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第三部 一章 「囁きの声」

「誘い声」

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 ――何処にも行く必要ねぇって……。

 感じるがまま、エリーは目を見開き動きを止めた。
 耳を疑うよりも、考えるよりも先に目は声の元を探してしまう。
 
「どうしたクソガキ?」

 明らかになにかを探すエリーの様子に全員が顔を向ける。

「……いえ。その、誰かの声、聞こえませんか?」

 エリーは周囲に目を向けつつ気になることを口にした。
 何者かの声が聞こえるというもの。最初に脳裏をよぎったのはヴァイスレットでの彼女の異変だ。意図せず他者の思念を拾い混乱させられた現象。それは彼女にのみ聞き取れた声。
 しかし、今回はそれほど深刻なものとは思えない。
 エリーは困惑はしているも酷く取り乱してなどいない。こちらの声にも難なく反応できている。

「声? ボクなにも聞こえないけど?」

「……どう見るネア?」

「私に聞かれても……。前と違うのは確かよね。でも相変わらず私たちには聞こえない。この間を切っ掛けにエリーちゃん自身にそういった体質が芽生えたってことなのかしら?」

 エリーは呪いを宿していても人間である。特異体質というものがあり前回を切っ掛けに芽生えたということも一理ある。
 だが、いつまでもそれに気を取られているわけにも行かず。

「エリーちゃん。ひょっとしたら気のせいじゃないかしら。樹海っていりくんだ樹が多くて風の通り具合で声にも聞こえることあるし……」

 ここは勘違いであると言い聞かせる。
 が……。エリーは首を横に振った。

「いいえっ。確かに聞こえました」

「そう言われても……」

「それに、此処に来る前にも聞こえたんです。誰かの声が……。たぶん、二人ほどの」

 言いきるエリーは嘘などついていない様子。嘘を言う性格をしていないことなど三人は知っており疑うつもりはない。
 かといってこのまま止まる理由にもならない。

「いい加減にしろ!」

 クロトがエリーに向け強く言葉を発した。肩を跳ね上げ双眸をキュッと閉じてから、自分がクロトに怒られたのだと気付く。
 遂にはエリーの細腕を掴みグッと引く。

「ちょっとクロトっ。エリーちゃんに乱暴すんじゃないわよ!」

「黙ってろッ。……クソガキ、お前もわかってるだろうが俺は気が短い。ムカつくからこれ以上逆らうなっ」

「……ご、ごめんなさい、クロトさん」

 穏やかに説得してもおそらくエリーは自身の気掛かりから下りることはなかっただろう。
 強引だろうが乱暴だろうが、強く言い聞かせれば渋々彼女は納得をする。
 この後ネアから愚痴を投げられるのは明白。それには耳でも塞いで聞き流してやればよい。クロトは今回のことに悪い点などないと断言できた。これ以上長引くことがないのだから。
 わかればエリーの腕を解放してやる。

「ホント最低だこと」

「言ってろ。とにかく戻る。そしてとっとと休むぞ」

「ああ、結局戻るのか~……」

「まったくだ。お前がこんなもん見つけたせいで余計な手間を取ったぞ、クソがっ」
 
「怒んないでよ、せんぱーい」

 クロトはさっさと来た道を戻ろうとした。徐々にクロトに置いていかれていく感覚がエリーを襲う。
 それは激しくエリーに不安を与えてしまう。
 早く追いつかねばと駆け出す一歩。
 突如、またしてもエリーを引き止めたのはあの声だ。






 ――可哀想になぁ。あんな言い方されるとか。

 可哀想……。
 同情とした声にほんの少し心が刺激された。
 今の自分は可哀想などとは思ってもいなかった。何故なら自分はクロトに悪いことをしてしまったと思っているからだ。
 戻ろうと決めていたのにそれを自分一人のせいで引き止めてしまったこと。クロトを怒らせてしまったこと。
 心配はされるも哀れまれるということに、この場合は戸惑う。
 
 ――所詮アイツとの関係ってその程度なんだよ。わかってるんだろ? 道具としてでしか見られてないことに。

 道具。そうだ、自分はクロトにとっての道具。
 魔女を探すためだけの必要最低限の、命の繋がれた道具でしかない。
 
 ――だったらそんな関係切っちまえよ。

 関係を切る。そんなこと、前にも思ったことがあった。
 だが、それを今の自分は拒んでいる。
 クロトのためにありたい。だから自分の意思で此処にいる。
 不満などない。あるはずがない。
 耳を塞ごうとすれば一瞬の隙間に声は割り込んできた。

