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第一部 五章「命を喰らう結晶」

「繋がれた不死」

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「んん~~~……っ」 

 そんなうなされたような声を出す隣でグラスに入っていた氷がカランと音をたてる。
 明るく昇る太陽。その日は日差しが少し強くあった。
 直射日光を防ぐにはもってこいのパラソル付きのテラス席。テーブルにはできて時間が経過し冷め始めたホットサンドとひんやりとしたレモン水。
 情報屋――ネアは片手にまだ一口も食べていないホットサンドを持ったまま、仕事から私生活で愛用している薄板の通信機に顔をしかめていた。
 指が操作をしようかとさ迷う。触れられないままある灯っていない画面にはネアの表情がくっきりと映り込んでいた。
 
 ――気になる。気になる気になる気になる!

 水の都を離れて以来、ネアは落ち着かない様子を繰り返し限界を迎えそうだった。
 原因はクロトとエリーの二人のこと。
 相性最悪といち早く気づいたネアだが結果二人を引き離すことに失敗。それを悔いたまま不安が積もる一方。別れてから日も経過しており良くないことが起こっていないかと夜な夜な睡眠も妨害される数日。いっそのことこちらから連絡を入れ現状を確かめようかという意気込みだった。
 しかし、もしものことを聞くと怖くもあり自身の選択ミスに責任を感じてしまうことを恐れ、今のような食事の全く進まぬ状況へ……。
 一端ネアは深呼吸をする。気持ちを心機一転させ、スムーズに指で操作。連絡相手はかけたくもない男のクロトへ、――いざ。

「……あっ、私なんだけどぉ。いやそんな野暮用じゃないのよ? ちょっとしたお姉さんの気晴らしっていうか~、今日っていい天気よねぇ。たまにはそういう事に気を向けてみるのもいい気分転換で心落ち着くわよぉ?」

 淡々と。何気ない会話を口走るネア。
 しかし、長々とそれを続けている間に妙な違和感を感じネアは声を止めて耳を澄ませた。

 ――……
 
 クロトは通話になど出ていない。
 何度か呼び出し音が鳴り、一向に出る気配はなく、そのままプツンと切れてしまっていたのだと、今になってネアは気付く。
 これが起こるのは出れる状況でないのか、回線が悪いのか……。
 せっかくの振り絞った勇気が水の泡へ。耳に当てていた薄板が力なく下ろされた。

「……」

 呆然とし、数秒後にネアは公衆の面前に関わらず叫んだ。

「ちょっとなんで出ないのよ!? 余計気になるじゃないのぉ! これだから男は嫌いなのよぉおおおッ!!」

   ◆

 ――ジャラ……。

 金属の擦れる鎖の音が耳をかすめる。
 冷たい空気が辺りを漂い、痛む全身の傷を煽ってくる。
 
「……ん、……何処だ? 此処は」

 目を覚ますクロトの第一声はそれだった。
 誰も応えてくれるわけでもないため、視界を巡らせる。目の前にはあるのは鉄格子。どうやら何処かの牢屋の様だ。
 体中に刺さっていた杭を少し覚えているが見当たらない。引き抜かれた後なのか。腹などの痛みがないが、今度は体を動かそうとすると両手に鋭い痛みが生じて全身を駆け巡る。
 どこか朦朧としていた意識が完全に呼び覚まされクロトは痛みの正体を目にする。
 両腕を左右に伸ばされ、両手の平を鎖の付いた杭が打ち付け固定。壁にへと貼り付けにされていた。
 
「な……っ」

 更に両足には枷までも付けられている。
 これは……、これはつまり……。

 ――完全に捕らえられている!?

 驚愕の事実に狼狽としてしまう。いったいなにがあったのかと更に記憶を掘り起こす。
 まず最初に思い出したのは体中に杭で射貫いてきた正体不明の黒装束の連中だ。思い出しただけであの時の痛みが蘇り殺意までもわいてくる。
 
「あの野郎ども。……殺すっ」

 ぶつぶつと、クロトは「殺す」という単語を牢獄で呪いのように呟く。今の彼の視界に入った者はおそらく問答無用で有無も言わさず殺害されることだろう。
 厭悪渦巻く思考の中、クロトは途端にハッとして再び自身の周囲を確認した。
 こんな時、あるものが足りない気がして違和感がでてきたのだ。 
 嫌な予感は案の定的中してしまっていた。
 
「くそっ、アイツがいない……! ――おい! クソガキ!!」

 こうしてイラついていると、いつもエリーがクロトをなだめようとする仕草があった。
 しかし、今は姿形すら何処にもない。試しに呼んでみるがなんの返答もない。
 聞こえていないのか、それとも別の場所にでもいるのか。
 最後に見た光景を思い出す。黒装束の狙いはエリーだった。自分の呪いも発動していない。催眠ガスを使い捕獲したということは今も生きている可能性がある。それでも抵抗しようとしたクロトにのみ杭を打ち込み、今に至る。 
 
「やり方がどう考えても人間のものだ……。いったいなにが目的だ?」

 腕の痛みを感じつつあれこれ考えにふける。そうこうしていると、奥からコツコツと足音が聞こえだしてきた。
 その足音はクロトのいる牢屋の前で止まる。
 黒いローブを身に纏った、あの黒装束たち。その内の何人かがクロトを見るなり不気味とほくそ笑んでいる。
 
「おやおや。お目覚めですかな? 不死身の者よ」

「……何故俺が不死だとわかる?」

 見ただけならクロトはただの人間だ。だが目の前の者は確信を持ってそう言い放ってくる。
 檻の中の獣の如きクロトの鋭い眼光にも臆さず、数人の中でも偉そうな男は不適な笑みを浮かべ語り出す。

「知ってるに決まってるではないですか。ずっと見ていたのですからねぇ」

「……ずっと?」

「ええ。ずっとですよ」

 こんな組織的な者たちをクロトは知らない。しかし向こうは見ていたという。
 そんな視線はなにも感じなかった。存在を知ったのはあの襲われた時のみ。襲われたのはあの【神隠しの家】……。
 ――【神隠し】。謎が解けたクロトは呆れて呟く。

「なるほど。神隠しの原因はお前らか……。おおかたあの家に監視できる物でも仕掛けていたとかだろ? ということは、魔女が出るっていう噂もお前たちが発端か?」

「当たりでございます。魔女というものは稀少な存在ですからねぇ。そう興味本位で来た馬鹿どもをこのに連れてきているのですよ」

「誰が馬鹿だっ。そのままそこにいろ! すぐに殺す!」

「繋がれた子供がなにを言い出すかと思えば、貼り付けのままでどうすると? それに、魔銃はこちらにありますので使えませんよ?」

 男は後ろに立っていた同胞にへと前に出るように指示をだす。
 慌てた様にせっせと前に出てきた者の手にはクロトの魔銃があった。
 
「まさか不死だけでなくこのような魔武器を持ち歩いているとは。確か、ニーズヘッグと言っていたようですね? 炎を出したあたり本物のようですが、少し信じられませんねぇ。ニーズヘッグと言えば昔とある火山を縄張りにしていた炎蛇の大悪魔だとか。そんな強力な悪魔をどう宿すことができると? 名を冠しただけならわかりますが」

 【炎蛇のニーズヘッグ】。この悪魔の名は魔界だけでなく人間界でも有名なものである。
 力なら魔界を支配するとされる魔王にすら届かせることができるほど。知性ある魔族なら、その名だけでも怖じけづくとか。
 
「そ、そんな恐ろしい悪魔が、この銃に宿っているのですか……?」

 現に魔銃を持つ者はおどおどとして落ち着きのない声を出す。 
 それを前の男は冷たくあしらった。
 
「眉唾ものだろう? そんなこと、あるはずがない」

「……残念だが、だぞ?」

 持ち主であるクロト本人はそう断言して言い切った。
 その言葉に「ひっ」と魔銃を持つ者は怯えて身を震わせる。未だに信じようとしない男は冷や汗を滲ませながら拒否を繰り返す。

「嘘も大概にしておいた方がいいですぞ? あの悪魔は人間がどうこうできるようなものではないはずですからねぇ。近づけば人に限らず同胞の魔の者すらも消し炭とする極悪な悪魔という説。キミなんかが生まれるよりも前に姿を消したそうですが? どう説明するとっ?」

 その説は今となっては書物によるものだ。
 人、生命。村すらも灰燼に帰する、地獄の業火を自在に操る炎の蛇にしてドラゴンの一種。
 それを熟知してか、明らかに動揺を表にだしてくる。クロトはいい気になり口元を歪める。
 
