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■61 温かい言葉
しおりを挟む「やぁノックス、今日もか」
「あぁ、ここに乗せてくれ」
果物屋を切り盛りしている店主、ノックスは店で売るための果物を買いつけにきていた。最近はこの領地に足を運ぶやつらが多くなり果物を買う客が増えたのだ。ここは食事の場がないに等しいから当然の事だ。
「こんなに仕入れて大丈夫かぁ?」
「ま、仕方ないよ」
……とは言っても、こりゃ荷車で何往復しなきゃいけないんだ? 全く……
そんな時、デカい声で俺に話しかける奴がいた。聞いた事のある声だった。
「ノックスか! 久しぶりじゃあねぇか!」
いきなり声を掛けられたと思えば、こいつか。とため息を心の中でついた。
俺達兄弟は以前こことは離れた村に住んでいた。コイツはその村の住民だ。何でこんな所に? と疑問に思ったがさっさと立ち退きたい気持ちから早く会話を終わらせたかった。
けど……
「こんな所でフツーにいるってこたぁ、アイツ死んだのか」
その言葉に、聞こえていた奴らが何だ何だと目を向けてくる。余計なことを言いやがって。まぁお前は昔からそういうやつだったな、だから嫌いなんだよ。
「アレだよ、お前そっくりの……双子の弟だよ!」
〝双子〟
その言葉を聞き、顔を顰める奴らが多少いる。そして、同情する奴らも。
あ、それとも殺したのか? とゲラゲラ笑う糞野郎。お前さっさと帰れよ。
「双子は忌み子、村じゃあ産まれたら厄災が起こるってのは知らねぇやつはいねぇよな。
……お前がいるとまたあの湿地帯の化物共が襲いかかってくるぜ?」
そんな奴こんな所に置いて良いのかよ、とデカい声をあげて周りのやつらに聞かせるかのように喚きだす。
「……お前、さっさと帰れよ」
「んあ? 忌み子が何俺に命令してんだよ」
そう光らせた目を上から見下ろしてくる。対格差があるから、余計か。すると、奴は視線を俺から外す。そして、大きな音を立てた。俺の荷車を蹴り飛ばしたんだ。
「お前っ!!」
「忌み子が売るモンなんか食うやついねぇだろ」
こんなもん無駄だ無駄だ、なんてゲラゲラ笑う糞野郎。ふざけんな、この商売がなけりゃ俺らは生活出来ねぇんだよ。そう思うと頭に血が上ってきて。挑発する目を向けるこいつを睨みつける。
お、やるか? と拳を向けてくる。こんな挑発に乗るほど馬鹿じゃない。それは分かっているけれど……
弟を馬鹿にされ、昔のように忌み子だと言われるのが、黙ってられない。
もう、殴る寸前だった。けど、間に誰かが入ってきたのだ。
「何をしてるんですか?」
ローブを被った、小柄な人物。声からして女性。こんな大男の前によく入ってこれたな、と思ったけど単純に馬鹿なのか?とも思う。
「何だよねーちゃん、邪魔なんだが」
「何をしてるんですか、と聞いたのですが……」
「何を? 不吉を祓おうとしてやってたんだよ」
不吉? とあまり知らないらしい女性に、ニヤニヤとアイツは話し出す。コイツがいるから湿地帯が汚れ、モンスターに襲われ、ろくでなしの領主に生活を脅かされる。
「今度来た領主なんて、錬金術しか出来ないただの小娘だぜ? 不吉が不吉を呼ぶんだ。ぜーんぶお前のせい」
だから、お前には居場所はねぇんだ。さっさと失せな。そう言われて頭に来ない奴はいない。
「ごめんなさい、頼りない領主で」
その言葉に、皆視線を彼女にばっと向けた。そんな、そんなまさか。皆がそう思っただろう、だがその予測は正解となってしまったのだ。
ローブのフードを取った彼女は、スプリンググリーンの髪、そして青の瞳をしていた。まるで……
「こんにちは、皆さん」
デカい態度だったこいつは、青白い顔をしている。それもそうだ、本人の目の前で小娘だとか何だとかと言ってしまったのだから。
「ごめんなさいね、錬金術しか出来なくて。でも、出来る力をもってこの領地の領民さん達が安心して暮らせるよう頑張りますので」
まぁ口では簡単に言えちゃうんですけど……と困った顔で見てくる。こんなのがここの領主かよ、とも思っていたけれど……
「それで、不吉だとかって言ってましたけど……本当の事ですか?