 ――そんな奴より俺を選べよ。だって俺は……
 





 耳を塞ぐと同時にエリーは駆け出した。
 ぶつかるようにクロトの背後をとり、しがみつく。 
 突然な不意打ちにクロトは驚き、押された体は踏み止まってから背後を見た。

「な……っ、なんなんだよクソガキっ」

「~~っ」

 エリーはクロトの背に顔を埋め黙ったまま。ただ何かに怯えている様子はあった。
 聞こえてくるという例の声なのだろうか……。
 それにしても動きづらいことこの上ない。呆れてクロトは上着を脱ぐとエリーの頭にバッと被せる。

「はうっ!」

「ああ、面倒だなっ。それでも被ってろ!」

 八つ当たり半分に怒鳴る。呆気にとられたエリーは星の瞳をパチパチとさせる。

「もぉ、もう少し言い方ないわけ? 行きましょ、エリーちゃん」
 
「……」

 頷いて返答。そのままネアに連れられエリーはクロトたちと共にその場から遠ざかる。
 耳には今でもあの声が残っている。纏わり付くようなもので今でも頭に何度も響いていく様。
 結局何処から聞こえたかわからない声。だが、あの鏡から遠ざかりたいという感覚はあった。
 遠ざかる四人の背を映した鏡は、またチラリと淡く光る。





「……で? これはどういう状況だ?」

 火の元へ戻った四人は疲れた体を休めるためすぐに眠ろうと行動を起こす。
 しかし……。

「……~っ」

 上着を頭に被せたままのエリーが幹に背を預けるクロトの右側で腕にしがみつき離れようとしない。
 それだけではない。更にエリーの隣にはネアが張り付き、反対側ではイロハが密着したいた。
 間に挟まれるクロト。状況に不快感を抱きつつ混乱する流れである。

「なんなんだよクソガキ?」

「……すみません。その……、なんだか怖くて……」

 例の声のせいか妙に恐怖心をくすぐられている様。今はその声はぱったりと聞こえなくなったらしいが、落ちつけず眠れないという。
 此処で強く「離れろ」と言わないクロト。それは眠るためにエリーが必要なことがあるからだ。腕にしがみつきこれでもかと密着している状況だがないよりはマシである。
 この面子になってからネアの目があるため避けてきたがこれなら問題あるまい。おかげでネアもこの件には触れずにいる。

「OK、わかった。じゃあ残りのお前らはなんだ?」

 エリーの事情はクロトの事情もふまえ了承。だが他の二人はどうだろうか。

「だってエリーちゃんがアンタのところに行くんだものっ。ある意味ほっとけないわ」

「お前はコイツと寝たいだけだろうが」

「いいじゃないの! 悪い!?」

 ネアのことはそれなりにわかっていた。案の定の返答でこれ以上気にする方が負けとなる。
 問題は反対側にいる黒羽だ。
 こちらもエリーと同じように腕に引っ付いて「邪魔」の一言しか頭にない。……が、反対の女性二人を認めて同性であるイロハだけを除け者にした時の自分の立場というのも考えものだ。
 とりあえず目は理由を聞きたいと訴える。

「……ん? ダメなの?」

 ――むしろ良いとよく思えたな。
 察したのかイロハは首を傾けた。

「なんつーか、……うざい」

 「邪魔」とハッキリ言わず、少し軽めに文句を言う。するとどうだろうか。イロハはふてくされた顔を近づけてきた。

「ええ~、皆してるじゃん。ボクも先輩と一緒がいいっ」

「じゃあ、ネアにでもくっついて――」

「――それしたら二人まとめてしばくわよ?」

 ――だろうな。
 これ以上は言わないと口を閉ざし回りを無視することとした。
 
 ――もういい。もうお前ら勝手にしてろ。俺も勝手に寝る!

