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第3章(ダリル編)

第74話

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 数日後。ノワール国から大量の薬草が届いた。植え付けには、パン屋の店主やその他、ブロン国の住民も手伝ってくれ、無事に済ませることができた。後は数日、薬草を植えたことによって汚染されたオアシスの水瓶にどんな変化があるのか待つだけだ。



 ミラノと共に、結果を待っていたある日。ダリルの元を一人の女性が訪れた。



「あなたは……、あの時の」


 まるで天女の様に美しい容姿をしたその女性は、ダリルが娼館に突撃したときに出会った人だった。ゼノの隣に座って酒を注いでいた女性だ。


「その節は、挨拶もできず……。娼館に勤めております、カナエと申します」


 カナエはダリルに向かって深々と頭を下げた。


「どうされたんですか、こんな所まで……」


 ここは、オアシスのど真ん中。娼館で働くような女性が来るような場所ではない。ダリルが首を傾げていると、カナエは少し気まずそうな表情を浮かべた。


「ゼノ様の事で、少しお話が……」

「ゼノ様ですか?」

 こんな所まで訪ねてきてまでする話なのだろうか。良く分からないが、このまま立って話をするわけにもいかないだろう。
とりあえず、ダリルはテントの中にカナエを招き入れた。



「それで、話って言うのは……」


「ゼノ様にお聞きしました。ダリル様が離婚を希望していること……。離婚したい理由に、ゼノ様の娼館通いも含まれているのではないだろうかと思いまして。今日はその誤解を解きに来たのです」


「誤解ですか……」


「ゼノ様が娼館に通われ始めたのは、母君を亡くされてからでした。きっと母親からもらえなかった愛情を私達に求めに来ていたのだろうと私は思っています。ゼノ様は娼館に来ても、私達と体を重ねたことは一度もありません。ただ、酒を飲んで帰るだけなのです。本来ゼノ様は誠実な方ですから……」


 ゼノと離婚したいと思った理由の一つに、ゼノの娼館通いは確かに入っていた。結婚したのにも拘らず、女性と如何わしい事をするような場所に行くことを許せなかったのだ。だから、カナエが話したことは、ダリルにとっては衝撃的な事実だった。


 てっきり、他の女と体を重ねて遊び惚けているだろうと思っていたからだ。しかし、今更それを知ったところで、もうどうしようもない。


「それを僕に伝えてどうしたいんですか?」

「ゼノ様の娼館通いは、小さい頃からの習慣になってしまっていて。でも、決してダリル様を裏切るような事はしていないということを、私の口からどうしても伝えたかったのです」


 それだけ伝えるとカナエは、ダリルに頭を下げて帰って行った。



「ゼノ様はああ見えて孤独な方なのですよ」



 カナエと入れ替わりで、ミラノがテントに入ってきた。隣のテントで休んでいたはずなのだが、話し声で起こしてしまったのかもしれない。



「孤独?」



 ダリルはミラノに聞き返した。人に冷たいゼノにとっては似合わない表現だ。


「早くに母親を亡くされて、家族は崩壊状態でした。ゼノ様の父親は家族に関心を示さず、弟のノア様ともそれほど関わり合いは無く、小さなころからずっと一人で生きてこられたのです」


「そうでしたか……」


 確かに、結婚式を挙げて以来ゼノの父親には一度も会っていない。家族同士での会食もあっていいだろうに、そう言う機会が設けられることは一度もなかった。



「人に愛されてこなかったから、愛し方が分からない。ゼノ様は冷たい性格に育ってしまった……。でも最近のゼノ様は少し変わりました」


 ミラノはダリルを見て微笑んだ。

「ダリル様に会ってから、棘のあった性格が少しずつ柔らかくなり始めている」

「僕に会ってから……?」


「はい、ゼノ様が自分以外に関心を持つことなんて無かったんですよ。それが、ダリル様を迎えにわざわざここまで来た。研究の手伝いに城の者を派遣してくれた。こんなこと、今までのゼノ様だったら絶対にしてくれなかったですよ」



(どれだけ性格悪かったんだ……)



 ミラノがこんな風に言うくらいだから、ダリルに会う前は相当性格が悪かったのだろう。




(家族か……)


 ダリルには愛する家族がいる。尊敬できる兄や優しい両親。その人たちがいたからこそ、自分は育つことができた。辛いことがあったって、家族の支えがあったからこそ今まで生きてこられたのだ。
 そんな家族がいないと考えると。ゼノの性格が歪んでしまったのも、分からない訳ではない。けれど、もうダリルには関係のない事だ。孤独を感じていたゼノを癒すことはダリルにはできなかったのだから。




「それでも、もう僕は意見を変えることはないと思います。オアシスの水瓶が浄化されれば、僕はこの国を出て行く」



「残念です」



 ミラノにはゼノと離婚することをあらかじめ伝えていた。きっと、引き留めるためにこの話をしてくれたのだろうけどダリルの決意は固かった。
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