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第3章(ダリル編)
第73話
しおりを挟む「な、んでここに」
ゼノの姿を見て、ダリルは驚きのあまり買ってきた食材を床に落としてしまった。
「貴方の姿をここで見かけたという情報が入ったので。さあ、帰りましょう」
ゼノはすっと立ち上がり、ダリルの前に手を差し出す。
「い、嫌です。帰りません」
「何故?」
ゼノはダリルへと詰め寄った。
「お、お互いの生活に干渉しない。僕たち夫婦の約束をお忘れですか……。まあ、もう夫婦でもないでしょうけど」
ゼノの頬を殴り飛ばしてしまったのだ。もう、夫婦関係などとうに解消されていると思っているダリルはゼノを睨み上げる。
「というかもうほっといてください。僕がどこでなにをしようと、貴方に関係はないでしょう」
「分かりました。だったら、その約束は撤回しましょう。それから、ミラノ、あなたも今日は家に帰ってゆっくり休んでください。明日からは、城の者を手伝いに向かわせますので」
ゼノはダリルの手首を掴み、テントの外へと連れ出した。
「離してください! 何なんですか?!」
今まで自分に無関心でいられた分、なぜゼノがここに来たのか全く見当がつかないダリルは、精いっぱい抵抗した。
「城に帰るんですよ。体を休めなきゃいけない。ダリルさんは働き過ぎだ」
「だから、心配していただかなくても……」
その瞬間、ゼノはひと際ダリルの腕を強く引っ張った。
「貴方の様に、無理をして命を落としている人を俺は知ってる。頼むから。言う事を聞いてくれ」
ダリルは目を見開いた。こんなに切羽詰まったゼノを見るのは初めてだったからだ。それに、他人行儀だった話し方が、初めて崩れた瞬間だった。
そして、ダリルはそのままゼノに手を引かれて城に連れて帰られた。そのまま、風呂に入らされ、入浴を済ませた後もゼノは部屋にいた。
「娼館に行かなくていいんですか?」
ゼノはいつも帰りが遅かった。もう気にはしていないけれど、結婚した当初はかなりショックだったものだ。嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まない。
しかし、ゼノは特に何の反応も見せずにただ黙ってダリルの顔を見つめていた。
(一体、何なんだ……?)
ダリルは先日ゼノの頬を殴り飛ばした。離婚されても仕方がないと腹をくくって城を出たのに、ゼノの行動はダリルの予想していたものとは全く違う。
(そっちから言ってこないなら、もう僕が言ってやる)
ダリルは深呼吸して、話題を切り出した。
「離婚しましょう。僕たち」
正直言って、ダリルはもうゼノとは一緒にいたくなかった。ゼノとダリルの関係は、契約上の夫婦のようなもので、愛し合ってはいない。結婚するのならば、本当に好きな人と結婚したい、そう思っているダリルにはこの結婚は全く意味のないものだった。
離婚することによって、ブロン国とノワール国の関係にひびが入ってしまうかもしれないけれど、正直そこまで気が回らない程ダリルのストレスは溜まっていた。
「ミラノ室長から聞いて初めて知ったんですけどゼノ様、僕より年下だったんですね。知りませんでした……。僕たちはお互い、何にも知らないんだ……。そんな状態で結婚したって……。上手くいくはずがない」
テントに籠って研究していた時、ミラノと話す機会があって初めて知った事実。ゼノはダリルよりも年下だったのだ。大したことじゃないかもしれないが、相手の年齢さえ知らなかったのだ。それなのに、年下に気を使って媚びを売って。
(こんな結婚、もううんざりだ)
ダリルはベッドに座っているゼノの目を見据えた。
「とりあえず、オアシスの水瓶が直り次第ノワール国に帰ります。離婚の手続きとか諸々があればノワール国に書類を送ってください」
ゼノから返事が返ってくることはなかった。
(もういいや、僕の本心は伝えた訳だし)
もう、これ以上会話をする必要はないだろう。ダリルはゼノに背を向けてベッドへと寝転んだ。
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