63 / 75
第3章(ダリル編)
第63話
しおりを挟むノワール国から来たオメガの王子。結婚はしたけれど、それはブロン国とノワール国の同盟の為であって、本音を言えばダリルの存在はうっとおしい。
ブロン国の者も半数以上が、ダリルの存在を疎ましく思っているだろう。そんな中で生活して、ダリルは居心地悪く感じているに違いない。
実際、あの夜ダリルがノワール国へ帰りたいとぼやいていたのを、ゼノは知っている。
「帰りたいなら、帰ればいいじゃないですか。ノワール国のオメガ王子」
ゼノはダリルの目にかかった髪の毛を手で払った。すると、何かを感じ取ったのか、ダリルは「ふふっ」とくすぐったそうに笑う。
ゼノはその瞬間、無意識にダリルのおでこにキスを落としていた。
何故、自分がそんな行動をしたのか、まったく見当もつかないが、不思議とダリルへと引き寄せられたのだ。
「オメガの匂いにあてられたな、これは」
長くこの部屋に居続けたせいで忘れていたが、この部屋は今、アルファを誘うオメガの匂いに満ちている。ゼノもラット抑制剤を飲んでいるが、こうも何時間もこの部屋に居続けてしまえば、薬の効果も切れる。
大して意識もしていない、強いて言うならばゼノはあまりダリルの事が好きではない。けれど、そんな関係にあったとしても、オメガの匂いは強力でアルファはほだされてしまう。
「恐ろしい匂いだ。まったく」
最後にダリルの顔を一瞥して、ゼノは部屋を後にした。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
数日後の夜、体調が回復したダリルはゼノへと頭を下げた。ヒート時の記憶は曖昧だが、ゼノらしき男性が自分の体にたまった欲望を発散させてくれたことは覚えている。
ゼノは、いつも深夜十二時を過ぎて帰ってくるのに、今日は何故か早く部屋に帰ってきていた。そのおかげでこうして直接お礼を言う事ができたのだ。
「別に、気にしないでください。それと、これ」
ゼノから渡されたのは、オメガの抑制剤の薬だった。
「あっ! ありがとうございます……、これ、探してたんです。一体どこに……」
「あなたの世話係、パンジーが隠していました」
「え?」
ダリルが呆気に取られていると、扉がノックされた。部屋に姿を現したのはパンジーだった。
「あの、どういう……」
状況がイマイチ読み込めないダリルは、ゼノに視線を向ける。
「今言った通りです。パンジーはブロン国とノワール国との戦争で、父親を亡くしています。その恨みで、ノワール国のオメガであるあなたの抑制剤を隠したそうです」
「あ……、そうですか……」
やっと状況が飲み込めたダリルは、そう静かに呟き、パンジーの顔を見た。
(目が据わってる……)
悪い事をしてしまったという後悔は、あまりしていないのだろう。これから待ち受けている罰を受け入れる覚悟ができているという顔だ。
「どうしますか、ダリルさん?」
ゼノがダリルに尋ねる。
「憎む気持ちがあったにせよ、これは許されない行いです。あなたが望むなら極刑にもできますが」
「極刑だなんて……、ちょっと待ってください!」
恐ろしい事を口にするゼノに、ダリルは慌てて首を振った。
(何もこんな事で、やりすぎだ……。だから、パンジーさんの顔もこんなに絶望に暮れているのか)
「極刑なんて僕は望みません。反省してもらうだけで十分です……」
いざこざが起きることは覚悟のうえで、ダリルはブロン国に来ているのだ。されたことは、許しがたいけれど、こんな事でいちいち気を荒げているようでは、いつまでたってもブロン国の国民に受け入れてもらう事なんてできないだろう。
「よろしいのですか? パンジーはまた同じことをするかもしれませんよ」
ゼノは意地悪な質問をしてくる。けれど、ダリルの答えは変わらなかった。
「はい、大丈夫です。パンジーさんは変わらずに、僕の世話係をお願いします」
ダリルがそう言うと、パンジーは驚いた表情をしていた。極刑にはならずとも、クビにされるくらいの覚悟はしていたのだろう。
「ダリルさんがそう言われるのならば。俺は特に何も言う事はありません。良かったですね、パンジーさん。ダリルさんが寛大な方で」
「……はい」
パンジーは頷いて頭を下げた。
「寛大な処置に感謝いたします。それでは、私はこれで」
パンジーが部屋を出て行くと、ダリルとゼノだけの空間となった。結婚式を挙げて、一ヵ月が経とうとしているが、会話という会話をしたのは今日が初めてであった。だからこそ、こういう時にどんな会話をしていいのかが分からない。
「あ、あの……」
「いいですよ別に、無理に喋ろうとしなくても」
「へ?」
まるで、脳内を見透かされているようなゼノの言葉に、ダリルの心臓がドキリと跳ねた。
12
お気に入りに追加
709
あなたにおすすめの小説
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜
にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。
そこが俺の全て。
聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。
そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。
11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。
だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。
逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。
彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ありあまるほどの、幸せを
十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。
しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。
静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。
「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。
このお話単体でも全然読めると思います!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる