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◇22-2

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 私の発言に、困惑している若い貴族達。そこまで衝撃的だったらしい。


「う、嘘おっしゃい。それ、不敬罪よ……!」

「本当よ。だって、私デビュタント以来ずっと領地にいたもの。ほら、貧乏貴族だから社交界で遊んでる暇なんてひとつもなかったから」

「そ、そんな事……貧乏貴族のくせにっ!!」


 あんれまぁ、怒らせちゃったかしら。


「エヴァン様の婚約者候補にあなたなんか入ってなかったじゃないっ!! 本来なら上位貴族である公爵家のルイシア嬢になるはずだったのよっ!! それなのにどうしてあなたが選ばれるのよっ!!」

「あら、分からないの? じゃあ、分からないご令嬢達に教えてあげる。問題です、その婚約者候補の中で《王族派》のお家の方はいらっしゃるでしょうか?」

「え……?」

「王族、派……?」


 レブロン子爵領の屋敷にお偉いさんが手紙を届けに来たあの日。お偉いさんは候補の中には貴族派の者達ばかりだと言っていた。そうなってくると政治のバランスが崩れてしまうと。


「うちはずっと王族派であり、歴史のある家よ。だから私にお声がかかったの」

「れ、歴史のある、ですって? 貧乏貴族の家に何の歴史があるっていうのよ!!」

「あら、信じられないの? そうね、今は貧乏貴族って言われているけれど、最初から貧乏だったわけじゃないわ」

「……何ですって」


 そう、レブロン子爵家は最初から貧乏というわけじゃなかった。


「そうね、とあるレブロン子爵家の当主が、運のない人だったからよ。その時代、紡績ぼうせき業によって裕福な暮らしをしていたの。ある時、事業拡大のためにお金をつぎ込んで準備をしていたのだけれど……隣国の政策でこちらが大打撃を受けてしまったの。これではまずいと紡績業を諦めて、農業に力を入れたわ。子爵領では農業も盛んだったからね」


 子爵領はまぁまぁ広い領地を持っていたし農業をするのに適した土地だった。けれど……


「でもその年、大寒波が領地を襲って全部ダメになった。領民達もこれには困ってしまったわ。ちょうどその時は、子供が増えて人口が増加していた。これでは生活が困難になるわ」


 そう、本っ当に運がなかった。やばいくらいに。不運にもほどがある。


「そこで当主は考えたの。この子爵領と爵位を国に返還し、自分達は平民としてつつましやかに生活すればいいのでは、と。でも、その考えはすぐに消したわ」


 運がなかった。けれど、どうしてここまで家が消えなかったのか。それは……


「その時代、早くに国王陛下が亡くなってしまったの。王妃殿下も王太子殿下がお生まれになった後すぐに亡くなってしまったから、残された王族は王太子殿下のみ。でも、まだ5歳だからと王室は大騒ぎとなっていたから、そんな時に子爵領を返還しても、後回しにされるのは分かっているわ。だから、当主は腕まくりをし自ら領民達と一緒に働いたの」

「えっ……」

「は、働いた……?」

「そう。幸い、その当主は周りと縁があったから助けてくれる家がいくつかいたみたいなの。だから、ここまで家を守ってこれたという事よ」

「……そんなもの、貴族の風上にも置けないじゃない」

「どうしてそう思うの? ノブレス・オブリージュ。身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある。領民達を守る事も、その内の一つよ。その時の当主は、その義務を果たした。それのどこが悪いの?」

「それはっ……」


 私は、当時の当主の選択は正しかったと思う。全然運はないけれど、縁はあった。当主と、先代達のおこないの良さでこうして残っていけたってことだ。


「先代様達の努力のおかげで今、大公様との結婚話が私に来て、そして今レブロン子爵領は豊かになってきてる。先代様達はこれでようやく努力が実ったということかしらね」

「そ、そんなの……」


 私の長い話に、周りのご令嬢達は何も言えなくなってしまっている。まぁ、ご令嬢達は政治とかこういう話とかはうといみたいだし、難しかったかしら。


「候補にあった、と言っていたけれど……お父様に王族派になって、ってお願いしていれば夫人になれたかもしれないわね?」


 わなわなと肩を震わせて黙っていたルイシア嬢。私がそれを言い出したら、彼女は怖い顔をしていた。そして……


「っ……貧乏貴族のくせにっ!!」


 近くのテーブルにあったグラスを持ち私の近くまで来て、思いっきり私にぶっかけた。

 さっきまでいい子ぶってたけど、これが本性、ってやつかしら。

 私もぶっかけ返すか? とも思ったけれど、私はこの子達より身分が上だ。だからそれはやめておこう。あとでトマ夫人に怒られる。


「あら、ルイシア嬢。気に入らない女性には、たとえ自分より身分が上だったとしても水をかけてもいいって教育係に教えてもらったのかしら。この国唯一の大公家の夫人の候補だったのでしょう?」

「っ……」


 ぶっかけ返しはしないけれど、でもやられっぱなしは癪に障るわ。


「私、まだ上位貴族のマナーというものがよく分かってなかったみたいね。今度、王妃殿下にでも聞いてみましょうか?」

「なっ……!?」

「……可愛いお嬢さん方、貧乏貧乏言うけれど、もしかしたらあなた方も貧乏生活を味わうことになるかもしれないわよ?」

「そ、そんな事……」

「あるわけがない、と言いたいのかしら。でもね、この世に『絶対』はないの。明日どうなるかは神のみぞ知る事。もしかしたら隣国の影響で家が大打撃を受けるかもしれない、大災害で領地に影響があるかもしれない。そしたら、ずっとしてきた生活が出来なくなってしまうかもしれないわ。そうなったら、あなた達はどうする? 働く?」

「そんなの……」

「領民達に働かせる? それとも使用人に? でもね、お金を持っていない人のために働いてくれる人なんていないの。タダ働きなんてしてるんだったら自分達が生きるために早く新しい働き口を探す方がずっとマシよ。生活がかかってるんだから」


 こんな話、聞かされたことなんてないでしょうね。でも、これが現実なのよ。


「でも、そうね。助けてくれる人はいるかもしれないわね? まぁ、ご縁があればだけれど。この家の人には前に助けてもらったから、この家のご令嬢はとてもいい子だから、なんて理由で助けてくれるかもしれないわ」


 そして、私は最後にこう言った。


「だから、誰かに喧嘩売ってるよりも、日頃の行いを見直すことをお勧めするわ。いつ不運が回ってくるか分からないもの」

「っ!?」

「ね?」


 これは、半分脅しでもある。私に喧嘩を売ったらどうなるか分からないぞ、という脅しだ。私はこの国の大公夫人。権力を使えば家を潰す事だって出来るのだ。犯罪? まぁ、そうならないための手段はいくつもあるってこの前エヴァンから聞いたけどね。ほら、とある商会を木っ端微塵にした時に聞いたの。

 だから、お利口さんにしていた方がいいわよ、って事。
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