ、さらにその『ヤクミ』とやらを混ぜて、焚火の上へ置いた。
はっきり言って、見た目が悪い。食べ物には見えない。
メグミが元いた世界の食べ物は本当に奥が深いなと思いつつも、少し不安に思う。
「で、さばいたこっちはどうするんだ?焼くのか?」
「ええ、開いて、そのまま網に乗せて。あと、足はこっちに入れるからちょうだい。」
メグミに言われた通り、細く切ったロベニアを焼き網の乗せて、焼いてみる。
丸まってくるのが面白い。
「醤油を垂らすと美味しいわよ。」
メグミが豪快に『ショウユ』をかけた。
ジュっという音と共に、辺りに香ばしい香りが広がる。
メグミたちの国の代表的な調味料らしい『ショウユ』は、本当に食材を美味しくしてくれる。
俺はこの数週間で、すっかりその『ショウユ』の虜となっていたので、抵抗はない。
口に入れてみると、それは独特な歯応えがある食べ物だった。
「これは、また美味しいな。歯応えがいい。」
「でしょ?日本じゃ、つまみと言ったら『炙ったイカ』ですよ!せっかくだから、こっちも食べてみてよ。『イカのワタ焼き』っていう食べ物なんだけど、イカのワタがいい味出してて最高なのよ!」
そう言いながら、メグミが差し出したものを恐る恐るつまんでみる。
こう言っては何だが、生ゴミのように見えなくもない。
思い切って、口の中に入れてみると、それは少し苦味があり、それでいて濃厚なバターソースのような味がした。
「う、うまいな!」
「でしょー?もう、これで日本酒があれば完璧なのに!」
「『ニホンシュ』というのは、確か、メグミの国の酒だったか。」
「そうなの!私がこの世界に来て以来、ずっと飲みたいと願っているのが日本酒なの!この世界の酒とは違って、なんていうのかしら、独特の風味があって、美味しいのよ。あー、正月用に奮発して買った『純米大吟醸研ぎ二割三分』を飲まずに死んだことが悔やまれる!!こっちの世界に持って来れたら、ヴィンスにも飲ませてあげられるのに!」
そう言いながら、メグミは今日も辛口の酒をカップで飲み干した。
相変わらず飲みっぷりがいい。
「例の『検索の聖女』に聞いてみたらどうだ?作り方さえ分かれば、こちらでも再現できるんじゃないのか?」
「もうとっくに聞いてみたわよ!でも、日本酒は素人が簡単に作れるようなものじゃないから、さすがにスマホレシピには載ってないみたい。長年の経験と勘で作り出す杜氏の技は、チートも通用しないってことね。」
そう言って、メグミは残念そうに肩を落として見せた。
「確か、米を使った酒だったな。今度、他国にないか調べてみよう。」
俺の言葉に、メグミは嬉しそうに目を輝かした。
二人で焚火の前に座り、ゆっくりと酒を酌み交わす。
一月ほど季節が過ぎたせいか、夜は冷えるようになってきており、焚き火の温かさが心地よい。
「それにしても、今日の石は灰色なのよね。普通の石ってこと?」
「いや、違うな。灰色と呼ばれているが、実際にはブルーグレーのような色だ。」
「ブルーグレーの石ね。なんか、それだけ他とは違うの?」
メグミの問いに、一瞬ギクリとする。
「何故だ。」
「なんか、ヴィンスが今日は少し緊張しているような気がして。」
「、、、種が撒かれてから、もう一月経つからな。そろそろ芽吹くものがあるかもしれない。」
俺がそう答えると、メグミは首をかしげた。
「そうかしら?この種を撒いた人は、本当に芽吹かせる気があったのかしらね。これまで見つけた種は、全部発芽には向かないようなところにばかりあったじゃない。」
メグミの言うとおり、これまで見つかった種はどれも発芽には適さない場所にあった。
ガーゴイルの口の中、船の甲板の上、廃屋の暖炉の灰の中、砂漠地帯の岩の上、そして、国で一番標高が高い雪山の頂上。
偶然にしては出来すぎている。
けれど……。
「まあ、そうなんだが……、今回は違うかもしれない。」
俺は、灰色だけは明確な意思を持って撒かれたことを知っていた。
特別な願いがかけられた、特別な色。
「そうなのね……。そういえば、見つけた種はどうするの?全部集めてから呪文を唱えるとか、そういう感じ?」
「いや、種は見つけ次第、処分する。芽が出てはいけないのでな。」
「処分って、どうやるの?」
「ただ、普通に火で燃やす。そうすれば……『願い』は叶う。」
「お焚き上げか。こういう概念は世界が変わっても同じなのね。」
「そうかもしれないな。火には全てを浄化する力がある。誰にでもできる、一番簡単な魔術と言えるだろう。」
「やっぱり、ヴィンスの言った通り、灰色の種は今までとは少し違う場所みたいね。」
