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第九部 二章「選ばれた理由」
「魔女の本心」
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愛し子の言葉に、悠々と笑みを浮かべる魔女の表情が、刹那ピクリとわずかに反応した。
同時に、一瞬で間を切り裂く様に魔女の刃が振り下ろされる。
纏う皮衣を挟み、魔銃でも刃に対応するも、魔女の増した力に劣ってしまう。
自身で受けず、受け流す予定でもいたが、硬直状態のせめぎ合いの合間に、クロトは魔女の表情にのみ目が行く。
笑みなどない。余裕と涼しそうにあるも、目は殺意を滲ませていた。
魔女は、こう訴えている。
「何故そんな事を気にするのかしら?」
「……っ」
「聞く必要なんてないでしょ? 私の知っているクロトは、そんな他人の事を気にしたりなんてしないでしょ? どうしちゃったの?」
その通りだ。
魔女の知る魔銃使いは、冷酷で、冷徹で、他人の事などどうでもよく、使えるか使えないかの道具としか思ってない。
その方が効率がよかった。誰かに気を許し、期待などして裏切られるよりも、最初っから何も期待などせず他者との関りを最小限までに留めて自分を守ってきた。
害を駆除し安堵を得る。信じず裏切られ後悔しないように。誰の好意も必要とせず、ただ己だけでいればいい。
納得した。自分がどうかしているという事も。
そして、魔女が言葉の裏で最も訴えているものに反発する。
そんな回りくどい言葉などよりも単純に、――「黙れ」と言えばいいではないか。
「素直に「黙れ」って言ってみろよ魔女! 俺はもうお前にあやされる様なガキじゃねぇ!!」
「……」
「お前なら、他に道を探す事も出来たんじゃねーのかよ!? 自分の子供が大切なんだろ!? 大事なんだろ!? なら、なんでせめて親として、アイツの傍にすらいてやらなかったんだろ!?」
魔女の靴裏が、じりっと後ろにへと引きずる。
魔銃が、クロトが強く一歩、確かな一歩を踏み出す。
「人形なんかに面倒みさせて、愛する様に仕組ませて……。アイツがどれだけ、その愛を信じていたと思ってる!!」
一国の姫として産まれた【厄災の姫】。心を許せるものなど極僅か。その内に母親の存在があった。
彼女の愛情がどれだけ当時のエリーの救いになっていたか。生きる糧になっていたか。
崩壊直前まで娘を想い、最後まで戦った。親として誇らしく、クロトにとってうんざりする愛情だとどれだけ思えたか。
その時のエリーの姿はよく覚えている。離れたくない一心で母親に手を伸ばしていたエリーにとって、その存在と愛がどれだけ必要だったか。
だが、それも全て魔女の仕組んだシナリオでしかない。
その場所は本来魔女がいるべき場所だというのに、まるで傍観者の様に悲劇を見物していた。呪われた星【厄星】を完成させるために、愛娘に絶望を与えた。
それが母親の所業など……。正しい事だと認める事などできない。
気が付けば、クロトは刃を押し返していた。
「……そうよ。大事よ。だって……だって私の大切な一人娘なんですもの!」
「だったらなんで……!!」
「――頑張ったわよ!!!」
押し返していたのも束の間。魔女は剣を一気に振りクロトを薙ぎ払う。
鋭い検圧は盾である羽衣の隙間をすり抜け、クロトの左腕を吹き飛ばす。即座に吹き飛んだ腕を炎蛇の皮衣が掴み取る。ここで血を失うのは一番の体力消費にも繋がるため、止血と共に切断口に押し当ててまっさきに治癒させる。
左腕の確認を悠長にすることもできず、休む間を与えず魔女が斬りこみにかかる。
「【厄星】を……っ、アレを私が扱えるならこんな事にはならなかった!」
振り下ろされる刃は重い。
「私じゃダメだった! 私じゃあの【呪い】に適合できなかった! この【融合】だって、血縁者じゃないとダメで、だから自分の分身を作った! 何度も何度も繰り返して……、でも【呪い】を宿そうとするとすぐ壊れちゃうっ。どれもこれも失敗作ばっかり!!」
振り払う刃は鋭い。
「それに知ってる? 魔女はね、一人しか子を成せないのっ。産まれた子との魔力の差だって出てある。私でも、人形でもダメなら、産まれる前の子ならできるんじゃないかって、私はそれに賭けたのよ!!」
振り上げられる刃は冷たい。
「そしたら、あの子は壊し以上の力を持っていた。私なんかよりはるかに上だった。【呪い】にも適合して宿す事ができた。すごかったのあの子はっ。だからあの子には、こんな世界嫌いになってほしかった。周りを否定して、自分の国を壊して、……盾の国も同じように壊したかった。魔王どもを利用したけど、失敗した……。本当に使えないのばっかり」
「……っ。全部、お前の仕組んだことかよっ」
「そうよ。私が全部仕組んだことよ! あの子を呪って。呪われた【厄災の姫】の話を作ったのも。それで魔族に利益があるように広めたのも。頃合いを見て魔王をけしかけたのも。盾の国を陥れようとしたのも。……全部、私が仕組んだことよ!! だって全部私にとってどうでもいい有象無象じゃない! あの子が私と一緒にこんな世界を嫌いになってくれるなら、それら全てがどうなったって構わない!」
もはや数えるのも呆れるほどの悪行の数々。
罪の数を語る魔女こそ【厄災の姫】よりも世界の天敵でしかなく、世界を崩壊させようとする元凶。
語る度に刃の凶器性は増し、かわしたとしてもその圧が周囲を襲い続けて巻き込まれてゆく。
炎蛇の皮衣の守りなどもはや無視だ。防御に優れている皮衣が、風圧に圧倒されてしまいクロトの四肢が何度も切り刻まれる。
傷口はすぐに癒えるも、そこから全身に響く痛みが遅れてやってくる。
ジワリジワリと。剣の重み。魔女の本心が語る言葉の重みと、それに紛れてやってくる一生消えないであろう娘への罪悪感。
――ああ……。それがお前の……本当のお前なのかよ……。
クロトの知る魔女の姿が、徐々に崩れてゆく。
魔女は、世が知る魔女の如き、私利私欲のために周囲に災いをもたらす存在。彼女もその一人であり、他者を下等な生物してい見下す。【願い】のためにあらゆるものを道具として扱う。その中に自分もいるのだとずっと思っていた。
……だが。彼女の本心を聞いて、彼女が魔女であると同時に――一人の母親として捉えれる。
ただ進む道を間違え、苦渋を噛みしめながら、一番大事なものを利用する罪悪感と不平等な世界に対する怒りを内に隠しながら。数年間ずっと隣に彼女はいたというのに。優雅で余裕のある佇まいでいたイラつく魔女の過去の姿が、抱える重みに耐えながら苦悩しみ、涙する姿となってしまう。
当時にそれを見ていたら、自分はどう受け止める事ができたか……。
当時と同じように、どうでもいいと切り捨てることができたのだろうか?
――それとも……。
己の感情任せの魔女の瞼から雫がこぼれ落ちる。
「嫌い。嫌い嫌い嫌いッ!! 可哀想な子たちを生み出すこの世界が、大っ嫌い!」
同時に、一瞬で間を切り裂く様に魔女の刃が振り下ろされる。
纏う皮衣を挟み、魔銃でも刃に対応するも、魔女の増した力に劣ってしまう。
自身で受けず、受け流す予定でもいたが、硬直状態のせめぎ合いの合間に、クロトは魔女の表情にのみ目が行く。
笑みなどない。余裕と涼しそうにあるも、目は殺意を滲ませていた。
魔女は、こう訴えている。
「何故そんな事を気にするのかしら?」
「……っ」
「聞く必要なんてないでしょ? 私の知っているクロトは、そんな他人の事を気にしたりなんてしないでしょ? どうしちゃったの?」
その通りだ。
魔女の知る魔銃使いは、冷酷で、冷徹で、他人の事などどうでもよく、使えるか使えないかの道具としか思ってない。
その方が効率がよかった。誰かに気を許し、期待などして裏切られるよりも、最初っから何も期待などせず他者との関りを最小限までに留めて自分を守ってきた。
害を駆除し安堵を得る。信じず裏切られ後悔しないように。誰の好意も必要とせず、ただ己だけでいればいい。
納得した。自分がどうかしているという事も。
そして、魔女が言葉の裏で最も訴えているものに反発する。
そんな回りくどい言葉などよりも単純に、――「黙れ」と言えばいいではないか。
「素直に「黙れ」って言ってみろよ魔女! 俺はもうお前にあやされる様なガキじゃねぇ!!」
「……」
「お前なら、他に道を探す事も出来たんじゃねーのかよ!? 自分の子供が大切なんだろ!? 大事なんだろ!? なら、なんでせめて親として、アイツの傍にすらいてやらなかったんだろ!?」
魔女の靴裏が、じりっと後ろにへと引きずる。
魔銃が、クロトが強く一歩、確かな一歩を踏み出す。
「人形なんかに面倒みさせて、愛する様に仕組ませて……。アイツがどれだけ、その愛を信じていたと思ってる!!」
一国の姫として産まれた【厄災の姫】。心を許せるものなど極僅か。その内に母親の存在があった。
彼女の愛情がどれだけ当時のエリーの救いになっていたか。生きる糧になっていたか。
崩壊直前まで娘を想い、最後まで戦った。親として誇らしく、クロトにとってうんざりする愛情だとどれだけ思えたか。
その時のエリーの姿はよく覚えている。離れたくない一心で母親に手を伸ばしていたエリーにとって、その存在と愛がどれだけ必要だったか。
だが、それも全て魔女の仕組んだシナリオでしかない。
その場所は本来魔女がいるべき場所だというのに、まるで傍観者の様に悲劇を見物していた。呪われた星【厄星】を完成させるために、愛娘に絶望を与えた。
それが母親の所業など……。正しい事だと認める事などできない。
気が付けば、クロトは刃を押し返していた。
「……そうよ。大事よ。だって……だって私の大切な一人娘なんですもの!」
「だったらなんで……!!」
「――頑張ったわよ!!!」
押し返していたのも束の間。魔女は剣を一気に振りクロトを薙ぎ払う。
鋭い検圧は盾である羽衣の隙間をすり抜け、クロトの左腕を吹き飛ばす。即座に吹き飛んだ腕を炎蛇の皮衣が掴み取る。ここで血を失うのは一番の体力消費にも繋がるため、止血と共に切断口に押し当ててまっさきに治癒させる。
左腕の確認を悠長にすることもできず、休む間を与えず魔女が斬りこみにかかる。
「【厄星】を……っ、アレを私が扱えるならこんな事にはならなかった!」
振り下ろされる刃は重い。
「私じゃダメだった! 私じゃあの【呪い】に適合できなかった! この【融合】だって、血縁者じゃないとダメで、だから自分の分身を作った! 何度も何度も繰り返して……、でも【呪い】を宿そうとするとすぐ壊れちゃうっ。どれもこれも失敗作ばっかり!!」
振り払う刃は鋭い。
「それに知ってる? 魔女はね、一人しか子を成せないのっ。産まれた子との魔力の差だって出てある。私でも、人形でもダメなら、産まれる前の子ならできるんじゃないかって、私はそれに賭けたのよ!!」
振り上げられる刃は冷たい。
「そしたら、あの子は壊し以上の力を持っていた。私なんかよりはるかに上だった。【呪い】にも適合して宿す事ができた。すごかったのあの子はっ。だからあの子には、こんな世界嫌いになってほしかった。周りを否定して、自分の国を壊して、……盾の国も同じように壊したかった。魔王どもを利用したけど、失敗した……。本当に使えないのばっかり」
「……っ。全部、お前の仕組んだことかよっ」
「そうよ。私が全部仕組んだことよ! あの子を呪って。呪われた【厄災の姫】の話を作ったのも。それで魔族に利益があるように広めたのも。頃合いを見て魔王をけしかけたのも。盾の国を陥れようとしたのも。……全部、私が仕組んだことよ!! だって全部私にとってどうでもいい有象無象じゃない! あの子が私と一緒にこんな世界を嫌いになってくれるなら、それら全てがどうなったって構わない!」
もはや数えるのも呆れるほどの悪行の数々。
罪の数を語る魔女こそ【厄災の姫】よりも世界の天敵でしかなく、世界を崩壊させようとする元凶。
語る度に刃の凶器性は増し、かわしたとしてもその圧が周囲を襲い続けて巻き込まれてゆく。
炎蛇の皮衣の守りなどもはや無視だ。防御に優れている皮衣が、風圧に圧倒されてしまいクロトの四肢が何度も切り刻まれる。
傷口はすぐに癒えるも、そこから全身に響く痛みが遅れてやってくる。
ジワリジワリと。剣の重み。魔女の本心が語る言葉の重みと、それに紛れてやってくる一生消えないであろう娘への罪悪感。
――ああ……。それがお前の……本当のお前なのかよ……。
クロトの知る魔女の姿が、徐々に崩れてゆく。
魔女は、世が知る魔女の如き、私利私欲のために周囲に災いをもたらす存在。彼女もその一人であり、他者を下等な生物してい見下す。【願い】のためにあらゆるものを道具として扱う。その中に自分もいるのだとずっと思っていた。
……だが。彼女の本心を聞いて、彼女が魔女であると同時に――一人の母親として捉えれる。
ただ進む道を間違え、苦渋を噛みしめながら、一番大事なものを利用する罪悪感と不平等な世界に対する怒りを内に隠しながら。数年間ずっと隣に彼女はいたというのに。優雅で余裕のある佇まいでいたイラつく魔女の過去の姿が、抱える重みに耐えながら苦悩しみ、涙する姿となってしまう。
当時にそれを見ていたら、自分はどう受け止める事ができたか……。
当時と同じように、どうでもいいと切り捨てることができたのだろうか?
――それとも……。
己の感情任せの魔女の瞼から雫がこぼれ落ちる。
「嫌い。嫌い嫌い嫌いッ!! 可哀想な子たちを生み出すこの世界が、大っ嫌い!」
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