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第3章(ダリル編)
第60話
しおりを挟む夕方になり、そろそろ日が落ち始める時間になったのでダリルはミラノに別れを告げて、自室へと戻った。
「そろそろ、ヒートの時期か……」
ふと、カレンダーを見やると、自分のヒートの時期が近づいていることにダリルは気づいた。
「少し早いけど、用心に越したことはないないよね」
まだ抑制剤を飲まなくても大丈夫だが、慣れない環境だから何が起こるか分からない。そう思い、自室にある棚を開けたのだが、つい先日までここにしまっておいた薬が見当たらない。
「あれ……、違う所にいれたかな……」
思い返しても、ここから薬を動かした覚えはない。
「無くすほど、物を持ってきているわけじゃないんだけどな……」
もともと、ブロン国に来るにあたって、持ってくるものは最小限にしていた。
「おかしいな」
その日、一日中部屋の中を探し回ったが、不思議なことに抑制剤は見つからなかった。
一人で夕食を済ませ、風呂に入ったダリルは、コーヒーを片手にゼノの帰りを待っていた。この部屋に出入りしているゼノなら、抑制剤のありかを知っているかもしれない。
(もしかしたら、ゼノ様が動かした可能性だってあるし……)
そう思い、ゼノを待つこと五時間。深夜二時を回ってようやく寝室の扉が開いた。
「あ、おかえりなさい……」
「……何で起きてるんですか?」
ダリルが声を掛けると、ゼノは驚いたように目を見開いた。
「すみません、少し話したい事がありまして……」
ゼノはダリルの声など聞こえないかのように、洗面所へと姿を消す。そして、やっと出てきたかと思えば、すぐさまベッドに横になった。
「あ、あの……」
「すみません。俺、もう眠いので寝ます」
「え……」
ダリルはその時確信できた。ゼノは自分を拒絶しているのだと。この部屋に戻ってくるのも、一応結婚式を挙げて夫婦関係になったからであって、多分ベッドで一緒に寝ること自体、ゼノは嫌がっているはずだ。
(こんな人とどうやって打ち解ければいいんだ……)
「ノワールに帰りたい」
心からそう思った。ブロン国という対立していた国では、ダリルを受け入れてくれる人は少ない。使用人やゼノからの態度でダリルの心は削られていた。
それから、数日後。結局薬は見つからず、ダリルは発情期を迎えてしまった。
「ノワール国との同盟なんて馬鹿げてるよ、本当」
メイド室から、苛立ちを含んだ声が聞こえる。
「まあ、仕方ないんじゃない? 実際、今のブロン国は砂漠化が進んで資源不足なんだから。今、ノワール国と闘っても勝てないから、先代の国王様も同盟を結ぶことにしたんだと思うよ」
そんな女性を宥めるかのように、もう一人の女性がそう口にした。
メイド室で会話を繰り広げているのは、ダリルの世話係、パンジーとスイレンである。発情期初日を迎えてしまったダリルから、「部屋には入ってこないで欲しい」と言われたので、特にやることもなくメイド室で暇を潰しているのである。
「でも、まあいい気味だよ。ゼノ様だってダリル様のこと全く相手にしてないみたいだし。夜も遅く帰ってきてさ、会話もろくにしてないんじゃない?」
「まあ、そうだろうね。ちょっと気の毒にも思えるけど」
「え? スイレン、もしかして、ブロン国のオメガに同情してんの?」
「そんなんじゃないけどさ」
噛みついてくるパンジーを、スイレンは軽くあしらった。
「それよりも、パンジー。あんたそれ本気なの?」
スイレンはパンジーが手に持っている小瓶を見やった。パンジーの手には、オメガの抑制剤が握られている。
「隠すなんて、姑息な真似よしなよ」
スイレンは呆れながらパンジーの顔を見る。
「今更だよ、後悔はしてないから。第一、ノワール国との戦争であたしは父親を殺されてんだ。何かやり返さなきゃ気が済まないんだよ」
パンジーの父親はノワール国との戦争で戦死している。一家の大黒柱を失ったパンジーの家族は、それから死ぬ思いで生きてきた。時には一日何も食べられない日もあったくらいだ。ブロン国に対する憎しみが、パンジーの中で積もっている。
「ふーん。まあ、私は知らないからね。どうなっても」
スイレンは、パンジーを一瞥しポケットから出した煙草に火をつけた。
「ちょっと、煙くさいんだから外で吸ってきてよ」
「へいへい」
パンジーはスイレンを外へと追い出して、窓を開ける。
「はあ、煙くさい……」
部屋に充満した煙の臭いを外に追い出していたその時、後ろでドアが開く音が聞こえたので、パンジーは眉根を寄せて振り返った。
「ちょっと、煙草を吸ったら暫くは帰ってこないでって……」
てっきり、スイレンが帰ってきたのかと思っていたパンジーは呆気にとられた。
「ゼノ様……」
そこに立っていたのはゼノだった。
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