 冷静に断念し、そして目を伏せた。就寝するまでの間はしばらくざわざわとした。
 イロハが少しでもと好意をアピールして翼を広げ生羽毛布団としてくるなり。少しでも距離を縮めようとすればネアから文句がでるわ。
 ああ、耳を塞ぎたい……。
 そんな不快も眠ってしまえば解放される。だからこそ眠ることに集中した。
 視界を閉ざし、深く……深く……。自分の中に潜るように……。






 これは眠ることに成功したのか。一瞬にして何も聞こえなくなる。
 クロトは暗闇と無音の中で一人呆然と立っているという状況。
 ……夢か。そう安心した心地にいれば、次に静寂は吹き飛ぶ。
 原因は、突然な騒ぐ声だ。

『――ああ!! ふざけんなよ、クソが!!』

 耳を疑った。この夢で誰が喚いているというのか。
 ……それも、聞き慣れない声だ。

『聞こえてるはずなんだよ。でなきゃ反応するわけがない……』

 いったい何を言っているのか。
 わずかながら、そう喚く者が見える。
 人か。人に近い何かか……。そんな姿が確認できた。
 勝手に人の夢で騒ぐとはなんと腹立たしい奴なのか。魔銃があれば撃ち殺してやるというのに。
 うずく右手は自然と銃を握る形を作ってしまう。

『――……なんでお前なんだよ』

 トリガーを引く動作をしていた指が、ピクリと跳ねる。
 低い声が他人にへと問いかける。他人とは……自分のことだ。なんせ、此処には自分とその者しかいないのだから。
 
『俺は、お前なんかよりも…………』

 それが、その者の最後の言葉だった。夢から覚めると外はすでに朝を迎えていた。
 自分の両側には未だ眠る三人が今もいる。
 自然と、ただ前方を見開いた目のまま呆然としてしまう。
 目には不思議と夢の光景が残っており、――刹那がこちらを見たような気もした。





 早朝。まだ日の光が少しでもある内に起床した四人は樹海を進むこととした。
 昨日同様。度々イロハには上空からの確認をさせるが、現状は変わらず進展など一切ない。何処まで続いているのか。それとも、知らぬまに進む方向を誤っているのか……。
 その可能性は低い。クロトは太陽の動きから方角を確認している。

「……そろそろこの樹海そのものが原因としか考えられないんだが」

 立ち止まってクロトはそう言い放つ。

「どういうことですか?」

「要はこの樹海自体に結界か何かしらが働いてるってことね。……それなら有りえるわね。精霊か、はたまた妖精の悪戯か」

 この樹海自体酷く広いわけではなく他のものが干渉、もしくは自然現象のように入った者を迷わせている可能性がある。上空からの確認すら惑わすほどなら規模は大きい。
 もしそういった現象が起きているのなら問題はその原因をどう潰すかだ。

「燃やすか。全部」

 クロトは魔銃を手にしとんでもないことを口走る。
 その目は本気だった。銃口からはボッと火が噴き出し周囲を威嚇する。
 直後、ネアの手刀がクロトの頭にへと落ちた。

「馬鹿なこと言わないでちょうだい。私たちまで焼くつもり?」

 その気になれば燃やすことは簡単だろうが全て道連れとなる。炎々と燃える中ではまともな呼吸ができるわけでもなく、その提案はクロト自信も却下せざる終えない。

「冗談だ。……じゃあ、どうすんだよ? この辺で手掛かりといえば……」

 ――あの鏡だ。

 少し歩いた先にはまたあの鏡があった。樹の幹に埋め込まれ堂々と存在している違和感と不気味漂う鏡。
 まったく同じ鏡だ。確かに進んでいたはずの四人は知らぬ間にぐるりと回って再びこの鏡の前にへと着いてしまう。
 昨日はすぐに離れたが今度はこの鏡を調べることとする。
 叩く。蹴る。乱暴に扱うが頑丈な鏡というだけでありそれ以外に得られる情報などない。
 試しに何度か撃ってはみた。しかし、甲高い音が鳴るのみで結局のところは割れなどしない。そして、傷もない。このことから、この鏡は通常の鏡でないということだけはわかった。なにかしらの魔力的なものが働いているのだろうが生憎この四人にそれを理解できる者はいない。半魔のネアですらそういう事には疎いらしい。
 クロトは不意にエリーにへと視線を寄せた。
 少し。鏡から遠ざかりたいという様子でクロトの裾を摘まんでいる。エリーはこの鏡を恐れている。

「……いつまでそうしている気だ」

「す、すみません……。でも、あの鏡、やっぱり変な感じがします。なんだか……呼ばれている気がして」

「言ってた声の事か。今度はなんて聞こえたんだよ? また「死ね」など「いなければー」っとでも言われたのか? 前にも言ったが、んな声聞き流せ」

 前回はそうだと本人も言っていた。【厄星】を発動させるほどの絶望へ落とす存在を否定する声。それを促した者の存在をクロトはまだ知らない。だが、十中八九魔王でないことは確かだ。そんな危険を犯す必要などない。
 それ以外の外部。
 ふと、赤い視線が脳裏をよぎった時、同時にエリーの返答がくる。
 彼女は首を横に振り、不思議と困惑した表情をとった。

「いいえ、違います……。私のこと……「可哀想」って……」

「なんだその同情じみたくだらねぇ発言は。何処をどう見ればそんな言葉が出てくるんだ?」

 なるほど。クロトにもエリーが可哀想などという風には見えないということだ。
 当然。エリーもそんなことは思っていない。

「……他には?」

「……他は」

 思い出すことに時間などかからなかった。だが、エリーは再度首を横に振り「なにもない」と表現する。
 言えなかったのはクロトとの関係性を断ち切るもの。それを本人に言うということを躊躇い、自分の中にだけしまい込んだ。 
 
「先輩先輩。この鏡壊せば此処から出られるようになるのかな?」

「知らねーよ。だが、手がかりがこれしかないからな」

「でもこんなものでできる結界なんて聞いたことないんだけど……。連絡繋がるかしら? 大婆様なら何か知ってるかも」

「大婆? 誰だよ……」

「私の村の村長。繋がればいいけど……」

 ネアは通信機を取り出し連絡を試みる。繋がれば外部から情報を得ることも可能だ。ネアの場合、人間界だけでなく魔界にも連絡先を登録しているためあてが外れれば魔界側にもコンタクトを取るという。
 しばらくはその結果を待つのみとなる。

「……」

 エリーはずっと鏡を見ていた。
 恐々と。それでも気になると。
 凝視し続けた結果か。耳から頭へと響く音が駆け抜けていく。
 今回は耳鳴りが酷い。ガラスを引っ掻いたような甲高い音。頭を押さえて膝を地に着けてしまう。

「おいっ」

 クロトはエリーの肩を揺する。また内側に引き込まれていないかと確認。星の瞳がすぐにクロトを捉え意識がしっかり現実にあることを確かめた。

「……っ、クロトさん。酷い、音が……。それに……っ」

 軋み、擦れ。鼓膜をすり潰すような高音に紛れて声が響く。
 ――あの声だ。

 ――**しい……。今**とは*う。
 ――やっ*りだ。**ならある***がるっ。
 ――*付いて**のかっ。愚か*が……っ。
 ――そ*だ、****るんだろ? 
 ――この*は、この鏡だけは***っ。

 所々が切れて内容が理解できない。
 だが、どうしてか……。見えない手が、手招きでもしているような気がする。
 誘われてしまった目は鏡にへと向く。四人を移した鏡。不思議と映る姿が一瞬別の動きをした。
 気付いた時には鏡は強く光だし全員の視界を奪う。
 強い光に誰もが目を伏せた。

「くそっ。なんなんだよ!」

 状況が把握できないまま。瞼を閉じていても差し込んでくる強光。熱はなくとも太陽の光を間近で受けているかの如く。
 唐突に意識が何かに引きずり込まれ途絶えると同時に光は闇に呑まれ……。最後に、消える寸前。エリーは泡沫の声を聞く。




 ――やっと捕まえた。俺の姫君……。

***********************************

『やくまが 次回予告』

イロハ
「あー! なんかお姉さんが酷いよ先輩! なんでかな!?」

クロト
「え? お前それ今更言うことか? 会った頃からアイツの不届き千万には迷惑してるんだが?」

イロハ
「ふとどきえんんまん?」

クロト
「すげー聞き間違いだな」

イロハ
「ボクってそんなに嫌われることしてるのかな?」

クロト
「そんな方法あっても俺は知りたくない」

イロハ
「ボクの羽ってなんか使えないかな? ほら! 結構温かいんだよ?」

クロト
「要は生の天然羽毛布団かよ。魔道具でできてるくせに再現度たけーな。マジの羽だ……」

イロハ
「ちゃんと飛べるし本物だと思うよ。ねぇねぇ、先輩! これで寝てみる?」

クロト
「…………」

イロハ
「どうどう? 姫ちゃんも喜ぶかなぁ?」

クロト
「……なんつーか。これじゃない感が半端ない」

イロハ
「なにそれ……?」

クロト
「要は却下ってことだ」

イロハ
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第三部 二章「鏡迷樹海」。結構気持ちいいと思うんだけどな~」

クロト
「お前は生の天然羽毛布団でも使ったことあんのかよ?」

イロハ
「前に大っきい鳥のお腹で寝たことあるよ」

クロト
「……マジか」
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