突然、メグミがそう言った。
「どこだ?」
「ほら、見て。なんか、すっごいギリギリのところにあるわよ。」
最後の種も、こうして無事に見つかった。
◇◇◇
「結婚か……。」
ヴィンスが帰った後、私は一人残って、お酒をすすっていた。
イカワタは結構煮詰まってしまったけれど、その苦味でまた酒が進む。
熱燗飲みたいなと考えながら、私は自分には縁がなかった『結婚』というものに思いを馳せた。
いつの頃からだろう。
親がそのことに全く触れてこなくなったのは。
弟が結婚するときには何か言われた気もするけど、初孫が生まれてから、両親の関心はすっかりそちらに向かい、最近では何も聞かれなくなっていた。
たまに電話が来ても、基本は孫自慢ばかりだったし。
たぶん、もう私のプライベートになんて興味がなくなっていたんだろう。
職場でも、コンプライアンス的な問題もあって、この手の話題はタブーとされているから、結婚っていう話題自体久しぶりかもしれないなと思ってみる。
「夫が二人ってすごいよね……。」
二人どころか、さらに追加されそうだという聖女の顔を思い浮かべ、どうやって夫婦生活するんだろうとか下世話なことを考えそうになって、頭を振った。
この世界に召喚された子は、みんな社畜だったという割に、料理やお菓子作りが趣味だったりするから不思議だ。
その例の聖女は『私も社畜だったんで基本はコンビニ飯でした。料理は、たまに早く帰れた時とかに冷蔵庫にあるものでパパっと作ったりしてたくらいですよ。』と言っていたけれど、私の冷蔵庫の中身……、ビール、水、実家から送られてきた梅干しくらいしか入ってた記憶がない。
平日は連日終電、週末は起きたら夕方だったってこともあったなと、改めて自分の生活のやばさを思い出す。
それを考えると、今の生活は朝の祈りの時間が決まってることもあって、すごい規則正しい。
「……もっと健康のことを真剣に考えなくちゃ。せっかく召喚してもらったのに、また突然死したら女神様に申し訳ない。」
カップに残った酒を飲み干し、私は明日からもう少しお酒を控えようと心に誓った。
初めて神殿を訪れたあの日から六回目の夜、メグミはもうすっかり慣れた様子で、焚き火を囲んで俺を待っていた。
以前持ってきた彼女の世界でいう『エイヒレ』を炙り、先に飲みはじめている。
初めて会った日から、ちょうど一月程度。
週に一度以上のペースで飲んでいるのだから、普通に名前で呼び合うくらいには親しくなっていた。
「ああ、メグミが見せてくれた通り、緑はネクセレン山の山頂にあった。」
俺がそう報告すると、メグミは安心したように微笑んだ。
彼女の力は安定している。
だから、このまま上手くいけば、この騒動は全て収束に向かうだろう。
緑の種が見つかったと報告した時、父上はやっと安堵したようにその眉間を緩めた。
その一方で、父上にとって大事なのは、やはり嫡出だけだったのだなと思い知りもした。
しかし、灰色の種はそう簡単にはいかないだろうことを俺は知っていた。
それをメグミに気取らせてはならない。
事の重大さを知れば、メグミは力を発揮できなくなってしまうかもしれない。
幸いなことに、メグミは七つの種を『願いを叶える種』だと思っている。
それにかけられた『願い』が何かも知らずに。
彼女の力が最大限に引き出されるのは、気に入ったつまみと共に気持ちよく酒を飲んでいる時。
だから、絶対に気づかせてはならないのだと肝に銘じる。
「それはそうと、今日は先日話していたロベニアを持って来てみたのだが、どうだろう。こちらでは、あまり食べない物なのだが。」
彼女好みの辛口の酒と、前回話題になったロベニア(向こうの世界では『イカ』というらしい)を差し出す。
「おおっ!これは、まさしくイカ!これですよ!この世界でもお目にかかれるなんて!」
メグミは俺からすると、少々グロテスクなそのロベニアが入った皿を喜んで掲げ持った。
彼女曰く、酒のつまみに最高なのだそうだ。
「でも、このままなのか……。ちょっと、私、さばけないんだよな。これ、どうしよう。」
ロベニアを前に、戸惑っている彼女の姿に、少し笑みが漏れる。
「ロベニアのさばき方なら、市場の人間に聞いてきたから、俺がやってみよう。」
メグミは、向こうの世界でいう『ジョシリョク』なるもの(魔力のように生まれつき備わっているものらしい)がないそうで、料理などは苦手なのだと常に言っていた。
包丁すら、ほとんど握ったことがないのだという。
「ごめんなさいね。聖女の中には作った料理で全ての男の胃袋を鷲掴みにしていく通称『胃袋の聖女』って呼ばれている子もいるのに、私は全くダメなんだよね。元の世界にはコンビニっていう便利なものがあるから、それでも生きていけたのよ。」
「ああ、今、騎士団の方で問題になっている聖女殿のことか。王立騎士団と近衛騎士団の団長同士が彼女を巡って、決闘したとか。兄上がそのことで頭を痛めていたな。」
「でも、彼女悪い子じゃないのよ。魔性系ではなく、いわゆる無自覚癒し系っていうか、狙いもしないで男たちの胃袋と心を鷲掴みにしていく感じなのよね。でも、その後、結局両方の団長と結婚することになったらしいわよ。先週、聖女子会でそう報告してたから。」
「ああ、そのようだな。しかし、それを聞いた副団長たちが自分たちもと言い出して、それでまた揉めているらしい。彼女の作った料理は、もう金輪際外に出さないようにと近々通達があるはずだ。」
「あー、だからなのか。さっき、彼女が作った『もつ煮込み』を持ち出そうとしたら、神官長に全力で止められたんだよね。」
「なっ!他にはないだろうな!俺は、あんな中に入るのは絶対にゴメンだぞ!」
俺が焦ってそう言うと、メグミは声を立てて笑った。
「大丈夫よ。今日も、相変わらずの女子力ゼロな食べ物しかないから安心して!」
今日のつまみは、いつものように焼き枝豆、もろきゅう、エイヒレ、冷やしトマト、串刺し肉(『ヤキトリ』と言うらしい)などだ。
「いや、これで十分だ。」
俺が笑うと、メグミも嬉しそうに笑った。
「それにしても、この世界は重婚OKなのね。両方と結婚するって聞いた時には、さすがにびっくりしたんだけど。」
「王族や貴族は複数妻を持つのが普通だな。まあ、一妻多夫は珍しいかもしれないが、なくはない。特に、聖女は特別な存在だから、歴代の聖女の中には複数の夫を持った者もいるはずだ。」
「そっか。ヴィンスは八男って言ってたものね。お母さん一人で八人はないか。ヴィンスは今、奥さん何人いるの?複数いたら大変じゃない?」
メグミの質問に、思わず手を止める。
彼女はこの世界のことを知らないのだなと改めて驚く。
「いや、俺にはいない。複数妻を持てるのは通常嫡男だけだ。結婚できるのも、だいたい三男くらいまでだな。俺のように下の順位の王子は、良くて男子がいない貴族に婿養子に出されるかだな。他国へ人質に出されることも多いから、妻など持てないんだ。」
俺がそう答えると、メグミは何故か悲しそうに眉を顰めた。
「えー、それって、ちょっと酷くない?生まれた順番で結婚できるできないが決まるなんて。」
俺には当たり前のこと過ぎて、酷いとか悔しいと思ったことすらないのだが、メグミが顔を顰める様子が妙に新鮮に思えた。
「母上は正式な側室でもないし、王子として認められているだけいい方だな。まあ、俺の場合は母上が魔女だということもあって魔力が強いから、父上が外に出したくなかったのだと思うが。」
王子として認められているのは俺を含めて十一人。姫は九人いるが、実際にはその倍はいると言われている。
父上にとって、子供とは政治的な駒でしかない。
八男であっても、王子という肩書きを与えられているだけ、自分はかなり恵まれている方だと言えるのだが、どうやらメグミの世界では違うようだ。
まだ、納得いかないようで顔を顰めているメグミに何か明るい話題を提供しなければと焦る。
「絶対にできないわけではないぞ。何か大きな手柄を立てて、国に認められれば、爵位をもらって結婚することができる。今度、七番目の兄が大規模な魔獣討伐を成功させて爵位を授かり、結婚するしな。」
「ああ、筆頭聖女に選ばれた『光の聖女』ちゃんとね。あの子は力も強いし、本当に『the 聖女』って感じよね。頑張り屋さんで、とってもいい子なのよ!しかし、優秀な者だけが遺伝子を残せるか……。耳が痛い話だな。」
明るい話題を提供したつもりだったが、またメグミは神妙な顔つきに戻ってしまった。
何か話題を変えなくてはと思いつつ、ロベニアを開き、そのワタの捨てようとした時、
「だめ!捨てちゃダメ!それが美味しいんだから!」
メグミが叫んだ。
「こ、これも食べるのか?」
思わずギョッとして答える。
ロベニアを食べる習慣がある地方出身だという老人には、ワタは臭みがあるから捨てるように言われたのだが。
「だめよ!これに味噌とか酒を入れて、焼くの!ちょっと『薬味ちゃん』に生姜とネギもらってくるから、ちょっと待ってて。」
メグミがまたよく分からない単語を言った。
『チャン』がつくのは、大概人の名前だったはずだ。
「『ヤクミチャン』?とは、また何か聖女の名前か?」
「そう!この世界に存在しない野菜とかを召喚する能力がある聖女がいるのよ。生態系乱しそうだけど、そこはチートだから心配しなくていいって神官長が言ってたわ。薬味を入れると、一挙に美味しくなるから、ちょっと待っててね!」
そう言って、メグミは神殿の中へ走って行った。
メグミと一緒に召喚された聖女達は、皆この神殿に住んでいるのだが、同じ国から来たらしく、とても仲がいいようだ。
戻ってきたメグミは小鍋に移したロベニアのワタに、ミソといくつかの調味料を混ぜ、さらにその『ヤクミ』とやらを混ぜて、焚火の上へ置いた。
はっきり言って、見た目が悪い。食べ物には見えない。
メグミが元いた世界の食べ物は本当に奥が深いなと思いつつも、少し不安に思う。
「で、さばいたこっちはどうするんだ?焼くのか?」
「ええ、開いて、そのまま網に乗せて。あと、足はこっちに入れるからちょうだい。」
メグミに言われた通り、細く切ったロベニアを焼き網の乗せて、焼いてみる。
丸まってくるのが面白い。
「醤油を垂らすと美味しいわよ。」
メグミが豪快に『ショウユ』をかけた。
ジュっという音と共に、辺りに香ばしい香りが広がる。
メグミたちの国の代表的な調味料らしい『ショウユ』は、本当に食材を美味しくしてくれる。
俺はこの数週間で、すっかりその『ショウユ』の虜となっていたので、抵抗はない。
口に入れてみると、それは独特な歯応えがある食べ物だった。
「これは、また美味しいな。歯応えがいい。」
「でしょ?日本じゃ、つまみと言ったら『炙ったイカ』ですよ!せっかくだから、こっちも食べてみてよ。『イカのワタ焼き』っていう食べ物なんだけど、イカのワタがいい味出してて最高なのよ!」
そう言いながら、メグミが差し出したものを恐る恐るつまんでみる。
こう言っては何だが、生ゴミのように見えなくもない。
思い切って、口の中に入れてみると、それは少し苦味があり、それでいて濃厚なバターソースのような味がした。
「う、うまいな!」
「でしょー?もう、これで日本酒があれば完璧なのに!」
「『ニホンシュ』というのは、確か、メグミの国の酒だったか。」
「そうなの!私がこの世界に来て以来、ずっと飲みたいと願っているのが日本酒なの!この世界の酒とは違って、なんていうのかしら、独特の風味があって、美味しいのよ。あー、正月用に奮発して買った『純米大吟醸研ぎ二割三分』を飲まずに死んだことが悔やまれる!!こっちの世界に持って来れたら、ヴィンスにも飲ませてあげられるのに!」
そう言いながら、メグミは今日も辛口の酒をカップで飲み干した。
相変わらず飲みっぷりがいい。
「例の『検索の聖女』に聞いてみたらどうだ?作り方さえ分かれば、こちらでも再現できるんじゃないのか?」
「もうとっくに聞いてみたわよ!でも、日本酒は素人が簡単に作れるようなものじゃないから、さすがにスマホレシピには載ってないみたい。長年の経験と勘で作り出す杜氏の技は、チートも通用しないってことね。」
そう言って、メグミは残念そうに肩を落として見せた。
「確か、米を使った酒だったな。今度、他国にないか調べてみよう。」
俺の言葉に、メグミは嬉しそうに目を輝かした。
二人で焚火の前に座り、ゆっくりと酒を酌み交わす。
一月ほど季節が過ぎたせいか、夜は冷えるようになってきており、焚き火の温かさが心地よい。
「それにしても、今日の石は灰色なのよね。普通の石ってこと?」
「いや、違うな。灰色と呼ばれているが、実際にはブルーグレーのような色だ。」
「ブルーグレーの石ね。なんか、それだけ他とは違うの?」
メグミの問いに、一瞬ギクリとする。
「何故だ。」
「なんか、ヴィンスが今日は少し緊張しているような気がして。」
「、、、種が撒かれてから、もう一月経つからな。そろそろ芽吹くものがあるかもしれない。」
俺がそう答えると、メグミは首をかしげた。
「そうかしら?この種を撒いた人は、本当に芽吹かせる気があったのかしらね。これまで見つけた種は、全部発芽には向かないようなところにばかりあったじゃない。」
メグミの言うとおり、これまで見つかった種はどれも発芽には適さない場所にあった。
ガーゴイルの口の中、船の甲板の上、廃屋の暖炉の灰の中、砂漠地帯の岩の上、そして、国で一番標高が高い雪山の頂上。
偶然にしては出来すぎている。
けれど……。
「まあ、そうなんだが……、今回は違うかもしれない。」
俺は、灰色だけは明確な意思を持って撒かれたことを知っていた。
特別な願いがかけられた、特別な色。
