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第3章(ダリル編)

第59話

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 結婚式から一週間が経った。


 あれからダリルとゼノは、あまり会話を交わしていない。同じ寝室で寝起きしているが、ゼノは朝が苦手なのか、起きるのが遅く、いつもばたばたと準備をしていくので話しかける暇もない。


 夜もおそくわざと狙っているのか、毎度ダリルが眠りについてから帰ってくるのが定番だ。



 与えられた食事を食べて、特にやることもないので部屋の中やブロン国の城内を散策するぐらいしかやることがないのだ。



「まあ、当然だけど使用人からは嫌われてるしな……」



 覚悟はしていたが、城に勤める使用人からの態度は冷たい。まだ、ノワール国から来た敵という風にみられているのかもしれない。そのせいか、部屋にいても居心地が悪く感じる。



 部屋にいたところで、特にやることもないのでダリルは城の北側にある温室へと籠るようになっていった。




「あれ、ダリル様。またいらしたのですか?」
「ええ。まあ……」



 温室を管理しているミラノは、椅子に座って植物を眺めているダリルを見つけて微笑んだ。ミラノは男性だが、優しい雰囲気を身にまとっておりゼノとは比べ物にならない程温厚な性格をしている。


 年齢は三十代前半で、垂れた柔らかい瞳が印象的だ。けれど、力仕事をしているせいか、愛嬌のある顔からは想像できないくらい筋肉がしっかりとついた体型をしている。



「ご迷惑でしたでしょうか……」



 ブロン国に来てから毎日の様にここに入り浸っている。流石に仕事の邪魔になるだろうかと、ダリルはバツの悪そうな顔をしてミラノに尋ねた。



 しかし、ミラノはにっこりと笑って首を振る。



「いいえ、大丈夫ですよ。温室を管理する人手も増えますし、なんせダリル様は植物がお好きだ。残念ながら、ブロン国にはあなたほど植物に関心を持つ人はいないんです。だから、私もうれしいですよ」


「そ、そうですか……」


(よかった……)


 なんだか、ブロン国に来て初めて人に受け入れられた気がした。


 ノワール国にいた時、ダリルは学校に通い、主に植物に関する勉強をしていた。ノワール国周辺には、まだ発見されていない不思議な植物も存在しており、論文を読んだり、研究をしたりするのが、ダリルの楽しみだった。




 まさか、こんな事でミラノとの接点を作れるとは思わなかったが、ブロン国に来てもまた大好きな植物と触れ合う事が出来るのだ。



「でも、良いんですか? 毎日こんなところに来ていて。ゼノ様に怒られませんか?」



 ミラノの言葉に、ダリルは首を振った。



「怒るだなんて……。ゼノ様は僕になんて関心がないんだと思います。いつも、帰ってくるのは僕が眠ってからだし、会話もろくにできていない状態で……」



 ゼノはきっと、ダリルが日中この温室に入り浸っている事すら知らないだろう。ゼノはダリルとの会話をわざと避けているような気がする。



「そうですか……」


 ミラノは寂しそうにぽつりと呟いた。


(しまった、こんな暗い雰囲気にしてしまった)


 これはゼノとダリル、二人の問題であり、ミラノには全く関係がない。こんな暗い話題をここで持ち出しても仕方がないのだ。



「す、すみません。ノワール国から来たのだから当たり前ですよね」 


 敵対していた国同士なのだから、嫌いあっていているのが当たり前で、ミラノの様に受け入れてくれる人の方が珍しいのだ。


 ダリルはわざと自虐して、その場を明るくしようとしたが、ミラノは優しい瞳でダリルを見ていた。



「そんな悲しい事、言ってはいけませんよ。ブロン国、ノワール国、お互いに手を取り合うと決めたのだから、それぞれが受け入れ合っていかなくてはいけないと、私は思います」


「ミラノ室長はノワール国が嫌いじゃないんですか?」



 考えるより先に、口から言葉が零れ落ちていた。

墓穴を掘った発言だったかもしれないと後悔しながらも、ダリルはミラノがどう答えるのか単純に興味があった。


「幸い私は、父も母もそれから兄弟も戦争で亡くしてはいません。だから、ノワールをそこまで敵対する気持ちはないです」


「そ、そうですか……」


「でも、戦争程愚かなものはないと思っています。戦場となったブロン国とノワール国の国境付近は、昔、豊かな森があったと聞きます。しかし、戦争によってその森は焼かれ、草木はこげ落ち、ほとんどが砂漠地帯になってしまったとか。今では砂漠の中に小さな森がぽつんとあるだけ。確か「精霊の森」と名付けられていると聞きました」



「ええ、そうですね」



 ブロン国に来る途中、ダリルは「精霊の森」で休憩をした。一面砂漠が広がっている中に、ポツンと存在するオアシスだ。




「戦争をもう起こさない為にも、私はブロン国とノワール国の平和同盟には賛同しています」



 ミラノの言葉は、単純に嬉しかった。国は違えど、ルーシュと同じく平和を望んでいる人がいるのだ。


「憎しみのはびこるブロン国とノワール国はそう簡単に同盟なんて結べない」


 そう、人々は口にする。確かに、平和同盟なんて現実的じゃないのかもしれない。それでも、ミラノの様に信じてくれている人もいるのだ。



 ダリルはミラノの為にも、絶対にゼノと打ち解けようと思った。そして、この同盟を絶対に成功させてやると強く誓った。
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