「そんなの知らねーよ。だが、俺が契約したのは確かに【炎蛇のニーズヘッグ】だ。……俺とアイツは、今での契約で繋がっている」

「ふ、ふんっ。例えそれが本当だとしてもなにもできまい。……いつまで前に出てきているっ、下がれっ」

「あっ、す、すみません……っ」

 再び魔銃が自分の視界から消えてしまう。
 動揺をおさえ、次に男はまたクロトにへと向き直ってニヤリと笑った。

「それにしても、今回は大物が手に入ったものだ。我らが教祖様もお喜びでいらっしゃる。……なんせも入ったのですからね」

 ――二人……。

「……あのクソガキは何処だ? 生きてるんだろうな?」

 不死であることも承知済み。
 あの場をずっと監視していたのなら、当然……。

「あぁ。もちろん生きていますとも。我らが希望――【厄災の姫】さまなら、こちらにおられますよ?」

 そう言って男は掌に収まるほどの魔道具を取り出す。
 魔道具は起動し展開するとクロトたちの前に映像が投影された。
 映し出されたものに、クロトは目を見開き息を詰まらせる。
 見えるのは天高くある大室。その中心に置かれた大掛かりな設備の魔科学的な機械。天井から吊された水晶が四方を囲み、その中心には狭いガラスケースの中で拘束されたエリーがいた。
 




 ――……。
 微かに、大勢の人の声が聞こえてくる。内容は聞き取れないがしだいにエリーの意識は覚醒にへと近づき目を覚ます。
 体が動かない。腕が痛い。気がつけばエリーは両腕を上から吊された状態で拘束され座り込んでいた。周囲は透明なガラスが覆い閉じ込められている。
 混乱に状況を確認しようとすると妙に空気が肌に触れてくる感覚がある。よくよく見れば、エリーが今身に纏っているのは肌着として着込んでいた薄手のワンピース型のインナーのみだった。
 
「――ッ!? な、なに……これっ」

 羞恥に戸惑いすぐにでもその身を隠したい。だが、拘束されているためそれすらさせてももらえない。
 こちらが目覚めたことに気がついたのか、自分のいる下では黒いローブに身を包む幾多の影が見上げてくる。
 それらはそれぞれ道を開け、その間を一人の相当歳をくった老人が歩み寄ってくる。
 
「お目覚めですかな姫君。……我らが希望よ」

「き……、希望?」

 その言葉にエリーは疑問を抱いた。
 それどころかエリーはカタカタと身を震わせていた。自身のことを【姫】と言った時に、彼らは自分の正体に気付いているのだと察したのだ。
 正体を知られ、これから自分がいったいどうなってしまうのか。それを考えるだけで憂虞として心までもが捕らえられてしまう。
 誰しもが静寂を保ち、老人だけが不気味と低い笑い声を鳴らす。
 
「そう怖がらないでいただこうか姫君。我らは貴方様をなにも痛めつけ殺すわけではございませんので」
 
 ではなにが目的だというのか。
 こんなケースの中に閉じ込め、それだけでなくこの様な辱めと拘束までして逃げられないようにしているというのに。
 疑心となってエリーは身をよじらせて後ろにへと下がる。 
 ――怖い。
 無意識にエリーはクロトの姿を探してしまう。
 
「あの人は……っ、クロトさんは!?」

 最後に覚えているのは全身を血まみれにしたクロトの姿。
 今でもそれが脳裏に焼き付いて不安で仕方がない。
 
「連れの者でしたらご心配なさらず。なんせ不死な者ゆえ死んではおりませぬよ。あのような逸材、そうはおりませぬので。……ですが、どうも乱暴なため地下の牢でおとなしくしていただいてますよ」

「クロトさんに、酷いことしないでください……っ」

「噂とは違い、姫君は慈愛に満ち溢れておられるのですね。子供でも不死。心配など何処にありましょうか?」

「クロトさんだって痛みはあるんですっ。だから――」

「そんなことは気にせず貴方様はご自身の役目に専念なさってくださいませ」

 エリーの言葉など聞く耳持たず、老人は両腕を広げ宣言する。


「――これより貴方様は人類のために役立つのですから」
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