「そうなのね……。そういえば、見つけた種はどうするの?全部集めてから呪文を唱えるとか、そういう感じ?」
「いや、種は見つけ次第、処分する。芽が出てはいけないのでな。」
「処分って、どうやるの?」
「ただ、普通に火で燃やす。そうすれば……『願い』は叶う。」
「お焚き上げか。こういう概念は世界が変わっても同じなのね。」
「そうかもしれないな。火には全てを浄化する力がある。誰にでもできる、一番簡単な魔術と言えるだろう。」
「やっぱり、ヴィンスの言った通り、灰色の種は今までとは少し違う場所みたいね。」
突然、メグミがそう言った。
「どこだ?」
「ほら、見て。なんか、すっごいギリギリのところにあるわよ。」
最後の種も、こうして無事に見つかった。
◇◇◇
「結婚か……。」
ヴィンスが帰った後、私は一人残って、お酒をすすっていた。
イカワタは結構煮詰まってしまったけれど、その苦味でまた酒が進む。
熱燗飲みたいなと考えながら、私は自分には縁がなかった『結婚』というものに思いを馳せた。
いつの頃からだろう。
親がそのことに全く触れてこなくなったのは。
弟が結婚するときには何か言われた気もするけど、初孫が生まれてから、両親の関心はすっかりそちらに向かい、最近では何も聞かれなくなっていた。
たまに電話が来ても、基本は孫自慢ばかりだったし。
たぶん、もう私のプライベートになんて興味がなくなっていたんだろう。
職場でも、コンプライアンス的な問題もあって、この手の話題はタブーとされているから、結婚っていう話題自体久しぶりかもしれないなと思ってみる。
「夫が二人ってすごいよね……。」
二人どころか、さらに追加されそうだという聖女の顔を思い浮かべ、どうやって夫婦生活するんだろうとか下世話なことを考えそうになって、頭を振った。
この世界に召喚された子は、みんな社畜だったという割に、料理やお菓子作りが趣味だったりするから不思議だ。
その例の聖女は『私も社畜だったんで基本はコンビニ飯でした。料理は、たまに早く帰れた時とかに冷蔵庫にあるものでパパっと作ったりしてたくらいですよ。』と言っていたけれど、私の冷蔵庫の中身……、ビール、水、実家から送られてきた梅干しくらいしか入ってた記憶がない。
平日は連日終電、週末は起きたら夕方だったってこともあったなと、改めて自分の生活のやばさを思い出す。
それを考えると、今の生活は朝の祈りの時間が決まってることもあって、すごい規則正しい。
「……もっと健康のことを真剣に考えなくちゃ。せっかく召喚してもらったのに、また突然死したら女神様に申し訳ない。」
カップに残った酒を飲み干し、私は明日からもう少しお酒を控えようと心に誓った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
この称号、削除しますよ!?いいですね!!
布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。
ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。
注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません!
*不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。
*R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
義妹が本物、私は偽物? 追放されたら幸せが待っていました。
みこと。
恋愛
その国には、古くからの取り決めがあった。
"海の神女(みこ)は、最も高貴な者の妃とされるべし"
そして、数十年ぶりの"海神の大祭"前夜、王子の声が響き渡る。
「偽神女スザナを追放しろ! 本当の神女は、ここにいる彼女の妹レンゲだ」
神女として努めて来たスザナは、義妹にその地位を取って変わられ、罪人として国を追われる。彼女に従うのは、たった一人の従者。
過酷な夜の海に、スザナたちは放り出されるが、それは彼女にとって待ち望んだ展開だった──。
果たしてスザナの目的は。さらにスザナを不当に虐げた、王子と義妹に待ち受ける未来とは。
ドアマットからの"ざまぁ"を、うつ展開なしで書きたくて綴った短編。海洋ロマンス・ファンタジーをお楽しみください!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる