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第三部 三章 「愛を捨てし者」
「弱くても……」
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『――また、……弱い者いじめをするの?』
たった一声、それがニーズヘッグの脳を刺激する。
ニーズヘッグの瞳が、不意に割れた鏡の破片にへと向いた。
驚愕に震えた目は見開かれ、うっすらと鏡に映ったモノを目にする。
悲しそうに、切なく呟くような声で。鏡の奥では誰かがそうニーズヘッグに向け声を発していた。
『ダメだよ……。そんなこと、しちゃ。だって、キミは――』
聞こえてくるのは鏡が作り出す幻聴。そんなことは百も承知だとわかりきっていた。
わかりきっていたはず……だった。
「――ッッッ!?」
突然の衝動。出てしまいそうな声を歯を食いしばることで堪え、炎蛇は顔色を蒼白とさせる。
羽衣が鏡を弾き飛ばして声を遮断した。
「……っ、まさかこの樹海、俺すら呑み込む気かっ? よりによって……あんな声、聞かせやがってっ。……これは、もたもたしてられないな」
樹海の核はあるも鏡は無差別に幻聴を聞かせ、樹海に存在する全ての者を惑わそうとする。それはニーズヘッグも例外ではなかった。
エリーから手を離すとニーズヘッグは毒に苦しむクロトを見下ろし、踏み付けてからその頭に銃口を向ける。
「姫君……、これで最後にしておこうか。今すぐ俺を選べ。でないと……コイツの頭を撃ち抜く」
それはクロトを一時的に殺すということ。傷の回復には丸一日かかるとされる死の烙印が刻まれる。
だが、それは時間が経てば治るものだ。
「馬鹿か、クソ蛇……っ。例え撃ったとしても、俺は回復するっ。人質なら、他をあたるんだな……」
「それはお前の都合だろうが。……だが、姫君はどうかな? 例え治る傷でもそれを黙って見過ごせれるわけがないっ。そうだろ!」
正論がエリーの胸を打つ。銃口が向けられ撃たれるという行為を現にエリーは見過ごす事ができなかった。
動揺に思考を焦らせる。エリーの慈悲深さを利用した悪魔の責めは効果的でしかない。
「姫君のそういう慈悲深さ……、本当に好きだぜ。そしてそれは姫君自身を殺す。ああ、……本当に姫君は愛おしいっ」
「クソ蛇が……っ。卑怯もお手の物かよっ」
「カッハッ! 卑怯がなんだ!? 雑魚が強者に踏みにじられるのは自然の摂理だ! そして弱者は強者に従うことで長生きする! それが懸命で当然のことだろうが!! 今更お前みたいな人殺しが卑怯だの正義だの語れる口でもねーんだよッッ!!」
卑怯も悪行も結果が全てだ。それがどれだけズルかろうと、勝てば問題はない。
悪魔はその名の通りに悪を貫く。
「選ぶだろ姫君! じゃないとコイツの頭を吹っ飛ばして――」
ニーズヘッグはどこまでも優位に立っていた。
力も行動も全て。力でねじ伏せ心すら脅して痛めつけていく残虐な悪魔。
自身の望みが叶うことなど時間の問題でしかない。そう慢心していたニーズヘッグの狂った表情が、突如凍てつく。
「……おい。なんのつもりだよ、姫君?」
クロトに向けられた銃口。だが、狙っているのはクロトではなく割り込んで入ったエリーだ。
エリーはクロトを庇うように銃口の前にいる。
「おい……、おいおいおいっ。それはどういった意味のつもりだよ? 姫君、……なんで自分から銃の前にいるんだよ? 姫君のするべきことは答えを…………俺を選ぶことだろうが!?」
銃が小刻みに震えている。それはニーズヘッグの握る手が震えているということだ。
すっとエリーはニーズヘッグを見上げた。
その目は悪魔をまだ恐れていた。だが、それすらはね除けようと真っ直ぐ目を合せ強い意志を宿している。
それに比例するように、星の瞳は清く輝いている。
「……っ。そんな奴の何処に守る理由がある!? 話聞いてただろ? 姫君がどれだけそいつを庇おうと、それは簡単に切り捨てられるようなもんなんだよ! ゴミでしかないんだよそんな思いやりすら! なんの見返りもないっ。ろくに扱える力もないっ。やるだけ損なことをなんで……!?」
