上 下
2 / 30

◇2

しおりを挟む

 そして数日後、思わぬ事態が起こってしまうのである。


「私が直接行って確かめてくる。テトラはレオと家を頼むぞ」

「待って、お父様。とりあえず落ち着こう」

「これが落ち着いていられるか。農作物の卸し先が潰れてしまったんだぞ。ただでさえ不作が続いて苦しいというのに、卸し先までなくなってしまったら領民達はどう生活すればいいんだ」


 そう、領地で作っていた作物を卸していたところが潰れてしまったのだ。次の卸し先を探すにも、こんな貧乏貴族の話を聞いてくれる人なんてほとんどいない。生活がかっているというのに、これではどうしようもない。


「……なるほどな、そういう事か」

「え?」

「おおかた、【アルブム商会】の仕業しわざだろう。今頃、私達が泣きついてくるのを待っていると言ったところか」


 確かに、それはありえる。いや、そうとしか考えられない。あんなに安定していたのにいきなり潰れるなんておかしいもん。

 ……でも、私達のせいで卸し先の人達の仕事がなくなってしまうなんて、申し訳ないし腹が立つ。顔面に一発殴っても足りないくらいだ。

 方法は、ないわけではない。私はこんな貧乏貴族の娘だけど、私は今18歳。もう結婚できる。貴族の中で、息子の結婚相手を探している家があるかもしれない。

 結婚相手の家が大変なのであれば支援してくれる可能性はある。でもそんなお金を使ってまで私と結婚してくれる相手がいるだろうか。いや、もしかしたらいないかもしれない。でも、やらなきゃ始まらない。

 ……とは言っても、私は社交界というものをよく知らないし、人脈というものもほぼない。いるかどうかも分からないし、どんな人がいいのかという情報も分からない。間違ったら最悪この家が潰れる可能性もある。

 どうしたら、いいのだろうか。


「やぁ、テトラ。元気だったか?」


 私が玄関に続く階段を降り切った頃に聞こえてきた。そう言ってきたのは【アルブム商会】の息子。玄関に入ってきた彼は、とても上機嫌にニコニコしながら私に近づいてきた。もう彼女は自分と結婚する道しかないと思ってるんだろうな。


「今日は結婚指輪の話をしようと思って来たんだ。うちで取り扱ってる宝石を見てほしいから、これから行こう。テトラは髪と瞳が綺麗な水色だから、同じ色にするのもいいと思って色々用意したんだよ」


 と、私の手を取った。さも、貴族の紳士のようなしぐさで。けど、ただの見様見真似。余計背筋がぞわぞわして気持ち悪かった。


「離して」

「テトラ、これは遊びじゃないんだ。だからちゃんとやる事はやらないと。これからレブロン子爵夫人として振る舞わなきゃいけないんだから」


 さも、もう決まったかのような口ぶりだ。頭沸いてんじゃないのかこいつ。すごくムカつく。


「はぁ? ふざけるのも大概にして。私はあんたと結婚なんてしないに決まってるでしょ。寝言は寝てから言って」

「テトラ」

「未婚の、ましてや親しくもない女性に軽々と名前呼びなんてやめてもらいたいんですけど。これは貴族じゃなくても分かる事でしょ」


 許してもないのに会うたび会うたびれしくテトラテトラって、反吐へどが出る。ふざけるな。


「……少し、教育が必要みたいだな」

「は? あんたに教わるようなことはこれっぽっちもないわ。虫唾むしずが走るから黙ってもらえる?」

「少し黙ろうか」

「そんなもの知るか」


 少し私も頭に血が昇ったのか、つい口が止まらなかった。やば、と思った時にはもう彼は手を上げていて、私の頬を叩く寸前だった。とっさに私は目をつぶってしまったけれど……


「一体これはどういうことだ」

「っ!?」


 その手は私に当たる事はなかった。代わりに、彼のその手を、誰かが掴んでいた。私の知らない男性だった。

 男性は掴んでいる手ともう片方の手もひねり、ドラ息子の背中に持っていきいとも簡単に拘束してしまった。


「女性への暴行未遂ぼうこうみすいとして扱わせていただく」

「なっ!? 暴行ぼうこうなんてしてないだろ!!」

「私には、彼女の頬を叩こうとしていたように見えたが」


 連れて行け、と近くの人にそう言って渡していた。そして、簡単に外に連れ出されてしまっていた。

 一体、何が起こったのだろうか。

 私を助けてくれた男性は、すごくいい服を着ている。制服みたいな、でも装飾がいくつも付いてる。お父様と同じくらいの年齢だ。……あれ、この服、どこかで見た事……どこでだろうか、思い出せない。

 気が付くと、開いている玄関の扉の向こう、外には何人もの男性達が並んでるのが見えた。この男性と同じような服を着てるけど、同じような装飾は付いてない。


「危ないところでした。間に合ってよかった」

「あ、あの、ありがとうございました」

「なぁに、お気になさらず。それで、自己紹介がまだでしたね。私は国王陛下の秘書を務めさせていただいている者です。この度、国王陛下からの手紙を届けにこちらに参上致しました」


 ……え、マジ?

 国王陛下から?


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

竜神に愛された令嬢は華麗に微笑む。〜嫌われ令嬢? いいえ、嫌われているのはお父さまのほうでしてよ。〜

石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジェニファーは、ある日父親から侯爵家当主代理として罪を償えと脅される。 それというのも、竜神からの預かりものである宝石に手をつけてしまったからだというのだ。 ジェニファーは、彼女の出産の際に母親が命を落としたことで、実の父親からひどく憎まれていた。 執事のロデリックを含め、家人勢揃いで出かけることに。 やがて彼女は別れの言葉を告げるとためらいなく竜穴に身を投げるが、実は彼女にはある秘密があって……。 虐げられたか弱い令嬢と思いきや、メンタル最強のヒロインと、彼女のためなら人間の真似事もやぶさかではないヒロインに激甘なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:4950419)をお借りしています。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

処理中です...