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第3章(ダリル編)

第61話

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「な、何か御用でしょうか……?」



 パンジーはすぐさま頭を下げる。しかし、一使用人の部屋に、国王のゼノが何の用があるのだろうか。良く分からないが、パンジーはゼノの言葉を待った。



「それ、ダリルさんの抑制剤ですよね」



ゼノの視線が、自分の右手に注がれていることに気づき、パンジーは咄嗟に腕を後ろに隠す。



「あ、あのこれは……」



「貴方たちの会話は全部聞いていました。大人しく、薬を渡してください」



 なんて運が悪いんだろうと、パンジーは唇を噛みしめた。国王が使用人の部屋の前を通る事なんか、一年に一度あるかないかくらいなのに、よりにもよって今日だなんて。



「ほら、早く」



 ゼノはパンジーの前に手を差し出した。ここで渡してしまえば、パンジーが取った行動がすべて水の泡となってしまう。ブロン国のオメガに何もやり返せずに終わってしまうのだ。



(そんなこと、あってたまるか……)



「いや……です」



 パンジーは小さく呟いた。



「貴方は自分がやったことの罪の大きさは分かっていますか?」


「分かっています。けど、どうしてもブロン国が憎いんです……。ゼノ様も、平和同盟の話が出た時は最後まで反対していらしたと聞きました。けれど、先代国王、ゼノ様の父君が最終的に同盟を了承してしまったから、仕方なくノワール国のオメガをこの国に迎えた」




 こんな事を、使用人が国王に聞くなんてことあってはならないだろう。そもそも対等に話せる立場ではないのだから。けれど、パンジーは今怒りで気が触れていた。




「ゼノ様は、ダリル様を大切に思っていませんよね。いつも帰りが遅いのは……娼館に行かれているから……。それなのに、何故ダリル様の為に行動なさるのですか?」



 暫くの沈黙が流れた。



 きっと、パンジーはもうここでは勤められないだろう。クビになるならまだいい方だ。ゼノの判断次第では断罪の可能性だってある。そう分かっているからこそ、パンジーにとってこの沈黙は地獄の様に長く感じた。




「俺も、ダリルさんと仲を深めようとか思ってはいません。けど……」



 ゼノは、パンジーから抑制剤をもぎ取り、背を向けた。



「オメガの発情期の苦しみは誰よりも知ってます。俺の母親がそうだったから」






 ゼノはそう言い残し、部屋から出て行った。











「ゼノ様! お待ちください! ダリル様が今日は誰も部屋に入れないで欲しいと……」



 スイレンが急いでゼノの後を追いかける。しかし、ゼノは足を止めず、ダリルの寝ている寝室のドアを開けてしまった。その途端、部屋に籠っていたオメガの香りが解き放たれる。甘ったるく、魅惑的な、アルファを誘う匂いだ。




「俺は平気です。毎日アルファのラット抑制剤を飲んでるので」



 ゼノはそう言い残し、部屋の扉を閉めた。
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