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 暗闇の中、私は目が覚めた。

 頭がくらくらする。一体何が起こったんだっけ。床に転がされている。あと、目隠し、かな。だから暗かったんだ。

 それに、両手首も縛られているような気がする。

 一体何が起こったんだっけ。確か、馬車で王城に向かっていたはず。けれど、いきなり御者の悲鳴と、馬の鳴く声が聞こえてきた。そしてすぐに、馬車が大きく揺れて私は倒れこんだんだ。

 一体何が、と体を起こそうとして……何か布が口と鼻に当てられた。誰かいると気づいた時にはもう遅くて、気を失った。そしたらこれだ。

 ……マジか、襲撃? 私が狙われたって事? エヴァンは王城にいるわけだし。

 どうしよう、これ。どうにかしてこの縄をほどけないかな……

 視界が遮断されたことによって、耳がよく聞こえるようになったのか、小さな足音が聞こえてきた。その瞬間、身体がこわばる。

 どんどん、足音が大きくなってくる。ここに、近づいてきてる。

 きっと、その足音は私を連れてきたやつだろう。じゃあ、一体誰が? 私を捕まえてどうしようとしてるの?

 最悪、殺され……


「っ……」


 ダメダメダメダメ、そんな事考えちゃダメ!!

 今は、逃げる事を考えなきゃ。早く、何とかしないと。

 焦る心を落ち着かせていると、私がいるこの部屋のドアだろうか、開く音がした。その瞬間、ビクリと肩が上がる。


「あぁ、目が覚めたか。ご夫人さんよ」

「っ……」


 身体が震える。けど、落ち着け。大丈夫。パーティーが始まっても来ない私を、きっとエヴァンはすぐに気が付いてくれる。合流する約束をしたんだから。だから、きっと私を探しに来てくれるはず。

 大丈夫。きっと、きっと……――エヴァンが助けに来てくれるはずだから。

 いきなり、頭に何かが触れる。そして、目隠しが取られ眩しくなり目を細めた。


「へぇ、上玉だな」

「……」


 誰だ、こいつ。私より一回りくらい年上の男性だ。着ているものからして、貴族ではないけれど裕福な暮らしをしているように見える。

 転がされている私の上に覆いかぶさってきて、顎を掴んできた。汚い手で触るな。


「大公の嫁だって聞いたが、少し若いな。けど、小娘と遊ぶのも嫌いじゃない」


 あ、遊ぶ? 私と? いや、まさか、そういう事、じゃ、ないよね……?

 私を嘗め回すかのようにじろじろと見てくる。顔の下辺りで目が留まり、そういう事かと焦ってしまった。けれど……


「えいっ!!」

「うぐっっっ!?」


 思いっきり、男の股間を蹴ってやった。思った通り、男は股間を手で押さえたもだえ苦しんでいる。今だ!! ときょろきょろ部屋を見てドアを見つけて走り部屋を出た。

 男が入ってきた場所を耳で確認しておいてよかった。あと、目隠しを取ってくれたことと、足を縛らないでおいてくれたことが災難だったわね。

 早く逃げなきゃ!! そう思いつつ、ドアの先にあった廊下を右に進んだ。どっちか分からないけれど早くこの部屋から離れなきゃっ! いつあの男が動けるようになるか分からない。

 ここはどこかの屋敷みたいな所じゃないみたい。古っぽいけれど、ドアがいくつもある。ここは一階じゃなかったみたいで、下に続く階段を見つけた。急いで、静かに降りるけれど……人はいない、よかった。早く行かなきゃ!

 でも、どこが出口なのか分からない。どこだろうどこだろうと彷徨っていると、足音が聞こえてきた。アイツが私を探し出したようだ。

 やばいやばいと近くにあった、鍵のかかっていないドアを開け、中に入った。よかった、中に誰もいない。すぐに内鍵をかけた。

 ここには明かりがある。部屋の中をもう一度見てみると……ベッドと、ローテーブルと、ソファー。あとは、木の小箱? 南京錠がかかってる。きっと中に入ってるのは貴重なものね。

 けど、ローテーブルにあるこの紙。一体何だろう……!?

 あれ、なんか、私の名前、書いてありません……? これ、二枚重ねて留めてあるみたいだけど……なんだろう、これ……っ!?


「きゃぁ!?」

「見つけたぞっ!!」


 その紙に夢中になっていたからか、私は気が付くのが遅れてしまった。後ろから、あの男が迫ってきていた事を。髪を掴まれて頭皮が痛い。しかも、首には銀色に光る……ナイフ。これは、非常にマズい……


「ったく、あの小娘……ただの夫人じゃねぇじゃねぇか!」


 こ、小娘……?

 さっき、私の事を小娘って言ってたけど、この言い方だともう一人小娘がいるって事よね。じゃあその人は誰?

 私を誘拐したのがこいつだったとして、じゃあ、それをお願いした人がいるとしたら……


「普通なら震えあがって動けないはずなのに、油断したぜ」

「っ……」

「よくもやってくれたな。結構効いたぜ? だが二度目はない。まぁ、強気な女も俺は好みだ」


 やばい、やばい、少しでも動いたら、このナイフが……

 そう思うと、カタカタと身体が震えてくる。頭皮も痛い、死にたくない。けど、一番は……

 エヴァン……

 そう思うと、視界が歪んでくる。諦めるな、なんて言葉があるけれど、もう私じゃ、これ以上は……

 そう思っていた、次の瞬間。いきなり大きな音がした。


「ぇ……」

「なっ!? てめぇらっ!!」


 私が背を向けているドアの方から音がした。そして、私にナイフを向けている男の怒鳴り散らす声。あとは……


「テトラっ!!」


 私が、ずっと聞きたかった声。

 頭皮が痛くなくなり、足に力が入ってなくてぺたりと床に座り込んだ。あれ……男は? そう思ったら、床に何かを叩きつける音と……


「ぐぁぁっ!?」


 さっきの男の声がした。

 ふと首を抑えるけれど、痛くない、血も出てない。大丈夫、切られてない。その事に安心していると……暖かいものに包まれた。


「テトラっ!!」

「……え」


 私を抱きしめてきた、エヴァンだった。珍しく焦ったような声だ。


「ったく……冷や冷やさせんな」

「うぅ……」

「怪我はないか」


 そんな、優しいエヴァンの声に、自分が助かったことへの安堵感が生まれてきた。それと同時に、数日前からずっとあまり話してなかったから、久しぶりのエヴァンに安心した。

 さっきまでの、あの恐ろしさを思い出すと、不意にエヴァンを強く抱きしめた。


「こ、こ、怖かったぁ……」

「そうか。ごめんな、早く見つけてやれなくて」

「エヴァンと、会えなく、なるのが……怖かった……」

「……そうか」

「ごめ、なさい……」

「別に謝らなくていい。テトラに手を出した犯人が悪いんだから」

「避けちゃって、ごめんなさい……」

「そっちか。別にいいって、俺が悪かったんだから。つい言っちゃったってだけ」

「……」


 そうじゃない……そうじゃないの……!


「エヴァン、大好き……」

「……はぁ、恐ろしいなウチの嫁さんは」


 私を離すと、不満げな顔をするエヴァンの顔が見えた。一体どこが不満だんだろうか。けれど、笑ってきて、そして、キスをしてきた。


「かーわい、テトラ」

「……」

「そんじゃ、さっさと帰、ろう……」


 私の後ろを見た、エヴァン。床に視線を送っていて、真顔になっていた。一体何が? と思い私もその視線の先を見てみると……

 いきなりエヴァンが立ち上がると、早足で犯人の男の元へ。そして……


「うっ、ぐぅっ、痛っ!!」

「てめぇ!! よくもっ!! やってくれたなっ!!」


 ガシガシと、足で何度も強く踏んづけていた。あぁ、これか。頭皮を掴まれて何本か抜けてしまった私の髪。はぁ、本当に私の髪好きね、エヴァン。


「万死に値する。おい、遠慮はいらないぞ。さっさと連れてけ」

「はっ!」


 あんれま、連れてかれちゃった。

 だいぶ怒ってるな、エヴァン。


「あ、ねぇ、さっきね、私の名前が書いてあった紙を見つけたの」

「名前?」


 これ! と指を差し、エヴァンに見せる。と……またまた怖い顔をしていた。


「あぁ、なるほどな……」

「え……」

「一緒に屋敷に行くつもりだったけど、一人で帰ってくれないか。用事が出来た」

「待て待て待て、まさか……」

「ぶっ飛ばしに行ってくる」

「待って!! じゃあ私も行くっ!!」

「アホか! さっきまでナイフ突きつけられてたやつが!!」

「やられたらやり返すのが普通でしょ!! 一発殴らせて!!」


 やられっぱなしは嫌よ。せめて犯人の顔くらい拝ませてよ。

 渋っていたエヴァンは、仕方ないなと了承してくれた。けど……


「……重くないですか」

「軽い」

「あ、はい、そうですか……」


 まさかまた抱っこされるとは思わなかった。しかもこの前のこと覚えてたし。レディに失礼って言ったやつ。

 そして二人で馬車に乗り込んだのだった。


「あっ、待って!!」

「どうした?」

「ヘアクリップ!!」


 そういえば、ここにきてからヘアクリップ付けてなかった!! ど、どうしよう、どこかに落としちゃったかな……!?


「お探し物はこれか?」

「あっ!?」


 まさにそのお探しのヘアクリップは、エヴァンの手にあった。え、どうして……?


「テトラが最初に乗ってた馬車に落ちてたんだ。ウチの馬車ではあるけれど、もしかして違う馬車に乗ってたんじゃ? って思ったけどこれがあって助かった」

「な、なるほど……」

「でも、だいぶ気に入ってくれたみたいだな?」

「……せっかく、エヴァンが作ってくれたんだから、もったいないじゃないですか」

「へ~、まっ、今はそういう事にしておくか」


 あっち向け、と指示され、私の髪にヘアクリップをつけてくれた。
 
 だって、これはエヴァンの初めてのプレゼントだもん。大切にするに決まってるじゃん。


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