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本編

普通分かるじゃん

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 いったい全体、クロは何を言っているんだ。

「お前が、勇者なんだ」
「……うん?」

 繰り返されても、うまく状況を飲み込めない。
 俺の顔にはクエスチョンマークが書いてあることだろう。
 クロは辛そうにそんな俺を見つめている。

「ほんとに分かってなかったんだな」
「う、え……うん」

 ただひたすら間抜けな声しか出ない。
 俺は頭の中の情報を整理した。

 銀狼族は、勇者を召喚できる。
 召喚方法は、満月の夜に小さな剣に強く念じること。
 俺が召喚される前日は満月だった。
 そして、クロは銀狼族。

(普通分かるじゃん)

 気が付かない方が、どうかしていた。

「満月の夜に、勇者を召喚しようと強く念じたってこと?」

 クロは目を泳がせ、小さく頷いた。

「本当に、出来ると思わなかった。ただ……」

 クロの震える白い手が、チョーカーの黒い飾りに触れた。

「最後だと思って、森を歩いてたら……怖気づいちまって。もし、もしも。本当に勇者が召喚出来るならって……」

 小さな勇者の剣が、クロの手に現れた。
 俺と、果物を食べきったドラゴンは剣に視線を吸い寄せられた。

『なんとか、してくれよ』

 死ぬのが怖くなったクロはキラキラ輝くその剣を満月にかざして、そう、祈ったのだという。

 俺は何も言えなかった。

 クロは苦笑して肩を竦める。

「すぐにはなにも起こらなかった。だから、まぁそうだよな、何してんだオレって正気に戻って帰ったんだよ。でも……」

 銀の眉がぎゅっと真ん中に寄る。
 白くなってしまうほど、唇をかみしめている。

「次の日、森にはお前がいた」

 初めは気が付かずにドラゴンから俺を助けてくれたけど、話しているうちに感づいたのだという。
 俺が全く自覚がないから、クロもいつ切り出すべきか分からなかったんだ。

「ごめん。巻き込んだ」

 クロは重く真剣な声を出しながら、俺を真っ直ぐ見つめた。

「謝ることないよ。クロ」

 俺は剣を持つクロの手に自分の手を重ねる。
 クロの手はすごく冷たくて、緊張していることが伝わってきた。
 俺はなんとか安心してもらおうと思って、にっこり笑って見せる。

「死ぬのが怖いのも、誰かに助けてって思うのも当たり前だ」

 もし俺がクロの立場だったら、怖すぎて逃げ出していたかもしれない。
 クロは怖くても、村のみんなのためだって耐えようとしたんだ。

 俺はそれを「良いこと」だと思わなかったから止めたけど、クロは本当に優しいんだと思う。

 ぎゅっとクロの片手を両手で包むと、白い指が遠慮がちに握り返してきた。

「なんでそんなにお人好しなんだ。怒れよ。オレのせいで帰れないんだぞ」
「それは、ショックだけど。クロのせいじゃないよ」
「オレのせいだろ」
「俺はそう思わないんだよ」

 罪悪感いっぱいのクロの言葉を、絶対に認めたりしない。
 本当に、クロのせいだと思わないし恨みにも思ってないから。

 何度も首を横に振る俺に小さく溜息をついたクロは、湖に入って涼む大きいドラゴンへと視線をやった。

「家族とか、いるんだろ」
「うん」

 ずっと不思議そうに俺たちを交互に見ていた子どもドラゴンが動き出した。
 ちょこちょこと親ドラゴンの方へ帰っていくのを、俺たちは見届ける。

 その姿に、家族の姿を重ねてちょっと泣きそうになった。
 そんな気持ちはクロに伝わってしまったみたいだ。

「会いたいだろ」

 我慢してたのにハッキリ言われると胸に刺さる。
 泣かないように、グッと唾を飲み込んだ。

「会いたいし帰りたいに決まってる! でもそれはそれ、これはこれだ! クロは悪くない! 悪いのはあの魔獣だろっ?」

 寂しさを振り払うために、大きな声でまくし立ててしまう。
 家族のいないクロにこんなこと言うなんて申し訳なかったけど、止まらなかった。

 いつもはクロの方が怒鳴ってきたりするくせに、今は言い返したりせずに黙って受け止めてくれた。

「……今までの勇者は帰った記録がねぇとか、村長は言ってたな」
「うん……」

 フィクションのセオリー通りなら、異世界転移した人は役目を終えたら帰れる。
 クロが生贄になりたくない一心で勇者を呼んだなら、俺の役目はクロを助けることだ。
 でも、クロが生贄になることを阻止したのにまだ帰れてない。

 これ以上、どうしたらいいのか分からない。

 項垂れるしかない俺とは反対に、クロは目をつむって何か考え込んでいる。

「く、クロ?」
「昔の文献を漁れば何かヒントがあるかもしれねぇ」
「文献?」
「王都に行けば、勇者について記録した文献がたくさんあるはずだ。それを読みにいく」
「クロ、それってきっとすごく大変だよな」

 おそらく、大きな図書館みたいなところで調べ物をするってことだろう。
 たくさんあるはずって、いったいどのくらいなのか。

 見当もつかなくて、俺は弱気になった。

「大変とか、言ってられるか」

 クロの片手を包んでいる俺の両手を、クロの空いている方の手が更に重なった。
 今度はしっかりと握り返される。

「俺が、絶対にアユを元の世界に返してやる」
 
 不安を吹き飛ばすような頼もしい声に、俺は胸が熱くなる。
 
 ふと気が付くと、ドラゴンの親子はいつのまにか居なくなっていた。
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