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 とってもいいお天気の中、私達は庭に来ていた。


「これでどうかな? うん、よさそうね!」


 お庭の一角に、数日前に買ってきた苗を並べている。庭のバランスってやつよ。肥料はもうバッチリだからあとは苗を植え付けるだけ。


「奥様はミニトマトがお好きなのですか?」


 作業を手伝ってくれた庭師さんとメイドさん達。その中の一人がそう聞いて来た。


「実家でも作ってたのよ。いい? ミニトマトは洗っただけでそのまま食べられるでしょ? 時間がない時にはサラダにちょこんと置くだけで済んじゃうんだから。しかも低カロリーで栄養満点! いろんな効果だってあるんだから最高の野菜よね」

「なるほど!」


 じゃあすぐに作業しよっか! とみんなで手分けして作業を始めた。今は夏野菜を植えるのに最適な時期だから、今のうちにいろいろと準備した方がいいよね。ミニトマトの為の支柱やひもも準備済み。だからあとは植えて大きくなるのを待つだけだ。


「み~つけたっ」


 しゃがんでいた私の頭上から声がした。その声の主は、エヴァン。顔を頭上に向けると、彼の顔が見えた。そして、隣にしゃがみこんでくる。


「指輪は?」

「こっち」


 胸の辺りを指さした。シルバーのチェーンに通してネックレスにしてあるのだ。一応手袋はしているけれど、汚したり傷をつけたら大変だもん。


「結婚指輪だから常にしてもらいたいところだけど、まっ、お前のもんだから文句は言わない。これ、捨てるんか?」

「ダメですよ、これ捨てちゃ。肥料になるんですよ」


 興味津々で手元をのぞき込んでくる。まぁ、大公様にこれは新鮮だったか。


「へぇ~、これか? シャベル、余りあるか?」

「え? 手伝ってくれるんですか?」

「人手が多ければすぐ終わるだろ。んで、空いた時間で俺とお茶」

「お茶? あははっ、いいですね」


 そういえばアフタヌーンティーがまだだったような。あ、時間を見ないで没頭してたからなぁ。と、思っていたらこんなところに……


「あ」

「……おい、そこはキャ~~って言うところだぞ」

「すみませんね、普通のご夫人じゃなくて。あいにく虫には慣れてるんです」


 こんなところに虫発見。ぽいっと軽いデコピンで飛ばしたのだ。


「こんなご夫人はお嫌ですか?」

「最高」

「あ、はい、そうですか」

「何、照れた?」

「いえ別に」

「強がっちゃって~、素直になりなって」


 この国唯一の大公家当主でありロイヤルワラント商会の取締役商会長、そしてそのご夫人の会話がこんなもので良いのかどうかは分からない。

 周りのメイドや使用人達は私達の事を見てどう思ってるのだろうか。まぁ、旦那様がこんな性格だからもう慣れっこか。じゃあ気にしなくていいか。

 エヴァンが参加してようやく終わった頃にはもうアフタヌーンティーの準備が終わっていると聞いた。おぉ、タイミングバッチリだ。


「さ、テトラちゃんは手を洗いますよ~」

「……旦那様の方が手が汚れてるじゃないですか」

「んじゃ早く手洗いに行くか」


 全く、手袋しないで作業してたから真っ黒ですよ。

 それより、こんな会話でいいのか。なんて思いつつもようやくちょっと遅めのアフタヌーンティーを迎えることが出来たのだった。


「わぁ、スコーンだぁ!」

「食べたことあるのか」

「教えてもらった事があるんです。ウチのばぁやが教えてくれました!」


 実家にいるばぁやは色々と私に教えてくれた。まぁ、前世で知ってることもあったけれどね。それと一緒にマナーも叩きこまれたけど。

 でも、その時に疑問に思った事があった。目の前にあるのは、スコーンに、クリームに、あと紅茶。そう、ジャムがないのだ。いや、スコーンにジャムは必須でしょ。でも、ないのだ。パンを食べる時にも、クッキーにも、あとよく出てくるオデール大公領で採れたヨーグルトにも。

 何故ないんだと思ってはいたけれど、聞いてもみんな知らない。じゃあ、作るしかないよね。だって、スコーンがクリームだけじゃつまらないもんっ!!


「……何考えてるんだ」

「何です、疑ってるんですか」

「いや別に? ただウチのご夫人はいろいろと意外な事ばっかりするタイプだからな」

「……」


 それ、私が全然お貴族様っぽくない貧乏娘だって言ってるんですか。まぁ最初の頃はお前本当にご令嬢か? って疑ってたしな。


「おっと、機嫌悪くしたか? んじゃこれで許してくれ」

「んむっ」


 口にスコーンをつっこまれた。何、子供だとでも思ってるのかこの人は。歳の差があるから仕方ないけどさ。私は18でそっちは30。12歳も差があるんだから。でも一応夫婦だし。子供扱いされるとムカつくし。

 まぁ、とりあえず……ジャムが食べたい。


「……最近、忙しいんですか?」

「ん? いや別に」

「そうですか」

「なんだよ、聞いておいて」

「別に、お忙しい商会長様がこんなところで油売っててもいいのかな~って思っただけです」

「おいおい、俺をもっと働かせるつもりか?」


 最近、何となく疲れているように見える。まぁ、この調子だから強く聞けないんだけど。でも、もし私のせいだったら申し訳ないじゃん。ここで自由にさせてもらってるし、実家の支援もしてもらってるから。

 疲れた時の、甘いもの。

 幸い、エヴァンは甘いものは苦手じゃないし、作ってみて食べてもらうのも手かもしれない。

 ジャムに必要なもの、それはフルーツと、レモン果汁と、砂糖だ。

 私には、お小遣いがある。そしたら、もう買うしかないでしょ。思い立ったが吉日。アフタヌーンティー後エヴァンと別れ、すぐにキッチンに向かったのだった。


「料理長料理長、お願い事があるんだけど、いい?」

「い、いかがなさいました?」


 このキッチンに私は何度も出入りしている。みんなのお仕事のお手伝いしてるから自然とここにも来ているのだ。

 この家の食材の仕入れは料理長が決めていると聞いた。なら、料理長にお願いしないとね。


 そして次の日、お願いしたものが届いたと教えてもらった。いや、早すぎでしょ。


「こちらでよろしかったでしょうか?」

「うん、バッチリよ! じゃあこれを洗いましょう!」

「奥様!? 我々がやります!!」

「奥様はこちらで指示を出してください!」

「いやよ、私もやる!」


 これは私がやるって決めたんだから最初から最後までやるに決まってるでしょ。やったことあるし。前世で、だけど。

 ではこちらを! とエプロンを貸してくれた。シンプルな白いエプロンだ。

 蛇口を一つ貸してもらい、ふんふん、と鼻歌を歌いながらじゃぶじゃぶといちごを洗い出した。なんだか周りはそわそわしてるけど……


「仕事」

「はっはいっ!」

「私がお手伝いいたします!」

「え、いいの? 大丈夫?」

「はいっ!」


 まさかの料理長が手伝ってくれるらしい。仕事を邪魔しないように、と思ったんだけど、悪いことしちゃったかな。ごめんなさいね。


「包丁は私がやりますよっ!?」

「使ったことあるし、大丈夫よ?」

「ですがっ!」

「じゃあ、いっぱいあるんだから手分けしてやろっか!」

「奥様ぁ……」


 まぁ、色々と強引ではあるけれど、ごめんなさいね。でもジャム食べたいのよ。みんなで食べようね。


「な、なんという砂糖の贅沢使い……!」

「砂糖は高級品ですからね」


 いちごに砂糖とレモン汁を合わせて混ぜてるんだけど……使う砂糖の量が……うわぁ、贅沢品をこんなに使っちゃっていいの? とはいえ、これは私がお小遣いで買ったのだから、いっか。

 そして、よく混ざったら一晩置く事になるので、作業は明日となったのだ。

 美味しくなってるといいなぁ~♡


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