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「本当にご夫人はお綺麗でいらっしゃいますからどれもお似合いになりますね」

「困った、一つに選べん」

「旦那様、決めてください」


 しょうがないとブティックを次の日呼び、さてドレスを選ぶぞという時。エヴァンはどれがいいですか? と聞くとずっとこの状態になってしまった。

 おい、どれか決めろよ。私じゃ無理だからってお願いしただろ。ど、れ、に、し、よ、う、か、な~、で決めちゃうぞ。

 今私は、ブティックの店長が自ら来てくれているためご夫人モード。でもこれは長く続かないから早く何とかしてくれ。


「ピンク、いや、黄緑も捨てがたい」

「……」

「ご夫人の素敵な髪に合わせるのでしたら、こちらなんていかがでしょう?」

「いや、足りない」


 おい、さっさと決めろ。


「……旦那様とお揃いにするのですよね? なら、こっちはいかがですか? 旦那様、お似合いじゃないですか」

「採用」

「……」


 結局私かい。

 そんなツッコミは、ご夫人モードの私の口からは出せなかった。


 そして、初めての表舞台。朝から私はそわそわとしていた。だって、これはデビュタント以来なんだもの。そうなるに決まってるじゃん。

 それと、緊張もしてる。デビュタントとは違って私は大公家の夫人。そして結婚してすぐだから注目されるはず。

 ……大丈夫、だよね。


「マジで似合ってるわ。最高」

「……さっさと行きましょう」


 通常運転のエヴァンのおかげで肩の力が抜けたかもしれない。

 けど、さ。エヴァンかっこよ。何このイケメン。着飾ったらもっとカッコよくなったわ。まぁ、タキシードもカッコよかったけどさ。


「さ、お手をどうぞ、奥さん」

「……」

「なになに、照れちゃった? テトラちゃ~ん?」


 はい、その態度でお願いします。これで中身も紳士だったら私ヤバいかもしれない。

 とりあえず、このノリでいこう。そっちの方が気楽でいけそう。流石に他の人がいる時はダメだけどさ。


 今日は、王城での夜のパーティーである。王妃殿下が主催者だ。

 何でも、エヴァンがお願いしたらしい。王妃主催なら参加しないといけないパーティーだからだ。

 うちに来る招待状は上位貴族のご令嬢やご夫人ばかりであり、ほぼ貴族派の家のもの。私は大公夫人だから、どのパーティーに出るかも注目されるのだとか。というか、すぐに社交界で噂になるらしい。

 そんなんだったら王妃殿下が主催してくれた方がいい、ということでお願いしたらしい。
 
 だいぶ久しぶりのパーティーだから……


「……わぁ」


 デビュタントはこの王城でのパーティーだった。だから大丈夫だろ、と思ったんだけど……何じゃこれ。


「……こんなに招待客がいるものですか」

「招待したのは少なくても、お前が来ると小耳に挟めば招待客に付いてくるやつはいるだろ」


 それでこの人数……どんだけ私を見に来たのよ。めっちゃ緊張する。


「エヴァン、絶対に私から離れないでくださいね」

「おやおや、怖気付いたか?」

「ここは戦場ですよ。死にたくはありません」

「あははっ、戦場か! まっ、間違ってはないな。んじゃ、戦闘不能にされないよう気合い入れていくか」

「は、はい……」


 生きて帰れるだろうか、私は。

 このいくつも集まってくる視線が痛い。しらーっとした顔のエヴァンはどんだけの鉄の心臓をお持ちなのだろうか。私にも分けてくれ。

 とりあえず、主催者の王妃殿下にさっさと挨拶をしてしまおう。そう思いきょろきょろしていると、あっちだとエヴァンに連れてってもらった。意外と近くにいたみたい。


「王妃殿下にご挨拶申し上げます。ごきげんよう。本日はご招待いただきありがとうございます」

「えぇ、来てくれてありがとう。あれからどう? 生活には慣れたかしら。この子になにもされてない?」

「えっ、あの……旦那様のおかげで、充実した生活を送らせていただいてます……?」

「ふふっ、可愛らしいわね。やっぱりあなたにはもったいないんじゃない?」

「はぁ、殿下」


 結婚式でも思ったけれど、王妃殿下って本当に若い。一体おいくつなんだろう。国王陛下は大体60後半くらいだけど、王妃殿下は見たところ30代くらい。まさかの歳の差婚?

 そうして、殿下が呼ばれて会話が終わり、ミッションクリアとなった。

 なんだか、会場の周りに並べられてるケーキなどが何回も目に入ってそっちに目が行ってしまう。デビュタントの時は目を輝かせて食べてたなぁ、なんて思い出した。でも今は屋敷で食べてるから食べたいとは思わないけれどね。ちゃんと座って食べたい。


「大公様」


 そんな時、声がかけられた。若い女性の声。


「うげぇ」


 なんて声が聞こえてきたけれど、それを無視してそちらに目を向けた。私と同じくらいの歳の女性がいて、なんとも煌びやかなドレスを身にまとっていた。

 エヴァンがこんな声を出してくるとなると……知り合いかな?