__祟りとか不吉とか言ってますけど、それは違います」
えっ……
「私達人間は、大地の神ガイアの加護を受けて生まれてきました。皆の中にあるマナがその証拠です。そんな愛されて生まれてきた人間が不吉ですって? あり得ない!」
彼女は言い切った。堂々と、こんな大男の目の前で。領主であっても、殴られたら倒れてしまいそうなこの女性が。胸を張って。
俺がしたかったことを、やってのけた。
言ってやりたかった。只俺達は生まれてきただけなのに。俺達のせいにするな、そんなの俺らには関係ねぇ、と。
「ただ偶然が偶然を呼んだだけ、実にくだらない事よ」
そう、睨む女性。この領地の領主。
それから、走って警備兵が近づいてきた。
「この人、ちょっと反省させてあげて」
あ、あまり手荒くしないように。と念を押す。貴族らしくない、正反対だ。まぁ、そんなもんか。
「大丈夫だった?」
今度はくるっと回って俺に声を掛けてきた。ただ、「ありがとう、ございました」と頭を下げた。貴族様に礼なんてこんなもんで合ってるのか? と思ったら……
「怪我がなくて良かった~!」
と、嬉しそうな顔をする。あぁそういえば、とどこからか杖の様なものが装飾された長い棒が出てきた。一体どこから出てきたんだと思っていると、次の瞬間……えっ!?
あいつにけられてバラバラになっていた果物達が、空中に浮かびだしたのだ。痛んじゃったものもあるけれど、とりあえずこの木箱の中に入れておくね。そう言いながら。とんでもない大道芸を目の前で見せる彼女に唖然と立ちつくすしか出来なかった。
「もしかして、これ全部? こんなにたくさんなんて大変だね!?」
じゃあ道案内よろしくお願いします。とニコニコしながら、女性では到底運ぶことの出来ない量の木箱をこうも簡単に持ち上げられてしまった。
「いいん、ですか……」
領主様ですよね。と聞いてみたけれど、ついこの前まで私も同じだったもんと返されて。確か、モルティアートの疫病を何とかしたって聞いた。ただ解毒ポーションを沢山作ったからだと思ってたけど……そんなもんで領主になれたのは汚い手で王様にお願いしたからだろって思ってた。けど……こんな性格だし……一体どうやったんだ。
るんるんしながら早く早く、と言われ、結局断れずに店まで運んでもらったのだ。
「……どうして」
「ん?」
「あんな事、したんです」
ただのいざこざに、巻き込まれようとするなんて。領主がわざわざする事じゃないだろ。ただ警備兵に任せればいい話だ。
「ちょっと、我慢できなかったの」
「……我慢、ですか」
「だって、双子だからってこんな扱いされるなんて。貴方達はただ生まれてきただけ。それに……双子なんて素敵じゃない」
「………えっ」
「産まれる前から、兄弟と一緒なんだもん」
私は一人っ子だったから羨ましいなぁ、と言ってきて。こんな事、言われるのは初めてだ。だから、そう言った彼女の視線から目をそらすことが出来なかった。そうだ、これだ。俺達は、他人からそう言ってほしかったんだ。同情ではない、心を温めてくれる、この言葉を。
「男爵様、今月の領民登録の件で1つ気になる点が」
「気になる点?」
「生まれた赤ん坊たちの他に、1人だけ成人男性が」
「えっ?」
領民登録とは、領地に住む領民達を把握する為のもの。そして、今月のというのは今日までに生まれた、あの身分カードを持っていない人物達だ。それを、領主であるステファニーが国に報告し初めてこの国の住民だと認められる。と言っても、生まれた赤ん坊が殆どだ。
「……そっか。どんな子?」
「ニックスという名の18歳の錬金術師です」
彼女は、すぐにその人物が誰なのか分かったのだ。
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