「…………ダメ、なんですか?」
「……は?」
「どうして私がクロトさんを守ろうとするのが、そんなに……、そんなにダメなことなんですか!? ……それに、私には関係ないっ。クロトさんが貴方に何を願おうと、――私には、関係ない!」
「――ッ!?」
「【愛情】のない人を庇ってはいけないのですか? 見返りだけで誰かを守るんですか? 私はそんなもの、必要ないと思いますよ? 何かが欠けた人だからとか……そんなこと関係なく、私はクロトさんだから、こうして守りたいんです!」
エリーは銃口にへと寄る。より狙いをエリーにへと集中させる行動に、ニーズヘッグが一歩退いて遠ざけようとする。
「なんでだよ……。意味、わかんねぇんだよ……」
「私は、確かに貴方の言うとおり弱いです。……ちゃんとした力もありません。誰かを守れるようなことも、全然できません。……でも、それは誰かを守らない理由には、絶対にならないと思います! 大事な人が傷ついているのに、ただ見ているだけなんて。そんな人間に私はもうなりたくない!」
自分のせいで犠牲になった者を知っている。当時のエリーにできることはなにもなかった。
ただ遅すぎた結果に心を痛め何度も泣いた。だからこそ、目に届く大切なものには手を伸ばさねばならない。
無意味だろうと無力だろうと、弱くてもエリーが優先するのは他者でありクロトはけして欠けてはならない。
明確な弱者が強者にその意志で抗う。
簡単に死ぬような乏しい命の人間が、大悪魔と恐れられた者すら後ずさりさせるほどの強い意志を示した。
「例え、私が貴方を選んだとしても、私は貴方を好きになることはできません。……こういう気持ちは、こんな方法じゃダメですよっ」
「ふざ……けたことを……っ」
「私は間違ったことを言っているつもりはありません。……私はクロトさんに救われてますから。例えそれが自分のためだったとしても、私はクロトさんに救われています。こんな私を守ってくれる。だから私は、何度だってクロトさんのためにありたいと、そう思いますよ」
傷の痛みや毒の熱すら忘れてしまうほどの言葉の数々にクロトは唖然として開いた口が塞がらない。
エリーはクロトを否定などしない。扱いも暴言も全て受け入れる。
本来ならそのようなものに湧いてしまう憎悪も、今のクロトにはなかった。
「お前……」
「きっと……、クロトさんはこんな私、嫌いですよね。でも、私はそれでもいいですよ」
ふと、エリーはクロトに向け微笑む。
「…………なんだよ、それ。まともな力のない奴が、弱い奴が力のある俺の前に立つなよ……!」
向き直って見ればニーズヘッグは酷く動揺して屈辱に唇を噛みしめる。
急にエリーを見る目が変わり放たれる威圧に汗水が滴り落ちた。
「どけよ姫君……。頼むからさぁ……。俺に……今の姫君を殺させないでくれよ。俺を拒絶したままで……いないでくれよ」
最後にニーズヘッグは辛そうな表情を滲ませた。
どれだけ酷いことをした悪魔であろうと、その表情には心が痛むところがあった。
エリーは誰かを拒絶したくなどない。だが、ニーズヘッグの願いを受け入れることもできない。
「……どきません」
エリーはクロトを選んだ。例え目の前の悪魔を悲しませようとも。
こんな形でなければ、例え悪魔だろうと手を差し伸べてあげたかったと心に思う。
すると何かがぶつかる音がした。
ニーズヘッグの持つ魔銃が、突如地に打ち付けられ砕け散る。
武器を手にして手は手は立ちはだかるエリーの首を鷲掴みに。そのまま高く持ち上げて締め上げていく。
地より放された足先は宙で揺らぎ一方的な力が細い首を潰そうとする。
「……っ、あっ!」
「…………できるんだよ!? 結局、力がなければなにもできないだろうが! ……ムカつくんだよ。弱いくせに立ちはだかって。弱い奴は強い者に従ってればいいんだよ!! 俺はそういう奴を見てると……苛つくんだよ!!」