「昨日ぶりですわねぇ、お加減いかがですかぁ?」


 なんという、猫なで声。私なんてガン無視で近づいてくるし。けれど、私が手を乗せていたエヴァンの腕がスッと抜け、その後がっしりと両肩を掴まれ、くるっと180度回転、反対側を向かされ今度はがっしりと掴むかのような勢いで肩を抱かれその場から去ろうとしていた。


「は~いテトラちゃんはこっちね」

「大公様ぁ~!」

「あ?」

「っ……!?」


 後ろから追いかけてきたさっきの女性に向けた、エヴァンの顔は……怖かった。そんなに嫌なの? 怖っ。

 それより、いきなりくるっと回されて肩をがっしり掴まれたらそりゃびっくりする。一言言ってくれ、一言。


「ご機嫌斜めですか」

「……」

「帰ったらヨーグルトですね」

「いちごジャム」

「はいはい」


 はぁ、エヴァンの気持ちも分かるな。なんて思っていたけれど……


「大公様ぁ!」

「エヴァン様ぁ!」


 お可愛らしい女性陣が集まってくる。お前はご令嬢を引き寄せてるのか? まぁその美貌と持ってるものを見れば寄ってくるだろうけれども。でも私を空気にするのはやめてほしい。マジで。

 しかもエヴァン、痛いくらいに私の手握ってるし。絶対に逃がさんぞって言われてる気がする。私空気なんですけどね?

 でも、自分で言い出したからにはちゃんと仕事はしますよ。


「こんばんは、お嬢さん方」


 少し前に出て、笑顔を向ける。ご令嬢達は私に目を向けてきた。


「いつも私の夫・・・がお世話になっているようですね」


 手を離し、むぎゅっとエヴァンの腕を抱きしめた。


「夫がとってもカッコいい方なのは私も理解出来るわ。でも、この人は私のなの。だからごめんなさいね」


 今度は私が腕を引っ張ってその場を離脱した。ちょっと、いやだいぶ恥ずかしかったけれど言ってしまったのだからやる事はやる。


「これで文句ありませんか」

「……」

「……エヴァン?」


 さっきから黙り込んでしまったエヴァンの方に視線を向けると……真顔でこっちを見ていた。


「……男前だな、俺の奥さんって」

「どこがです? 自分で言ったんですからちゃんと仕事はしますよ」


 あの、どうしてそんなにびっくりしてるんです? そんなにびっくりするようなことしましたっけ、私。

 それからも、ことごとく私がご令嬢を蹴り飛ばしていった。というか、ご令嬢多くないですか。はぁ、エヴァンがあんな様子で帰ってくるわけだ。

 そして、またもやご令嬢達の群れがやってきた。さ、蹴り飛ばしてしまお……


「大公夫人っ!」

「えっ」


 いきなり、反対側の手を誰かに握られて引っ張られた。その拍子にエヴァンの手を離してしまった。私の名前を呼んだ誰かの声に反応したのかエヴァンも手を離してしまい、ご令嬢達の群れから引っ張り出されてしまったのだ。

 そして、私の手を引っ張った方は……


「あっ、申し訳ありませんご夫人。あの、オデール大公夫人でいらっしゃいますか?」

「あ、はい、テトラ・オデールです」


 何ともお可愛らしい、私と同じような年頃の女性だった。可愛らしく、そして凛としていて貴族女性らしい方だ。


「わたくし、ルイシア・ネルティアでございます。以前、ご夫人にお茶会の招待状を送った者ですわ」

「あ……」


 た、確かそんな名前の人がいたな。全部断ったけど。ネルティアって言ったら公爵家の一つで、貴族派だったよね。

 とっても私にニコニコしてくる。しかもまだ手を離してないし。


「以前のお手紙にはお忙しいとありましたが、生活には慣れましたか? 周りの環境が変わるとどうしても戸惑ってしまったりしてしまいますからね」

「……は、はい、旦那様がいろいろと良くしてくださって、充実した生活が送れています」

「そうでしたか! よかったですわぁ。でしたら、もしよろしかったらまたお茶会にご招待してもよろしいでしょうか?」

「えっ」

「貴族の女性は、周りと交流を深める事も大事ですわ。結婚なされてすぐですから、いきなりでは少し難しいかもしれませんが、わたくし達は歳が近いですからきっと話しやすいと思いますの。いかがですか?」


 こう言われると、断りづらいな。でも、確かにこれが女性達の仕事の内でもある。女性は仕事をせず、その代わりに周りとの交流を深めるのが普通だ。一応、私もこの国唯一の大公家、オデール大公家の夫人だ。なら、やる事はやらないと。それに、またエヴァンが大変な思いをしないようにしないと。


「……でしたら、ぜひ参加させてください」

「本当ですか! 嬉しいですわぁ! でしたら、すぐに招待状をお送りいたしますね?」


 少しでも、エヴァンに負担がかからないように。これだけいい思いをさせてもらえてるんだから、返さないとね。



「……エヴァンさん、生きてます?」

「この野郎、裏切りやがって……」

「いや、裏切ってませんって」


 あれから、少しだけご令嬢と話をしているといきなり登場したエヴァンに腕を掴まれ、あ~れ~と連れ去られてしまったのだ。そして、今は帰りの馬車である。なんか、げっそりとしているように見えるのは見間違いだろうか。しかも、香水臭いし。

 とりあえず、帰ったらお風呂といちごジャム入りのヨーグルトの準備だな。


「お疲れさまでした」

「お前が俺を助ける話だったのにな?」

「最初は役に立ってましたよね?」

「最初だけな?」


 あ、はい、すみませんでした。でも、若さって勝てないものですね。あのきゃぴきゃぴご令嬢達には勝てなかった。若さって怖い。あぁ、あと乙女心?


「罪な男ですね」

「そんな男を旦那にしたのはテトラだがな?」

「王様の推薦ですけどね?」

「……あの野郎」


 いや、そんな事言っていいんですか。甥とはいえ、不敬でしょ。

 なんて話をしていたらすぐに屋敷に到着。エヴァンを風呂場に押し込んだ。の、だが……


「重いのですが」

「俺を裏切った罰」

「……」


 このくっつき虫め。後ろから抱き着いてきて、どこを歩くにも全然離れない。執事達に目で助けを求めてもほんわかした目を向けてくるし。いや、そういうんじゃないって。

 それにさ、罰とか言ってもルイシア嬢に手を引っ張られて離れちゃっただけであって、私は悪くないし。手を離したエヴァンも悪い。……と言いたいところではあるけれど、もしそこでエヴァンが手を離さなかったら、綱引きが始まって私の身体が引きちぎられるところだったかもしれない。

 でも、ルイシア嬢、よく私の事引っ張れたな。ご令嬢達に囲まれていた私を。ある意味すごい。


「で、寝るのもこれですか」

「逆」

「わっ!?」


 寝室に辿り着き、ベッドを目の前にするとエヴァンにぐるっと後ろを向かされ、抱っこをされた。よっこいしょっ、と。その掛け声はいらなかったなぁ。なんて思いつつ、思うがままにエヴァンと向かい合ってベッドに入ったのだ。


「まぁだご立腹ですか」

「……」


 ほぉら、まだふくれっ面だ。それでいて顔が整ってるからそんな顔でもカッコいいのはずるい。ふにふに片方の頬っぺたをつまんでみると、何とも言えないちょうどいい弾力。いいな、これ。


「今度はもっと役に立ちますから、機嫌を直してください」

「……役に立つとか」

「え?」


 エヴァンの小声が聞き取れず聞き直そうとしたら、エヴァンが起き上がった。そして、布団がかかったまま、私に上からのしかかってきたのだ。潰れるくらいの体重はかかっていないけれど、少し重い。

 何よ、一体何が気に入らなかったのよ。そう思っていたら……キスをされた。


「んぅっ、んんっ」

「っはぁ……この野郎」


 だいぶ長いキスの後、ようやく離してくれたと思ったら、だいぶ近い距離に顔を持ってきて睨んできた。


「お前、周り気にしなかっただろ」

「……周り?」

「はぁ、これだからウチの奥さんは……」

「……何です、それ」


 周り? エヴァンに群がってたご令嬢達の事を言ってるの?


「失敗だったな、ウチの奥さん可愛くしすぎた」

「……は? 何言ってるんです? っ!?」


 エヴァンの頭が動いたかと思うと、私の顔の下、首辺りにくすぐったさを感じ、それからチクリと痛みを感じた。いや、まさか……


「油断しすぎで冷や冷やしたんだぞこっちは。それなのにお前と言ったら……周りを気にしなさすぎ」

「んぅっ」


 何かに起こっているようなエヴァンが、私の両頬をつまむ。一体何が気に入らなかったんだ。ちゃんと言わないと分からないんですけど。

 そう思っていたら、またキスをされた。それがだんだん深くなってきて、バシバシとエヴァンの肩を叩いても聞いてもらえず。ようやく離してくれると、とんでもない事を言い出した。


「明日は寝坊確定」

「はぁ!?」

「お前は黙れ」


 一体何に起こっているのか分からないまま、エヴァンの宣言通り寝かせてもらえなかったのだった。


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