公爵様が信じるのは奴隷だけ

ccm

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力が入らない。
いつの間にか自分に追いつき、心配そうに傍でユーリの名前を呼ぶラウルとネアの声が聞こえているが、ユーリの身体は動けない。



ユーリは痛感していた。
いつまでも、どれだけ何度だって焦がれても、目の前の幸せな家族のに自分はなれないのだ。

ユーリの伸ばした手を掴んでくれた人は今までだってずっといなかった。




涙も零れない
ただ遠ざかる幸せな家族の後ろ姿を見つめていた







そんな時だった。



なんだ?

伸ばした右手に視線を向けてもその手は何も変わっていない。



―じゃあこれは?―




「ユーリ」

そう自身の左側から声が聞こえる。

左だ。
僕の左だけが温かいのだ。

ゆっくり左側に視線を向けると、そこにはつい最近養母となった存在がいた。
膝をついたユーリに合わせドレスが汚れることも気にせず、同じように膝をつき、視線を合わせる。


それだけではない。
ユーリの左手をイザベルの右手がぎゅっと握りしめていた。




ユーリは思い出す。
幼い自分を置いて振り向かない『母』の後姿に必死に伸ばしたその手を。


イザベルはユーリが思い描いた『母』ではない。
イザベルはユーリの伸ばした手を取ったわけではない。


『母』に望んでいたのは、自分の伸ばした手を掴んで一緒に連れて行ってくれることだ



養母となったイザベルはをしてくれたわけではなかった。


しかし、その手を取ってもらったこともユーリにとって生まれて初めてなのだ。



イザベルはユーリの思い描いた『母』のように優しく抱きしめて愛を囁いてはくれない。

しかしだ。
ユーリと名前を呼んでくれて、服を選んでくれて、必要なものはないかと聞いてくれる。

それだけじゃない。

当然のように毎日共に食事をして、魔力の鍛錬もしてくれて、
ユーリを『息子』だと、そう思ってくれている。


「ユーリ。大丈夫か…?」

そう心配そうに美しいまだ若いその顔に眉間にしわを寄せ、声をかけてくれる。

マルシャン家に来たあの日からそうだ。
イザベルがユーリを邪険に扱ったことは一度としてなかった。


そう理解したその時だ。
ユーリの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

「ユーリ!?」

イザベルが大きく目を見開いて、驚きの声で名前を呼ぶが、ユーリ自身では一度溢れてからもうそれを止めることができなかった。







――――――――――――――――――――――――







涙を流すユーリとそれに寄り添うイザベルを遠くから見つめる1つの視線。

「…今度こそ絶対に」

そう小さく呟いたその言葉は誰の耳にも届かなかった。













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