ニーズヘッグが叫ぶ。羽衣は彼の怒りを表わすように暴れ狂い周辺の樹を叩き付け不安定にぶら下がっていた鏡の幾つかを地に落とし地に突き立てていく。
「なんでだよ!? なんでそうやって……、お前らは……!!」
「やめ、ろ……っ、ニーズヘッグ! お前の相手は、俺だろうがっ。そいつは……関係ないだろうが!!」
徐々に意識の遠のいていくエリーから抵抗する力が抜けていく。
直に呼吸が止まり……そして……
――なんでだよ。なんでお前はそんな生き方選べれるんだよっ。
今でもエリーの行動は理解不能でしかない。
過去も知った。最初の罪も知った。ハッキリとエリーのために今まで過ごしてきたわけじゃないと、断言してやった。
過去に対しエリーなら、どうしてそんなことをしてしまったのか、と。哀れんだ目で見るに違いない。まるで自分を可哀想とでも見るような目が、そんな目が見たくなかった。そんな目で見られたくなかった。
だからこそ一番知られてほしくなかった。
幻滅なら幾らでもすればいい。所詮この道具との関係などその程度のものでしかない。抱いている好意も全てがただの勘違いなのだから。
それにはなんの問題もなかった。
それなのに、エリーは心変わりなどせずこの有様。
自分とは違う、損な生き方……。
それを強要しているのは自分自身だというのに……納得のいかないところがどうしてもある。
――俺はお前なんかに守ってもらいたくないんだよっ。そんなもの必要ないっ。
そんなことはわかりきっているはずだというのに。それを理解したうえでエリーはクロトを選んだ。自分の意思で。
――俺に好意を向けんなよっ。俺の生き方に不純物を混ぜ込むなよっ。
まるで今までが間違いだったかのようにしないでくれ。
今までの生き方が正しくなかったと教え込まないでくれ。
ずっと自分のためだけ行動してきた。殺すのも、この道具を守ることも全て。全てが自分のためでしかない。
『――でも、私はそれでもいいですよ』
不意に肯定されたことがここまで心を惑わせられるものなのか。
――俺はべつに生き方を認められたいわけじゃないっ。俺だけがこの生き方を信じていたいんだ! 間違いを犯さない生き方を!
過去の自分は間違いを犯した。
一つの感情に縛られ抗うことを失い、後悔し絶望して、その感情を恨んだ。
だからこそ、二度と同じ過ちは犯さない。そう決めたはずなのに……。
エリーの差し伸べてくるような言葉に引かれて、…………思わずそれに手を伸ばしてしまった。
「――ッ! やめろぉおおぉおおッ!! ニーズヘッグぅう!!」
叫ばずにはいられない衝動があった。
エリーを失わないために。
『――やれやれ。相も変わらず愚かなものだな。愚か者が』
「……っ!」
ふと、鏡からまた声が発せられる。
エリーもクロトも、コレまでに聞いたことのない声。ただ一人ニーズヘッグだけがそれに耳を傾けてしまう。
視界には先ほど落下した樹海の鏡が淡く輝いており声を響かせていた。
「……はっ。また……かよっ。鏡の幻聴如きが……二度も俺を騙せるとでも――」
「――アホか愚か者」
全ては幻聴である。そう思い込んだニーズヘッグの腕が直後鏡から出てきた手に掴み取られる。
「本物と幻聴の区別もつかんとは……。相変わらず頭の悪い奴だな」
ニーズヘッグの行いを止めるように入ったのはエリーもクロトも知らない人物だった。
鏡より出現したのは白い姿。静かなたたずまい。背丈はニーズヘッグと変わらず、女性のような顔立ちと淡い七色を宿した白い髪に……背には同色の翼を生やしている。
声からその人物が男性であるとわかるのはさほど時間が掛からない。
「……お、お前はっ」
「どうした愚か者、やけに苛ついているようだな? そして奇遇だ。私も苛つくことがちょうどあるのだよ」
男の手がニーズヘッグの腕を強く握りだし骨をミシミシと軋ませる。
依然として驚く様のニーズヘッグは両目を見開いたまま、
「――フ、フレズベルグッ!?」
と。白き者の名を口にする。
「何に私が苛ついているか? それは――お前の様などうしようもない愚か者を見ていることだっ」
――バキンッ!!
意図も容易くエリーを締め上げていた右腕を潰す。
骨の砕ける音と共にエリーは地にへと落下しようとした際、フレズベルグがそれを受け止め。すかさず潰した腕をそのまま振り払いニーズヘッグを投げ飛ばす。
「――ッ!!!」
放られたニーズヘッグの身は瞬時に突風に呑まれその勢いを加速させる。
頑丈な樹にその身を打ち付けられその場に倒れた。
その現場を目撃したクロトは目を見開き呼吸を忘れてしまうほど呆気にとられてしまう。
突如乱入してきた白い人外は慣れた様に大悪魔のニーズヘッグを投げ飛ばし打ちのめした。
冷静とした静かなたたずまいでいたフレズベルグなる悪魔。彼は翡翠の瞳を細め、愚痴のように投げたニーズヘッグを見下す。
「……ふんっ。このどうしようもないクソ愚か者がっ。……やはりまだその腐った思考は捨ててなかったか」
********************
『やくまが 次回予告』
ニーズヘッグ
「初登場、【炎蛇のニーズヘッグ】様だっ。登場すぐに次回予告とか、さすが俺!」
クロト
「…………(え~~~~~~~」
ニーズヘッグ
「うっわ、相手クロトかよ。姫君出せっての……。ドン引きなんですけど?」
クロト
「何度も言うが俺の言いたいセリフを何でお前が言う? こっちのセリフだッ」
ニーズヘッグ
「初体験なのにお前となんて俺嫌なんだが? どうせなら姫君と楽しみたい。……まあ、こうなったら仕方ねぇ。しゃーねーからお前としてやるよ! 炎上させてやる!」
クロト
「此処でもやり合うつもりか? ああっ?」
ニーズヘッグ
「つーか。俺お前に言ってやりたいこと山ほどあんですけど? お前と契約して数年。溜めこんだ鬱憤を此処で晴らしてやる!」
クロト
「は? お前に色々言われる筋合いねーんですけど? まあ、とりあえず聞いてやる」
ニーズヘッグ
「おう! ――よくもお前俺をこき使ってくれたな! 俺のことなんだと思ってんの? その辺にあるチャッカマンかマッチを使うかの如くに火を使ってんじゃねーよ! 俺はただの火付け道具か!? あと何でも相棒に攻撃押しつけないでくれるか? 俺の相棒が可哀想だろうがこのタコ! それとお前、銃の使い方ちょっとおかしくないか!? いくら頑丈だからって物理? 本体ぶつけて物理って!? たまに金槌代りに使うこともあったろ!? マジでやめて!! ……あ。でもたまに姫君抱き枕で寝てくれるのは正直ありがたい。なんだかマジで添い寝してる気分になって……って言っても結局は羨ましいんだよぶっ殺すぞ!? 完全に「おい、お前そこ変われ!」ってなるわ!! マジで変わってください、俺怒り通り越して泣けてくるから……」
クロト
「…………(蔑んだ目で沈黙」
ニーズヘッグ
「とりま次回、【厄災の姫と魔銃使い】第三部 四章「守るための衣」。ホント俺寂しく夜な夜な泣いてんの……!」
クロト
「とりあえずだが、――お前キモい」
ニーズヘッグ
「ストレート蔑み!?」
たった一声、それがニーズヘッグの脳を刺激する。
ニーズヘッグの瞳が、不意に割れた鏡の破片にへと向いた。
驚愕に震えた目は見開かれ、うっすらと鏡に映ったモノを目にする。
悲しそうに、切なく呟くような声で。鏡の奥では誰かがそうニーズヘッグに向け声を発していた。
『ダメだよ……。そんなこと、しちゃ。だって、キミは――』
聞こえてくるのは鏡が作り出す幻聴。そんなことは百も承知だとわかりきっていた。
わかりきっていたはず……だった。
「――ッッッ!?」
突然の衝動。出てしまいそうな声を歯を食いしばることで堪え、炎蛇は顔色を蒼白とさせる。
羽衣が鏡を弾き飛ばして声を遮断した。
「……っ、まさかこの樹海、俺すら呑み込む気かっ? よりによって……あんな声、聞かせやがってっ。……これは、もたもたしてられないな」
樹海の核はあるも鏡は無差別に幻聴を聞かせ、樹海に存在する全ての者を惑わそうとする。それはニーズヘッグも例外ではなかった。
エリーから手を離すとニーズヘッグは毒に苦しむクロトを見下ろし、踏み付けてからその頭に銃口を向ける。
「姫君……、これで最後にしておこうか。今すぐ俺を選べ。でないと……コイツの頭を撃ち抜く」
それはクロトを一時的に殺すということ。傷の回復には丸一日かかるとされる死の烙印が刻まれる。
だが、それは時間が経てば治るものだ。
「馬鹿か、クソ蛇……っ。例え撃ったとしても、俺は回復するっ。人質なら、他をあたるんだな……」
「それはお前の都合だろうが。……だが、姫君はどうかな? 例え治る傷でもそれを黙って見過ごせれるわけがないっ。そうだろ!」
正論がエリーの胸を打つ。銃口が向けられ撃たれるという行為を現にエリーは見過ごす事ができなかった。
動揺に思考を焦らせる。エリーの慈悲深さを利用した悪魔の責めは効果的でしかない。
「姫君のそういう慈悲深さ……、本当に好きだぜ。そしてそれは姫君自身を殺す。ああ、……本当に姫君は愛おしいっ」
「クソ蛇が……っ。卑怯もお手の物かよっ」
「カッハッ! 卑怯がなんだ!? 雑魚が強者に踏みにじられるのは自然の摂理だ! そして弱者は強者に従うことで長生きする! それが懸命で当然のことだろうが!! 今更お前みたいな人殺しが卑怯だの正義だの語れる口でもねーんだよッッ!!」
卑怯も悪行も結果が全てだ。それがどれだけズルかろうと、勝てば問題はない。
悪魔はその名の通りに悪を貫く。
「選ぶだろ姫君! じゃないとコイツの頭を吹っ飛ばして――」
ニーズヘッグはどこまでも優位に立っていた。
力も行動も全て。力でねじ伏せ心すら脅して痛めつけていく残虐な悪魔。
自身の望みが叶うことなど時間の問題でしかない。そう慢心していたニーズヘッグの狂った表情が、突如凍てつく。
「……おい。なんのつもりだよ、姫君?」
クロトに向けられた銃口。だが、狙っているのはクロトではなく割り込んで入ったエリーだ。
エリーはクロトを庇うように銃口の前にいる。
「おい……、おいおいおいっ。それはどういった意味のつもりだよ? 姫君、……なんで自分から銃の前にいるんだよ? 姫君のするべきことは答えを…………俺を選ぶことだろうが!?」
銃が小刻みに震えている。それはニーズヘッグの握る手が震えているということだ。
すっとエリーはニーズヘッグを見上げた。
その目は悪魔をまだ恐れていた。だが、それすらはね除けようと真っ直ぐ目を合せ強い意志を宿している。
それに比例するように、星の瞳は清く輝いている。
「……っ。そんな奴の何処に守る理由がある!? 話聞いてただろ? 姫君がどれだけそいつを庇おうと、それは簡単に切り捨てられるようなもんなんだよ! ゴミでしかないんだよそんな思いやりすら! なんの見返りもないっ。ろくに扱える力もないっ。やるだけ損なことをなんで……!?」
「…………ダメ、なんですか?」
「……は?」
「どうして私がクロトさんを守ろうとするのが、そんなに……、そんなにダメなことなんですか!? ……それに、私には関係ないっ。クロトさんが貴方に何を願おうと、――私には、関係ない!」
「――ッ!?」
「【愛情】のない人を庇ってはいけないのですか? 見返りだけで誰かを守るんですか? 私はそんなもの、必要ないと思いますよ? 何かが欠けた人だからとか……そんなこと関係なく、私はクロトさんだから、こうして守りたいんです!」
エリーは銃口にへと寄る。より狙いをエリーにへと集中させる行動に、ニーズヘッグが一歩退いて遠ざけようとする。
