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◇26
しおりを挟む暗闇の中、私は目が覚めた。
頭がくらくらする。一体何が起こったんだっけ。床に転がされている。あと、目隠し、かな。だから暗かったんだ。
それに、両手首も縛られているような気がする。
一体何が起こったんだっけ。確か、馬車で王城に向かっていたはず。けれど、いきなり御者の悲鳴と、馬の鳴く声が聞こえてきた。そしてすぐに、馬車が大きく揺れて私は倒れこんだんだ。
一体何が、と体を起こそうとして……何か布が口と鼻に当てられた。誰かいると気づいた時にはもう遅くて、気を失った。そしたらこれだ。
……マジか、襲撃? 私が狙われたって事? エヴァンは王城にいるわけだし。
どうしよう、これ。どうにかしてこの縄をほどけないかな……
視界が遮断されたことによって、耳がよく聞こえるようになったのか、小さな足音が聞こえてきた。その瞬間、身体がこわばる。
どんどん、足音が大きくなってくる。ここに、近づいてきてる。
きっと、その足音は私を連れてきたやつだろう。じゃあ、一体誰が? 私を捕まえてどうしようとしてるの?
最悪、殺され……
「っ……」
ダメダメダメダメ、そんな事考えちゃダメ!!
今は、逃げる事を考えなきゃ。早く、何とかしないと。
焦る心を落ち着かせていると、私がいるこの部屋のドアだろうか、開く音がした。その瞬間、ビクリと肩が上がる。
「あぁ、目が覚めたか。ご夫人さんよ」
「っ……」
身体が震える。けど、落ち着け。大丈夫。パーティーが始まっても来ない私を、きっとエヴァンはすぐに気が付いてくれる。合流する約束をしたんだから。だから、きっと私を探しに来てくれるはず。
大丈夫。きっと、きっと……――エヴァンが助けに来てくれるはずだから。
いきなり、頭に何かが触れる。そして、目隠しが取られ眩しくなり目を細めた。
「へぇ、上玉だな」
「……」
誰だ、こいつ。私より一回りくらい年上の男性だ。着ているものからして、貴族ではないけれど裕福な暮らしをしているように見える。
転がされている私の上に覆いかぶさってきて、顎を掴んできた。汚い手で触るな。
「大公の嫁だって聞いたが、少し若いな。けど、小娘と遊ぶのも嫌いじゃない」
あ、遊ぶ? 私と? いや、まさか、そういう事、じゃ、ないよね……?
私を嘗め回すかのようにじろじろと見てくる。顔の下辺りで目が留まり、そういう事かと焦ってしまった。けれど……
「えいっ!!」
「うぐっっっ!?」
思いっきり、男の股間を蹴ってやった。思った通り、男は股間を手で押さえたもだえ苦しんでいる。今だ!! ときょろきょろ部屋を見てドアを見つけて走り部屋を出た。
男が入ってきた場所を耳で確認しておいてよかった。あと、目隠しを取ってくれたことと、足を縛らないでおいてくれたことが災難だったわね。
早く逃げなきゃ!! そう思いつつ、ドアの先にあった廊下を右に進んだ。どっちか分からないけれど早くこの部屋から離れなきゃっ! いつあの男が動けるようになるか分からない。
ここはどこかの屋敷みたいな所じゃないみたい。古っぽいけれど、ドアがいくつもある。ここは一階じゃなかったみたいで、下に続く階段を見つけた。急いで、静かに降りるけれど……人はいない、よかった。早く行かなきゃ!
でも、どこが出口なのか分からない。どこだろうどこだろうと彷徨っていると、足音が聞こえてきた。アイツが私を探し出したようだ。
やばいやばいと近くにあった、鍵のかかっていないドアを開け、中に入った。よかった、中に誰もいない。すぐに内鍵をかけた。
ここには明かりがある。部屋の中をもう一度見てみると……ベッドと、ローテーブルと、ソファー。あとは、木の小箱? 南京錠がかかってる。きっと中に入ってるのは貴重なものね。
けど、ローテーブルにあるこの紙。一体何だろう……!?
あれ、なんか、私の名前、書いてありません……? これ、二枚重ねて留めてあるみたいだけど……なんだろう、これ……っ!?
「きゃぁ!?」
「見つけたぞっ!!」
その紙に夢中になっていたからか、私は気が付くのが遅れてしまった。後ろから、あの男が迫ってきていた事を。髪を掴まれて頭皮が痛い。しかも、首には銀色に光る……ナイフ。これは、非常にマズい……
「ったく、あの小娘……ただの夫人じゃねぇじゃねぇか!」
こ、小娘……?
さっき、私の事を小娘って言ってたけど、この言い方だともう一人小娘がいるって事よね。じゃあその人は誰?
