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第1章

3話

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 アニエスとセシルはヤンサの街を後にし、採集依頼『いやし草』10本の納品を達成するべく街道を進んでいく。商人が仕入れで良く訪れることもあり、馬車や荷物を背負った街へとおもむく商人とよくすれ違う。時折、大人数を荷台に乗せたいかにもな観光客を乗せた馬車も通り、遠くから来たであろう人々にふたりは笑顔で手を振る。

 街道を歩くこと半時、辺り一面の緑とぽつぽつと木々が生えている場所──『シチリ南部平原』へと辿り着いた。広々とした大地には何種類、何十種類と言った草花が生えており、それらを見たセシルは目を輝かせていた。

「……これ、さっき本で読んだ花」
「セシルっていつも図鑑みたいなの読んでるわよね。やっぱお父さんの仕事継いで薬師になるの?」

 横から覗き込んできたアニエスが、興味深そうに花を観察するセシルに問いかける。こくりと頷いたセシルは、また何事もなかったかのように目の前に生えている黄色いつぼみがついてる花を眺めている。

「それで? この花ってなにかしら薬にできるの?」
「花粉に麻痺毒が含まれてる」

 辺りを見回しながら問いかけるアニエス。先ほどから眺めているだけだったセシルは立ち上がり、ぼそりと呟く。毒だなんだと、騒いだりもせずに解説するセシルに、アニエスは嫌そうな顔をしながら答える。

「──こ、こっちに近づけないでよね。麻痺毒って結構つらいから……」

 一度体験したかのような口ぶりだった。それからしばらくの間、気になる草花が生えていなかったのか、セシルは地面をみながらあっちこっちへと歩いていく。その姿を見るや、溜め息をこぼしながら剣の柄を握ったり離したりするアニエス。正直なところ剣を振るいたいのだろう。

「朝早く起きて、先に依頼受けておくべきだったわ……はぁ……」
「アニエス、これ見て」
「今度はなに? また珍しい薬草でもみつけた──」

 セシルの呼びかけに呆れ口調のアニエスが駆け寄っていく。一本の木の生えている小さな丘を越えたアニエスだったのだが、途中で言葉を失ってしまった。原因はセシルの隣でぺたりと股を開いて座り込みながらよだれを垂らし、遠くを眺める男がいたからだ。髪は黒く、鼻の下まで伸びており、薄茶色で虚ろな瞳が隙間から覗いている。顔つきは身近にはいない、こちらの地方の出身ではないと一目でわかるもので、見慣れない黒い上着に白いシャツを着ており、黒いズボンを履いている──不思議な感じのする男だった。

「生えてた」
「いやいやいや、人が生えてるわけないでしょ! それよりこの人は大丈夫なの!?」
「外傷はない、たぶん気絶」
「……っは?」

 セシルが男の髪を持ち上げて目元を確認しており、先にどこか怪我がないか見たのだろう。薬師の娘ともあって、こういう緊急の時の対処は心得ているようだ。間の抜けた返事をしたアニエスはどうすればいいのかもわからず、あたふたとしていた。こういう時は基本的に任せっきりなので、一切の知識を持ち得ていないのだ。

 これといった外傷もなく、かと言ってなぜこのような状況になっているのかも不明──ふたりは手を付けれない状態になってしまった。すると、セシルは男の周りに散らばっている草を拾い上げた。

「『いやし草』……でも、なんで?」

 持ち上げた草の特徴から、それが何なのか一目で当てて見せるセシル。 

「この男が乱心して引き抜いたとかじゃないの? それより、なんでこんな草原の真ん中でぼーっとしてるのかしら……盗賊に襲われた? ううん、でもそんな話はギルドじゃ聞かなかったし……」
「わからない。でも、ここにいたら危ない」

 昼間の間は明るいため,近くに魔物が現れても対処しやすいが、夜になると野営地を設置して交代で見張りをしなければならない。もちろん、ふたりは野営の準備などしているはずがなく──どうすればいいのかと困り果てていた。

「と、とりあえず移動させるわよ。すぐそこの丘なら見渡せるし、大丈夫だと思うわ」

 えっへんと胸を張るアニエス。しかし、ふたりで運ぶと考えていたその提案はセシルの一言で破綻する。

「アニエス、お願い」

 いそいそと男の周りに散らばっている『いやし草』を鞄に詰め込むセシル。その姿を大きく目を広げて凝視する──だが、がくっと肩を落として男の元へ一歩、一歩と気だるそうな足取りで向かうアニエス。

「結局私がやるのね! あー、もう! わかったわよ……って、軽いわね」

 男の両脇に手を入れ、引きずるように丘を登っていく。そして、丘の上に生えていた木の根元に移動させ、『いやし草』を集め終えたセシルが合流すると、嬉しそうに鞄の中を見ていた。

「『いやし草』23本、あとは雑草だった」
「す、すごい形で依頼を達成したわね……はぁ、なんだか面倒ごとに巻き込まれた気がしてならないのだけど」
「あとは、彼が目を覚ますのを待つだけ」

 ふたりはじっと男の顔を見るが、一向に意識を取り戻すわけでもなく。自分たちの後方、遥か彼方をぼーっと見ているだけだった。
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