雨の向こう

naomikoryo

文字の大きさ
上 下
16 / 17

16.儚き誓いの夜

しおりを挟む
夕方前に、悠太は小雪がいる祠に辿り着いた。
鳥居の手前で獣道に入り、細い道を慎重に進みながら、彼の胸は高鳴っていた。
小雪に会いたい、どうしても彼女と花火を見たいという思いが、彼をこの場所に導いていた。

やがて祠の前に到着すると、中に明かりが漏れているのが見えた。
彼は深呼吸をして、静かに祠の扉を開けた。
そこには、薄暗い灯りに照らされ、静かに座っている小雪の姿があった。

「小雪さん…」
悠太はそっと彼女の名前を呼んだ。
小雪は驚いたように顔を上げた。
そこに立っているのは、予想もしていなかった悠太だった。
彼の姿を見た瞬間、胸の奥で抑え込んでいた感情が波のように押し寄せてくるのを感じた。
「悠太さん…どうしてここに?」
小雪は動揺を隠しながら、できるだけ冷静な声で尋ねた。
「小雪さんにどうしても会いたくて、花火を一緒に見たいと思ったんだ」
と悠太は真剣な眼差しで小雪を見つめながら答えた。
「君と一緒にこの夜を過ごしたくて、ここに来たんだ。」

小雪の心は大きく揺れた。
麗華のことが頭をよぎり、彼女に対する罪悪感が湧き上がる。
何より、自分が悠太と一緒にいることで、彼の未来を奪ってしまうかもしれないという恐れがあった。
「そんなこと言われても、私は…」
小雪は視線を逸らしながら言葉を探した。
「私は悠太さんにふさわしくないわ。
悠太さんには麗華さんがいるじゃない…」
悠太はその言葉に戸惑いを隠せず、しかしすぐに小雪の手を握った。
「そんなことはない!小雪さん、君がどれだけ僕にとって大切な存在か分かってるのか?
僕は君と一緒にいたいんだ、君がいないと…」
小雪はその一生懸命な言葉に胸を打たれたが、涙が溢れ出すのを必死に堪えながら冷たい笑みを浮かべた。
「そんなこと言われても、私は悠太さんの気持ちには応えられないわ。
私は…精霊としてこの島を守らなければならない。
悠太さんとは違う世界に生きているの。」
悠太はその言葉に愕然としたが、すぐに決意を固めたように強い口調で言った。
「それでも、僕は君と一緒にいたい。
君の側にいて、君を支えたいんだ。」
その言葉に、ついに小雪の心の堰が切れてしまった。
これまで必死に抑えてきた感情が溢れ出し、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「悠太さん、お願い…」
小雪は嗚咽を漏らしながら、絞り出すように言った。
「私を…これ以上、苦しめないで…」
悠太は彼女の涙を拭おうと、そっと手を伸ばした。
だが、その手が触れる前に、小雪は自分から悠太の胸に飛び込んだ。
「小雪さん…」
悠太は驚きながらも、彼女の背中に優しく手を回した。
小雪は涙を流しながら、彼の肩に顔を埋め、震える声で呟いた。
「ごめんなさい、悠太さん…本当は、私もあなたと一緒にいたいの。
でも、私は…早くに死んでしまうのよ。」
悠太はその言葉に愕然とし、思わず小雪の顔を見つめた。
「そんなこと、僕は信じない…」
「でも、それが私たち精霊の運命なの。
だから、お願い、私がいなくなった後は…
誰か他の人と一緒になって、幸せになってくれるって約束して…」
小雪は涙で滲む瞳で彼を見つめた。
悠太はその瞳の中に映る小雪の覚悟を感じ、苦しそうに眉を寄せた。
彼の胸には、どうしようもない無力感が広がっていく。
彼女を救いたいのに、何もできない自分が悔しくてたまらなかった。

「そんな約束…できないよ…」
悠太は消え入りそうな声で呟いた。
「お願い…」
小雪は震える声で懇願した。
「それが、私の最後のわがまま…」
悠太はしばらく何も言えずにいたが、やがて小さく頷いた。
「…分かった。君がそう言うなら…」
小雪はその言葉に安心したように涙を拭い、そっと悠太の頬に手を添えた。
そして、彼の唇に静かに口づけをした。
彼女の涙がその瞬間、二人の間に流れ落ちた。
悠太は戸惑いながらも、小雪の優しい感触を感じ、目を閉じた。
そのキスは短く、そしてどこか切なく、儚いものだった。

二人はお互いの思いを胸に秘めたまま、手を繋いで祠の外に出た。
夜空には花火が上がり始め、色とりどりの光が暗闇を照らし出していた。
悠太と小雪は、手を繋いだまま黙って花火を見上げていた。
お互いの心にある複雑な思いを隠しながら、それでもこの瞬間だけは、何もかも忘れて一緒にいたかった。
打ち上げられる花火が空を彩り、二人の影を淡く照らしていた。
祠の前で、彼らはそれぞれの思いを胸に秘めながら、静かに夜空を見上げ続けた。
「綺麗ですね…」
小雪が静かに呟く。
「ああ…本当に綺麗だ」
悠太もまた、切なさと共に呟いた。
この夜が終わるまで、せめてこの花火が空に咲き誇る間だけでも、二人の心が一つであることを感じながら、悠太と小雪は手を離さずに花火を見上げていた。

夜空に咲き誇る花火の音が、二人の胸の奥深くに静かに響き渡っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...