私を誘拐したのがこいつだったとして、じゃあ、それをお願いした人がいるとしたら……
「普通なら震えあがって動けないはずなのに、油断したぜ」
「っ……」
「よくもやってくれたな。結構効いたぜ? だが二度目はない。まぁ、強気な女も俺は好みだ」
やばい、やばい、少しでも動いたら、このナイフが……
そう思うと、カタカタと身体が震えてくる。頭皮も痛い、死にたくない。けど、一番は……
エヴァン……
そう思うと、視界が歪んでくる。諦めるな、なんて言葉があるけれど、もう私じゃ、これ以上は……
そう思っていた、次の瞬間。いきなり大きな音がした。
「ぇ……」
「なっ!? てめぇらっ!!」
私が背を向けているドアの方から音がした。そして、私にナイフを向けている男の怒鳴り散らす声。あとは……
「テトラっ!!」
私が、ずっと聞きたかった声。
頭皮が痛くなくなり、足に力が入ってなくてぺたりと床に座り込んだ。あれ……男は? そう思ったら、床に何かを叩きつける音と……
「ぐぁぁっ!?」
さっきの男の声がした。
ふと首を抑えるけれど、痛くない、血も出てない。大丈夫、切られてない。その事に安心していると……暖かいものに包まれた。
「テトラっ!!」
「……え」
私を抱きしめてきた、エヴァンだった。珍しく焦ったような声だ。
「ったく……冷や冷やさせんな」
「うぅ……」
「怪我はないか」
そんな、優しいエヴァンの声に、自分が助かったことへの安堵感が生まれてきた。それと同時に、数日前からずっとあまり話してなかったから、久しぶりのエヴァンに安心した。
さっきまでの、あの恐ろしさを思い出すと、不意にエヴァンを強く抱きしめた。
「こ、こ、怖かったぁ……」
「そうか。ごめんな、早く見つけてやれなくて」
「エヴァンと、会えなく、なるのが……怖かった……」
「……そうか」
「ごめ、なさい……」
「別に謝らなくていい。テトラに手を出した犯人が悪いんだから」
「避けちゃって、ごめんなさい……」
「そっちか。別にいいって、俺が悪かったんだから。つい言っちゃったってだけ」
「……」
そうじゃない……そうじゃないの……!
「エヴァン、大好き……」
「……はぁ、恐ろしいなウチの嫁さんは」
私を離すと、不満げな顔をするエヴァンの顔が見えた。一体どこが不満だんだろうか。けれど、笑ってきて、そして、キスをしてきた。
「かーわい、テトラ」
「……」
「そんじゃ、さっさと帰、ろう……」
私の後ろを見た、エヴァン。床に視線を送っていて、真顔になっていた。一体何が? と思い私もその視線の先を見てみると……
いきなりエヴァンが立ち上がると、早足で犯人の男の元へ。そして……
「うっ、ぐぅっ、痛っ!!」
「てめぇ!! よくもっ!! やってくれたなっ!!」
ガシガシと、足で何度も強く踏んづけていた。あぁ、これか。頭皮を掴まれて何本か抜けてしまった私の髪。はぁ、本当に私の髪好きね、エヴァン。
「万死に値する。おい、遠慮はいらないぞ。さっさと連れてけ」
「はっ!」
あんれま、連れてかれちゃった。
だいぶ怒ってるな、エヴァン。
「あ、ねぇ、さっきね、私の名前が書いてあった紙を見つけたの」
「名前?」
これ! と指を差し、エヴァンに見せる。と……またまた怖い顔をしていた。
「あぁ、なるほどな……」
「え……」
「一緒に屋敷に行くつもりだったけど、一人で帰ってくれないか。用事が出来た」
「待て待て待て、まさか……」
「ぶっ飛ばしに行ってくる」
「待って!! じゃあ私も行くっ!!」
「アホか! さっきまでナイフ突きつけられてたやつが!!」
「やられたらやり返すのが普通でしょ!! 一発殴らせて!!」
やられっぱなしは嫌よ。せめて犯人の顔くらい拝ませてよ。
渋っていたエヴァンは、仕方ないなと了承してくれた。けど……
「……重くないですか」
「軽い」
「あ、はい、そうですか……」
まさかまた抱っこされるとは思わなかった。しかもこの前のこと覚えてたし。レディに失礼って言ったやつ。
そして二人で馬車に乗り込んだのだった。
「あっ、待って!!」
「どうした?」
「ヘアクリップ!!」
そういえば、ここにきてからヘアクリップ付けてなかった!! ど、どうしよう、どこかに落としちゃったかな……!?
「お探し物はこれか?」
「あっ!?」
まさにそのお探しのヘアクリップは、エヴァンの手にあった。え、どうして……?
「テトラが最初に乗ってた馬車に落ちてたんだ。ウチの馬車ではあるけれど、もしかして違う馬車に乗ってたんじゃ? って思ったけどこれがあって助かった」
「な、なるほど……」
「でも、だいぶ気に入ってくれたみたいだな?」
「……せっかく、エヴァンが作ってくれたんだから、もったいないじゃないですか」
「へ~、まっ、今はそういう事にしておくか」
あっち向け、と指示され、私の髪にヘアクリップをつけてくれた。
だって、これはエヴァンの初めてのプレゼントだもん。大切にするに決まってるじゃん。
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