「なんでだよ……。意味、わかんねぇんだよ……」
「私は、確かに貴方の言うとおり弱いです。……ちゃんとした力もありません。誰かを守れるようなことも、全然できません。……でも、それは誰かを守らない理由には、絶対にならないと思います! 大事な人が傷ついているのに、ただ見ているだけなんて。そんな人間に私はもうなりたくない!」
自分のせいで犠牲になった者を知っている。当時のエリーにできることはなにもなかった。
ただ遅すぎた結果に心を痛め何度も泣いた。だからこそ、目に届く大切なものには手を伸ばさねばならない。
無意味だろうと無力だろうと、弱くてもエリーが優先するのは他者でありクロトはけして欠けてはならない。
明確な弱者が強者にその意志で抗う。
簡単に死ぬような乏しい命の人間が、大悪魔と恐れられた者すら後ずさりさせるほどの強い意志を示した。
「例え、私が貴方を選んだとしても、私は貴方を好きになることはできません。……こういう気持ちは、こんな方法じゃダメですよっ」
「ふざ……けたことを……っ」
「私は間違ったことを言っているつもりはありません。……私はクロトさんに救われてますから。例えそれが自分のためだったとしても、私はクロトさんに救われています。こんな私を守ってくれる。だから私は、何度だってクロトさんのためにありたいと、そう思いますよ」
傷の痛みや毒の熱すら忘れてしまうほどの言葉の数々にクロトは唖然として開いた口が塞がらない。
エリーはクロトを否定などしない。扱いも暴言も全て受け入れる。
本来ならそのようなものに湧いてしまう憎悪も、今のクロトにはなかった。
「お前……」
「きっと……、クロトさんはこんな私、嫌いですよね。でも、私はそれでもいいですよ」
ふと、エリーはクロトに向け微笑む。
「…………なんだよ、それ。まともな力のない奴が、弱い奴が力のある俺の前に立つなよ……!」
向き直って見ればニーズヘッグは酷く動揺して屈辱に唇を噛みしめる。
急にエリーを見る目が変わり放たれる威圧に汗水が滴り落ちた。
「どけよ姫君……。頼むからさぁ……。俺に……今の姫君を殺させないでくれよ。俺を拒絶したままで……いないでくれよ」
最後にニーズヘッグは辛そうな表情を滲ませた。
どれだけ酷いことをした悪魔であろうと、その表情には心が痛むところがあった。
エリーは誰かを拒絶したくなどない。だが、ニーズヘッグの願いを受け入れることもできない。
「……どきません」
エリーはクロトを選んだ。例え目の前の悪魔を悲しませようとも。
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すると何かがぶつかる音がした。
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武器を手にして手は手は立ちはだかるエリーの首を鷲掴みに。そのまま高く持ち上げて締め上げていく。
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「……っ、あっ!」
「…………できるんだよ!? 結局、力がなければなにもできないだろうが! ……ムカつくんだよ。弱いくせに立ちはだかって。弱い奴は強い者に従ってればいいんだよ!! 俺はそういう奴を見てると……苛つくんだよ!!」
ニーズヘッグが叫ぶ。羽衣は彼の怒りを表わすように暴れ狂い周辺の樹を叩き付け不安定にぶら下がっていた鏡の幾つかを地に落とし地に突き立てていく。
「なんでだよ!? なんでそうやって……、お前らは……!!」
「やめ、ろ……っ、ニーズヘッグ! お前の相手は、俺だろうがっ。そいつは……関係ないだろうが!!」
徐々に意識の遠のいていくエリーから抵抗する力が抜けていく。
直に呼吸が止まり……そして……
――なんでだよ。なんでお前はそんな生き方選べれるんだよっ。
今でもエリーの行動は理解不能でしかない。
過去も知った。最初の罪も知った。ハッキリとエリーのために今まで過ごしてきたわけじゃないと、断言してやった。
過去に対しエリーなら、どうしてそんなことをしてしまったのか、と。哀れんだ目で見るに違いない。まるで自分を可哀想とでも見るような目が、そんな目が見たくなかった。そんな目で見られたくなかった。
だからこそ一番知られてほしくなかった。
幻滅なら幾らでもすればいい。所詮この道具との関係などその程度のものでしかない。抱いている好意も全てがただの勘違いなのだから。
それにはなんの問題もなかった。
それなのに、エリーは心変わりなどせずこの有様。
自分とは違う、損な生き方……。
それを強要しているのは自分自身だというのに……納得のいかないところがどうしてもある。
――俺はお前なんかに守ってもらいたくないんだよっ。そんなもの必要ないっ。
そんなことはわかりきっているはずだというのに。それを理解したうえでエリーはクロトを選んだ。自分の意思で。
――俺に好意を向けんなよっ。俺の生き方に不純物を混ぜ込むなよっ。
まるで今までが間違いだったかのようにしないでくれ。
今までの生き方が正しくなかったと教え込まないでくれ。
ずっと自分のためだけ行動してきた。殺すのも、この道具を守ることも全て。全てが自分のためでしかない。
『――でも、私はそれでもいいですよ』
不意に肯定されたことがここまで心を惑わせられるものなのか。
――俺はべつに生き方を認められたいわけじゃないっ。俺だけがこの生き方を信じていたいんだ! 間違いを犯さない生き方を!
過去の自分は間違いを犯した。
一つの感情に縛られ抗うことを失い、後悔し絶望して、その感情を恨んだ。
だからこそ、二度と同じ過ちは犯さない。そう決めたはずなのに……。
エリーの差し伸べてくるような言葉に引かれて、…………思わずそれに手を伸ばしてしまった。
「――ッ! やめろぉおおぉおおッ!! ニーズヘッグぅう!!」
叫ばずにはいられない衝動があった。
エリーを失わないために。
『――やれやれ。相も変わらず愚かなものだな。愚か者が』
「……っ!」
ふと、鏡からまた声が発せられる。
エリーもクロトも、コレまでに聞いたことのない声。ただ一人ニーズヘッグだけがそれに耳を傾けてしまう。
視界には先ほど落下した樹海の鏡が淡く輝いており声を響かせていた。
「……はっ。また……かよっ。鏡の幻聴如きが……二度も俺を騙せるとでも――」
「――アホか愚か者」
全ては幻聴である。そう思い込んだニーズヘッグの腕が直後鏡から出てきた手に掴み取られる。
「本物と幻聴の区別もつかんとは……。相変わらず頭の悪い奴だな」
ニーズヘッグの行いを止めるように入ったのはエリーもクロトも知らない人物だった。
鏡より出現したのは白い姿。静かなたたずまい。背丈はニーズヘッグと変わらず、女性のような顔立ちと淡い七色を宿した白い髪に……背には同色の翼を生やしている。
声からその人物が男性であるとわかるのはさほど時間が掛からない。
「……お、お前はっ」
「どうした愚か者、やけに苛ついているようだな? そして奇遇だ。私も苛つくことがちょうどあるのだよ」
男の手がニーズヘッグの腕を強く握りだし骨をミシミシと軋ませる。
依然として驚く様のニーズヘッグは両目を見開いたまま、
「――フ、フレズベルグッ!?」
と。白き者の名を口にする。
「何に私が苛ついているか? それは――お前の様などうしようもない愚か者を見ていることだっ」
――バキンッ!!
意図も容易くエリーを締め上げていた右腕を潰す。
骨の砕ける音と共にエリーは地にへと落下しようとした際、フレズベルグがそれを受け止め。すかさず潰した腕をそのまま振り払いニーズヘッグを投げ飛ばす。
「――ッ!!!」
放られたニーズヘッグの身は瞬時に突風に呑まれその勢いを加速させる。
頑丈な樹にその身を打ち付けられその場に倒れた。
その現場を目撃したクロトは目を見開き呼吸を忘れてしまうほど呆気にとられてしまう。
突如乱入してきた白い人外は慣れた様に大悪魔のニーズヘッグを投げ飛ばし打ちのめした。
冷静とした静かなたたずまいでいたフレズベルグなる悪魔。彼は翡翠の瞳を細め、愚痴のように投げたニーズヘッグを見下す。
「……ふんっ。このどうしようもないクソ愚か者がっ。……やはりまだその腐った思考は捨ててなかったか」
********************
『やくまが 次回予告』
ニーズヘッグ
「初登場、【炎蛇のニーズヘッグ】様だっ。登場すぐに次回予告とか、さすが俺!」
クロト
「…………(え~~~~~~~」
ニーズヘッグ
「うっわ、相手クロトかよ。姫君出せっての……。ドン引きなんですけど?」
クロト
「何度も言うが俺の言いたいセリフを何でお前が言う? こっちのセリフだッ」
ニーズヘッグ
「初体験なのにお前となんて俺嫌なんだが? どうせなら姫君と楽しみたい。……まあ、こうなったら仕方ねぇ。しゃーねーからお前としてやるよ! 炎上させてやる!」
クロト
「此処でもやり合うつもりか? ああっ?」
ニーズヘッグ
「つーか。俺お前に言ってやりたいこと山ほどあんですけど? お前と契約して数年。溜めこんだ鬱憤を此処で晴らしてやる!」
クロト
「は? お前に色々言われる筋合いねーんですけど? まあ、とりあえず聞いてやる」
ニーズヘッグ
「おう! ――よくもお前俺をこき使ってくれたな! 俺のことなんだと思ってんの? その辺にあるチャッカマンかマッチを使うかの如くに火を使ってんじゃねーよ! 俺はただの火付け道具か!? あと何でも相棒に攻撃押しつけないでくれるか? 俺の相棒が可哀想だろうがこのタコ! それとお前、銃の使い方ちょっとおかしくないか!? いくら頑丈だからって物理? 本体ぶつけて物理って!? たまに金槌代りに使うこともあったろ!? マジでやめて!! ……あ。でもたまに姫君抱き枕で寝てくれるのは正直ありがたい。なんだかマジで添い寝してる気分になって……って言っても結局は羨ましいんだよぶっ殺すぞ!? 完全に「おい、お前そこ変われ!」ってなるわ!! マジで変わってください、俺怒り通り越して泣けてくるから……」
クロト
「…………(蔑んだ目で沈黙」
ニーズヘッグ
「とりま次回、【厄災の姫と魔銃使い】第三部 四章「守るための衣」。ホント俺寂しく夜な夜な泣いてんの……!」
クロト
「とりあえずだが、――お前キモい」
ニーズヘッグ
「ストレート蔑み!?」
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