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第2章

第20話

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「戻ったぞー」



「遅い」


 孤児院から帰ったノアが部屋に入ると、椅子に腰掛けていたルーシュが、不機嫌そうに開いていた本を閉じた。


「何だよ、たった十分過ぎただけじゃん。そんなに怒らなくても」


 ノアには、ルーシュから門限が設けられていた。日が落ち始める十七時には、城に帰らなければならないのだが、今日はシスターと話した後、子どもたちと遊んでいたせいで時間を気にする余裕がなく、すこし門限を過ぎてしまっていた。



「日が落ちて辺りが暗くなったら危ないだろう。攫われでもしたらどうするんだ」


「護衛がついてくれてるから大丈夫ですー」


 ノアが出かける時には、必ず数人の護衛が付いてくるので、攫われることなんてことは絶対にありえない。


「なんだよ、今日はやけに突っかかってくるな……」


 いつもなら、十分過ぎたぐらいでは怒らないルーシュだが、今日は気が立っているのだろうか。


ノアが上着を壁にかけていると、ルーシュは突然ノアの手首を掴んで引き寄せた。


「お前を襲ってくる奴が手練れだったらどうする。護衛がすべてやられてしまったら?」


 ノアはそのままベッドに放り投げられ、覆いかぶさってきたルーシュによって手首を顔の横で拘束される。


「こんな風に抑え込まれたら、お前は逃げることができるのか?」


「おいっ! なんなんだよ……」


 面倒くさくなって体をばたつかせるが、ルーシュの力には敵いっこない。


「どうした。もっと抵抗してみろ」


 挑発的なルーシュに、ノアは顔をしかめた。


(なんか、怒ってる?)


「ノワールは比較的平和な国だが、中には野蛮な連中もいる。妃という事でお前を狙ってくるかもしれない。お前はこんなにも弱いんだから、もっと安全な行動を心がけてくれ」


「弱いって言うな」



 ノアがむすっとした顔で言い返すと、ルーシュは口の端に笑みを浮かべてノアの手を離した。



「朝、俺が言った事憶えてるか?」
「え、なんだったっけ?」


 突然の問いに、ノアは首を傾げた。


「お前は……。今日は話があるから早めに帰って来いって言っただろ?」


「あ! そうか、何かそんなこと言ってたな……はは……」


 孤児院に出かける前、時間がなかったノアは、ばたばたと準備をしていて、ルーシュが言っていたことを今の今まですっかり忘れてしまっていた。


(機嫌が悪かったのは、そのせいか‥‥‥)



「ごめん。話って何?」

 ノアが尋ねると、ルーシュは気まずそうに咳払いをする。


「いや……。もっと、こう、ムードとかあった方が良いと思うんだけどな……」



 ルーシュは頬を掻きながら、ノアを見つめた。


「何だよ、いいから言えって」



 ノアが言葉の先をせかすと、ルーシュは一息ついてゆっくりと顔を上げた。





「子どもを作らないか?」
「子ども……?」




 予想外のルーシュの言葉にノアは呆気にとられる。

「子どもって俺たちの子ども?」

「他に誰がいるんだ」

「え、ああ。そうだよな‥‥‥」

「まったく……。無事に結婚式も済ませたし、頃合いだと思うんだが。お前はどう思う?」



 ルーシュが珍しく顔を赤らめて聞いてくるので、ノアもつられて恥ずかしくなってしまう。


「どうって……」


 正直考えてもみなかった話だった。ノアは、ルーシュさえいれば幸せだったのだ。以前、何度かルーシュに子どもの話題を出されてはいたけれど、自分の体が子どもを産める体質だなんてまだ信じきれなかった為、どうしても現実的には考えられなかった。


「ルーシュは……、子ども欲しいの?」
「当たり前だ」


 ルーシュはノアの体を包み、耳の後ろにキスを落とす。


「ノアは、どうなんだ?」



「俺は……」



 これから生涯を共に生きていく伴侶として、ノアはルーシュを選んだ。ルーシュが望んでいる事ならできるだけ叶えてあげたい。それに、ルーシュはノワール国の第一王子だ。跡継ぎを残さなければいけない立場にいる。



「ルーシュが欲しいなら……いいよ」



 ルーシュは以前から、子どもを欲しがっていた。それは言動からすごく伝わってきていたし、大切な人との子どもなら拒否する理由はまったくない。


「そうか」


 ノアの言葉を聞いて、ルーシュは顔をほころばせた。ルーシュは基本的に感情が表に出ることは少ないが、ノアの前だけは違った。まるで子供の様に、素直な笑みを浮かべる。


 ルーシュは、ノアの体を包み込む手に力を入れた。


「へへ、苦しいよ」


 自分の首元に顔をうずめるルーシュを眺め、ノアは笑った。
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