上 下
73 / 75
第3章(ダリル編)

第73話

しおりを挟む



「な、んでここに」


 ゼノの姿を見て、ダリルは驚きのあまり買ってきた食材を床に落としてしまった。


「貴方の姿をここで見かけたという情報が入ったので。さあ、帰りましょう」


 ゼノはすっと立ち上がり、ダリルの前に手を差し出す。


「い、嫌です。帰りません」
「何故?」


 ゼノはダリルへと詰め寄った。


「お、お互いの生活に干渉しない。僕たち夫婦の約束をお忘れですか……。まあ、もう夫婦でもないでしょうけど」


 ゼノの頬を殴り飛ばしてしまったのだ。もう、夫婦関係などとうに解消されていると思っているダリルはゼノを睨み上げる。


「というかもうほっといてください。僕がどこでなにをしようと、貴方に関係はないでしょう」



「分かりました。だったら、その約束は撤回しましょう。それから、ミラノ、あなたも今日は家に帰ってゆっくり休んでください。明日からは、城の者を手伝いに向かわせますので」





ゼノはダリルの手首を掴み、テントの外へと連れ出した。



「離してください! 何なんですか?!」


 今まで自分に無関心でいられた分、なぜゼノがここに来たのか全く見当がつかないダリルは、精いっぱい抵抗した。


「城に帰るんですよ。体を休めなきゃいけない。ダリルさんは働き過ぎだ」


「だから、心配していただかなくても……」


 その瞬間、ゼノはひと際ダリルの腕を強く引っ張った。


「貴方の様に、無理をして命を落としている人を俺は知ってる。頼むから。言う事を聞いてくれ」


 ダリルは目を見開いた。こんなに切羽詰まったゼノを見るのは初めてだったからだ。それに、他人行儀だった話し方が、初めて崩れた瞬間だった。
 そして、ダリルはそのままゼノに手を引かれて城に連れて帰られた。そのまま、風呂に入らされ、入浴を済ませた後もゼノは部屋にいた。


「娼館に行かなくていいんですか?」


 ゼノはいつも帰りが遅かった。もう気にはしていないけれど、結婚した当初はかなりショックだったものだ。嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まない。


 しかし、ゼノは特に何の反応も見せずにただ黙ってダリルの顔を見つめていた。


(一体、何なんだ……?)


 ダリルは先日ゼノの頬を殴り飛ばした。離婚されても仕方がないと腹をくくって城を出たのに、ゼノの行動はダリルの予想していたものとは全く違う。


(そっちから言ってこないなら、もう僕が言ってやる)


 ダリルは深呼吸して、話題を切り出した。



「離婚しましょう。僕たち」


 正直言って、ダリルはもうゼノとは一緒にいたくなかった。ゼノとダリルの関係は、契約上の夫婦のようなもので、愛し合ってはいない。結婚するのならば、本当に好きな人と結婚したい、そう思っているダリルにはこの結婚は全く意味のないものだった。


 離婚することによって、ブロン国とノワール国の関係にひびが入ってしまうかもしれないけれど、正直そこまで気が回らない程ダリルのストレスは溜まっていた。



「ミラノ室長から聞いて初めて知ったんですけどゼノ様、僕より年下だったんですね。知りませんでした……。僕たちはお互い、何にも知らないんだ……。そんな状態で結婚したって……。上手くいくはずがない」



 テントに籠って研究していた時、ミラノと話す機会があって初めて知った事実。ゼノはダリルよりも年下だったのだ。大したことじゃないかもしれないが、相手の年齢さえ知らなかったのだ。それなのに、年下に気を使って媚びを売って。



(こんな結婚、もううんざりだ)



 ダリルはベッドに座っているゼノの目を見据えた。



「とりあえず、オアシスの水瓶が直り次第ノワール国に帰ります。離婚の手続きとか諸々があればノワール国に書類を送ってください」


 ゼノから返事が返ってくることはなかった。


(もういいや、僕の本心は伝えた訳だし)


 もう、これ以上会話をする必要はないだろう。ダリルはゼノに背を向けてベッドへと寝転んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

兄弟がイケメンな件について。

どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。 「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。 イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。

17歳で妊娠可能男と判明。僕と『尻解放の儀式』を受けてくれる男性募集中です!

月歌(ツキウタ)
BL
スマホゲーム『☆神子☆ラブクラッシュ☆』の世界に転生した僕。兄上は、ハイスペック攻略対象者。でも、弟の僕はモブキャラだ。でも、兄上は好きなので満足。 しかし、さすがはクソゲー。僕は、二回も妊娠不可男と神殿の神官に誤診断された。しかし、17歳で『尻解放の儀式』を受けることで、妊娠可能な男性になれると判明。 妊娠可能な男性が減少する世界。 僕は妊娠可能な男性として、婚活を開始。しかし、既に年増として扱われる年齢。婚姻相手が見つからない。 30歳を過ぎても『尻解放の儀式』を共に受けるパートナーが見つからないと、神殿管理の娼館に強制収容される。絶対に嫌だ! だが遂に、友人が僕の婚約者に名乗りでてくれたのだ!なのに、神子に奪われ、婚約破棄されてしまった。 何故だあ! 何度も題名変えています。m(__)m (*´∀`)♪男性妊娠ありの異世界ものです。よろしくお願いします!

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

【BL-R18】敗北勇者への快楽調教

ぬお
BL
※ほぼ性的描写です  人間の国々を脅かす魔王を討伐するために単身魔王の城へ乗り込んだ勇者。だが、魔王の圧倒的な力に敗北し、辱めを受けてしまうのだった。 ※この話の続編はこちらです。  ↓ ↓ ↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/17913308/135450151

【R18/短編】僕はただの公爵令息様の取り巻きAなので!

ナイトウ
BL
傾向: ふんわり弟フェチお坊ちゃま攻め、鈍感弟受け、溺愛、義兄弟、身分差、乳首責め、前立腺責め、結腸責め、騎乗位

【R18】双子の弟に寝取られたと思ったら二人に溺愛された

白井由貴
BL
 ある日、自室に向かおうとしたら何やら声が聞こえてきた。喘ぎ声の様な声に部屋を覗くと、そこには恋人に跨って喘ぐ双子の弟の姿。恋人を弟に寝取られたと絶望し、悩んだ末に別れたいと告げる。しかし恋人である浩介は別れたくないと言い、双子の弟である晴人と共に自室に連れて行かれてしまう。そこで知った事実とは───  恋人と双子の弟に溺愛される双子の兄のお話。 【絶倫攻め、敏感受け】 ※3P、近親相姦、無理矢理、軽い拘束、潮吹きなどの要素があります。 ※内容がほぼ全てに性的表現があります。 苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しています。

処理中です...