61 / 75
第3章(ダリル編)
第61話
しおりを挟む「な、何か御用でしょうか……?」
パンジーはすぐさま頭を下げる。しかし、一使用人の部屋に、国王のゼノが何の用があるのだろうか。良く分からないが、パンジーはゼノの言葉を待った。
「それ、ダリルさんの抑制剤ですよね」
ゼノの視線が、自分の右手に注がれていることに気づき、パンジーは咄嗟に腕を後ろに隠す。
「あ、あのこれは……」
「貴方たちの会話は全部聞いていました。大人しく、薬を渡してください」
なんて運が悪いんだろうと、パンジーは唇を噛みしめた。国王が使用人の部屋の前を通る事なんか、一年に一度あるかないかくらいなのに、よりにもよって今日だなんて。
「ほら、早く」
ゼノはパンジーの前に手を差し出した。ここで渡してしまえば、パンジーが取った行動がすべて水の泡となってしまう。ブロン国のオメガに何もやり返せずに終わってしまうのだ。
(そんなこと、あってたまるか……)
「いや……です」
パンジーは小さく呟いた。
「貴方は自分がやったことの罪の大きさは分かっていますか?」
「分かっています。けど、どうしてもブロン国が憎いんです……。ゼノ様も、平和同盟の話が出た時は最後まで反対していらしたと聞きました。けれど、先代国王、ゼノ様の父君が最終的に同盟を了承してしまったから、仕方なくノワール国のオメガをこの国に迎えた」
こんな事を、使用人が国王に聞くなんてことあってはならないだろう。そもそも対等に話せる立場ではないのだから。けれど、パンジーは今怒りで気が触れていた。
「ゼノ様は、ダリル様を大切に思っていませんよね。いつも帰りが遅いのは……娼館に行かれているから……。それなのに、何故ダリル様の為に行動なさるのですか?」
暫くの沈黙が流れた。
きっと、パンジーはもうここでは勤められないだろう。クビになるならまだいい方だ。ゼノの判断次第では断罪の可能性だってある。そう分かっているからこそ、パンジーにとってこの沈黙は地獄の様に長く感じた。
「俺も、ダリルさんと仲を深めようとか思ってはいません。けど……」
ゼノは、パンジーから抑制剤をもぎ取り、背を向けた。
「オメガの発情期の苦しみは誰よりも知ってます。俺の母親がそうだったから」
ゼノはそう言い残し、部屋から出て行った。
「ゼノ様! お待ちください! ダリル様が今日は誰も部屋に入れないで欲しいと……」
スイレンが急いでゼノの後を追いかける。しかし、ゼノは足を止めず、ダリルの寝ている寝室のドアを開けてしまった。その途端、部屋に籠っていたオメガの香りが解き放たれる。甘ったるく、魅惑的な、アルファを誘う匂いだ。
「俺は平気です。毎日アルファのラット抑制剤を飲んでるので」
ゼノはそう言い残し、部屋の扉を閉めた。
12
お気に入りに追加
709
あなたにおすすめの小説
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜
にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。
そこが俺の全て。
聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。
そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。
11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。
だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。
逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。
彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ありあまるほどの、幸せを
十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。
しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。
静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。
「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。
このお話単体でも全然読めると思います!
お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる