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第1章

第12話

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「子どもから大人気だな」




 数日経ったある日、孤児院の帰りに砂浜によったノアは頬を膨らませてルーシュを睨んだ。


 毎日夕刻になると、ルーシュが必ずノアを迎えに来る。ルーシュが現れる度、子供たちは大喜びだった。


 時間的なこともあるけれど、まだノアは子どもたちにルーシュほど好かれていない。きっと、幾度となくこの孤児院に顔を出してきたのだろう。



 一国の王が孤児院にまで目を向けるなんて。勝手なイメージだが、王様というのはそれほど民衆に興味がない感じで、切り離して考えているものだと思っていた。



「孤児院にいる子どもたちは、皆、戦争で両親を亡くしている。面倒を見ていくのは当然の事だ」


「そうか……」



 ノアは何とも言えない気持ちになった。孤児院にいる子どもたちの親を奪ったのはノアの出身地、ブロン国の兵士。親の敵である自分の事を子どもたちは一体どう思っているのだろうか。


 神妙な面持ちをしていると、ルーシュがノアの肩に手を置いた。



「将来を担う子ども達には、同盟を結んだブロン国の者と触れ合って欲しいと思っていた。お前が孤児院に通ってくれて助かる」


「……なんでそこまでして、同盟にこだわるんだ?」



 ノアがそう尋ねると、ルーシュは一瞬眉間に皺を寄せた。



「戦場というのはひどい場所だ。やみくもに仲間が死んでいく。俺の仲間は、もうほとんど死んだ。残ったものは孤独と罪悪感に苛まれる。疲弊した兵士や、残された家族の顔を見て、二度と、戦いを起こしてはならないと思った」


「そう、なのか……」



 今までに見たことがないほど、ルーシュは険しい顔をしていた。戦場、そこがどういう場所なのか、ノアには想像もできない。きっと、想像を絶する場所なのだろう。



「ブロン国の出身の俺が憎くないのか?」



 ノアが不安げに尋ねると、ルーシュは僅かに眉を下げて笑った。


「ごめん」



 ノアはルーシュの手に自ら手を重ねた。少し、意地悪な質問だったかもしれない。


 けれど、こういう時、どんな言葉をかけてあげればいいのだろうか。仲間を亡くした経験などしたことがないノアは、ただずっとルーシュの手を握っておくことしかできなかった。



「今こうして、お前が俺の手を握ってくれているという事にはきっと意味がある。そなたとなら、この先の両国の関係を変えて行けれそうな気がする」


「うん」


 アキはブロン国とノワール国の争いには全く関与していない為、正直、同盟など特に気にも留めていなかった。それでも、あの硬派なルーシュがこうして弱みを見せ、人の為に一生懸命動いている姿に、少しだけ心を打たれていた。











「キスをしていいか?」







「へ?」




 ふと、唐突なルーシュの言葉に、ノアの声が裏返る。



(キスって……、あのキスだよな……)


「だめか?」


「えっと……」



 ノアの視線が泳ぐ。いつもなら突っぱねている所だが、こんな風に弱みを見せられて突き放せるわけがない。



「ノア」




 すっと頬に手が伸びてきた。男とのキスなんて考えられない、そう思っていたのに近づいてくる気配に不思議と嫌悪感はなかった。ただ、緊張して身が持ちそうにないのでぎゅっと目をつむっていると、ルーシュが鼻で笑った。





「愛い奴め」
「なっ!」



(こいつ、今絶対バカにした!)



「男に向かって愛い奴とかいうな! 大体お前は……」



 ノアの言葉は、ルーシュの口づけにより遮られる。深く、ノアの口腔にルーシュの舌が忍び込んで来る。ざらりとした舌の感触に、ノアの体が強張った。


 しかし、ルーシュの口づけは決して強引ではなく、ノアの緊張を解くような優しいキスだった。痺れた舌を何度か吸い上げられた後、ノアの唇は解放される。


(キスってこんなに気持ちいいんだ)




 大きくて、優しい手がノアの頭の上に置かれる。


「は、早く帰ろうぜ」


 何だか照れくさくて、ノアはルーシュの手を振り払うように立ち上がった。
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