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◆21 セピアside
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セピア・ルアニストと当時ブルフォード公爵家の一人息子で嫡男だったダンテ・ブルフォードと婚約したのは今から約9年前の事だった。
当時私は11歳、彼は16歳だった。
今は亡きダンテの母、そして同じく亡くなった私のお母様が仲良しだったためこの縁談が持ち出されて成立した。
私は勝ったと思った。
女性貴族社会において、家の爵位は勿論だけど、令嬢達より地位の高い夫人達の中では旦那のスペックで立場が確立する。
それに、ダンテは嫡男。公爵家の中でも皇族の血を継ぐブルフォード公爵家の夫人となれば、女性貴族社会では私より上にいるものはいない。
だけど、9年経っても結婚をしなかった事には理由がある。ダンテのご両親がいきなり亡くなってしまった事。成人になりたてのダンテ一人で家督を継ぐには無理があったからとお父様が代理人としてブルフォード家の領地を管理することとなった。
その後、お母様もこの世を去ってしまった。そのため、両家とも忙しくなりそれどころではなくなってしまった。
そしてもう一つの理由は、ダンテ本人だ。最初からそうだったけれど、ダンテは全く私達に無関心だった。これから家族になるというのに、放ったらかしだった。結婚のことにもやる気が見られずお父様は呆れていた。
会いに行っても、全く会話をしてくれない。私が話しかけても聞く耳持たず。視線なんて手元にある本などに向けているばかり。
「悪評な婚約者と将来結婚する事が決まっているだなんて、ご令嬢が可哀そうで仕方ありません」
「そうですわ。婚約者にエスコートどころかともにパーティーにすら同行してくれないだなんて、人としてどうにかしてるわ」
「仕方のなかったことですから、あまりそういった事は言わないであげてください。……きっとまだ、ご両親の事を受け入れられていないだけなのだと思います」
「まぁ! 何と慈悲深い!」
「ブルフォード子息もご令嬢を見習わわないといけませんわね」
周りからの同情を買うのは心地よかったけれど、それでも、満足出来なかった。
だから、痺れを切らした私はこの策に出た。婚約破棄だ。
実は、前からお父様にその話を聞かされていた。お父様は、第二皇子が所有する領地にある鉱山に目を付けていたみたい。そのきっかけで、その作戦を思いついた。
「もう新しい事業の準備も整っている。あとは第二皇子の領地にある鉱山を手に入れる事が出来れば新たな事業で業界を牛耳ることが出来るはずだ。いいか、セピア。この事業はお前にかかっているんだ。くれぐれも、失敗しないように」
「えぇ、お父様」
「ダンテの事は気にしなくていい。アイツは家の事には無頓着でやる気がない。言ってみればブルフォード公爵家は全て私が握っているようなものだからな。だからお前はダンテの事は考えなくていい」
第二皇子にはまだ婚約者がいない。私は侯爵家の令嬢だからきっと上手くいく。そう思って本人に謁見した。時間はかかったけどなんとか会うことが出来た。
皇子は渋っていたけれど、ウチは歴史の長い由緒正しい歴史のある家。だから頭を縦に振ってくれた。
これなら流石のダンテも驚くだろう。
そう、思っていたのに……
「いいだろう」
ダンテは顔色すら変えず、驚いた様子すら見せず、あっさり婚約破棄を了承してしまった。
別にいいじゃない。ダンテより地位が上の皇子が婚約者になったんだから。
でも、そうはいかなかった。婚約して約9年。お母様に連れられてダンテと知り合ったのはもっと前から。それなのに、あんなに頑張っても振り向いてくれなかった男。
悔しくて、悔しくて、たまらなかった。だから、つい口からこんな言葉が出てきてしまった。
「っ~~~~この不能男っっ!!」
その後のパーティーで、ついダンテの話までしてしまった。周りは気遣ってその話を出さなかったけれど……私にそんな扱いをしたからだ。ざまぁみろ、と言ってやりたい。そんな気持ちで。
「あれから、何度も何度も屋敷に来ては考え直してくれとせがんでくるのです」
「まぁ、それだけ公爵様はご令嬢の事を想っていたのですね。失ってから気が付くもの、とはこういう事なのでしょうね」
「昨日もいきなり来て困ってしまったのです。一体どう言えば分かってくれるのかしら……」
「あら? 昨日? 確か3日前に、明日から領地に向かうと仰っていたと思うのですが……」
「……間違ってしまったみたいね、4日前だったかしら」
「その日はわたくしのお父様が開いたパーティーにご参加してくださったのですが……」
「……その前の日だったかしら」
「その日は、皇城で見かけましたわ。何かご用があったみたいで、お茶会を終えた頃もまた見かけましたの」
「……」
今まで、ダンテは極力外出をしなかった。だけど、婚約破棄をした途端に容姿が変わってしまい、外出が増えたりといきなり人が変わってしまったようだった。私はまだ婚約破棄後に会っていないから、それが本当なのか信じられなかった。
さらには、全く興味のなかった事業まで始めてしまったと聞いた。
そもそも、どうして彼女達がこんなにダンテの事を知っているのよ。ダンテの事を一番よく知ってるのは私のはずじゃない。
「そういえば、やっとクロール生地のドレスが完成いたしましたの」
「今4ヶ月待ちだと聞きました。羨ましいですわ」
「ふふ、今度の第二皇子殿下の成人パーティーに取っておこうと思っているのです」
「私も注文しているのですけど、それまでに間に合うといいのですが……セピア嬢はクロール生地のドレスはお持ちですか?」
「公爵様にプレゼントされた、とか?」
「……えぇ、頂いたわ。でも、さすがに着るのは……」
「勿体ない! でも、婚約者の事を考えるとそうなりますわよね」
「えぇ……」
そんなもの、貰ってる訳ないじゃない。
ダンテの事を一番よく知っているのは自分。でも、最近の彼は私の知るダンテじゃない。じゃあ、彼女達の口から出てくるその人物は一体誰なの?
私は、焦りを精一杯隠すしか出来なかった。
今まで、ダンテは自分に見向きもしてくれなかった。勿論、周りの令嬢にだって同じような接し方だった。そのはずだったのに、彼女達から聞いた話で動揺を隠せずにいた。
とてもお優しく、やわらかい態度で接してくれるですって? この前もお茶会に参加してくれたとも。おかしい、明らかに何かがおかしい。
私の家、ルアニスト侯爵家の事業は絹糸紡績業。だけど、ダンテが事業を始めた後、事業で得られる収入が少しずつ、少しずつ減り、そして一気に激減してしまった。お父様は、ずっと頭を抱えている様子ばかり見かける。どうして、ダンテはそんな事をしたのかしら。
それも不思議でならなかった。
「セピア嬢、私の話をちゃんと聞いていなかったみたいだな」
「っ……」
「今度のパーティーは一人で行け。私は行かない」
「シリル様!!」
しかも、婚約者となったシリル殿下にまでそんな突き放すようなことを言われる始末。お父様に鉱山のことを言われているのに、これではお父様に何と言えばいいのか分からない。
そんな気持ちを抱きつつ屋敷に帰った私は、お父様の執務室に向かっていた。でも、入れなかった。大きな声が聞こえてきたからだ。お父様の、怒鳴り声が。
「一体どういう事だっ!!」
こんな声を荒げるお父様を見るのは生まれて初めて。一体どういう事? と声を潜めて静かに、中にいるお父様達の話を聞いた。
「何故ダンテは私の計画を知っていたのだ!! せっかくここまで金をつぎ込み準備したものが台無しになるではないか!!」
え……ダンテが? これを聞くと、ウチの事業をまた邪魔されたって事よね。
ダンテがいきなり始めた事業。そのせいでウチの事業が大打撃を受けている。紡績業だって、ずっと続いていたにもかかわらず売り上げを下げられてしまった。
「あんなに良くしてやったというのに、アイツ等も裏切りやがったっ!! 私を裏切ってどうなるか分からなかったのかっ!!」
裏切り?
ねぇ、どういう事? もしかして……わざと?
ねぇ、ダンテ。これ、わざとしたの?
その理由は?
もしかして……私?
いや、そんなはずない。そんなことする人じゃない。
でも、よく考えてみて。
婚約破棄をした途端、ダンテの様子ががらりと変わった。あれから会ってないから直接見てはいないけれど、でも話を聞く限り人が変わったみたいだった。
もし、そうだったとしたら……
当時私は11歳、彼は16歳だった。
今は亡きダンテの母、そして同じく亡くなった私のお母様が仲良しだったためこの縁談が持ち出されて成立した。
私は勝ったと思った。
女性貴族社会において、家の爵位は勿論だけど、令嬢達より地位の高い夫人達の中では旦那のスペックで立場が確立する。
それに、ダンテは嫡男。公爵家の中でも皇族の血を継ぐブルフォード公爵家の夫人となれば、女性貴族社会では私より上にいるものはいない。
だけど、9年経っても結婚をしなかった事には理由がある。ダンテのご両親がいきなり亡くなってしまった事。成人になりたてのダンテ一人で家督を継ぐには無理があったからとお父様が代理人としてブルフォード家の領地を管理することとなった。
その後、お母様もこの世を去ってしまった。そのため、両家とも忙しくなりそれどころではなくなってしまった。
そしてもう一つの理由は、ダンテ本人だ。最初からそうだったけれど、ダンテは全く私達に無関心だった。これから家族になるというのに、放ったらかしだった。結婚のことにもやる気が見られずお父様は呆れていた。
会いに行っても、全く会話をしてくれない。私が話しかけても聞く耳持たず。視線なんて手元にある本などに向けているばかり。
「悪評な婚約者と将来結婚する事が決まっているだなんて、ご令嬢が可哀そうで仕方ありません」
「そうですわ。婚約者にエスコートどころかともにパーティーにすら同行してくれないだなんて、人としてどうにかしてるわ」
「仕方のなかったことですから、あまりそういった事は言わないであげてください。……きっとまだ、ご両親の事を受け入れられていないだけなのだと思います」
「まぁ! 何と慈悲深い!」
「ブルフォード子息もご令嬢を見習わわないといけませんわね」
周りからの同情を買うのは心地よかったけれど、それでも、満足出来なかった。
だから、痺れを切らした私はこの策に出た。婚約破棄だ。
実は、前からお父様にその話を聞かされていた。お父様は、第二皇子が所有する領地にある鉱山に目を付けていたみたい。そのきっかけで、その作戦を思いついた。
「もう新しい事業の準備も整っている。あとは第二皇子の領地にある鉱山を手に入れる事が出来れば新たな事業で業界を牛耳ることが出来るはずだ。いいか、セピア。この事業はお前にかかっているんだ。くれぐれも、失敗しないように」
「えぇ、お父様」
「ダンテの事は気にしなくていい。アイツは家の事には無頓着でやる気がない。言ってみればブルフォード公爵家は全て私が握っているようなものだからな。だからお前はダンテの事は考えなくていい」
第二皇子にはまだ婚約者がいない。私は侯爵家の令嬢だからきっと上手くいく。そう思って本人に謁見した。時間はかかったけどなんとか会うことが出来た。
皇子は渋っていたけれど、ウチは歴史の長い由緒正しい歴史のある家。だから頭を縦に振ってくれた。
これなら流石のダンテも驚くだろう。
そう、思っていたのに……
「いいだろう」
ダンテは顔色すら変えず、驚いた様子すら見せず、あっさり婚約破棄を了承してしまった。
別にいいじゃない。ダンテより地位が上の皇子が婚約者になったんだから。
でも、そうはいかなかった。婚約して約9年。お母様に連れられてダンテと知り合ったのはもっと前から。それなのに、あんなに頑張っても振り向いてくれなかった男。
悔しくて、悔しくて、たまらなかった。だから、つい口からこんな言葉が出てきてしまった。
「っ~~~~この不能男っっ!!」
その後のパーティーで、ついダンテの話までしてしまった。周りは気遣ってその話を出さなかったけれど……私にそんな扱いをしたからだ。ざまぁみろ、と言ってやりたい。そんな気持ちで。
「あれから、何度も何度も屋敷に来ては考え直してくれとせがんでくるのです」
「まぁ、それだけ公爵様はご令嬢の事を想っていたのですね。失ってから気が付くもの、とはこういう事なのでしょうね」
「昨日もいきなり来て困ってしまったのです。一体どう言えば分かってくれるのかしら……」
「あら? 昨日? 確か3日前に、明日から領地に向かうと仰っていたと思うのですが……」
「……間違ってしまったみたいね、4日前だったかしら」
「その日はわたくしのお父様が開いたパーティーにご参加してくださったのですが……」
「……その前の日だったかしら」
「その日は、皇城で見かけましたわ。何かご用があったみたいで、お茶会を終えた頃もまた見かけましたの」
「……」
今まで、ダンテは極力外出をしなかった。だけど、婚約破棄をした途端に容姿が変わってしまい、外出が増えたりといきなり人が変わってしまったようだった。私はまだ婚約破棄後に会っていないから、それが本当なのか信じられなかった。
さらには、全く興味のなかった事業まで始めてしまったと聞いた。
そもそも、どうして彼女達がこんなにダンテの事を知っているのよ。ダンテの事を一番よく知ってるのは私のはずじゃない。
「そういえば、やっとクロール生地のドレスが完成いたしましたの」
「今4ヶ月待ちだと聞きました。羨ましいですわ」
「ふふ、今度の第二皇子殿下の成人パーティーに取っておこうと思っているのです」
「私も注文しているのですけど、それまでに間に合うといいのですが……セピア嬢はクロール生地のドレスはお持ちですか?」
「公爵様にプレゼントされた、とか?」
「……えぇ、頂いたわ。でも、さすがに着るのは……」
「勿体ない! でも、婚約者の事を考えるとそうなりますわよね」
「えぇ……」
そんなもの、貰ってる訳ないじゃない。
ダンテの事を一番よく知っているのは自分。でも、最近の彼は私の知るダンテじゃない。じゃあ、彼女達の口から出てくるその人物は一体誰なの?
私は、焦りを精一杯隠すしか出来なかった。
今まで、ダンテは自分に見向きもしてくれなかった。勿論、周りの令嬢にだって同じような接し方だった。そのはずだったのに、彼女達から聞いた話で動揺を隠せずにいた。
とてもお優しく、やわらかい態度で接してくれるですって? この前もお茶会に参加してくれたとも。おかしい、明らかに何かがおかしい。
私の家、ルアニスト侯爵家の事業は絹糸紡績業。だけど、ダンテが事業を始めた後、事業で得られる収入が少しずつ、少しずつ減り、そして一気に激減してしまった。お父様は、ずっと頭を抱えている様子ばかり見かける。どうして、ダンテはそんな事をしたのかしら。
それも不思議でならなかった。
「セピア嬢、私の話をちゃんと聞いていなかったみたいだな」
「っ……」
「今度のパーティーは一人で行け。私は行かない」
「シリル様!!」
しかも、婚約者となったシリル殿下にまでそんな突き放すようなことを言われる始末。お父様に鉱山のことを言われているのに、これではお父様に何と言えばいいのか分からない。
そんな気持ちを抱きつつ屋敷に帰った私は、お父様の執務室に向かっていた。でも、入れなかった。大きな声が聞こえてきたからだ。お父様の、怒鳴り声が。
「一体どういう事だっ!!」
こんな声を荒げるお父様を見るのは生まれて初めて。一体どういう事? と声を潜めて静かに、中にいるお父様達の話を聞いた。
「何故ダンテは私の計画を知っていたのだ!! せっかくここまで金をつぎ込み準備したものが台無しになるではないか!!」
え……ダンテが? これを聞くと、ウチの事業をまた邪魔されたって事よね。
ダンテがいきなり始めた事業。そのせいでウチの事業が大打撃を受けている。紡績業だって、ずっと続いていたにもかかわらず売り上げを下げられてしまった。
「あんなに良くしてやったというのに、アイツ等も裏切りやがったっ!! 私を裏切ってどうなるか分からなかったのかっ!!」
裏切り?
ねぇ、どういう事? もしかして……わざと?
ねぇ、ダンテ。これ、わざとしたの?
その理由は?
もしかして……私?
いや、そんなはずない。そんなことする人じゃない。
でも、よく考えてみて。
婚約破棄をした途端、ダンテの様子ががらりと変わった。あれから会ってないから直接見てはいないけれど、でも話を聞く限り人が変わったみたいだった。
もし、そうだったとしたら……
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