3 / 43
◆3 公爵家当主への第一歩
しおりを挟む初めて乗ったブルフォード公爵家の黒い馬車。俺の知っている馬車といったら茶色や白の馬車だが、黒い馬車ときた。金色の装飾がされていて、真ん中にはブルフォード公爵家のカッコいい家門が描かれている。だいぶ高級感があるな。さすが公爵位を持つお貴族様の馬車だ。
中は思ったより広く乗りやすい。そして極めつけはこの椅子だ。このふわふわ感はたまらない。長時間座っていてもお尻が痛くならなそうだ。やはり金持ちはいいな。
馬車に揺られつつ俺が向かう先。それは……
「困ります、ブルフォード公爵様」
「どうせ中にいるのだろう、ルアニスト侯爵は。なら通せ」
「ですが……」
元婚約者の家であるルアニスト侯爵邸だ。とは言っても、元婚約者に会いに来たわけではない。
だが、門の前で足止めされてはな。どうしたものか。と、考え込んでいたのだが……
「何よ、ダンテ」
「……」
元婚約者のご登場だ。まさか出てくるとは思わなかった。新しい婚約者のいる皇城にでも行ってるのだと思っていたんだが……もしここにいたとしても数日前に婚約破棄をした間柄の為顔を合わせるのは避けるのが普通だ。だが出てきたという事は……
「今更謝りに来たところで、婚約なんて戻さないんだから」
「ルアニスト侯爵はいらっしゃいますか?」
「……は? お父様?」
「えぇ、ご用件がありましてね。急を要していますのでご連絡出来ず申し訳ない。出来れば、入れてもらえると嬉しいのですが」
「……」
いきなり俺が態度を変えて敬語を使ってきたからか、疑っている……というよりかは珍しがっている、と言ったところか。でも、何やら嬉しそうにも見える。
一体どんな心境なのかは分からないが、これはいけるのでは? と思ったらビンゴ。早く門を開けなさい、と衛兵に指示をしてきた。意外とすんなりいったな。
「別にアンタのためにやったんじゃないんだから。お父様のためにやったんだから」
これは、よくあるツンデレ系女子というものなのだろうが、俺には全く関係ないな。さらっと流そう。
何度か来たことのあるルアニスト侯爵邸は、いつも華やかだ。大きな庭園があって、他にも噴水に石像にと目に入る。一体誰の趣味でどれだけお金をかけたのやら。流石この国の名家、と言ったところだろうか。
幼少期にダンテは母に連れられここに何度も訪れたことがある。母とルアニスト侯爵夫人の仲が良かったからだ。9年前に俺達の婚約の話が上がったのは、それが理由だ。そのまま成立し、今まで婚約関係を築いてきた。
とはいえ、今はお二方どちらもこの世を去っているがな。
ダンテのご両親は馬車の事故で帰らぬ人となり、その後、ルアニスト侯爵夫人は病に伏しその後この世を去った。婚約が成立し1年後の話だ。
俺達の婚約がこのような結果となってしまった事をご両親達3人が聞けば、どう思うだろうな。
元婚約者は俺を屋敷内に入れ、客間に案内した。周りの使用人達は、俺が来たことにだいぶ驚愕しているようだ。まぁ、どうせ婚約破棄の噂を聞いていることだろうし、その反応が正解だな。
「で? 何か言いたいことがあるようだけど、言ってみなさいよ」
俺が座るソファーの、ローテーブルをはさんだ向こう側のソファーに座った元婚約者。怒っている体を見せたいのか腕組みをしてこちらをジト目で見てくる。とはいえ、俺はこの元婚約者には全く用がない。
口を閉じ、周りにある本を眺めていたらしびれを切らしたのか元婚約者が何かを言おうとしていたが……ようやく来た。ルアニスト侯爵が。
客間に入りすぐに俺に向けた表情で、俺を不審がっていることが窺える。まぁ、そうだろうな。何も言わずにいきなり訪問してきたんだから。
とりあえず……強気でいこう。弱気でいったら足元をすくわれる。俺の斜め後ろにカーチェスがいてくれてるから心強い。
ルアニスト侯爵は、娘である元婚約者の隣に腰を下ろした。
「連絡もせずに押しかけてしまって申し訳ありません」
俺のこの一言に親子揃って驚愕しているようだ。まさか謝ってくるとは、とでも思っているのだろう。ダンテは、自分から他人に謝ったことなどないからな。
「今日は、侯爵に預かっていただいていたものを返していただきたいと思い来た次第です」
「預けたもの……?」
侯爵が眉を動かした。預けたもの、の予想が付いたようだ。
「ブルフォード公爵領の帳簿と、シグネットリング、他ブルフォード公爵家に関するもの全てを返していただきたい」
「っ!?」
「えっ……?」
俺のその言葉に、侯爵は顔を強張らせた。それもそうだ、ダンテは今までそういったものには全く興味を示さなかったのだから。どうせ婚約破棄しても取りに来ないだろうと高を括っていたのだろうが、残念だったな。
ダンテの両親が亡くなった後、婚約者の父であるルアニスト侯爵にブルフォード公爵家の実権を握られてしまっていた。今から8年前の事だ。その時のダンテは17歳。この国では成人が20歳の為、当時のダンテはまだ未成年だった。
だが、あろうことかダンテは、君はまだ若いから私が代理人になってあげようという侯爵の提案に、何も考えることなくその場でOKしてしまったのだ。
普通に考えて、ブルフォードの者でない人物に実権を握らせるなんて事はあってはならない。法律的には問題ないのだが、なんせブルフォード家は貴族の中でも最高位である公爵家。その中でも皇族の血が流れている為他の公爵家よりも格上の家なのだ。
