上 下
70 / 91
第8章

68話

しおりを挟む
 風に背を押されながら三人は宿へと入っていった。
 先頭を歩いていた与一が、ふと、足を止める。立ち止まった彼の後ろにいたふたりが、眉を寄せながら表情を窺おうと顔を覗き込む。

「正直、エレナに話すと問題が起きそうなんだよなぁ」
「なによ。知っておいて損ってことなの?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」

 不意に、言葉が詰まった。
 与一自身、これ以上誰かを巻き込みたくない。と、いうのが本心であった。だが、今更そんなことを言ったところでエレナが引き下がるとは思えない。彼女にも、知らなければならない事情があるのかもしれないのだから。
 以前、カミーユとカルミアが情報を教えてくれた時に、冒険者ギルドのギルドマスターが行方不明になっていると言っていた。エレナの目的は、そのギルドマスターに関する情報なのであろう。が、どこから港での一件を嗅ぎつけたのかは、考えても思い当たる節はなかった。

「与一様? どうかされたのですか?」

 黙り込んでしまった与一を心配して、ルフィナが声を掛ける。

「そうよ、黙っていたらここまできた意味がないじゃないの!」
「まぁまぁ。エレナさんもそんなに怒っていたら嫌われてしまいますよ?」
「っうぐ。だ、誰に嫌われてるって言うのよ」

 ぷい、と。そっぽを向くエレナ。そんな彼女を見て、ルフィナは小さく微笑んだ。
 
「はぁ、やっぱり言わなきゃだめか?」
「言いにくいことなの? それとも、何かしら悪さしてるんじゃないでしょうね?」

 歯切れの悪い与一の元へと、ずい、と。身を寄せるエレナ。

「悪さはしてないぞ。ただ、巻き込まれたってだけだ」
「巻き込まれた? どういうことよ」
「与一様は、冒険者ギルドに登録した日から、外部の組織的ななにかに狙われていたようなのです」
「はぁッ!? それって、うちのギルドが関与してるって言いたいの?」

 途中から会話に参加したルフィナに振り返りながら、エレナ声を裏返した。

「違う違う。なんて言えばいいんだろうなぁ。ギルド内部に入り込んでいたやつがいたとしか……」
「ま、まさか。カルミアさんのことじゃないでしょうね?」

 受付嬢兼情報屋。カルミアのしていることを知っているエレナにとって、内部で情報を外に流せる人物と言えば彼女しかいなかったのだ。だが、それと同時に疑問が生じた。

「でも、カルミアさんが来たのは2か月も前よ?」
「だろうな。受付嬢失踪の一件から、すべて仕組まれていたってことだよ。そこに、俺がふって湧いて狙われたってわけだ」
「ですが、それだと与一様のことを知らない間に、なにかしらの計画があった。と、捉えれるのですが」
「俺もそれは思ったんだ。だけど、カミーユやカルミアはその計画とやらの情報は得てないんだ」
「カルミアさんのことは、後で本人に聞いておくことにするとして……そういえば、勝手に指名依頼を引き受けたって話になって、ギルド内が殺伐としてた時期があったわ」

 各所の関係者が集まると、こうまでも情報が揃っていくのか。と、与一は感心していた。
 今まで、冒険者ギルドの内部情報はカルミア経由で少ししか得られなかった。それが、エレナを混ぜての情報交換なるものは有意義なものである。あれやこれや。と、知らなかった情報から、関係者以外では知るはずのないことまで聞き出せるのだ。ある意味で、話して良かったのかもしれない。

「それなら聞いたぞ。生産職に向けての指名依頼があったんだろ? でも、それはギルドマスター不在の時にのみ行われていたって」
「そうなのよ、そのせいでギルドのお金は減っていったわ。今回、あんたから受け取った……えっと、万能薬だっけ? あれを代用して、なんとか依頼を回せている状態なのよ……」

 そんな理由があったのか。と、与一は今まで理解していなかったギルドの買取から、報酬を渡されるまでの遅延に納得することができた。しかし、ギルドのお金を存分に使ってまで、作りたかったものとは。

「確か、クロスボウがどうのこうのって──」
「クロスボウ……ですか? 冒険者なら、装填に時間のかかるものよりも弓を取ると思うのですが」
「それを生産職の連中にやらせていたってこと?」
「たぶん、な」

 これといって確信をもって言えることではない。仮に、クロスボウの量産があの黒ずくめの男の目的であったのなら、それはそれで何が目的であったのだろうか。と、疑問を感じるのだが。

「んま、あの黒ずくめの男はジジィに射られてたからなぁ。知りたくても、もう知ることはできないだろうな」
「黒ずくめ……?」
「あぁ。エレナみたいな感じで真っ黒な感じだったぞ? 暗くてよく見えてなかったけど──」
「それって、ギルドマスターかもしれない……」
「────ッ!?」

 エレナの言葉に、与一は肩を震わせた。
 彼女の探していた人物が、あの老人の一矢によって死んだことを遠まわしに言ってしまったのだ。もし、仲が良い人であったのなら、彼女は血相を変えて老人を探しに出て行ってもおかしくはない。それ故に、与一は再度言葉を失ってしまった。申し訳ない。そんな一言で済むことではない。

「あ、あのな。あのジジィは俺を助けようとして……」
「さっきの話を聞いたから理解はしてるのよ……してはいるのだけれど、どうしてマスターがそんなことをしたのかって」
「それは私も思いました。前にお会いした時は、気配りのできるいい人でしたのに……」

 情報の整理で混乱しているふたり。
 突然、主犯格とも言えよう人物が冒険者ギルドのギルドマスターであったと判明したのだ。今まで、普通に過ごしていた人が、突然悪事に走るとなれば身内や顔見知りからしたらどうしてだろう。と、心配するものである。

「もしかしたら、だけどな。そんな立派に仕事をこなしていた人が、いきなり罪に問われるようなことをするのってさ。誰かから誘われたか、そそのかされたのふたつだと思うんだ」

 ふたりを順に見た与一が、口を開いた。
 誰それから誘われて、実行したはいいもの良いように利用されてしまっていた。そんな理由であるのなら、辻褄つじつまは合うのだ。しかしながら、その『誰それ』がどんな人物であるのかは未だに不明。情報すら挙がっていないのだから、仮説でしかないのだ。

「……それなら納得できるのよね」
「問題は、誰がギルドマスターにそのようなことを吹き込んだのか。ですよね」
「はぁ……情報が出揃うと、次へ次へと問題が出てくるな」
「そうね。とりあえず、知りたかったことを教えてくれたことには感謝するわ。あとは、こっちでも調べてみるから、あんたたちはあまり関わらないほうがいいかもしれないわ」
「はは。それは願ったり叶ったりだ。もう、あんな面倒事はご免だからな」

 やれやれ、と。手を上げて見せる与一。
 忠告されなくとも、深く関わる気など毛頭ない。カミーユとカルミアが教えてくれる情報を整理していくだけでも、自身がどんな状況下に置かれていたのか理解できる。逆に、エレナが首を突っ込み過ぎないだろうか。と、与一は不安になってきていた。

「ギルドにもギルドの問題があると思うけどさ、あんま無理すんなよ? 相手は、俺たちを殺そうとしてきたんだ」
「えぇ、わかってるわよ。ご忠告ありがとね」

 素っ気なく答えたエレナは、踵を返して宿を後にしようと足を踏み出す。

「気を付けてくださいね。エレナさん」
「お互いに、ね。それじゃ、私はギルドに戻ることにするわ。またなんかあったら聞きに来るから」
「いや、来なくていい」
「な、なによ! せっかく頼ってやってるのよ? もう少し感謝しなさいよね!」
「へいへい。ほら、さっさと帰れ」

 しっし、と。手であしらう与一を睨むと、ルフィナには微笑みかけるエレナ。そして、彼女が去った後に、ルフィナがうっかり口を滑らせたことに対して、与一からの長い長い説教が始まるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

処理中です...