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◇38 やばい、このイケメンに殺される。

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「奥様、奥様」


 そんな、俺を呼ぶ声で目が覚めた。ピモの声だった。……あれ、明るい。陽の光?


「戻られましたよ」

「……え?」

「旦那様」


 寝起きの俺の頭で、一体何を言われたのか理解に時間がかかったけれど、その言葉は、俺の一番欲しかった言葉だ。


「きっと今、玄関に……えっ奥様!?」


 そんな、俺を呼ぶピモの声は、俺の耳には入らなかった。

 ヴィルが帰ってきた。今、玄関にいる。頭の中にはそれしか入っていなくて。俺はそこめがけて走り出していた。玄関へと続く廊下が、今だけはとても遠く感じたけど、それでも早く、早く会いたくて。

 ようやくたどり着いて、見回すと……見つけた。俺はそこめがけて走り、思いっきり抱きしめた。


「……おかえりなさい」

「……ただ、いま……」


 結構驚いているらしい、そんな風に聞こえる。


「もう、いいのか、リューク」

「……」


 きっと、きらい、とか、口聞かない、とか言った事を言ってるんだろうな。


「……隣が、寒かったです」

「っ!?」


 以前、風邪が治った後に、ヴィルに言われた言葉。

 頭を撫でてくれる手が、優しい。


「……寂しかったか」

「……ん」

「そうか、すまなかった」


 久しぶりの、ヴィルの匂い。頭を撫でてくれる優しい手。とても落ち着く。


「……リューク、くつ、どうした」


 ……あ。そういえばはいてない。起きて、ピモに教えてもらって、そのまま部屋出ちゃったんだっけ。くつはいてないし、しかも俺今寝間着だ。やっべぇ恥ずかしっ!!

 しかも、それが頭に入らないくらい会いたかったってヴィルに思われちゃってるじゃんっ!! こっちの方が恥ずかしいんだけど!!

 そんな俺の心境を知られてしまったのか、上からクスクス笑い声が聞こえてきて余計顔が熱くなる。


「戻るぞ」


 と、抱き上げられてしまった。だいっっっっぶ恥ずかしかったからヴィルの首に腕回して肩に顔を埋めて顔隠したけど。


「恋しかったか?」

「……」


 風邪の時の俺の質問、マネしやがって……


「沈黙は肯定になるが、いいのか?」

「……」


 答えられるわけないだろ。図星なんだから。恥ずかしくて言えるわけがない。それにヴィルだってこの手使っただろ。


「……すまなかった」

「……」

「言えなかったんだ、いろいろと。リュークが知ろうとしてくれている事は、嬉しかったんだが……」


 口、もごもごしてる。確かに何か隠してる。でも俺が勉強していることは嬉しいんだ。


「……連れてって、くれますか?」

「……はぁ、俺はリュークには弱いな」

「あ、やった!」


 よっしゃ、折れてくれた! これで俺も都市に行ける!


「……もう、俺の事は嫌いじゃないか?」

「え?」

「……」


 なんか、弱弱しい声なんだが。もしかしてそんなに大ダメージ喰らってました?

 マジか、と驚きつつ肩から顔を上げた。そして、両手でヴィルのほっぺたを挟む。


「そんなわけないじゃないですか」


 と、キスをした。うん、嬉しそうだ。これで仲直り?

 まぁ、つい言っちゃった、という事なんだけど……今回の事を受けてこう思った。間違っても、嫌いだなんて言わないよう気を付けよう。ヴィルはもちろん、俺までダメージを喰らう事になるから。

 ちょうど俺が使ってた部屋にたどり着いた。待っていたのかドアの横に立ってたピモがドアを開けてくれた。


「もうご準備の方は済んでいますので、私はこれで失礼しますね」


 と、ニコニコで行ってしまった。まぁ、これを見て仲直りしたって分かるだろうしな。

 ヴィルは、俺の使ってたベッドに自分が腰を下ろして、俺を膝に乗せ抱きしめてきた。ぎゅ~~~っと。何日ぶりだろうか。なんだか照れてしまいそうになる。


「あ、トラブル大丈夫でした?」

「……」


 ……ん? 黙っちゃったぞ?


「……トラブル?」

「え?」

「トラブルとはなんだ?」

「え、視察中に何かあったんでしょ? だから戻ってこれなかったって聞きました」

「……」


 凄く驚いている。……違うのか? え、じゃあ何で戻ってこれなかったんだ?


「……ピモの仕業しわざか」

「え?」

「ピモに伝言はさせてないな?」

「伝言?」


 伝言とは何のことだ? 俺何もしてないよな?

 てか、ピモ、何やったんだ?


「ピモになんて言われたんです?」

「視察に向かう直前、お前に帰ってくるなと伝言を預かったと言われた」

「……」


 ピ~モ~!! よくもやってくれたな!! ヴィルが帰ってこなかったのはあいつの仕業か!!

 ピモなら、大雪になる事は予測出来たはずだ。でもさ、これはやりすぎだろ。辺境伯様を長期間外泊させるなんて!! 忙しい人なんだからきっと仕事溜まりまくってるだろ!!

 てか、肝が据わってるなあいつ。前にもやられたけどここまでやるか!! レベルが違いすぎだろ!!


「あとで問いただす」

「あ、はは……」


 まぁ、そうなるだろうな。でも、ピモは俺とヴィルの板挟み役にされてたから気持ちは分からなくもない、ような……でもやり方はよくなかった。

 でも一応結果よければすべてよしという言葉はある。仲直りできたしさ。


「俺は……」

「ん?」

「もう、リュークがいないと使い物にならないらしい」

「……えっ」


 それ、誰に言われたんだよ。まさかピモじゃないだろうな。


「中々、手に付けなかったんだ。リュークの事しか、頭の中になかった。リュークに、嫌われたくなかった。幻滅とか、されたくなかった。……怖かった」

「……」


 それ……俺と一緒じゃん。思ってること。俺だって、ヴィルに嫌われたくなかったもん。幼稚だからがっかりされちゃったかなって、思ってたもん。


「もう、隠し事は絶対にしない。リュークの望むもの、全部叶えたい」

「……そこまで言っちゃうんですか? 全部だなんて」

「俺が望んでる」

「つい言っちゃっただけですよ、今回のは。嫌いになるなんてことないって言ったじゃないですか」

「……」


 それでも、不安気な様子だ。そこまで、怖かったのかな。やっちまったな……

 こんなすごい最強な辺境伯様なのに、こんなに怖がりだったなんて。あ、俺だから? 確かに、この前も思ったけど大きな子供だ。

 よしよし、と頭を撫でてやったらもっとぎゅ~っと抱きしめてきた。押しつぶされないくらいの程度で。


「俺、ずっとヴィルのところにいますから。だから安心してください」

「絶対だぞ」

「はい、絶対。というか、ヴィルの方こそ離す気さらさらないでしょ」

「当たり前だろ」

「ならいいじゃないですか」


 どんだけメンタルやられてんだよ。嫌いってワードに大ダメージ喰らいすぎだっつうの。


「リューク」

「はい?」

「愛してる」

「……」


 ……今度は、俺が大ダメージを喰らったらしい。

 イケメンフェイスで、こんなに優しい表情で、そんな言葉……

 むっ、むっ、無理だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 という言葉を心の中で叫び、顔を真っ赤にしてヴィルの肩に顔をうずめてしまったのだった。

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