ダンテの父親が亡くなったとあれば、未成年であっても嫡男のダンテが継がなければならないところだ。それなのに二つ返事であっさりとルアニスト侯爵に譲ってしまったのだ。お前ブルフォード公爵家の後継者だろ。アホか。と言いたいところである。
ではダンテは何をしていたのだろうか、となるだろうが、ただ本を読んで毎日を退屈に過ごしているだけだった。そう、それだけ。とはいえ、酷い不眠症を患っているからというところもあるが。
そういった事があったため、今日はそれを返してもらいに来たというわけだ。ダンテの記憶上、ルアニスト侯爵が簡単に、はいどうぞと返してもらえる事は期待しないがな。
「今朝、婚約破棄に関する書類を皇帝陛下に提出しましたから、もう侯爵とは何の関係もありません。ですから、返してもらうのは当然の事でしょう?」
「君は25とまだまだ若い。経験もないのだから私が代わりにしてやった方が領民達も幸せだろう」
「侯爵はお忘れですか。帝国憲法を」
「……」
帝国憲法の中にある、領地管理に関する法律だ。ダンテは本ばかり読んでいた為色々と物知りだ。何の役にも立てていなかったのが残念なところではある。
「領地管理を当主ではなく、代理人に任せる事は可能です。その代理人は、本人の家族、または将来家族になると約束された者。そして、本人が相手を選んで頼んだ者が選択肢に入る。ですが、私はそれを望んでいません。これがどういう意味を持つのか、分かりますね」
これは、返さなければ法律違反として国に訴えるという脅しだ。さっさと預かったものを返せ、と言っているようなものだな。
「……お前の両親が亡くなってからずっと、長い間私が代理人として勤めてきた。その恩を忘れたとは言わせないぞ」
「恩? どういう意味です?」
そう言いつつ、口の端を釣り上げて足を組んだ。俺のこんな態度が気に入らなかったのか、侯爵は声を荒げた。
「この若造がっ!! 何もせずただ呆けていたくせに今さら何を言い出すかと思えばっ!! お前のような奴が領地管理を始めたところで失敗するのが目に見えているだろう!!」
「やってみなければ分からないでしょう。それとも、何か後ろめたいことがあるのですか?」
「そんなものっあるわけがないだろうっ!!」
いや、俺は知ってるんだが。貴方のお隣に座ってらっしゃる元婚約者のおかげだが。
「侯爵、貴方は今紡績業に力を入れているようですね。今では国内で有名となるほどの名声を持ち、貴族の中で名を知らぬ者はほぼいない」
「それは今関係ないだろう」
「侯爵領の管理の他に、広大なブルフォード公爵領の管理まで担い多忙の事だというのに、ここまで急激に成果を出し今では業界を牛耳るほどの人気を誇っているのだから、秘訣でも教えてもらいたいくらいだ」
「っ……」
俺は知っている。有り余るブルフォード公爵家の財産を横領し、それを資金としてどんどんつぎ込んだ事を。
この異世界では、お金さえあれば大体は何でも出来てしまう。大金をつぎ込めばそれくらい簡単に出来るという事だ。まぁ使い方によるがな。
ダンテが横領の件を知っていたのは、お前の娘がペラペラしすぎたせいだ。その情報を計算すれば、賢いダンテなら横領している事が簡単に分かってしまう。
まっ、ダンテ本人は分かっていても面倒臭いからと右から左に流していたがな。
数年前に侯爵が代理人となる際、契約書を国に提出している。その中には、公爵家の財産他諸々には私用で手を出さないという約束事があった。それをあっさりと侯爵は破ったのだから自業自得だ。
「さ、どうします?」
「っ……」
「それとも、私はこのまま皇城に向かった方がいいのかな?」
「……~~~~~っ」
そして、血管が切れるのではないかと心配してしまうぐらいの興奮気味でこちらを睨みつけ、使用人達に持ってくるよう指示を出していた。さ、いっちょ上がりだ。
「帳簿が一冊足りませんよ」
「……持ってきなさい」
「は、はいっ」
バレないとでも思ったか。アホだな。
侯爵の隣に座っていた元婚約者は、何が何だか理解出来ておらず困惑しているような様子だった。俺としては彼女に用はない為黙っていてくれると助かる。
「これで全部ですね。では、私はこれで失礼します」
さ、必要なものは手に入れたのだから、もうここに用はない。さっさと帰るとしよう。ブルフォード公爵家の財産を横領した大金には、目をつぶってやろう。お金などは湧き水のように湧いてくるのだから俺には関係ない。数年間代理人として管理してくれたお礼とでもしておこう。
横領の件に関しては口には出さず、ソファーから腰を上げ客間のドアに向かった。侯爵が俺の名前を呼んだが、俺にとってはもう用がないため無視をした。
普通ならこの屋敷の使用人がドアを開けるはずだが、誰も開けないためカーチェスが代わりに開け、俺達は部屋を出た。
「さっさと帰ろう」
「かしこまりました」
「待ってっ!! ダンテっ!!」
俺の名を呼びつつ後ろから追ってきたのは俺の元婚約者だ。今度は何だ。もう疲れたから早く帰りたいんだが。
「どういう事よ、さっきのは!」
「婚約破棄したのだからもうあなた方とは関係ないでしょう。ただそれだけの事です」
「っ……そう、だけど……」
彼女を残してその場を去った。ダンテの怖い睨み方を真似したから、萎縮している事だろう。
それに、俺はそんなのに構っていられるほど暇じゃない。勘弁してくれ。
とりあえず、ミッションはクリア。俺が乗ってきた馬車にさっさと乗り込んでルアニスト侯爵邸を後にしたのだった。
848
お気に入りに追加
1,294
あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる